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中露敵視を強要し同盟国を困らせる米国

2021年4月10日   田中 宇

この記事は「東京五輪森喜朗舌禍事件の意味」の続きです。前作を先にお読みください。

米国が同盟諸国を巻き込んで、2021年冬季の北京五輪をボイコットする構想が浮上している。中国が新彊のイスラム教徒のウイグル人を宗教的に抑圧していることに対し、米国は「虐殺」と過剰なレッテルを貼り「虐殺をやっている国の五輪には参加できない」という理屈で、日本や欧州の同盟諸国を巻き込んで北京五輪をボイコットして中国を制裁しようとしている。米国内などで対中関係の悪化を懸念する筋の不賛成が多い場合に備え、いまのところ「一応出してみました」という感じになっている。 (In Biden Change Of Tune, US Mulling Boycott Of 2022 Beijing Olympics) (China warns of "robust" response if U.S. boycotts Beijing Olympics

おりしも、日本からは菅義偉首相が米国を訪問する。バイデン政権は、菅に北京五輪ボイコットを提案する可能性がある。今夏に東京五輪を開催予定の日本政府は、北京五輪をボイコットできない。そのあたりの事情については、前作「東京五輪森喜朗舌禍事件の意味」に書いたとおりだ。米国は、日本政府が乗ってこれないことを知りつつ日本を困らせるために、菅の訪米直前に北京五輪のボイコット構想をぶち上げ、日本にも参加を求めている。 (東京五輪森喜朗舌禍事件の意味

「北京五輪をボイコットして中共のウイグル抑圧をやめさせるのは必要なことだ。日本政府はボイコットに乗るべきだ」という意見がある。この意見は「正しくない」。なぜなら、米同盟諸国が北京五輪をボイコットしても中共のウイグル抑圧は減らないからだ。五輪ボイコットなど、米国側(米同盟諸国)が中国を制裁するほど、中国は米国側と経済的に縁を切り、政治的に疎遠になって、中国と非米諸国だけの「非米国際経済システム」を強固にしていく。中国など非米側は発展途上諸国であり、これからも高度成長を続けて豊かになっていく。米国側は成長鈍化した先進国であり、非米側を分離したままだと衰退が激しくなって自滅していく。これは以前の記事「米国側が自滅する米中分離」や「中国に世界を非米化させる」に書いたとおりだ。 (米国側が自滅する米中分離) (中国に世界を非米化させる

先進諸国=米国側がボイコットしても北京五輪は途上諸国を集めて開催され、米国側の孤立化と国際政治力の低下を体現する結果になる(マスコミは歪曲報道して別の絵を描き、多くの人はそっちを軽信するだろうが)。新疆の辺境地域に住むウイグル人がイスラム主義を信奉する限り、外国勢がなんと言おうが中共は抑圧し続ける。

中国を経済制裁して中共の行状を変えようとするなら、もっと早い時期にやるべきだった。中国経済が米国側の下請けで、貿易決済も米ドルに頼っていた胡錦涛までの時代に中国を制裁していたら大きな効果があった。米国は、その時期にほとんど何もやらず、中国への制裁の効果がなくなってから中国敵視を強め、同盟諸国に同調を強要している。今の米国の中国敵視策は、中国を強化し、同盟諸国を困窮させ、米覇権体制・同盟体制を自滅させる超愚策だ。超愚策を意図的にやっているのだから、米国は隠れ多極主義である。「いまさら中国を制裁しても逆効果だ」と気づかない「専門家」たちは、間抜けか、もしくは「中国の傀儡」である。

日本は、中国に対する態度が分裂している。安倍晋三以来の自民党や、経済界は「日米同盟を大事にして安保的な安泰を確保しつつ、中国とも良い関係を維持して経済的な成長を確保する」という「米中両属」をやっている。米国側が中国敵視を強める中で、自民党や財界は、米国からにらまれたくないので、対米従属を顕然と、対中従属を隠然とやっている。日本のマスコミは、米軍産複合体の影響下なので、中国敵視を強めている。自民党は、安倍の時にマスコミへの統制を強め、マスコミを軍産傘下から外して日本独自の権力構造下に押し込めようとしたが、それは完遂できず、うっかり軍産傀儡系の人々の中に安倍を嫌う人が増えた。(日本の財界には、米国の軍産ネット企業の傘下勢力もいて、彼らは中国を敵視する)

