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ウクライナ内戦の瀬戸際

2014年4月10日   田中 宇

 4月7日、それまでの2週間のやや安定していた政情をくつがえし、ウクライナ東部のドネツク、カルキフ、ルガンスクの3都市で、地域住民の約6割を占めるロシア系の複数の市民勢力が、ウクライナからの分離独立、住民投票の実施、連邦制への移行、新政権への反対、新政権が実施したロシア語の公用語廃止の復活などを掲げてデモや集会を行い、市内の役所や治安当局の庁舎を占拠した。 (Legislature of just proclaimed Donetsk People's Republic asks Putin move in peacekeepers

 ドネツクでは、州政府庁舎を占拠した者たちが「ドネツク共和国」の独立と、5月11日にウクライナからの分離独立を問う住民投票を行うことを宣言した。ウクライナは西部が穀倉地帯、ロシア系が多い東部が工業地帯になっており、ドネツクは東部の工業地帯の中心だ。カルキフでも占拠した庁舎で「カルキフ共和国」の独立が宣言されたが、その後、警察が発砲せずに庁舎の占拠者たちを排除した。 (Ukraine Troops Retake Kharkiv, Secessionists Fortify in Donetsk

 ドネツクでは警察が、治安当局の庁舎から占拠者を排除したが、州政府庁舎からの排除は今のところ行われていない(最後通牒は出されている)。東部地域で起きた反政府運動は、ウクライナからの分離独立を求める激しい勢力と、ロシア語の公用語復活や地域の自治拡大(連邦化)などウクライナ国内にとどまることを前提にした要求を掲げる穏健勢力がいる。ウクライナ政府が反政府市民を強硬に排除して弾圧を強めると、穏健派が怒って過激化してしまう。ロシア政府は、ウクライナ当局が東部住民に対して武力行使すると、東部は内戦になると警告している。 (Russia urges Ukraine not to use force) (Kiev gives protesters 48-hour ultimatum

 東部住民の決起で、ウクライナ情勢は再び緊迫化している。先行きは不透明だが、対立する各勢力の中には、緊張緩和よりも、緊張が激しくなって内戦化することを求める傾向が強い。東部のロシア系住民のうち分離独立を求める勢力の中には、ウクライナ当局が暴力的な弾圧を行って東部が内戦化し、ロシアが軍を侵攻させざるを得なくなる方が、ロシアが東部を併合する確率が高まるので良いと考える者がいる。 (In East Ukraine, Protesters Seek Russian Troops

 ウクライナ新政権には、東部が内戦化してロシア軍が侵攻してくると、米国やNATOが軍事的にウクライナに肩入れを強めざるを得ず、問題の中心が経済(EUがロシアのガスに頼っていることなど)から軍事に移り、ウクライナが米欧から見捨てられる可能性が減ると考える傾向がある。ウクライナ新政権を率いる極右勢力は好戦的である。

 ウクライナの政権転覆を誘発した米国の軍産複合体やネオコンは、東部が内戦になって露軍が侵攻した方が、米露の軍事対立が激化し、米政府が軍事を財政緊縮の例外として扱わざるを得なくなり、軍産複合体が儲かるので良いと考えている。NATOの司令官は「ロシアと対立するなら、米欧諸国は軍事費を積み増しせねばならない」と述べている。 (NATO Chief: Answer to Russia Is More Military Spending) (危うい米国のウクライナ地政学火遊び

 米当局筋がウクライナの政権を反露側に転覆する際、極右に転覆を主導させたのも、好戦的な極右ならウクライナを安定させず内戦に陥らせ、米露対立を煽ってくれるとの読みからだろう。ウクライナ新政権の上層部はすでに極右と親米リベラル系が対立し、議会では、野党の共産党が極右を非難し、極右が反撃して乱闘になった。ネオコンのもくろみどおり、ウクライナの政情は政権転覆前より不安定になった。 (Ukraine Parliament Members Brawl as 'Civil War' Threatens

 米国の宇宙開発機関NASAは、ロシアとの関係をほとんど断絶することを決めた。米露は近年、宇宙開発の共同化を進めており、米国のロケットや人工衛星に、ロシア製の部品がかなり使われていた。今回の米露対立で、ロシア製が使えなくなり、代わりの米国製品を早急に開発せざるを得ず、財政緊縮の例外扱いされた開発費の増加を米軍事産業に与えるのが、NASAのロシア敵視策の真の目的でないかと指摘されている。 (Are US lawmakers the real target of NASA's Russia boycott?

