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不確定がひどくなる世界

2020年3月4日   田中 宇

新型ウイルスの脅威が強まり、あちこちでパニックが発生する中で、世の中では「正しい知識を身につけましょう」「正しい手の洗い方」「デマや陰謀論に惑わされないようにしましょう」といった言説がしつこく流布している。しかし実のところ、このウイルス自体がどんなものなのか権威筋もわかっておらず、そもそもウイルスに関する「正しい知識」がまだ存在していない。ウイルスの発祥地が武漢の野生動物市場なのか国立研究所なのか、自然発祥なのか人為が絡んでいるのかも不確定なままだ。中国政府は、自然発祥説を裏づける十分な証拠を出さない(出せない)まま、他の説への拒否や処罰だけやっている。怪しい。 (Chinese Scientists Find Coronavirus Did Not Originate In Wuhan Seafood Market) (武漢コロナウイルスの周辺

経済面も同様だ。世界が大不況に入るのが確実なのに、株価が暴落した直後に急騰したりする。しかも日銀など中銀群が株のETFや債券を必死で買い支えている。金融マスコミは、巨大な悲観論を無視して「(わずかな)楽観論に反応して株が急騰」みたいな報道をする。これを「正しい知識」として受け入れろという方が無理だ。信じたくても信じられない。「中銀群がQEで(不正に)株を買い支えている」という「陰謀論」の方が自然だ。だが「陰謀論を信じてはいけません」という「お達し」に絡め取られ、自分で考える力がない人は、何か変だなと思うだけで思考をやめてしまう。地球温暖化人為説なども同様だ。 (We're On The Precipice Of A Much Larger Crisis) (ウイルスの次は金融崩壊

権威筋による公式論・正論の多くがしだいに信じるのに無理がある歪曲的な「邪論」に成り下がり、世界観の確定が困難になる不確定化がひどくなっている(911あたりから)。ウイルス危機によって、その傾向がぐんと増した。人類の多くが、1週間後に自分が発症せず元気でいられるかどうか不確定な状態になった。だからこそ、権威筋による正論の押し売りがひどくなり、「間違った言説」に対する取り締まりが強まっている。大事なことに関する真偽が不確定になるほど、上からの真偽の決定力が強くなる。それを、独裁系の諸国は露骨に、民主主義偽装系の諸国(日米欧など)は巧妙にやっている。

この事態の中で、人々の対抗策は、正論が正しくて陰謀論が間違っていると考える「正しい姿勢」をこっそり棄て、どう考えるのが最も自然かを考える「頭の体操」を繰り返すことだ。そのうちに、何が正しそうかが見えてくる。出てきた独自説を人に信じてもらおうと説得しなくて良い。多くの人は小役人気質が強いので、権威のない独自説をまっとうに聞いてくれない。頭の体操によって出てきた結論は話半分に聞いてもらえば良い。柔軟な考え方の人は、なるほどと思ったら聞いてくれる。陰謀論は、頭の体操の格好の材料だ。世の中が不確定になるほど「良質な陰謀論」が重要になる。私は従来、できるだけ確実なことを書こうとしてきたが、事態が今のようなひどく不確実になると、確実さを求めているといつまでも記事が書けない。全体を見た上での直感や洞察が大事になる。今回はその線に沿って、頭の体操の材料を提供すべく書いていく。

▼イランでのウイルス拡大は軍産による攻撃??

新型ウイルスに関して最近気になっていることの一つはイランでの感染拡大だ。イランでは、23人の国会議員や副大統領、ウイルス対策担当の厚生省次官ら政府中枢の人々が大量に感染した。発症は、イランで権力を握る聖職者群が住んでいる聖都コムから広がっている。最高権力者ハメネイ師の重要顧問(Mohammad Mirmohammadi、71歳)が発症して死亡した。彼はハメネイと頻繁に会っていたはずだから、ハメネイも感染している可能性がある。イランは中国と関係が深いので、イランに来ていた中国人から感染が広がったと考えられるが、よりによって権力中枢のコムから発症したのは意味深だ。 (Expediency Council member Mohammad Mirmohammadi dies) (Senior Advisor To The Ayatollah Dies Of Coronavirus As Iran Rejects Offer Of US Aid

