他の記事を読む

和平会議に向かうシリア

2013年5月17日   田中 宇

 私は5月7日に配信した記事で、イスラエルがシリアを空爆したのを機に、中東が大規模な戦争になっていくかもしれないと書いた。しかしその翌日、モスクワを訪問中の米国のケリー国務長官がロシア側と会談し、5月末もしくは6月にジュネーブで、シリアの内戦を終わらせるための国際会議を開くことを米露が発表した。シリア和平のジュネーブ会議は昨年すでに開かれていたが、アサド政権を倒したい米サウジトルコイスラエルなどと、アサド政権に味方する露中イランなどが対立したまま、内戦が続いてきた。 (◆大戦争と和平の岐路に立つ中東) (Russia and US agree to Syria conference after Moscow talks

 ジュネーブの和平会議は今年も失敗するかもしれないが、少なくともしばらくの間、米露など外部の諸勢力が和平の方に動き、シリア内戦は激化しないだろう。イスラエルがシリア軍の兵器を空爆で破壊したのは、和平会議の開催が正式に決まったら空爆しにくくなるので、その前に駆け込み的に敵であるシリア軍やヒズボラの軍事力を空爆で低下させる策だったと考えられる。イスラエルのネタニヤフ首相は中国訪問後、ロシアに行ってプーチン大統領と会っている。 (Russia warns against moves over Syria

 シリア和平会議は今年も成功しない可能性が高い。米国は、内戦を終わらせてシリアの新政府を作る際、アサド大統領が辞任することが必要だと主張している。露中やイランなどは、アサドが辞めるべきかどうかを外国勢が決めることを内政干渉として反対し、シリア国民による選挙(国民投票)で決めるべきだと主張している。 (US: No Syria Peace Deal Without Assad Ouster

 シリア内戦で反政府派が強く、アサドの政府軍が劣勢なら、内政干渉であっても米欧の意見が通るかもしれないが、実際は逆に、政府軍が優勢で反政府派が劣勢だ。最近、隣国レバノンで事実上政権をとっているシーア派武装政党ヒズボラが、政府軍に加勢してシリア内戦に介入し、シリア南部の要衝を次々と反政府軍から奪還している。 (Report: Hizbullah Fighters Advance to Sria-Jordan Border

 シリアを取材した含蓄ある英国人記者ロバート・フィスクも、シリア政府軍の優勢を伝えている。最近、シリア内戦で化学兵器を使った犯人が、米欧が喧伝する政府軍でなく、反政府勢力だったことを国連が調査して発表したが、フィスクも「政府軍は戦闘機を多数持っており、反政府派を倒すのに化学兵器より戦闘機による空爆の方がはるかに有効である以上、政府軍が化学兵器を使うとは考えられない」と、説得力のあることを書いている。 (Robert Fisk: The Syrian Government Is Winning) (シリア虐殺の嘘

 シリア反政府派は軍事的、政治的(善悪的)に劣勢なだけでなく、内部分裂がひどくなっている。その一端は米国の稚拙な戦略にある。今年3月末、シリア反政府派の統一戦線であるSNC(シリア国民評議会)は、米国籍(シリア系米国人。クルド人)のガッサン・ヒット(Ghassan Hitto)を暫定政府首相に選出した。だが、SNCの米国傀儡色を強めようとするこの動きは、SNCの内部分裂の激化をもたらした。 (Cracks appear in Syria opposition body) (シリアの内戦

 米欧は、SNCを世俗(非イスラム)リベラル派が主導する態勢を続けさせたいが、内戦場で実際に政府軍と戦っている反政府民兵のほとんどは、ムスリム同胞団もしくはアルカイダを支持するイスラム主義者だ。米欧の傀儡色が強い亡命者主導の政治主流派と、シリア国内で戦う軍事勢力との対立がひどくなり、SNCは事実上、イスラム主義者に乗っ取られている。同胞団はシリア土着の勢力(最大野党)である一方、アルカイダ系は欧米(アラブ系英国人が多い)やイラク、アフガニスタンなどから流れてきた外国人だ。(同胞団はエジプト発祥で百年の歴史がある国際団体で、同じく百年の歴史がある共産党と同様、各国ごとの別組織になっている) (Obama: Post-Assad Syria Could Be Extremist Haven