菅義偉は、自己顕示が弱い東北人的な自らの気質を利用して、日本政府自体を国際的に隠然化する「いないふり戦略」を進み、米国ににらまれないようにして米中両属を維持したい。だが、米国の民主党政権はオバマ以来、マイクロマネジメント的な意地悪さがあり、いないふりをする日本を見逃してくれない。それで米国が、菅の訪米直前に北京五輪ボイコット話を出してくる意地悪をやり出した。

日本政府は中共から「夏冬の五輪で協力し、できるだけ予定通りでやろう」と言われてきた。日中協調の2つの五輪開催は、習近平が日本を取り込む東アジア覇権戦略の一つになっている。自民党や財界の主流派は、その路線(隠然対中従属)で進んでいきたい。菅首相などは、公式な場で中国についてできるだけ語りたくない。「ウイグルや台湾香港は中国の内政問題だから外国がコメントすべきでない」と言ったら、米国や軍産(うっかり)傀儡の側から猛烈に非難される。「中国はウイグルや台湾を抑圧すべきでない」と言ったら、日本企業=日本経済が中国で儲けられなくなる。日本企業の多くが、衰退する米国で儲けられなくなり、中国市場への依存を強めている。中国と関係を悪化させると、日本がますます食っていけなくなる。菅や財界人の多くは、中国について何も言えない状態だ。

日中は最近、尖閣諸島の領海紛争でも対立を深めている。日中双方が、戦闘力を高める法律改定をしている。中国は尖閣沖にどんどん軍勢を差し向け、日本と、日米軍事同盟の強さを試している。日本は中国に抗議している。一触即発に見える。しかし尖閣問題は、ウイグルやチベットや台湾や香港の問題と種類が違う。ウイグル台湾香港は中国の「内政問題」だ。台湾問題は国共内戦の話だ。中国から見ると「中国は日本社会の差別体質などの内政問題を批判しないのに、なぜ日本は中国の内政問題を批判してくるのか。不当だぞ」ということになる。双方が「あそこはうちの領土だ」と言い張って対立する尖閣などの領土紛争とは違う。 (Japanese destroyer shadows Chinese aircraft carrier group entering Pacific

尖閣の領土紛争は、米国がもっと衰退し、中国がもっと優勢になった後、日中間で話し合って決着させることになる。米国衰退後の日中の力関係から考えて、中国にとって有利なように決着するだろう。ずっと前に解決しておけば、もっと日本に有利なように決着できたのに、日本はそうしなかった。中国との領土紛争を維持することで日米同盟の維持に使っていた。これも間抜けな話である。 (Japan’s Defense Minister: We Must Respond to China’s Naval Aggression

いまごろ炎上しているウイグル問題と対象的に、チベット問題は、解決されていないのに最近国際的に下火になっている。チベットの代わりにウイグルが持ち出されてきている感じだ。なぜなのか。一つ可能性があるのは、チベット亡命政府を擁立していたインドが、米国衰退や覇権の多極化に呼応して、中国との対立関係を一定範囲内におさめることに決め、米国などに対し、チベット問題を炎上させないでくれと要請した結果でないか。チベットもウイグルも、問題の炎上や鎮火の怪しげなタイミングからみて、問題を解決するためでなく中国包囲のための策略(のふりをした中国強化・多極化策)であると考えられる。 (China for decades waged campaign to destroy Tibet’s proud culture, history: Nancy Pelosi

▼ウクライナで米露が第三次世界大戦へ(笑)

米国は、中国だけでなくロシアも使って、同盟諸国をわざと困らせる策を展開している。米国はバイデン政権になってから、ウクライナの東部戦線でロシア系民兵団と内戦を続けるウクライナ系の政府軍と民兵団に兵器類を送り込み、ロシア敵視策としてウクライナ内戦を扇動している。ブリンケン国務長官やビクトリア・ヌーランド政策担当次官補など、バイデン政権の安保戦略担当者の中には、2014年のウクライナ内戦開始を引き起こした張本人たちが何人もいる。彼らがウクライナ内戦を再燃させている。 (Ron Paul: Why Is The Biden Administration Pushing Ukraine To Attack Russia?) (Ukraine's Zelensky: "NATO Membership Is The Only Way To End War In Donbass"