 オバマ大統領は以前からロシアとの協調強化を模索してきたが、それを不可能にするための米軍産複合体の妨害策が、今回のウクライナ危機の誘発だという見方もある。オバマは、シリアなどの問題解決をロシアに譲渡して、中東に対する米国の関与を減らそうとしたが、イスラエルがそれを嫌い、ネオコンを使ってウクライナ危機を起こし、米露関係を悪化させたとの見方もある。 (Neocons' Ukraine-Syria-Iran Gambit

 米国はウクライナ東部に米傭兵会社ブラックウォーター(米軍占領下のイラクの内戦扇動で有名)の子会社グレイストンの特殊部隊(米軍の別働隊)を数百人の規模で入り込み、ウクライナの極右武装勢力と組んで、東部の混乱を煽っていると、露政府が米国を非難している。米政府は逆に、ウクライナ東部にロシア軍の特殊部隊が入り込み、ドネツクなどの分離独立派を支援していると非難し返している。 (Russia Says U.S. Mercenaries in Eastern Ukraine) (U.S. accuses Russian agents of stirring eastern Ukraine unrest

 ウクライナ危機発生以来、米露の対立が強まり、相互にプロパガンダを強めているので、どちらの言い分が正しいか、両方とも正しい(もしくは誇張)かわからない。しかし、情勢の大きな流れからすると、ウクライナは米当局筋に支援された2月の転覆まで、ヤヌコビッチの親露政権であり、ロシアがウクライナを不安定化する必要は全くなかった。 (The Kerry-Lavrov chess match

 ロシアはその後も、ウクライナの各地域の自治権を強化して連邦化することで安定化しようと、米国に対して現実的な提案をしている。非民主的なやり方で政権奪取したウクライナ新政権をロシアが認めたら、提案に乗ってやると、無理な条件をつけて拒否しているのは米国の方だ。「ウクライナの緊張を高めているのはロシアでなく米欧だ」と主張する露外相は正しい。 (It's not Russia that is destabilising Ukraine

 米露ウクライナの3政府のうち、今回の危機への対応が最も現実的、非好戦的で安定を求めているのはロシアだ。ロシアの上院議員は「国連がウクライナを安定化する平和維持軍の必要性を決議しない限り、ウクライナ東部のロシア系住民がいくら露軍の進出を求めても、露軍が行くと国際法違反になるので越境進出できない」「露軍基地の安全を守る必要があったクリミアと状況が違う」と言っている。 (Russia Tells Ukrainians: 'Referendum' Or We Can't Protect You As Ukraine Proposes State Of Emegency

 米国は、ウクライナの政権をロシア敵視の極右に奪取させ、プーチンに脅威を感じさせ、ロシアがセバストポリの露軍港を守るためクリミアを併合せざるを得ない状況に追い込んだ。ロシアは罠にはめられた被害者の側だ。米英は冷戦時代から、ロシア(ソ連)に危機感を持たせ、東欧に対して弾圧的な行動を取ったり、キューバにミサイルを配備したり、アフガニスタンに侵攻するようしむけて悪者に仕立て「悪の帝国」と喧伝する「熊罠(ベアトラップ)」の策略が得意だった。米英が能動、ソ連が受動の立場で永続したのが冷戦の本質だ。ロシアはよく獰猛な熊にたとえられるが、罠にはめられる熊は哀れだ。 (プーチンを強め、米国を弱めるウクライナ騒動

 ウクライナ周辺の旧ソ連諸国は、いずれも国民の1−3割がロシア系だ。ソ連時代には、ロシア系が優遇され、地元系の人々は2級市民扱いの傾向だったが、ソ連が崩壊して各国が独立すると、逆に地元系の人々がナショナリズムを持ち、ロシア系を迫害する傾向に転じた。迫害されたロシア系は、プーチンがロシアを強くして、ソ連時代のように周辺諸国を再び傘下に入れることを望んでいる。

 ウクライナがこうした状況の一例だが、北隣のバルト3国や、西隣のモルドバも同様だ。ウクライナで、クリミアや東部のロシア系が、極右政権の迫害強化策に反発して決起し、分離独立とロシアへの併合を求めたことは、バルト3国などのロシア系を扇動しかねない。バルト3国のうちラトビアとリトアニアの政府は、ウクライナ東部が決起した4月7日から、ロシア系のナショナリズムを煽る報道を強めているロシア国営テレビの、自国内での放映を禁じた。 (Latvia, Lithuania ban Russian state TV broadcasts

 旧ソ連諸国のうち、ウクライナとバルト3国は最も反露・親欧米的だ(ベラルーシやアルメニアは親露的だし、グルジアは米国に扇動されてロシアに戦争をしかけて惨敗した前大統領が退任してから親露的になった)。ウクライナでロシア系の分離独立・ロシア編入の運動が起きたのを見て、バルト3国の政府は、次は自国のロシア系が決起するのでないかと懸念し、米軍などNATOに助けを求めている。米軍は、バルト3国のロシア国境近くの領空を警備する(ロシアを威嚇する)戦闘機を、3機から12機に増やすと決めた。 (NATO to triple Baltic air patrol from next month

