核ミサイルで米国を狙う北朝鮮をテコに政治するトランプ2017年3月14日 田中 宇北朝鮮は、米国まで届く核兵器を搭載した大陸間弾道ミサイルを開発しており、完成が時間の問題になっている。米国は、敵国が発射したミサイルを撃ち落とす長距離や短距離の迎撃ミサイルを持っているが、実のところ命中率は非常に低い。米当局(軍産)は、軍事費を失いたくないので、命中率を実際よりずっと高く見積もっている。 (米ミサイル防衛システムの茶番劇) (あたらないミサイル防衛) 米軍は、韓国に短距離の迎撃ミサイルTHAADを配備し始めているが、その真の目的は、北のミサイルを迎撃することでない。迎撃ミサイルと称するふつうのミサイルを、中国やロシア極東に撃ち込める体制を作って、中露との敵対関係を強化し、軍産好みの冷戦的な対立構造を維持強化するのがTHAADの真の目的だ。 (The Korean Crisis and the THAAD Missile Deployment: A Growing Tinderbox in the South) 米国は、短距離迎撃だけでなく、アラスカ沖などから発射する長距離の迎撃ミサイルも持っているが、いずれも、北が弾道ミサイルを完成して米国に向けて発射した時、本当に迎撃できるか怪しい。北から日本や韓国に向けたミサイルを迎撃する能力についても怪しい。実際の迎撃力が低いので、北がミサイル開発を進めていくと、非常に危険な事態になる。迎撃能力の誇張報道を信じている国民らはのんびりしているが、ウソをついている張本人の軍産は、北が核兵器とミサイルの開発を急いでいることに困窮している。 (THE NORTH KOREA SYNDROME) (パトリオットは役立たず) 北は地理的に韓国に近すぎるので、米軍が北のミサイルを先制攻撃で破壊する作戦はダメだ。北からの報復でソウルが壊滅する。北に核ミサイルの開発をやめさせるには、米国が北と交渉するしかない。北が核やミサイルを開発する理由は、米国から潰されない抑止力を持つためだ。米国が北を潰さないと確約し、北がそれを信じれば、少なくとも表向き、北は核やミサイルの開発を進めなくなる(裏でこっそり続ける可能性はある)。北を潰そうとしているのは米国なので、米朝交渉が重要になる。 (中国の協力で北朝鮮との交渉に入るトランプ) 米トランプ大統領は、選挙戦で、北の金正恩と交渉すると表明していた。大統領就任後、米政府の意を受けた民間人と、北朝鮮側との非公式な交渉が、5年ぶりに米国で3月に開かれる見通しになった。だが、2月末に米政府上層部からの横やりが入り、北の代表が米国に入国するためのビザ発給が拒否され、米国側が会合をドタキャンした。 (軍産に勝てないが粘り腰のトランプ) その後、米政府は、軍事の先制攻撃で北朝鮮の核やミサイルの施設を破壊することを検討しているとか、米海軍の特殊部隊を北に送り込んで金正恩を暗殺すべく韓国で訓練しているとか、北の核に対抗して米軍が核兵器を25年ぶりに韓国に戻すことを検討しているとか、北をテロ支援国家リストの中に戻すつもりだとか、やたらに過激で好戦的な戦略を矢継ぎ早に表明・リークするようになった。これを見て私は当初、米政権内における軍産複合体との暗闘で、トランプが負けている兆候だと思った。 (US Delta Force, SEAL Team 6 Prepare To Take Out Kim Jong-Un, Practice Tactical North Korea "Infiltration") (Why North Korea Doesn't Belong on the State Sponsor of Terrorism List - Doug Bandow) ▼意外にも軍事でなく政治で北核問題を解決したい軍産 だがその後、どうもそうではないようだと感じられる事態になっている。トランプが敵視するCNNやハフィントンポストなど、軍産傘下や米民主党系のマスコミが、こぞって「トランプは北に核やミサイルの開発をやめさせるため、北と交渉すべきだ」と主張する論文や社説を相次いで出している。 (Why Trump should strike a deal with North Korea) (President Trump, There Is A Deal To Be Made With North Korea) (What the Trump administration means for the North Korea situation) WSJ紙は「米軍の核兵器を韓国に戻すべきでない。不要なリスクやコストが生じるばかりだ。昔と違い、遠くから正確に撃てるミサイルがあるのだから、核弾頭を戦地の近くの韓国に戻す必要などない」とする論文を出した。軍産は、北に対する好戦的なやり方に反対している。北への先制攻撃や金正恩暗殺、韓国への核兵器再配備などの最近の過激な対北好戦策をやりたがっているのは軍産でない。