 シリア和平会議は、シリア内戦でアサド政権が優勢に、反政府勢力が劣勢になる中で行われる。そのため、アサド政権は出席すると表明したが、反政府勢力は参加を拒んでいる(米国が開催する以上、最終的にSNCは参加するだろう)。米国は、反政府勢力を、傀儡色を強めようとして弱体化させた挙げ句、反政府勢力の弱体化が進んだところで和平会議の開催に賛成するという、自滅的なやり方を突き進んでいる。中東政治では、いつものことだ。 (Syria Rebels Reject US-Russia Dialogue

 オバマ政権は、アサド追放を希求しているが、その一方でシリアに軍事介入する気もない。米政府は軍事費を含む財政緊縮の最中で、イラク以上の泥沼化が必至なシリア侵攻などごめんだ(10年以上経済制裁された挙げ句に侵攻されたイラクのフセイン政権に比べ、シリア政府軍はずっと強い)。米議会では今、昨年9月にリビアのベンガジ米国大使館がアルカイダ・同胞団系勢力に襲撃された事件で、米当局が襲撃を予測していなかったへまを隠すためウソをついていたことが問題視され、オバマ政権が非難されるスキャンダルになっている。 (What No One Wants to Hear About Benghazi

 米政府は、米軍をシリアに侵攻させる前に、米当局がシリア反政府派(つまりアルカイダと同胞団)に武器を渡すだけで、いずれ反政府派がアサド政権転覆後、シリアを傀儡化しようとやってきた米国の拠点を襲撃し、ベンガジ事件がシリアで再発しかねない。米国は、シリア反政府派をこれ以上軍事支援することに消極的なので、軍事でなく政治(外交)で問題を解決する和平会議の開催を容認するしかない。 (White House "Rethinking" Plan to Arm Syrian Rebels: Wait a Minute, Didn't They Do That Already?

(情報分析上の失態なら、ベンガジ事件よりも、ブッシュ政権が大量破壊兵器がないのにイラクに侵攻した件の方がずっとすごいし有名だが、それは大して問題になっていない。ブッシュは親イスラエル右派、オバマは反イスラエル右派であることが、その違いの根底にある。オバマ政権は、税務当局IRSが与党民主党の政治団体を厚遇する一方、共和党の茶会派の政治団体を冷遇していた件でもスキャンダルを起こされている。米国の覇権戦略を転換しようとした2期目の大統領は、ニクソンもレーガンもクリントンも、イスラエル右派が黒幕と思われるスキャンダルに悩まされた。親イスラエル右派を貫いたブッシュはスキャンダルがなかったが、代わりに米国の覇権を自滅させた。イスラエル右派が隠れ多極主義と思われるゆえんだ) (Obama Administration Under Siege From 3 Huge Scandals: Here's Why It Could All Come Crashing Down

 英仏は、米国より戦略面でまともだ。英仏は、SNC内のアルカイダ系勢力(Jabhat al-Nusra)だけをテロ組織として国連が認定して排除し、SNCをリベラル主導に戻したうえで和平会議をやろうとしている。しかし、シリア国内で戦っている勢力の多くがアルカイダ系である以上、彼らを排除して会議をやっても停戦にならず、意味がない。 (Brits, French Push for UN to Label Syria's al-Nusra as al-Qaeda

 米議会(特に上院)は右派に席巻されているので、米国は最後まで「アサドが辞めない限りシリア問題は解決しない」との態度をとるだろう。他の国々は、米国の態度を非現実的だと考えるようになる。アラブ連盟は、3月に連盟でのシリアの代表権をアサド政権から剥奪して反政府派に渡したが、米露が和平会議の開催を決めた後「反政府派は政権を組む準備がまだできていない」として、シリアの代表権を「空席」に戻した。アサド政権を認めるところまで行っていないもののの、アラブ連盟の譲歩が向かっているのはそちらの方向だ。 (Syria has its seat vacant: Arab League

