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自衛隊「いずも」空母化の意味

2018年12月20日   田中 宇

日本政府が最近、従来はヘリコプターのみを搭載・離発着させる「ヘリ空母」だった海上自衛隊の「いずも型」の護衛艦(「いずも」「かが」の2隻)を、戦闘機(F35)の搭載・離発着もできる本格的な「空母」に改造することを正式決定した。いずも型は、2010年にヘリ空母としての建造計画が決まった時から、いずれ本格空母に改造することもできる軍艦として作られていた。空母への改造は昨年から取り沙汰されており、今回、12月18日に安倍政権が閣議決定した防衛大綱に明記され、正式決定となった。

戦後の日本では、空母を持つことが2つの意味でタブーだった。法律的な「合憲性」と、政治的な「対米従属」の2つの意味だ。そのため「いずも」は「空母」でなく「多用途運用護衛艦」と呼ばれている。空母は「敵国」の沖合まで行って、そこから戦闘機で敵国の大都市を空爆して破壊して多数の人を殺す「(侵略的)戦争」の道具だ。日本国憲法は「戦争」を禁じており、どこかの国が攻撃してきた時に防衛すること以上の戦闘行為が「法的」に禁じられている。日本が空母を持つことは「違憲性」が高くなる。空母に搭載する飛び道具が、比較的トロい「ヘリ」(固定翼機より、速度も航続距離も大幅に劣る)だけなら、戦争をやりにくいので違憲性が低い。だから、これまで「いずも」は「ヘリ空母」だった。これが戦闘機搭載になると、好戦性=違憲性がぐんと高まる。 (Japan Returns To Militarism

同時に、日本が空母を持つと、米国に守ってもらわねばならない度合いが減る。「日本は自衛できるようになったので、在日米軍が撤退しても大丈夫だ」という話になる。日本は憲法ゆえに空母を持てないので、空母をたくさん持つ米国に従属せざるを得ず、米国とのパイプ役である日本外務省など官僚機構が選挙結果に無関係に独裁的に日本を恒久支配する、というのが官僚好みの戦後体制だった。日本が空母を持つと、米国に頼らず自衛隊が日本を防衛できる度合いが増し、官僚がのさばれてきた対米従属の構造が失われてしまう懸念が増す。そのため、官僚機構の一部である防衛省は「いずも」の空母化に消極的だった。空母化の決定は、安倍政権の官邸と自民党の主導で行われた。 (「いずも空母化」は自衛隊の要望ではなく実は「自民党主導」だった

空母だけでなく、日本が自前の核兵器を持つことも、同様の対米自立への道になる。だから日本の官僚機構は、空母や核兵器の保有について非常に消極的で、この問題になると官僚やその傀儡たちが、急に「護憲派」になる。日本左翼=反戦・平和主義者=護憲派=うっかり対米従属・官僚傀儡=無意識のうちに米国の大量殺害戦争に加担する人々=日本右翼という、左翼=右翼の奇妙な方程式が成立する。日本の右翼と左翼は、対米従属の固執に(うっかり)加担させられる経路が左右どちらの道をとるかというだけの違いで、両者とも無意識な官僚独裁の傀儡だ。私は、左右両方から誹謗される至福を得る(笑)。

▼いずも空母化はトランプの覇権放棄を受けた日本側のやむを得ない対米自立の一環

日本は、タブーなのに空母保有への道(「いずも」の開発、ヘリ空母から空母化への道)を歩んできた。なぜか。日本の空母保有を誰が推進しているか、については2つの見方ができる。一つは「米国の要請」、もう一つは「トランプの覇権放棄を受けた安倍政権の戦略」だ。「いずも」の開発は2010年からであり、「覇権放棄屋(同盟諸国をいじめて対米自立させる)」トランプ登場より前だ。しかし、米国の覇権放棄(同盟国いじめ)の傾向はトランプに始まったものでない。2001年の911後のブッシュ政権が打ち出した「単独覇権主義」が「世界最強の米国は、同盟関係を必要としない。米国にぶら下がる同盟諸国を振り落とせ。同盟諸国を甘やかす従来の安穏とした対米従属でなく、同盟諸国からむしり取る厳しい隷属関係にすべきだ」という、同盟諸国が耐えられなくなって対米自立するよう仕向ける覇権放棄の隠然戦略を内包していた。トランプは、このブッシュの戦略に独自のメリハリをつけただけだ。

