金融の大リセット、バーゼル32021年7月14日 田中 宇
この記事は「消えゆく米銀行界」の続きです。 前回の記事で、米国の銀行界が本来の業務である「預金集めで得た資金を民間企業などへの融資に回す」という預金融資業をやめて、代わりに米連銀のQEによるバブル膨張策に協力していく過程として、米連銀(FRB、中央銀行)が銀行から資金を吸い上げる「逆レポ」を急増したことを書いた。この記事の配信後に気づいた重要事がある。それは、この「逆レポ」の急増が、先進諸国の銀行界の安全性強化策である「バーゼル3」の導入開始と深く関係していることだ。バーゼル3は、6月28日から欧州で、7月1日から米国で導入開始された。欧米の銀行はバーゼル3の導入により、リスクの高い融資をやりにくくなる(不良債権とみなされる)。米国の銀行は、バーゼル3の導入直前の6月末から導入直後の7月初めにかけて、民間企業や個人の住宅ローンなどの融資のうち、比較的リスクの高いものを回収し、その資金を無リスクな米連銀に預けた。連銀の方も、この動きを奨励するために6月に民間銀行からの預金金利(逆レポ金利)を0.05%引き上げた。それで逆レポによる連銀の資金回収が急増した。 (Banking faces seismic change) バーゼル3は、民間銀行が金地金現物を保有せず借りてきて売る金の空売り・信用取引や先物取引も事実上禁止した(高リスク取引とみなされる)。こちらについてはオルトメディアなどのあちこちで指摘され、私も5月27日の記事で書いたが、今回の逆レポ急増など、バーゼル3がもたらすそれ以外の新事態についてはほとんど指摘されていない。私はゼロヘッジが紹介したオルトメディアの記事で、バーゼル3が逆レポを急増させたことを知った。逆レポの急増により、米銀行界は、実体経済の成長を助ける役割を放棄していく。米国の実体経済のうち、自前の社債を発行できない中小企業や個人は、低金利の資金調達ができなくなっていき、倒産や状態悪化がひどくなる。逆レポによる米銀行界の転換は、短期的に金融バブル膨張を助けるが、長期的に米国の実体経済の崩壊を加速し、世界最大だった米国の消費市場を破壊し、米国の経済覇権を喪失させる。世界最大の消費市場(経済覇権国)は米国から中国に移り、多極化が進む。 (Basel III & CBDCs: The Seismic Changes Facing The Global Financial System) バーゼル3がもたらす大変化としてすでに知られている、銀行による金相場引き下げ行為の終わりも、以前に書いたように、米国の経済覇権を喪失させる。ドル(=米経済覇権)の究極のライバルである金地金の価格(相場)は従来、銀行による売り先物などの信用取引によって引き下げられ、無力化されてきたが、バーゼル3によってそれができなくなり、来年にかけて金相場が上がっていき、ドルのライバルとして復権していく。バーゼル3は、6月28日からの欧州だけでなく、7月1日から米国の銀行にも適用されている。金相場が引き下げられてきた市場で、バーゼル3が未適用で残っているのは来年元旦から適用される英国だけだ。 (金相場引き下げ策の自滅的な終わり) (仮想通貨を暴落させる中国) 今のところ金相場は、最後っ屁的に6月半ばに暴落したまま、英国以外にバーゼル3が導入された7月に入っても少ししか再上昇していない。「バーゼル3が導入されたら金相場が高騰する」という説は「はずれ」なのか??。必ずしもそうでない。導入後、ゆっくり上昇するとか、しばらく経ってから高騰するといった可能性もある。連銀や米金融界が、今はまだ見えていない新たな別の裏技を持っているのなら、それを使った再暴落が今後ありうるが、そうでない場合、来年に入ると金相場は暴落しなくなり、上昇傾向になる。ビットコインなど仮想通貨が金地金の「当て馬」として使われて一時急騰したが、これも中国が仮想通貨の上昇抑止策をとっているので終わった観がある。 (NY金相場のグラフ) (Bitcoin's Homegrown Hash - Did China Just Make a Deal with the U.S. ?) バーゼル3は、民間銀行に高リスクな取引をさせない「銀行を守る策」として作られたことになっている。逆レポは、銀行が高リスクな融資先に貸さなくなった分のお金を連銀が吸収する策として行われている。銀行に金地金の空売りをさせない(空売りの建玉を高リスクとみなす)策も、建前的には銀行を守る策だ。だが実際は全く違う。先進諸国の金融システムのすべてがバブル化している中で、民間の融資先で低リスクなものがなくなっている。銀行に高リスクな融資を禁じたら、民間の企業や個人が銀行から融資を受けられなくなる。米大手銀行の一つウェルズファーゴは、個人に対する融資をすべてやめてしまった。他行も似た状況だろう。バーゼル3は、銀行の大事な融資機能を喪失させている。銀行は、守られる(倒産しなくなる)が、大事な機能=存在意義を失う。