彼らは同時に、ロシア敵視を目的とした米欧同盟であるNATOを動かし、ウクライナの加盟を認めさせようとしている。NATOの条約には、一つの加盟国が敵国から攻撃されたら他の加盟国も一緒になって敵国に反撃せねばならないという集団防衛の悪名高き「第5条」がある。ウクライナがNATOに加盟してウクライナ内戦を激化し、ロシア軍がロシア系民兵団を助けるためにウクライナに侵攻せねばならなくなると、NATOの第5条が発動され、米英独仏など米欧諸国がロシアとの戦争に巻き込まれる。これまで内戦でなかなか優位に立てなかったウクライナ政府側は、NATOを巻き込んで優勢になろうとして、ここぞとばかりに内戦の激化を扇動している。ウクライナで米露が第三次世界大戦へ(笑)、という笑えないシナリオが用意されている。 (Ukrainian President Headed to War Zone as US, Allies Push NATO Membership) (余裕が増すロシア

米国では最近、ベテランの諜報員たちが連名でバイデン政権に対し、ウクライナでロシアとの戦争をけしかけるなと強く警告する書簡を発表している。ウクライナで第三次世界大戦のシナリオは本物なのだ。興味深いのは、ウクライナ内戦を激化させて米露戦争に持ち込もうとしている勢力も、それを危険視して警告を発している勢力も、両方とも米諜報界の勢力であることだ。米諜報界=軍産の内部が隠然と分裂している。片方が米覇権を永続したい旧主流派の軍産で、もう片方が米覇権を自滅させたい隠れ多極主義の軍産だろう。米露が戦争に近づくほど、それに巻き込まれたくないドイツなど同盟諸国が対米従属から離反したがり、米覇権が自滅に近づく。だから、警告の書簡を出したのは旧主流派の諜報部員たちだ。ジョージソロス傘下のシンクタンクであるクインシー研究所も、ロシアとの対立を緩和せよと以前から警告しており、彼らも旧主流派だ。 (Veteran Intelligence Officials Issue Letter To Biden Urging To Avoid War In Ukraine) (Again, Washington jumps to conclusions over Ukraine-Russia skirmish

バイデン政権の米国は、ソーラーウィンズ社のサーバーをロシア側がハッキングしたという無根拠な濡れ衣を理由に、プーチン大統領の側近を新たに経済制裁しようとしている。これは以前にプーチンが「やったり終わりだぞ」と警告していた制裁であり、米国側は警告を無視してロシア敵視を強めていく。トランプが政権末期に離脱してマスコミから非難された米露オープンスカイ協定にもバイデンは復帰しないことにした。バイデンは、トランプ末期の中露敵視策をほとんど維持している。今後しばらく、米国がロシアや中国への無茶苦茶な敵視をやめる可能性はない。 (US Says Rejoining Open Skies Would Send ‘Wrong Message’ to Russia) (Biden May Expel Russian Diplomats and Impose More Sanctions

バイデンがオバマの副大統領だった時に、息子のハンター・バイデンが、モスクワ市長やウクライナ政府、中国企業などから不透明な金銭をもらっていたことがわかっている。最近偏向が激しいマスコミは、これらの件を報じたがらない。ハンターは父親のバイデンの名代として資金を収賄していた可能性が高い。マスコミはバイデンの腐敗を隠している。この件は同盟諸国も知っているはずだ。バイデンは、自分が中露ウクライナから収賄してきた一方で、中露ウクライナで軍事や経済の戦争を引き起こし、同盟諸国に多大な不利益を与えている。 (Biden Admin Plots Revenge On Russia For Alleged Hacking, Meddling) (ロシアを濡れ衣で敵視して強くする

米国はドイツに、ロシアから天然ガスを輸入するノルドストリームのパイプラインをほぼ完成した状態で放棄しろと要求している。ドイツからすれば、その前にハンター・バイデンの汚職疑惑を明確にしろと言いたいところだろう。しかし、言えない。敗戦国で対米従属のドイツは、何でも米国の言いなりにならねばならない。馬鹿げている。実のところ、同盟諸国にとってバイデンはトランプよりひどい大統領だ。マスコミはその事実の正反対を歪曲報道しており、それが事態をさらにひどいものにしている。まさにマスゴミ。信じる方が馬鹿なのだが。 (Germany’s Political Crisis and the Future of Nord Stream 2) (Biden may not be able to ease US-Russia tension, and he’s not best friend of ‘competitor Europe,’ veteran German diplomat warns

中露敵視を強要されて困窮する同盟諸国は、これからどう対応するのか。日本は、いないふり戦略で何とか隠然と米中両属を続けたい。菅義偉は意外な適材適所だ。ドイツはどうか。すでに政治危機になっているようだが、外交政策や国是についての転換までいくのか。今のところ、それは考えにくい。行き詰まったままだ。この問題は今後も延々と続く。この問題に関する分析も続ける。 (The Pending Collapse Of The "Rules-Based International Order" Is An Existential Threat To The US



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