911以降の米国は表向き「安上がりな覇権運営をするために、同盟諸国に軍事費増加や防衛力強化をさせる」と言いつつ、同盟諸国に「こんなに厳しく無理な注文をされるなら、対米従属し続けている意味がない。対米自立した方がましだ」と思わせて世界を対米自立・多極化させる(隠れ多極主義の)傾向だ。こうしたブッシュ以来の米国の姿勢が、日本の軍事的な対米従属を困難にして、空母の保有を計画する流れに向かわせた。

日本政府は「いずも」を空母化すると同時に、空母になった「いずも」に搭載・離発着する戦闘機である新開発のF35を大量に追加購入することを決めた。F35は超高価なのに失敗作で、同盟諸国の多くや米軍自身が買いたがらないクズものだ。米国の軍産複合体(軍部+諜報界)は、F35の巨額な開発費を、「やらせのテロ戦争」でテロリスト(ISアルカイダ)を支援する資金に流用した結果、実際のF35の開発に回す分が少なくなり、ポンコツを作ってしまった(オスプレイやミサイル防衛も同様)。ポンコツなのだが、売らないと議会や世論から叩かれる。同盟諸国に押し売りしたいが、ポンコツなので買ってくれる国が減っている。 (Only Half of F-35s Available for Flight, Program Head Says) (US Air Force likely to cut F-35 purchases over cost

そんな中、安倍の日本は、F35やオスプレイをどんどん購入し、米国側(軍産を手なづけたいトランプ)を助けている。この点だけを見ると、日本は米国の言いなりにポンコツ兵器をしこたま買い込む間抜けな対米従属国になる。いずも型の空母化は、買い込んだF35やオスプレイを搭載・離発着させる船が必要だから、というだけの話になる。 (The US Military-Industrial Complex's Worst Nightmare: The S-300 May Destroy & Expose The F-35

短期的に見ると、たしかにそうだ。しかし、長期的な視野に立つと、別の見方ができる。米国と日本の両方の上層部で支配的な軍産は、米国覇権(日本の対米従属)の恒久化を目標としてきた(軍産の自作自演である911事件自体が、米国の覇権体制の再起的な再編成の策として行われている)。だが、911後の、軍産の覇権戦略の一部のふりをして進められた隠れ多極主義の動きは、米国の覇権を浪費・自滅させ、アフガン・イラクへの侵攻やリーマン危機、シリア内戦などを経て、米国の覇権衰退と多極化が現実化している。911以来の米中枢(諜報界)での、軍産と(軍産の一部のふりをした)隠れ多極主義との暗闘は、隠れ側の勝利になりつつある。隠れ側のトランプが大統領になって無茶苦茶を始めたことで、その傾向が一気に加速している。

軍産側は、覇権を延命するため、米国の覇権衰退の事実をできるだけ隠したい。そのため、米国でも日本でも、米国覇権の衰退はマスコミでほとんど語られない。とくに日本では、政府(官僚独裁機構)から、財界マスコミ学界そして国民のほとんどが、対米従属派とその(無意識の)傀儡になっているので、米国と世界の現実(米覇権衰退と多極化)が、まったく語られない。私の分析は妄想扱いされている。

だが、米覇権衰退と多極化が速度して顕在化するのは時間の問題だ。来年には、世界不況と金融バブル再崩壊の可能性が増す。中東覇権は露イラン側に移転している。トランプは米軍のシリア撤退を決めた。東南アジアは、ほぼ完全に中国の傘下に入った。ユーラシアだけでなく、中南米やアフリカでも中国の影響力(覇権)が増している。朝鮮半島の南北は着実に和解の道を歩んでおり、来年には在韓米軍の撤退話が出てきそうだ。そうなると、次は在日米軍をどうするかという話になる。 (Trump Approves Full Withdrawal From Syria, 'Liberal' Media Furious 笑

このような状況を、日本の官僚機構やその傘下のマスコミは軍産なので無視し、マスコミしか情報源がない国民は何も知らされていない。しかし安倍政権は、おそらくトランプから直接に状況を知らされ、トランプと仲良くして表向きの対米従属を続けながら、米覇権の崩壊と多極化、在日米軍の撤退に備える動きを目立たないように進めている。その一つが空母の保有、「いずも」の空母化だった。