バーゼル3によって銀行が金地金の空売りをしなくなると、金相場が上がってドルの基軸性の喪失が前倒しされる。バーゼル3は、銀行を守るふりをして、実のところドルや米実体経済の崩壊を促進し、結果的に世界に対する中国の経済支配を拡大する「隠れ多極主義」の政策だ。 (Wells Unexpectedly Shuts All Existing Personal Lines Of Credit, Hinting US Economy On The Edge) 今回はバーゼル3についてもうひとつ発見があった。それは「バーゼル3はマーク・カーニーが考えたことだった」ということだ。日本語のウィキペディアにそう書いてある。英語の方には書いてないものの、英国とカナダの中央銀行総裁を歴任したカーニーが、バーゼル3を事実上制定したBISなど世界の中銀界の中枢にいたのは確かだ。最近の記事で分析したとおりカーニーは、ドルの基軸通貨体制をやめて諸大国のデジタル諸通貨による多極型の新たな基軸通貨体制を提案したり、地球温暖化対策で先進諸国が貧しくなるのはやむを得ないと表明したりしている「隠れ多極主義者」である。カーニーを、ダボス会議のWEFと組んでいる「大リセット屋」と呼んでもよい。そのカーニーが、隠れ多極主義の政策であるバーゼル3を立案したのなら、それは全く自然な動きといえる。 (バーゼルIII - Wikipedia) (コロナの次は温暖化ディストピア) 米国の株価は史上最高値を更新し続けているが、きたるべき多極型の世界体制下で米国と並ぶちからを持つようになる中国やロシアは、米国の株やドルを見放す傾向を強めている。中国政府は最近、中国企業がVIE(変動持株事業体)の手法を使って米国の株式市場に上場して資金を集めるのを禁じることにした。これまで、米国が金融バブルを膨張させ、その資金の一部が中国企業に投資されて中国経済の発展と米金融界の儲けにつながり、安価な中国製品を米国の消費者が買って楽しむ「米中ウィンウィン体制」があったが、これからの中国は米国に頼らず独自に資金を集め、中国製品は中国国内や非米諸国で消費される。米国は、インフレ悪化とバブル崩壊とコロナ都市閉鎖と人種対立で経済が悪化していく。中共による今回の「VIEの抜け穴ふさぎ」は、米中分離による多極化の一つの象徴だ。 (Beijing Plans To Scrap Longstanding Loophole Allowing Chinese Firms To List In US) (With 34 Pending Filings, China Sends A Message: No More US IPOs) ロシア政府は最近、6月から表明していた政府投資機関のドル放棄の過程がほぼ完了したと発表した。米国がロシアを敵視し続け、ロシア企業のドル使用を妨害する構えを見せているので、ロシアの方から先にドル離れしている。イランもドル離れを進め、欧米日の代わりに中国やロシアなどとの経済関係を強める「非米化」によって経済を何とか維持しているが、非米化したのでイランは欧米の脅しに屈しなくなり、核協議でイランの譲歩が得られなくなった米国側を手こずらせている。アフガニスタンでもイラクでもシリアでもレバノンでも、米国の支配力が低下し、イランやロシアや中国の影響が強まって多極化が進んでいる。 (Russia's $190 Billion Sovereign Wealth Fund Is Nearly Done Dumping Dollars) (State Dept. official urges Iraqi resistance groups to 'leave us alone' after new wave of attacks) 世界の石油価格を決めていたOPEC(石油輸出国機構。サウジアラビア筆頭)は、かつて米国の傀儡組織だったが、最近のサウジは米国と疎遠になり(カショギ殺害事件などで米国にいじめられたから)、代わりにロシアと組む傾向を強め、米国傀儡のOPECは、対米自立した「OPEC+」(OPEC+露)に変身した。OPEC+は、米国のシェール産業を潰すとか、米国のインフレを激化させるといった、米国覇権潰しを画策する国際機関になっている。表向きは「米国潰し」でなく「サウジとUAEが兄弟喧嘩してOPEC内部がまとまらず、石油価格が暴落して米シェール業界がつぶれそうだ」など、やらせの別の説明がなされ、ごまかされている。 (OPEC On Verge Of Collapse After Saudis, UAE Refuse To Budge) などなど、表向きはQEによって米国の株や債券の高値が続き、米国覇権が隆々と続いている感じが演出されているが、一枚めくるとその下では、米国の覇権がぼろぼろと崩壊し、中国などが台頭する多極化の流れが進んでいる。 (The Chinese Miracle, Revisited)
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