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世界体制転換の渦・経済編

2013年2月21日   田中 宇

この記事は「世界体制転換の流れの渦」の続きです。

 2月15日にモスクワで開かれたG20経済会議の直前、円安を政策として掲げる日本政府に対し、国際的な批判が強まった。日本政府は批判に応え「円安のテンポが速すぎる」と表明する口先介入で、円安傾向を一時止めた。 (Aso Says Pace of Yen Decline Too Fast With G-20 Set to Meet

 日本と米国の当局はいずれも、自国の通貨と国債(財政赤字)を大量発行して為替を弱くする政策を続けている点で同じだが、政策の意図として当局が表明しているものが異なる。米当局は「景気と金融危機への対策として通貨と国債の大量発行が必要だ」と言い続けてきたが、日本の当局は「デフレ対策」のほかに「円安にして日本企業の輸出力を再強化する」と言っている。米当局の政策は、実態がドル安誘導だが、口では「強いドルが望ましい」と言い続けている。日本の言動には、こうした詭弁がなく馬鹿正直なので、国際的に「日本は国際的な為替引き下げ競争(通貨戦争)を煽っている」と批判された。 (円をドルと無理心中させる

 アングロサクソンのほか、中国やロシア、ドイツなども、大国をめざすだけに外交的な詭弁(外交術)がうまい。対照的に日本は、戦前から一貫して「ふんどし一丁」「まごころ重視」で、戦後ずっと対米従属(覇権志向禁止)だったこともあり、国際的に交際術軽視で、詭弁術を身につけたがらない(対米従属を超える国際戦略がないので、戦略を隠然化する詭弁術も必要ない。日本で言われる「国際感覚」は、国際的にやりたいことをやるためでなく、世界から嫌われないようにするためのもの)。以前の米英主導のG7の協調介入のように、大国が決めた流れに従う限り、日本は問題ないが、今回のように独自の戦略をやり出すとうまくいかない。 (Currency farce reveals US-Japan dispute

 とはいえ、日本の今の円安政策は、資金がドル建てから円建てに流れる動きを阻止するとともに、日本に誘発されて他の国々も通貨を切り下げる傾向を生み、弱体化するドルの崩壊を防ぐ効果をもたらしている。日本は円を下げるため、米国債など外債の買い支えの拡大も検討しており、米国債の下落を懸念する米当局にとってありがたい存在だ。米当局は日本の円安戦略を支持し、G20会議で日本の円安政策が名指しで批判されることを防いでくれた。G20が終わったので、再び何らかの機会をとらえて円安が進みそうだ。 (G20 currency truce shortlived as Japan mulls foreign bond buys) (The problems with Japan's economic experiment

 今の円安政策(量的緩和策)は、短期的に金あまりが株高、債券高を生むので好感されているが、長期的に円と日本国債を弱体化する。ドルは基軸通貨だが円はそうでないので、日米が似た状況ならドルより先に円に対する信頼が失われる。日本国債の信頼が少し失われただけで国債金利が高騰し、日本政府の国債利払いが急増し、国民生活のために使う予算が消し飛ぶ。日本は自らを犠牲にしてドルを延命させている。日本では30年前から「円高=悪」だが、これは実のところ「日本が米国をしのぐこと=悪」の対米従属策だ。マスコミは、円高に資源を安く買えるなど良い点もあることを(意図的に)無視している。 (Why Japanese Debt is a Disaster Waiting to Happen

 G20会議前、EU(ドイツ)が「切り下げ競争を煽っている」と日本の円安施策を批判した。ドイツは為替の影響を受けにくいEU域内貿易で儲ける一方で、強いユーロを希求してEUの国際地位を強化する覇権戦略を採っている。日本の円安で世界的な切り下げ競争が起きると、ドイツ主導のユーロ高戦略が不利になる。ドイツより経済が弱いフランスではすでに、オランド大統領が「仏経済が悪いのはユーロ高のせいだ」と前代未聞の発言を行い、ドイツを慌てさせている。 (France fires latest salvo in euro debate as currency wars threaten global economy

 通貨戦争(輸出価格の引き下げ競争)の隠れたもう一人の主役は中国である。基本的に為替をドルにペッグしている中国は、ドル安傾向の恩恵を受けており、日本がドルに合わせて円の弱体化策を強めたことを批判せず看過している。中国は従来、安い賃金で安い製品を作って輸出する戦略をとる発展途上国だったので、ドル安に便乗しつつ為替を安定できるドルペッグがふさわしく、あふれる輸出代金で米国債を買って世界最大級の米国債保有国となった。 (Conscientious objectors unlikely in currency war

 だが中国では最近、経済全体に占める輸出や投資の比率が下がり、国内消費が増えている。民間と公共の消費が中国経済に占める割合が、昨年、半分を超えた。中国は昨年、資本の流入より流出が増え、中国に沈没してほしいと願う日本では「中国の先行きを懸念して資本が逃げ出している」と報じられた。だが実のところ、これは対外不均衡の改善で、中国が海外からの投資に頼らずに経済を回せるようになったことの表れだ。米右派のWSJ紙がそう書いている。 (Beijing's Steady Progress Toward Rebalancing