軍産は、迎撃ミサイルが張子の虎なので、北が高性能な核ミサイルを完成させる前に、何とかして核ミサイルの開発を止めねばならないと考えている。そのため軍産は、ことを荒立てない穏便な北との政治交渉をトランプにやらせたがっている。 (North Korea and America’s Nuclear Dilemma) (Kim Jong Un and Donald Trump: Is it time for our dealmaker in chief to talk with North Korea?) (Trump Should Make a Deal With North Korea) それなら、過激な好戦策をリークしているのは誰なのか。などと考えているうちにピンときた。北との非公式協議をドタキャンしたのも、その後やたらに過激な対北好戦策をリーク扇動しているのも、トランプ自身の策に違いない。トランプは、自分の敵である軍産が、トランプに北との交渉をやらせ、軍事でなく政治で北の問題を解決してほしいと思っていることを良く知っている。 (North Korea Expected To Acquire Nuclear-Armed ICBMs No Matter What Trump Does) トランプを敵視するCIA前長官のクラッパー(=軍産)は昨年10月、自らが属しているオバマ政権が進めてきた、北と交渉せず制裁し続けることで北に核やミサイルの開発をやめさせる「戦略的忍耐」の戦略が破綻していると、公式に表明している。昨秋の時点で、すでに交渉しか北問題の解決方法がないことを、トランプの敵である軍産自身が認めている。 (Getting North Korea to give up nuclear bomb probably 'lost cause': U.S. spy chief) どうやらトランプは、軍産が自分に北との政治交渉をやらせたいことを十分承知の上で、政治交渉につながる非公式交渉をドタキャンし、さらには軍産が顔をしかめるような、ブッシュ政権時代の過去の過激な対北好戦策を、あえて次々と引っ張り出してきて、今にもやりそうな感じで喧伝リークしている。軍産の側が「頼むから好戦策を引っ込めて、北と交渉してくれ」と言ってきたら、トランプは「その代わりに軍産君は僕に何をしてくれるのかな」と、交渉に持ち込むつもりだろう(もう交渉しているかも)。 (Trump-Russia deal taking place over North Korea) トランプが軍産から最初に引き出したい譲歩は「ロシア敵視策をやめること」「トランプ陣営はロシアのスパイだと濡れ衣攻撃するのをやめること」だろう。ロシアは北朝鮮に対し、国連で認められた人道支援として、交通関係の装備(車両やヘリコプターなど)や技術者を支援している。ロシアは、北がミサイル発射や核開発再開、金正男殺しなどの国際迷惑行為をやめないので、ヘリコプター輸出などを止めて人道支援を打ち切る制裁に踏み切ろうとしている。トランプは、ロシアと米国が一緒に北に圧力をかけつつ交渉を開始するシナリオを進めることで、北問題を解決するために米露の協調が必要、対露敵視策をやめることが必要、という話にしたいと考えられる。 (Russia drafts new sanctions against North Korea after latest ballistic missile test) (Moscow fully complies with the sanctions) トランプが中国の習近平主席を4月にフロリダに呼んで初の米中首脳会談を行う予定、との報道も入ってきた。北朝鮮の問題は、米中首脳会談の最重要なテーマだ。米単独覇権体制を永続したい軍産は、中国との敵対維持を望んでいるが、単独覇権反対論者のトランプは、きたるべき多極型世界における東アジアの地域覇権国である中国と、敵対でなく協調したいはずだ。軍産が望む、北の核問題を政治的に解決するには、米国が、中国やロシアとの敵対を解いて協調しつつ、米朝交渉を進めていかねばならない、という理屈で、トランプは、軍産の反対に風穴を開けて、中国と協調することができる。 (Donald Trump, China’s Xi Jinping Planning to Meet Soon) ▼トランプの独自策がまだ見えてない中国 トランプが2月にいったん北との非公式交渉をやりかけてドタキャンし、急に過激な好戦策に転換して軍産の譲歩を引き出す策をやる中で、中国は右往左往させられている。中国は2月18日に、北からの石炭輸入を停止する異例の独自制裁策に踏み切った。これは、トランプが北との交渉を開始するのに合わせてやったことだ。だが、トランプは2月24日に北の代表団へのビザ発給を突然拒否し、交渉をドタキャンした。はしごを外された中国政府は「石炭輸入の停止は制裁でなく、国連で定められた北からの年間の石炭輸入枠の上限まで石炭を輸入したので、今年の輸入をもうやめることにしただけだ」と弁明し、態度を変えた。