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長期米国債の金利急騰の謎を解く

2018年10月4日   田中 宇

10年もの米国債の利回りは、世界のすべての長期金利の基準点であり、世界各国の銀行から企業への貸付金や、住宅ローンなど、民間の金利を決める指標になってきた。10年もの米国債の金利が上がると、企業の調達金利や個人のローン金利が世界的に上がり、米政府の国債利払い額も増加して、不景気や金融危機や財政破綻に近づく。利回りが3%を超えないのが健全と言われてきた。

その10年もの米国債の利回りが、不気味に急上昇している。昨年末まで2・3%前後だったのが、今春に3%弱まで上がり、最近まで、健全さの上限である3%をやや下回る2・8-2・9%台で動いてきた(米国債の利回りも、自然な民間の需給のみで決まるものでなく、金融当局がQEなどによって操作する対象だ)。3%を超えることが二度あったが、いずれも短期で終わり、3%以下に戻っていた。ところが今回、10年もの金利は9月18日に3%を超え「今回も3%超えは短期間で終わりそうだ」といった感じの報道と裏腹に上昇傾向を続け、とくに10月3日から急騰し、3・2%を超えてしまった。7年ものや30年ものなど、他の長期米国債の金利も上がっている。9月26日に米連銀(FRB)が短期金利を2・00-2・25%に引き上げる決定をしており、この短期金利の上昇に連動して、長期金利も上昇した感じだ。

トランプは中国と貿易戦争しているが、中国が対米輸出で儲けたドルで米国債を買ってくれることが、これまで米国債の金利を低く抑えていた。貿易戦争で中国の対米輸出が減ると、その分、中国は米国債を買わなくなっていき、金利が上昇していく。今回の金利高騰は、その体現ともいえる。中国は徐々に米国債を買わなくなっている。

米連銀は16年から利上げを続けており、その理由は「米国経済が好調なので過熱を防ぐため」だ。その延長で、長期金利も米経済の活況を反映して上がっていると、マスコミは説明している。だが私が見るところ、今回の金利上昇の理由は、日欧のほか、中国など新興市場諸国が、米国債を買わない傾向になっているからだ。米国の当局と金融界はドル防衛のため、資金が新興市場から米国に還流するよう誘導し、世界的にドル高・現地通貨安になっている。このため、為替のリスクヘッジのコストが上がり、日欧や新興市場諸国は、米国債を買ってもほとんど利益が出ない。外国勢が米国債を買わなくなっている。 (This Is Why Bonds Are Crashing, According To Bill Gross

そもそも米連銀が利上げする真の理由は、米国の景気改善でなく、08年のリーマン危機後、15年まで続けていたゼロ金利とQE政策(ドルを発行し、危機で市場崩壊した債券を買い支える)によって不健全になったドルと米連銀をめぐる状況を元に戻し、ドルの基軸通貨の地位を守るためだ。米経済の好調さは、米連銀が利上げを続けるための理由として捏造・誇張されている。

米連銀は、今年あと1回、来年(19年)は3回の利上げをする予定だと公式に語っている。この3年間、米連銀の利上げは予測どおりに進んできたので、今後も予測どおりだろう。ここで奇妙なのは、トランプの貿易戦争など、米経済の先行きを不透明にする要素が最近増えているのに「米経済の好調が続くので来年も3回利上げする」と、ほとんど確定的に語られていることだ。実体経済の変化が利上げの理由であるなら、こんなに確定的に語れないはずだ。確定的に語られるのは、実体経済と無関係に、基軸通貨としてのドルの地位を守るため、あと5回、合計1%強の利上げが必要だと米連銀が考えているからだろう。 (Another Recession Is Looming