 今後の中国は、経済が輸出主導から内需主導に転換するとともに、国富と軍事外交力を拡大して多極型の新世界秩序の中で東アジアの覇権国になると予測される。この予測が実現するとき、中国は覇権国として強い人民元を望むようになっているはずで、米国の覇権(つまりドル)にぶら下がる必要もなくなり、米国が中国の同盟国にならず敵視する限り、中国はいずれ米国債を売りに出す。その行為が、ドルを基軸通貨の座から引きずり降ろし、それが米国債の格下げなどと並ぶ、通貨戦争の一つの頂点になりそうだ。

 通貨戦争はおそらく、日本など各国が弱くなるドルに合わせて自国通貨を切り下げる競争をする前半部分と、中国やEUが経済体制的に米国を見限ってドルが基軸性を失う後半部分という2つの戦局から成り立っている。前半戦において、中国は後方に立っているだけの端役だ。とはいえ、この戦争が全体として何年間続き、いつから後半戦に入るのか、今のところ全く見えない。前回の記事と同様の構図として、ドルが基軸通貨として再び隆々とする可能性もあるが、今のところその兆候はなく、むしろ連銀によるドル延命策(量的緩和)はドルの寿命を縮めているし、国防総省の中国包囲網策は中国に米国の覇権を積極的に壊そうとする姿勢(米国債売り放ちや国連乗っ取りなど)を扇動している。 (中国敵視は日本を孤立させる

▼続く米財政の揺らぎ

 中国が米国への対抗を強める前に、米国自身の経済的な内部崩壊が起きるかもしれない。次の難関は、1月から2カ月延期され、3月1日にやってくる強制的な米政府財政の一律削減(財政の崖)の問題だ。米政府は口実を作って債券格付け機関を次々と提訴し、財政の崖が起きたら米国債を格下げしそうな格付け機関に圧力をかけている。 (BANK US sues S&P after triple-A downgrade

 米政界では、民主党も共和党も「一律財政削減は良くないことだが両党が削減策で合意できない以上、財政再建のためにしかたがない」とする考え方が主流だ。一律削減の開始まであとわずかだが、米議会では一律削減を回避する策を決めようとする動きがなく、このまま削減が開始される可能性が高い。どの程度の混乱が起きるか不透明だ。 (Karl Rove: A Better Republican Sequester Strategy

 全米各州の収入の3分の2は、連邦政府からもらう金だ。米国債格下げなどによって連邦政府が財政的に回らなくなると、全米各州も財政破綻する。この事態に備え、テキサス州は、連邦政府が財政破綻してもテキサス州が破綻せず州政府が何とか機能し続けるにはどうしたらいいかを考える委員会が作られることになった。 (Texas Bill Would Prepare for Federal Meltdown

 テキサス州はもともと連邦政府から独立しようとする傾向が強い。連邦政府の財政難にかこつけた政治運動の色彩もありそうだ。財政の崖が発生しても、大したことにならないという説もある。国防総省は、財政の崖で一律の支出削減が発動されたら金欠になり、80万人の国防総省の文民要員に毎週一回ずつ無給の自宅待機をさせ、人件費を減らさねばならないと言っている。しかし911以来急増した国防総省の予算全体(5千億ドル超)から見ると、今回の削減(初年度460億ドル)は多くない。80万人の給料遅配は、事態を大きく見せるための茶番劇だ。ソ連やサダムフセインの脅威を誇張して予算拡大に励んできた国防総省は、この手の誇張劇の演出が、戦闘そのものよりも上手だ。 (Pentagon urges delay in "devastating" $46 billion budget cuts

 財政の崖は、経済より政治の問題だ。しかしその一方で、長期的に米国は経済的に広範な衰退を続けている。リーマンショック以来、金融市場だけ改善して実体経済が悪化する事態が続いている。オバマ政権は「製造業の復権」を目標にしているが、米国ではこの13年間、新規の工場の開設が急減したままになっておいる。「中国の下請け」的な人件費の安い組立業は増えても、高付加価値の製造業は増えない。 (No Evidence of U.S. Manufacturing Revival

 米国では全世帯の半数が、貯蓄が生活費の3カ月分未満しかなく、失業したら生活できなくなる家計破綻の際にいる。全世帯の3割が貯蓄性預金を持っていない貯金なしの状態だ。米国は、中産階級の崩壊が進んでいる。対照的に、中国は中産階級の形成が進んでおり、米中の事態を合わせると覇権の転換が感じられる。 (Nearly Half Of American Families Live On The Edge Of Financial Ruin

