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遺伝子組み替えの政治懸念

2013年6月1日   田中 宇

 米国オレゴン州の小麦畑で、米政府が認可していない、遺伝子組み替えの小麦が発芽しているのが見つかった。問題の小麦は、種子開発の世界最大手企業モンサントが、1989年から05年までオレゴンの畑で試験的に栽培していたもので、遺伝子組み替えによって、同社の除草剤「ラウンドアップ」をかけても枯れない「除草剤抵抗性」を付与された「ラウンドアップ・レディ」と名づけられた品種だ。この手の作物は、除草剤を空中散布しても雑草だけ枯れて作物自体が枯れずに育成するので、農家にとって栽培がしやすくなる。だが、同品種の試験途上の04年、世界の多くの国が、この種の小麦の輸入を好まないことが判明し、モンサントは開発を打ち切った。米国を含め、世界の国々の中で、遺伝子組み替えの小麦を認可している国は、まだ一つもない。 (Monsanto Modified Wheat Not Approved by USDA in Field

 問題の小麦は05年に試験栽培を打ち切り、それから8年以上が経った。だが今春、オレゴンの小麦農家が、休耕地の雑草を枯らすために除草剤をまいたところ、枯れずに生え残っている小麦があることを見つけた。その農家は不審に思ってこの小麦を州立大学に持ち込んで検査したところ、未認可のモンサントの遺伝子組み替え小麦であることがわかった。何らかの理由で、8年前に栽培をやめた品種が自生していた。 (Genetically-engineered wheat discovered in Oregon field

 今回見つかったのは実る前の成長中の小麦であり、米国から輸出された小麦粉の中に未認可の遺伝子組み替え品が混入していたのではない。しかし、オレゴンの一部の小麦畑で8年前からの遺伝子組み替え品が自生していたことが確認された以上、休耕地でなく小麦を栽培している畑にも自生した組み替え品がわずかでも混じって生えて収穫され、世界に輸出されてきた可能性がある。オレゴン州の小麦の90%は米国外に輸出されている。 (Japan cancels some US imports after Monsanto wheat found in Ore.

 日本は、メキシコに次いで、米国産小麦の輸入が多い国だ。5月30日、日本政府はオレゴン州の小麦である「軟質白小麦」などの米国からの輸入を禁じる措置をとった。韓国や中国、台湾なども、輸入禁止措置を採ったか検討している。日本が米国からの輸入を禁止した軟質白小麦は、麺類やクッキーなどの原料になる小麦粉で、日本は米国の代わりにカナダ、フランス、豪州などから小麦を輸入している (Asian Buyers Shun U.S. Wheat

 遺伝子組み替えは、小麦において許可されていないものの、大豆やトウモロコシ、綿花などで許可され、大々的に導入されている。米国産の大豆の93%、トウモロコシの88%が遺伝子組み替え品だ。世界的に、遺伝子組み替え種子の90%はモンサントの製品だ。 (Discovery of Monsanto GMO wheat threatens US exports

 遺伝子組み替え品は、食品としての安全性が確立していない。事実上、全人類を対象に人体実験の最中といえる。モンサントや、その息のかかった「専門家」や政府筋の人々は「安全だ」と言うが、その宣言は、モンサントのロビー活動の結果であるという疑いをぬぐえない(除草剤抵抗小麦は、枯れないというだけで、除草剤をたっぷりかけられている。殺虫剤をかけても死なないゴキブリを粉にして焼いたクッキーを食べるイメージだ)。最近、欧米をはじめとする世界の52カ国436都市で、モンサントの遺伝子組み替え種子の使用に反対する市民団体のデモや集会が開かれている。特に欧州人が強く反対している。 (Commentary: GM wheat sprouts another round of Monsanto criticism) (We can't let Monsanto win on genetically modified food