今年はまだ2か月しか経っていないのに、すでに上限(750万トン)まで輸入したという話はウソだろうとみられている。 (Furious with North Korea, China stops buying its coal) (CNimp2 China may view North Korea as 'feudalistic,' analyst says) 中国はその後、トランプ政権が好戦姿勢に急転換する中で「北が核やミサイルの開発を棚上げする見返りに、米韓は合同軍事演習をやめる」という交換条件の索はどうかと米朝に提案した。だが、軍産を譲歩させるための好戦姿勢の真っ最中だったトランプ政権は、この提案をにべもなく断った。中国には、トランプの風変わりなやり方の本質が、まだ見えていないようだ。 (US Rejects China’s Proposed North Korea Deal) (China Proposes North Korea Halt Nuke Program and US Halt Wargames) トランプ政権内で、北朝鮮に向かってヒステリックに敵対的、好戦的な発言を繰り返す役割を担っているのが国連大使のニッキ・ハリーだ。米朝非公式協議のドタキャン後、軍事で北を潰す戦略に初めて言及したり、金正恩は理性に欠けた人なので交渉相手にできないと言ったりしている。彼女は北朝鮮に対してだけでなく、ロシアやシリアに対しても、過激な敵視発言を繰り返している。トランプの本心は、対露協調やアサド容認、対北対話であるはずだ。(トランプはエジプトのシシとの電話でアサドを称賛しつつ「自分が置かれている(軍産との敵対)状況があるのでおおっぴらにアサドを支持できない」と言ったという) (Amb. Haley on North Korean Leader: We're Not Dealing With a 'Rational Person') (Nikki Haley adds to tough talk with North Korea response) (Trump to al-Sisi: Syria’s al-Assad is a Brave, steadfast Man) だが、軍産と戦う戦法として、軍産を困らせるぐらいの過激な好戦策を(口だけ)展開する必要があり、それをハリーにやらせている。トランプは、口だけの過激な好戦策を言わせる要員として、ネオコン風情のエリオット・アブラムスやジョン・ボルトンらも側近に雇用したかったが、政権内のまじめな側近たちに、あんな危険な奴を雇用するのはやめてくださいと猛反対され、あきらめた経緯がある。トランプは、軍産との目くらましな交渉道具として、ネオコンの好戦論を活用しようとしている。ハリーは、過激な好戦論に対する初心者だが、かなりうまく演技している。前任者のサマンサ・パワーにひけをとらない。 (Trump Tested by Slew of Bad Options for North Korea) (Trump Nixes Elliott Abrams for State Dept. Job) (Trump to interview Bolton, 3 others, for national security adviser) 韓国では、憲法裁判所の弾劾支持判決を受け、3月10日にパククネ大統領が正式に辞任し、5月初めの選挙を経て大統領の交代へと動き出した。この動きも、トランプが軍産を譲歩させつつ中露と協調して北と交渉する流れに対してプラスに働く。次の大統領として最も有力なのは中道左派の「共に民主党」のムンジェインで、彼はこの数年間の中道右派の政権よりも北と協調する姿勢が強く、開城工業団地の再開など、経済主導の南北和解を模索している。 (South Korean President Park Geun-hye’s Ouster to Trigger Shift on U.S. Policy) (South Korea may get friendly with its nuclear-armed neighbor) 左翼的な反米(反軍産)意識も強く、親中国派であり、米軍の(あたらない)迎撃ミサイルTHAADの配備に反対している。トランプは、右からの、中露と協調する対北対話派であるのに対し、ムンジェインは、左からの、中露と協調する対北対話派だ。今後、米韓関係が悪化するほど、韓国は中国寄りで反軍産になる。米覇権放棄を誘発したいトランプは、それで好都合だ。韓国の右派は、軍産の好戦策に気安く乗ってしまうので、トランプには都合が悪い。パククネがやめたことで、トランプは動きやすくなる。韓国は対米従属なので米国の言いなりだ。憲法裁判所の決定のタイミングを決めたのはトランプ政権かもしれない。 (Park’s Ouster Raises Prospect of Reset With China, Kim Jong Un)
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