今回の金利上昇の謎は他にもある。金利は債券の価格であり、金利上昇は債券相場の下落にあたる。債券相場が下がっているのに、米国や日本の株式相場は上がり続けている。企業の調達金利が上がり、企業の業績悪化が予想されるのに、それが今のところ株価に全く反映されていない。米国は自社株買い、日本は日銀のQE資金が株価押し上げの最大要因であり、いずれも実体経済の反映でなく、金融的なバブル膨張のトリックによる上昇だ。いずれ企業業績の悪化傾向がもっと明確になると下がるのかもしれないが、それまではバブル膨張が扇動される。株価は実体経済と関係ない。また、国債金利は上がっているのに、もっと格の低いジャンク債の金利は上がっていない(その後、10月5日に急騰した)。 (10-year Treasury note yield extends climb above 3%

金利の上昇傾向は、2015年に米連銀がリーマン危機後の延命策の限界に達してQEとゼロ金利をやめた時から、長期傾向として予測されていた。その後、今年まで、日欧がQEを肩代わりして世界的な低金利(株高、金融主導の大企業の好業績)を維持していた。だが来年には日欧のQEも終わる。トランプの規制緩和など、バブル膨張の力で、もうしばらく何とか持つかもしれない。だが、全体的に「弾切れ」傾向が増し、しだいに不安定になる中で、金利が上がっていく。今回の長期金利の急騰は、意外なことでなく、以前から予測されていたといえる。バブル膨張の手法が「弾切れ」になりそうな2020年ぐらいに「不況」になるという予測が、最近あちこちから出ている。米連銀自身、短期金利の利上げ過程を2020年春ごろまでに終わらせる予定だ。トランプは、今の「好景気」を2020年秋の大統領選まで持たせて再選を果たしたい。いずれのシナリオも「2020年まで好景気=バブルを持たせ、21年以降は不況=金融崩壊を覚悟する」という日程だ。 (The Everything Bubble: When Will It Finally Crash?

次回の金融崩壊は、リーマン危機後に延命策を使い果たし、最後の延命策として思い切りバブル膨張を扇動した後に起きるので、誰も消火をしない山火事のような状況になり、リーマンをはるかにしのぐ被害になる。当局や金融界としては、突然の暴落や危機発生でなく、秩序だった「制御崩壊」にしたいだろう。そのために米連銀はコツコツと短期金利を引き上げ、資産圧縮を続け、いざという時に利下げやQEの再発動ができる余力を少しでも持っておこうとしている。だが、巨大な「次の危機」に対し、いま連銀が再充電している余力(3%程度の短期金利引き下げ幅、3兆ドル程度の債券買い支え枠)は「山火事に対して消防車1台」みたいな感じで足りない。 (Peter Schiff: "We're On The Precipice Of A Much Bigger Crisis Than The Last One"

このような全体像の中で、今回の長期米国債の上昇を鑑定する必要がある。考察すべきことの一つは「これは、米当局が制御崩壊として発生を容認しているものなのか、それとも当局を驚かせる形で起きている危機なのか」という点だ。長期的に、金利が上がっていくことは不可避だ。今の時期に米当局が意図的に長期金利の上昇を容認したのなら、その理由はおそらく、短期金利を利上げして2%を超えたので、長短金利差(金利曲線)をあまり異様(平坦)にせぬよう、長期金利を4%ぐらいまで上昇させることにした、というものだ。 (Watch out for the yield curve

長期債と短期債、米国債(低リスク・高格付け)とジャンク債(高リスク・低格付け)の間の金利差(金利曲線、イールドカーブ)は、当局や金融界にとってジレンマな状況にある。短期金利は、QE時代のゼロ状態だと維持するコスト(不良な債券を買い込むリスク)が高く、中央銀行が不良債権化して不健全でドルに対する信用も失墜するので、短期金利は2-3%にしておかねばならない。その一方で、長期金利が高いと、債券発行の総残高が前代未聞な巨額(債券バブル)なので、政府と民間が利払いし切れなくなり破綻する。長短や格付け差による金利差を小さい状態にしておかねばならない。だが同時に、平坦な金利曲線を放置すると、金融危機が起きやすい。システム全体としてのリスクが高くなっている。 (Liquidity Crisis Looms As Global Bond Curve Nears "The Rubicon" Level

