経済の歪曲延命策がまだ続く?2014年9月30日 田中 宇米国の平均的な家計(米国の全家計を年収順に並べたとき真ん中にいる家計)の年収が、2002年の8万8千ドルから、現在は36%下がって5万6千ドルになっていることが、調査機関(ラッセル・セージ基金)の調べで明らかになった。米平均家計の年収は、08年のリーマン危機後に急落し、その後ほぼ横ばいが続いている。対照的に、上から5%のところにいる家計の年収は同期間に14%増えた。上から1%の家計の年収はもっと増えたとの調査結果が出ている。 (The Typical Household, Now Worth a Third Less) 米政府の国勢調査局も、似たような調査を行っている。同局の調査では、平均家計の昨年の年収が5万1千ドルで、08年のリーマン危機後に8%減り、ほとんど回復していない。米国の一人あたりGDPは増えているが、平均的家計の年収は横ばいだ。金持ち層の収入増でGDPが増えたが、中産階級や貧困層の収入は増えていない。GDPの増加は、大半の米国民の所得増になっていない。NYタイムスは「GDPで家族を食わせることはできない」と題する記事を出している。 (You Can't Feed a Family With G.D.P.) 米国では失業率は上がらないが、成人全体に占める雇用者総数の比率(労働参加率)が数十年ぶりの低さが続いており、実質的に雇用が増えていない。その一因は、コンピュータの普及などで、事務部門を含む単純労働が機械に代替される傾向が増したからだとされる。雇用が少ないので、中産階級の年収が増えない。 米国の中産階級の年収は、リーマン危機後に急減した後、微増が続いている。予測調査会社のIHSグローバルインサイトは、米国の中産階級の年収がリーマン危機前の多さに戻るのは2019年と予測している。米政府は、リーマン危機による不況が翌年の09年に終わったとしているが、大多数の米国民(中産階級と貧困層)にとって、リーマン不況は12年続くことになる。 (This is why the middle class can't get ahead) 米国では、大卒者でも低所得の仕事しか得られず、学費のための借金(ローンや奨学金)も返せない人が急増している。収入が少ないので実家に住み続けざるを得ず、結婚や出産が遅れる人が増えている。米国の35歳以下は、親の世代と全く異なる経済環境に置かれている。この現象は日本でも起きている。 (More Phantom Jobs Created - All In The Wrong Places) 米政府は先日、今年4-6月期にGDPが年率換算で4・6%増えたと発表した。同期のGDPは当初4%増と予測されていたが、4・2%増に上方修正され、発表されてみると4・6%増だった。1-3月期がマイナス2%の急減だったことの反動が一因で、工場など住宅以外の建設部門が12%増だったことも原因とされている。意外な高度成長の発表を受け、多くの評論家が「米経済が回復基調にあることが確定した」とはやし、株や債券が上昇して高値をつけた。 (US economy grows 4.6%) 日本も欧州も経済が停滞するなか、米国だけが高成長していると喧伝されている。しかし、米国のGDPの約7割は消費で占められている。米国は他の主要諸国より、経済に占める製造業の割合が低く、代わりに消費が経済の大黒柱だ。消費総額が最も多いのは、最も人数が多い層、つまり中産階級や貧困層だ。米国では金持ちほど一人あたりの消費額が多く、豊かな方から4割の国民が、消費の6割を担っている。それでも、中産階級の収入が大きく減ったまま蘇生しない状況下で、小売業の多くが苦戦している。米経済の大黒柱であるはずの消費は本質的に不振な状態だ。それなのに、GDPの急増や「好景気」が発表されている。 (Why The Fed Doesn't Care About The Poorest Half Of Americans) 米国の小売業界は、金持ち向けの一部の業態をのぞき、中産階級向けの多くが苦戦している。家具や食品など広範囲に、今年5月ごろから売上不振が加速している。この現象は、中産階級の所得の低迷と連動している。映画館の客の入りも悪く、映画製作業界(ハリウッド)は今年、従業員の2割近くを解雇するという。 (What Consumer-Facing CEOs Think: "It's Like Being At War") (Hollywood Code Red: 2014 Already a Write Off, 19% of Jobs Cut) 米経済の大黒柱である中産階級の消費が落ち込んでいるのに、なぜGDPが4%の高成長なのか。自動車や住宅、石油ガス開発などの産業における生産増、設備投資増が高成長の原因とされるが、自動車や住宅の需要増は「実需」に支えられたものでなく、金融のトリックによって演出されている。自動車の販売は増えているが、その主因は企業を中心に、リースが年率20%の急増をしていることだ。古い車をリースに回して新車を買った方が税法上の利得があるとか、企業が債券などで資金調達して自動車を買ってリースに回すと利ざやが取れるといった話が出回り、それらの金融トリックに依存して自動車が売れている。 (Factory construction boosts economy) (The Mystery Behind Strong Auto "Sales": Soaring Car Leases) (Is a Car Lease for Business Tax-Savvy?) 米国の住宅分野では、8月の新築住宅販売が前年比18%の急増となった。しかし月間販売数は50万軒で、リーマン危機前のピーク時だった05年の140万軒の3分の1程度にすぎない。低水準の販売数が続く中での上下でしかない。そして奇異なのは、新築住宅の平均販売価格が過去最高の35万ドルになっていることだ。これはおそらく、住宅を担保にすることが多い金融界が、業界内部で高値で売りに出して自分らで買う自作自演をやって見かけ上の価格を引き上げ、金融界として担保割れを防いでいるのだと考えられる。新築と対照的に、中古住宅は販売不振が続き、平均価格も下がっている。 (New Home Sales Explode Higher Thanks To... Record High Average New Home Prices?) もう一つ好調とされた石油ガス開発は、シェールの石油ガス(タイトオイルとシェールガス)のブームに立脚しているが、以前から書いているように、シェールの石油ガス田は枯渇が早く、ブームは長続きしない。「シェール革命は永遠だ」と喧伝している人(金融家など)は詐欺師である。住友商事が米テキサス州のシェール油田開発で大損失を出したが、彼らはシェールの詐欺を軽信して騙されたのだろう。 (◆シェールガスの国際詐欺) 米国の金融界は1990年代から債券金融システムの急拡大が続き、リーマン危機までは、金融界の急拡大が他の業界の拡大につながり、雇用も増え、金融界に関係ない中産階級の所得増にも貢献していた。しかし債券金融システムが崩壊したリーマン危機後、金融界は自分たちの延命だけで手一杯だ。米連銀のQEもバブルの再燃によって金融界を延命する機能しか持っておらず、中産階級への所得波及の効果が失われている。 この波及機能が再生すると米経済が蘇生するかもしれないが、今のままではダメだ。いずれバブル崩壊して終わる。リーマン危機後、金融界とその周辺にいる大企業や投資家は儲かっており、金融トリックで自動車などの製造業をテコ入れしているが、それはいずれ崩壊するバブル膨張の一部であり、長く続く経済成長の構造でない。 (New Global Crisis Imminent Due To "Poisonous Combination Of Record Debt And Slowing Growth", CEPR Report Warns) 先日、米国の大手債券投資会社ピムコの創設者であるビル・グロスが辞任した。自分から辞めた形になっているが、彼の投資失敗を問責する社内勢力が強くなって首になる前に自分で辞めたのであり、事実上の解雇だ。 (After a life of trend spotting, Bill Gross missed the big shift) グロスは、米国で債券金融システムの拡大が始まる前の70年代に、周囲に変人扱いされながらピムコを創設して成功し、債券投資の神様のように言われた。彼はリーマン危機後、ドルや米国債がいずれ崩壊すると予測した。しかしドルは崩壊せず、米国債金利も低いままで、彼の予測は外れている。グロスは英国債の崩壊も予測したが、英中銀が国債を買い支えたため金利が上がらず、これも外れた。これらのことで、グロスは40年ぶりに神様から変人に戻り、ピムコを追い出された。 ("You Can't Fire Me, I Quit" - PIMCO Was Preparing To Fire Gross) (Pimco cuts US Treasuries holdings to zero) (Pimco's Gross on 'Where Bad Bonds Go to Die') 私自身、リーマン倒産後、一貫してドルと米国債の崩壊を予測している。グロスや私の予測に反してドルと米国債が延命しているのは、連銀などの米当局がドル増刷で債券を買い支えたりバブルの再膨張を煽ったりしていることに加え、米当局や金融界がマスコミや言論界を巻き込んで、バブル膨張の事態を隠し、米経済が回復しているかのような経済情報プロパガンダを充満させているからだ。米当局は、日本に命じて日銀にも円増刷による債券買い支えをやらせ、最近では欧州中銀や中国にまで金融緩和策をとらせようとしている。 (欧州中央銀行の反乱) (Gross was right: The bond bubble will burst) (英媒:評估中國央行行長周小川卸任傳説) 米国は国家を挙げ、覇権国の力を動員して、リーマン危機でいったん破綻した債券金融システムを延命させている。連銀のキーボードで数字を打ち込むだけで、ドルが無制限に発行され、債券の崩壊につながる金利の上昇を抑止できる。ドルの過剰発行でバブルが膨張しても、マスコミを使ってバブルでなく健全な経済成長であるかのように報じさせ、信用不安の発生を止めている。この錬金術の効力は、ビルグロスの予測を上回るものだった。 (Special report: The twilight of the Bond King) 人類史上、基軸通貨が金本位制を離れて膨張することが何度かあったが、1971年の米国の金ドル交換停止以来の膨張は、米英の意図的な戦略であり、意図的である点が史上初だ。この戦略はリーマン危機とともにあぶない状態となり、今のように過剰発行が膨大になると、もう元に戻って蘇生する道をたどれず、いずれ崩壊しかないと考えられる事態だ。 米欧の中央銀行家らが毎年議論してIMFに提出している金融の「ジュネーブ報告書」が今年も発表された。報告書は「債務が世界的に巨額になっている中で、世界経済の成長が鈍化し、危険な事態になっている。政府と民間が債務危機に陥らぬよう、この先何年も低金利を続ける必要があるが、米連銀は来年から利上げしそうだ(大丈夫なのか)」という趣旨だ。似たような論旨の報告書は、昨年からあちこちで出されている。 (Geneva Report warns record debt and slow growth point to crisis) 世界経済が、かなり危険な事態であることは間違いない。米企業の自社株買いの嵐が止まっている。いよいよ株が急落するかもしれない。崩壊の先駆になりかねないジャンク債市場からの資金流出も続いている。今年中に異変が起きても不思議でない。しかし半面、覇権国として無限の錬金力と人類に対する洗脳力を持っている米国の、総力を挙げた延命策・歪曲策が効いているのも確かで、この先もけっこう長く持つかもしれない。すでに意外と長く持っているからこそ、ビルグロスは解雇された。40年間の意図的な膨張が史上初だっただけに、その崩壊過程も史上初となり、予測が難しい。「崩壊するかしないか」でなく「いつ崩壊するか」の問題であることに違いはないが。 (The Buyback Party Is Indeed Over: Stock Repurchases Tumble In The Second Quarter)
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