 これまで内戦を戦うシリア反政府勢力に武器を供給してきた主な国は、米国でなく、ペルシャ湾岸のガス産出国カタールだった。カタールの君主は米国から親しくしてもらう一方で、イスラム原理主義を信奉し、イラクやリビアなどでアルカイダ系の勢力を支援してきた(アルカイダはもともとCIA傘下の勢力で、カタールはCIAに協力していた。911後、米国はアルカイダ敵視に転じたが、カタールは支援し続けた)。 (Saudis, Qatar fire UN torpedo at Syrian peace) (A Terrible Idea: Arming the Syrian Rebels

 カタールはこれまで、アルカイダだけでなく、シリアの同胞団も支援してきた。しかし最近、和平会議の開催が決まり、英仏露がシリアのアルカイダへの批判を強めるとともに、同胞団はカタールを批判し始めた。同時にサウジアラビアの王政が、初めてシリアの同胞団をサウジに呼んで会談した。同胞団は「イスラム社会主義」的な組織で、エジプトでもシリアでも以前の王政に反対しており、サウジ王政にとって危険な勢力だ。だからサウジはこれまで、シリア問題でカタールと並んで反アサドの姿勢だったが、同胞団と関係しなかった。それが今回、米欧露の差し金なのか、サウジがシリアの同胞団に接近するとともに、アルカイダを支援しすぎたカタールを外すかのような動きを採り始めている。 (Saudis overtaking Qatar in sponsoring Syrian rebels) (Qatar funnels billions of dollars to Syrian rebels

 これらの事態をふまえて考えると、米国は、非現実的さが増す「アサド追放」に最後までこだわるだろうが、英仏露中サウジトルコなど他の諸国は、現実路線に傾いている。この傾向が進むほど、シリア問題を主導するのは米国や英仏でなく、ロシアや中国、イランになる。全体的に、中東の諸問題を主導するのが米国から露中に転換し、米国の影響力は低下している。現実主義(キッシンジャー以来の「リアリスト」)のオバマ政権は、こうした低下傾向や多極化を容認している。 (露中主導になるシリア問題の解決

 5月15日、国連総会でアサド政権を非難する決議が採択された。サウジなどの働きかけでアラブ連盟が主導して可決した。5大国の談合体制である安保理と異なり、多数決の国連総会ではBRICと発展途上諸国が数の力で強く、それらの国々はアサド政権の独裁より、米欧の世界支配に対する反感が強い。それなのに国連総会でアサド非難決議が採択された理由は、国連総会の決議に強制力がないので、サウジなどアラブ産油国がカネのちからで動かせるものだったからだろう。 (Counterproductive': UN General Assembly votes to condemn Assad's forces in Syria war

 シリア問題は今後、アサド政権の存続が容認されつつ、アルカイダを外し、世俗リベラル派亡命勢力もシリア国内で任期を持てないまま、最大野党のムスリム同胞団がアサドから何らかの譲歩を引き出しつつ、総選挙も経て、新たなシリア政府が組まれるようになりそうだ。アサド政権はシリア国民の10%しかいないアラウィ派の独裁である一方、同胞団は国民の70%を占めるスンニ派に立脚している。公正な選挙が行われれば、シリアの政権はアサドから同胞団に移る。これは、エジプトと同じ流れになる。今は、エジプトとシリアの同胞団が全く無関係な感じを醸し出しているが、シリアで同胞団が政権をとったら、相互の同胞団が同根であることがしだいに顕在化するだろう(イスラム教の国際政治運動は、共産主義運動より深謀で広範だ)。 (革命に近づくシリア

 シリアの転換が始まりそうなのを受けて、クルド人の問題も大きな変化が始まっている。トルコがPKKと和解するとともに、北イラクのクルド人自治政府とトルコが接近し、イラク政府が猛反対しているクルド独自の石油開発にトルコが参入するとともに、イラクの内戦状態がひどくなっている。40年ぶりのトルコとクルドの接近は、中東政治の大転換である。この件はあらためて書きたい。 (Turkey-Kurd Deal On Oil Riles Iraq



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