米金融界では最近まで、長期金利はまだ低水準が続くとの予測が大勢を占め、今回の金利急騰を予測していなかった。その中で、JPモルガンのディーモン会長は、今年5月に「10年もの米国債の利回りはいずれ4%に上がる」との予測を発表し、8月初めには「10年もの利回りは5%を超えて上がる可能性が十分にある。すでに4%になっているべき状況にある」と、さらに強い論調で金利上昇を予測した。市場はディーモンを無視したが、彼の予測はいま当たりつつある。 (Dimon Says Prepare for 4% Yields, Potential Volatility Rise

ディーモンは金利上昇の理由として、短期金利の利上げが長期金利に波及することのほか、米連銀の資産圧縮が市場からドルを吸い上げて債券を放出していること、トランプの米政府がことし財政赤字(国債発行)を急増していること、日欧の中銀群がQEを縮小して米国債を買う国際資金が減っていること、国債市場が2020年以降の不況(危機)の可能性を織り込み始めることを挙げていた。彼は「QEの縮小は史上初めてなので、これから何が起きるかわからない」とか「金利が上がっても、株はあと2-3年下がらない」とも言っていた。彼の発言は、私が上で書いたシナリオと大体合致している。 (Jamie Dimon Warns of 5% Treasury Yields

ディーモンの予測が正しいなら、10年もの米国債の利回りは5%前後まで上がっていく。しかしその状態になると、米政府の国債利払いの総額が米政府の防衛費を上回ってしまい、利払いが財政を逼迫させる。米政府は史上最高水準である21兆ドルの米国債(財政赤字)を抱えている。米国では大企業と大金持ちだけが儲かり、貧富格差が拡大し、中産階級が貧困層に転落して、社会保障関連の支出が増えている。 (Debt Rises: The Government Will Soon Spend More On Interest Than on The Military

米経済は表向き好景気だが、政府支出で見ると、まるで不景気の状態だ。トランプは共和党のエスタブを取り込むため、さかんに金持ち減税をやっており、社会保障支出の増額と相まって、財政赤字が急増している。オバマ時代の後半に年間7千億ドルだった毎年の赤字総額は、トランプになって急増し、今年は年度初めの予測の1兆ドルをはるかに超え、1・3兆ドルになった。 (Goldman: What Is Going On In The US Is "Usually Reserved For Times Of War"

米政府の財政赤字の増加は、国債発行額の増加であり、金利上昇の要因になる。同時に米連銀はQE解消のプロセスとして資産圧縮(債券の放出、ドルの吸引)を続けており、市場はドル不足だ。債券が増え、ドルが減るので、必然的に金利が上がる。金利が上がると、米政府の財政がさらに逼迫する。米連銀がQE解消の姿勢をやめると、一時的に事態が緩和するが、それだと連銀が不健全さを是正できず、ドルの基軸性喪失が早まる。システム的な行き詰まり感が増している。ディーモンが指摘する「何が起きるかわからない」とはこのことだ。 (いずれ利上げを放棄しQEを再開する米連銀

米連銀は、利上げと資産圧縮というQE解消策によって、ドルの基軸性(=米国の金融覇権)を維持しようとしている。だがおかしなことに、トランプは、ドルの基軸性を意図的に自滅させるような政策を次々とやっている。これまで何度か指摘してきた、トランプの貿易戦争と経済制裁の戦略が、それにあたる。 (ドル覇権を壊すトランプの経済制裁と貿易戦争

ここまで10月4日に書いた。だが10月5日になると、危機の様相が一気に深刻化した。ジャンク債の金利が急騰し始めている。これは危険だ。このままだと、米日の株価も数日内に暴落になる。IMFは「世界は金融危機の瀬戸際にある」と宣言した。もう「謎を解く」などという悠長な見出しで書いている場合でない。時間がないので、まず、とりあえず10月4日の時点のこの記事を配信することにした。今回は、解説として抜けている点が多いし、散漫な記事だが、ご容赦願いたい。 (World Economy At Risk Of Another Financial Crash, IMF Warns



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