 米国はいま株価が上昇しているが、企業の内部者による自社株売りが増えている。自社株売買は、売りが買いの9倍以上の高水準にある。自社の状況をよく知っている内部者の自社株売りの増加は以前からの傾向だが不気味だ。企業経営者は経済の先行きが不透明なので新規投資を控える傾向が続き、企業の儲けは増えにくい構図だが、それをよそに米連銀主導で資金過剰が醸し出され、資金が株式に流入して株価だけ上がっている。 (Insiders now aggressively bearish) (Companies Fret Over Uncertain Outlook

 数カ月内に株価が急落すると予測する人もいるが、米連銀や金融界がドルやジャンク債の大増刷によって資金過剰の状態を維持する限り、一時的に株価が下がっても過剰な資金に買い支えられ、下落は一時的に終わる。しかし、債券までが下落するとなると話は別だ。個人投資家はジャンク債を買いあさっているが、大手の投資家は昨年末からの買いあさりから売り姿勢に転じている。 (Big investors lead bets against junk bonds

 米連銀は今年に入って、米財務省が発行した額以上の米国債を買っている。市場から買っているのだろうが、米連銀は、自分たちが買わないと米国債の下落(金利上昇)が起きると恐れているのでないか。顕在化していないが、米国債は危うい状態と感じられる。米当局にとって、安倍政権が日本人のお金をなげうって危うい米国債を買い支えてくれるのはありがたいはずだ。 (Fed Has Bought More U.S. Gov't Debt This Year Than Treasury Has Issued

 今後もし3月初めの「財政の崖」や、5月に延期されたが再来する米政府の財政赤字上限の引き上げ問題がこじれ、11年夏のように米国債が格下げされると、米金融界は債券市場の崩壊を防ぐため、株式を急落させて債券市場への資金の流れを強制的に作り、債券を防衛するかもしれない。11年夏はそれが起きた。当時は、しだいに株価も元に戻ったが、延命策の長期化とともに米連銀や金融界の基礎体力が落ちており、危機が再来したら蘇生できるかどうかわからない。 (米国債格下げの影響はまだ序の口

 ドルが崩壊感を強めると、金地金が値上がりする。1971年のニクソンショックで金本位制が終わり、金地金は通貨制度の原点でなくなり、米国の国家信用(政治覇権)がドルを支える体制になったが、イラク戦争やリーマンショック以来、米国に対する信用が揺らぎ、現体制が瓦解して金本位制(もしくはそれに似たもの)に戻らざるを得なくなる可能性が増している。

 来るべき多極型世界における極である中国やロシアが、石油をドルでなく金地金で取引する体制を新設しようとしているとの見方もある。石油決済代金としてのドルの独占体制は、ドルの基軸通貨性を支えてきた。それを中露が壊そうとしていることになる。中国政府が、ひそかに金地金を買い貯めているという説もある。中国は、他の多くの国々と同様、国家戦略の一つとして、政府の金地金保有量を曖昧なままにしている。 (Petrogold: Are Russia And China Hoarding Gold Because They Plan To Kill The Petrodollar?

 イランが、トルコに金地金を代金として原油を売る体制をとっていたが、最近の米欧の制裁強化でそれが禁じられた(金地金原油販売に使われるイランの銀行が国際的な取引停止にされた)。この展開も、ドルの基軸通貨性と絡んだ話だ。 (Exclusive: Turkey to Iran Gold Trade Wiped Out by New U.S. Sanction

 世界の中央銀行は全体として昨年、公表されているだけで534トンの金地金を購入した。これは1964以来最も多い。世界各国の中央銀行は1944年のブレトンウッズ合意以来、ドルの基軸通貨体制を支えてきた立役者だ。彼らが金を買いあさるのは、ドルが基軸通貨性を失っていることの象徴ととらえるのが自然だ。ドイツは敗戦国として米国に預けた金塊を取り戻そうとしている。昨年、世界全体の金地金の需要は、史上最大の2364億ドル、前年比6%増だった。 (Central Banks Buy The Most Gold Since 1964) (World Gold Demand Hits Record High In 2012) (ドイツの金塊引き揚げがドル崩壊を誘発する?

 金地金が重視され、金相場が上がりそうになると「金は上がりすぎだ」という主張が金融マスコミから出てきて、誰と結託しているかわからない著名な大手投資家が「私も金を売ってますよ」と語るのが、近年の常態だ。今回も「ジョージ・ソロスが昨年末に手持ちの金地金の半分を売った」とか「金関係の投資を全部売り払ったファンドもある」などと喧伝されている。金相場は、ここ数日下落している。 (Gold Bugs Watch Out: Warning Signs Pile Up) (George Soros, Pimco Turned Bearish on Gold

 しかし長期的には、ドルは過剰発行され、米国は財政難が悪化して、ドルと米国債に対する信頼が揺らぐ傾向が増しており、ドルの代わりに金地金を価値の備蓄材として見直さざるを得ない状況だ。だからこそ世界の中央銀行が金地金を買いあさっている。とはいえ、短期的に金相場は乱高下が続きそうなので、地金備蓄でなく先物取引をする人は気をつけた方がよい。

 このほか、EUや英国の戦略についても新展開が起きているが、今回は書ききれないので次に回すことにする。



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