このような背景があるので、「軍産=対米従属派」である官僚機構・防衛省は空母化に消極的だった半面、多極化対応=対米自立が必要と考える安倍政権の官邸・自民党は空母化に積極的だった。空母化は「トランプの覇権放棄を受けた、日本側のやむを得ない対米自立の一環」である。米国抜きのTPPの開始、10月の中国訪問、プーチンと北方領土問題を解決しようとする動きなども、安倍の対米自立策だ。安倍は、外交の権限を官僚(外務省)から剥奪し、官邸主導の外交をやっている。そのことは、軍産の、分析記事のふりをしたプロパガンダの記事サイトである「ディプロマット」も今や認めている。 (How Shinzo Abe Is Changing Japan’s Foreign Policy Apparatus

高価なガラクタであるF35を大量に買うことは、対米自立でなく対米従属の象徴だ。安倍が対米自立を目指しているなら、なぜF35を大量購入するのか。その理由はおそらく、米国の軍産に対する目くらましだ。他の同盟諸国が購入を渋り出したF35を日本が大量購入することは、安倍をてなずけているトランプの功績になる。軍産はカネに目がくらみ、トランプが覇権放棄して日本が対米自立を余儀なくされている現状を壊したくなくなる。高価なガラクタを大量購入する短期的なマイナスより、覇権衰退する米国から自立する長期的プラスの方が大きい。日本人は完全に洗脳されているので、日本側からの対米自立の動きはない。米国中枢を覇権放棄屋のトランプが握っている間に、対米自立していくしかない。 (日本と並んで多極化対応へ転換した豪州

安倍政権は、対米従属からの離脱を静かに進めている半面、沖縄の辺野古に米軍基地を作る工事を強行するという対米従属的なことをやっている。この2つは矛盾している感じだ。しかし、官僚機構がマスコミを通じて国民を洗脳し尽くしている日本では、表向き対米従属的なことをやりながら、裏でこっそり対米自立的なことを進めるしか、対米自立していく方法がない。基地が2025年ごろに完成するころには、海兵隊の撤退が俎上にのぼり、辺野古は大きな無駄(というか自衛隊基地)になる可能性が大きいが、これは日本の対米自立プロセスの犠牲として仕方がない。

日本政府は「いずも」の空母化を「中国の脅威増加に対抗するため」と理由づけており、これに対して中国政府が激怒(の演技を)している。安倍は、訪中して習近平と仲良くする一方で、いずもの空母化によって中国を怒らせ日中関係を悪化させている。この点も矛盾だと言われそうだ。だが私の見立てでは、中国は大して怒っておらず、怒る演技をしているだけだ。アジアで米国の覇権が衰退することは、中国の覇権拡大になるので大歓迎だ。米軍が日韓から出て行くと、日本は対米自立が必須になり、空母ぐらい持つのが当然だ。中国にとって、日本はすでに追い抜いた、衰退しつつある昔の大国でしかなく、好戦的な超大国である米国より脅威が少ない。安倍政権が空母化の理由(口実)として「中国の脅威」を掲げているのは、対米従属派や軍産に対する目くらましだ。 (米国の中国敵視に追随せず対中和解した安倍の日本

中国自身、空母を持った(旧ソ連から買って改造して就航した)のは2012年だ。日本がヘリ空母として「いずも」を持ったのと同時期だ。中国はもともと陸の帝国であり、海洋支配に無頓着な「海禁(海洋鎖国)」の国で、海軍力がなかった。中国が空母を持ったのは、米国の覇権が衰退し、それを穴埋めするかたちで太平洋やインド洋方面で海洋覇権の拡大(「一帯一路」の「一路」)を画策し始めたからだ。日本も中国も、米国の覇権が衰退するので空母を持つことになった。さらに言うなら、インドも2013年に新型空母をロシアから買っており、これもおそらく米覇権衰退への対応だ。米覇権衰退後の多極型世界では、大国どうしのちからが拮抗するので戦争になりにくい。「いずも」空母化は、意外にも、多極型になる今後の東アジアの国際社会を均衡させて安定させる策といえる。 (600年ぶりの中国の世界覇権



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