イランは、米イスラエル(軍産)が強く敵視している。軍産は、イラン中枢の大量感染を知って「やったぜ」と喜んでいるはずだ。これは偶然の結果なのか??。イランにスパイを送り込んでいるはずの軍産が、何らかの方法でイランの中枢で感染を広げたのでないか。これが軍産による攻撃だとしたら見事な命中、大成功だ。中国での感染拡大も、米国が中国への敵視を強める中で起きている。ここ数年、中国とイランは、ロシアとも連携してユーラシアで覇権を拡大し、米国を追い出している。ウイルス危機を地政学的に見ると、軍産から中露イランへの攻撃になっている。 (Coronavirus and the Tragedy of Iran

とはいえこの説は、一歩掘り下げると不都合な事実もある。一つは、日韓や米欧など同盟諸国に対するブローバックがひどいことだ。世界経済の成長を牽引してきた中国経済をウイルスで止めたのは米覇権にとって自殺行為だ。米国の覇権を支える金融システムが崩壊に瀕している。とはいえ、この矛盾は、中国でウイルス危機を起こしたのが、米覇権の運営者のふりをして破壊するネオコンやトランプ傘下の隠れ多極主義の勢力だったと考えると解消される。 (新型ウイルスとトランプ

2つ目の難点・不明点は、どうやってイラン中枢にウイルスを放出したかだ。中国では、軍産のスパイにされた研究者を動かし、武漢のウイルス研究所のバイオセーフティな実験室内にあったウイルスが間違って外に漏洩するように仕掛けることで今回の事件を引き起こせる。しかしイランでは同様な作戦がとれない。軍産の仕業であるなら、別のやり方が必要だが、それは多分永遠に謎のままだ。イタリア北部と同様、偶然イランのコムで感染のクラスターが発生しただけかもしれない。

とはいえ地政学的に見ると、軍産からイランへの見事な攻撃になっている。さらに、隠れ多極主義の観点から言うなら、今回のウイルス危機でイランはいったんひどい目に合うが、その後立ち直ったイランは、国内の穏健派が手がけてきた米国との共存・和解を希求する動きをしなくなり、以前より強く自国周辺から米国を追い出そうとする。イランは、イラク、シリア、アフガニスタン、カタール、レバノンなどの国々で、米軍など米国勢を追い出していく。中国も、もうユーラシアにおける米国との共存を求めなくなる。ロシアは前からそうだった。イラン中露はウイルス危機を経て、ユーラシアや中東から米国を追い出す努力で結束する。 (米国を中東から追い出すイラン中露

▼日韓が中国からの入国を止めないのは共同市場化の一貫??

ウイルス関連で最近もうひとつ考えたことは、今回のウイルス感染拡大に際し、日本と韓国の政府が、自国内でどんなに批判されても中国人の入国を禁止せず、日中、韓中、日韓の3か国間の人の流れをかたくなに開放し続けていることの理由についてだ。「日韓政府は、ウイルス感染した中国人が無自覚なまま国内を旅行してウイルスをまき散らして帰るのを放置した」と批判されている。日本と韓国は「観光業界への経済打撃を恐れるあまり近視眼的な入国政策を維持した」と説明されている。私は最近、別の見方をしている。日韓が中国との3か国間の往来を止めなかったのは、3か国が経済統合していく第一歩としての「共同市場」の体制をとっているからでないかというのが私の新しい見立てだ。 (新型ウイルス関連の分析

それは、このウイルスがイタリアで急拡大した時、EUがイタリアと周辺諸国との国境を閉鎖せず、世論やマスコミに非難されてもかたくなに国境を開け続けたことを知った時に気づいた。EU諸国は市場統合・共同市場化をやっており、内部の国境を開放し続け、経済的にEU諸国全体がひとつの国内のように振る舞っている。新型ウイルスの感染は長引き、下手をすると来年まで続きかねないので、いったんEU内部の国境を閉めたり検問強化したりすると、その規制は長く続き、市場統合策が後退してしまう。むしろ国境を開けたままにして国内であるかのように対処して乗り切れば、次に似たような危機が起きた時に対処しやすくなり、長期的に市場統合策を強化できる。