 バルト3国は、ポーランドと並び、NATO(米軍)に地上軍の駐留も求めている。米国防総省は、バルト3国やポーランドなど東欧を、軍事訓練しつつ数週間ずつ駐留して転々と移動していく巡回型の駐留を検討している。これは、東アジアにおいて、沖縄やグアムにだけ駐留していた海兵隊など米軍を、フィリピンやオーストラリア、シンガポールなども転々とする巡回型に切り替え、中国に脅威を感じさせる包囲網として機能させたのとと同じ動きだ。 (Baltics urge Nato to base permanent force in region

 巡回型だと、少ない兵力と予算で、広範な諸国に駐留しているかのような態勢をとれる。2011年からの中国包囲網や、今回の米露対立で米軍がやりたいのは、中国やロシアに米国からの軍事脅威を感じさせることだ。実際の兵力は少なくてよい。5千人の米兵を5カ国に巡回させると、5カ国に5千人ずつ米軍が駐留しているかのような脅威感を中露に感じさせられて効率がよい。しかも「5千人」は発表用の要員枠で、実際に動かすのは2千人とかで良い。巡回型なら、財政緊縮中の米政府も、大した負担増にならずに派兵を決定できる。前回の記事でなさそうだと書いたポーランドへのNATO駐留も、バルト3国と合わせた巡回なら実現しうる。 (Poland's PM says NATO to boost military presence within weeks) (Breedlove: US troops may be sent to Eastern Europe

 米欧では、ロシアがウクライナに対して領土的野心を持っているかのように報じられているが、ロシアが求めているのは隣国のウクライナが親露的な姿勢で安定していることであり、領土は重要でない。ロシアは昨年から、中東の覇権を米国から移譲されている最中で、国際イメージを良く保ちたい。パレスチナ和平も、3月末にイスラエルが約束していた政治犯の釈放をしなかったので交渉が頓挫し、パレスチナ自治政府は、仲裁を放棄しそうな米国に代わり、ロシアに仲裁役を頼んでいる。 (Palestinians want Russia, EU to change format of talks

 イラク侵攻以来、米国が自滅的に国際信用を失い、中東などの覇権が棚ボタ式にロシアに転がり込んでいる。だからロシアは、米国よりも紳士的な大国として見られたい。ロシアは、できる限りウクライナ東部への侵攻を避けようとするだろう。プーチンは「ウクライナ新政権は非民主的で不法な存在だが、ロシアはウクライナへの経済支援を続けている」と強調したり、ウクライナがガス代金を払わないので、首相のメドベージェフがガス代の徴収を前払い方式に変えたいと表明した後、プーチンがそれは酷なのでまだやらなくて良いと言ってみせる2人芝居を打つなど、イメージの向上に余念がない。 (Russia Continues Economic Aid to Ukraine Despite Illegitimate Govt. - Putin) (Russia presses Kiev on gas as armed stand-off continues

 ロシアはウクライナへの侵攻を回避したいが、東部が内戦に陥ると「熊罠」に引っかかった状態になり、東部に侵攻せざるを得なくなるかもしれない。米欧はロシアに対する非難を強めるだろうが、その場合でも、米欧がとれる対策は少ない。米国は、ロシアを威嚇する意味での東欧への巡回型の軍事駐留をやりたいものの、ロシアと本格的な戦争はしたくない。EUには、ロシアと敵対したくない国が多い。EUは先日の外相会議で対露政策を協議したが、東欧諸国の間から、経済的な理由でロシアとの対立を避けたいとの意見が相次いだ。 (EU to Rethink Sanctions War With Russia

 ドイツの世論調査では、独国民の77%が「たとえロシアがウクライナ東部に侵攻しても、NATOはロシアと戦争すべきでない」と考えている。ドイツでは、ロシアとの敵対を煽る報道に終始するマスコミに対して怒る人が増えているという。「マスゴミ」呼ばわりは日本だけでない。 (Germans reject Nato intervention in Ukraine) (Popular Discontent Grows with German Media Lies in Ukraine Crisis

 ウクライナは、せっかく米欧の側についたのに(むしろ、ついたからこそ)、米欧からの経済支援をあまり受けられず、ロシアからの支援を打ち切られ、国家破産に直面している。ムーディーズは、国家破産しそうだとしてウクライナを格下げした。IMFのトップであるラガルド専務理事は、ウクライナはロシアの経済支援がないと潰れてしまうと発言した。ロシアの助けがないと潰れるウクライナを、ロシア敵視の政権に転換させたのは、IMFを牛耳る米欧だ。今ごろ何言ってんの?、という感じだ。 (Moody's downgrades Ukraine to `default imminent') (Ukraine's Economy Would Have Collapsed Without Russian Aid - IMF Chief



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