 オレゴンでの発見は、世界中で遺伝子組み替え反対デモが行われた直後の、モンサントにとって非常に悪いタイミングで起きた。モンサントはすでに昨年、欧州で、各国の農家に遺伝子組み替え品の作付けを勧誘したり、遺伝子組み替え品を阻止する各国政府と裁判で争ったりする従来の営業戦略を、費用対効果の面で引き合わないと結論づけ、売り込みをあきらめている(遺伝子組み替え作物は欧州で、トウモロコシを中心に、スペイン、ポルトガル、チェコなどで栽培されている)。欧州では、BASFやバイエルなども遺伝子組み替え作物の研究をしてきたが、いずれも昨年、開発を縮小する方向に動き出している。欧州での、遺伝子組み替え食品をめぐる市民運動とモンサントなどとの闘いは、市民運動の勝利になっている。 (GMO lose Europe - victory for environmental organisations

 モンサントは欧州で遺伝子組み替え種子の拡販をあきらめただけでなく、今回のオレゴンの件で、米国からアジアへの小麦輸出についても、遺伝子組み替え種子のせいで風評被害のようなことが起こり、打撃となっている(企業としての儲けは増えているが)。 (Monsanto Profit Forecast Increase Fails to Boost Shares

 ここで私が懸念するのは、モンサントの「悪さ」よりも、日本の米国からの圧力への弱さだ。これまで日本の農水省は、国内の農業など一次産業を守るため、今回の輸入禁止や狂牛病のときのように、米国産の農産物に懸念があるときは、米国の業界や政府筋から「神経質すぎる」と非難されても無視して輸入禁止の措置を採ってきた。しかし昨年後半以来、特に安倍政権になってからの日本は、日米同盟の維持を最優先にして、米国から政治圧力を受けると、国内産業の打撃や地元の反対などを無視して、米国側の言いなりになる傾向が強まっている。米国は大手の銀行と企業が政府を動かす権力構造だ。米政府は基本的にモンサントなどの言いなりだ。日本が米政府の言いなりになる傾向を強めると、モンサントの言いなりにならざるを得ない。

 TPPの参加について安倍首相は繰り返し「これは日本の安全保障のためだ」と言っている。つまり、日本の農業などが潰れることよりも、日本がTPPに参加することで米国が日本を軍事的な傘下に入れ続けてくれることの方が重要だということだ。米政府が日本に「TPPに入らないと、米国は日本の安全を守りませんよ」と圧力をかけている感じだ。 (国権を剥奪するTPP

 遺伝子組み替え食品について、従来の日本は比較的厳しい態度を採ってきたが、TPPの受け入れとともに、今後は「軍事的な安全」と引き替えに「食の安全」をあきらめる展開になることが懸念される。円を守っていた日銀は、安倍政権によって白川総裁がほとんど暴力的に辞めさせられ、代わりに崩れかかっている米連銀の量的緩和策を助けるために黒田総裁が据えられ、ドルと米国債を延命させるために、円と日本国債を先に自滅させるアベノミクスが行われている。同様に、農水省の頑固な国内農業保護策も、対米従属最優先の安倍政権によって潰され変質させられるかもしれない。 (財政破綻したがる日本

 政治軍事的な安全保障は大事だろうが、日本政府のやり方を見ると、尖閣を国有化して意図的に中国との敵対を煽ったり、本来は対米従属上の大切な同盟国であるべき韓国との仲を改善せず、向こうのせいにして日韓関係を悪いままにしておくなど、よく見ると日本政府は安全保障政策において非常に稚拙だ。日本政府(官僚機構)がやりたいことは自国の「安全保障」でなく、対米従属の維持であることが見え隠れしている。むしろ、日本を危険にした方が対米従属を維持できる。

 米国は財政難が悪化している。5月31日には、10年もの米国債の相場が急落した。ゴールドマンサックスは「これは本物の急落の始まりだ」といっている。投資家の間で、米国の財政に対する信用不安が起きている。米国は財政難になるほど、日本の安保面の面倒を見なくなる。日本は目先の対米従属に固執するあまり、安保と食の(たぶん「職」も)安全を失っていきかねない。 (Goldman: This US Treasury Sell-Off Is for Real



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