このEUと同じことを、日中韓もやっているのでないか、というのが私の見方だ。日中韓は、中国中心の地域覇権の一部として、数年前からRCEPの一部などとして共同市場化をやっている。EUは明示的・鳴り物入りで共同市場化をやったが、日中韓は目立たないようにやっている。日中韓の場合、日韓はまだ対米従属で、米国は(表向き)中国敵視だから、日中韓が経済同盟国として共同市場化を大っぴらにやるのは政治的にまずい。米国の覇権はいずれ衰退し、日韓の対米従属も終わる。日中韓の共同市場化はその先を見越した動きで、米国も黙認している。日中韓の共同市場化は目立たないようにやっているので、ウイルス危機に際して国境を閉めないとなると「早く閉めろ」と世論から非難されることになる。

新型コロナウイルスの感染は世界の多くの地域に広がり、すでに「パンデミック」(世界的流行病)と呼ぶべき状態に入っている。米国防総省は3月1日、これから30日以内にパンデミックが宣言されそうだと表明した。新型ウイルスはすでに南極以外の全大陸で発症者を出し、パンデミックである。だがWHOはパンデミックだと宣言したがらない。なぜ宣言しないのか。その理由について私は最近の記事で、パンデミック宣言すると世界的な不況と金融危機がひどくなるので、世界各国と金融界がWHOに宣言するなと圧力をかけているのだろうと書いた。 (DEFENSE DEPARTMENT EXPECTS CORONAVIRUS WILL 'LIKELY' BECOME GLOBAL PANDEMIC IN 30 DAYS) (ウイルスの次は金融崩壊

その後、もっと大きな規模の話として、これから危機が長引きそうな今回のウイルスがパンデミックとして宣言されると、世界を米国中心の単一の市場として機能させてきたグローバリゼーションの状態、つまり米国の経済覇権体制が終わるので、パンデミック宣言に反対する勢力が多いのでないかと考えた。そして多分、パンデミック宣言が出た後も、日中韓やEU諸国内の人の往来は開放され続ける。パンデミック宣言によって往来が宣言されるのは、日中韓と米国の間とか、EUとその外側の諸国の間などになるのでないか。そうなると、パンデミック宣言によって世界経済は、旧来の米単独覇権の体制から、多極型の体制に転換していくことになる。今回のウイルス危機は長く続くうえ、米国と中国、EUなどとの貿易戦争・経済デカップリングと並行して進んでいるため、米覇権の解体と多極化を大きく促進する。 (世界経済を米中に2分し中国側を勝たせる

最後に金融について少し書く。先週、米国など世界の株価が暴落したが、それ以来、株や債券や金地金など各種の金融相場の動きが暴落と暴騰を繰り返す異様な乱高下になっている。株や社債の市場からの資金逃避が加速し、10年もの米国債金利が1%を割るという異常事態になっている。米連銀がトランプに圧力をかけられて0・5%の利下げをしたのに株価の上昇は1-2時間しか続かず下落に転じた。米連銀の利下げという伝家の宝刀が効かなくなっている。異様な事態の連続は、これが単なる景気悪化による需給の変化でなく、リーマン危機を超える金融システム自体の危機であることを感じさせる。世界的なウイルス危機が3月中に山を超えることはない。山を越えるのは早くて4-5月だ。危機はまだ初期だ。金融崩壊はこれからひどくなる。危機が長引くので、債券システムが再起不能にバブル崩壊して潰れてしまう可能性が高い。 (Fed Impotence Exposed After "Unnecessary & Panicky" Rate-Cut, Liquidity Boost

株価が暴落し、米連銀が利下げする中で、「忠臣クロダ」の日銀が勝手に日本の国運をかけてステルスQEを急拡大し、米国の債券市場と米日の株価をテコ入れし始めた。忠臣クロダは、2015年から米連銀のQEを肩代わりしており、自ら(日本)を犠牲にして殿様(米国)を助ける動きを続けていたが、それが18年ごろから限界に達していた。今回、忠臣クロダは再び身を投げ出して殿様を助けようとしているが、もう余力はかなり少ない。日銀が挺身的にステルスQEを再拡大しても、史上最大の米国中心の金融バブルの崩壊は防げない。これは日本を金融破綻させる。従属先の米覇権(殿様)も潰れ、日本は中国に従属するしかなくなる。金融崩壊には特効薬もない。多極化が進む。 (日銀QE破綻への道



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