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日本企業の問題は円高でなく製品競争力の喪失

2013年2月6日   田中 宇

 今回の記事の題名は、1月31日のFT紙の記事「Japan's problem is uncompetitive products」からとった。日本のマスコミでは、円高とデフレさえ解消されれば日本経済は立ち直るので、円の大増刷と財政赤字の急増によって、円安とインフレ、資金が十分にある状態を作るアベノミクスが成功するに違いないという論調が席巻している。しかしFTの記事は、アベノミクスのプラスの効果が薄く、むしろ逆に日本経済を破綻させかねないと懸念している。 (Japan's problem is uncompetitive products

 FTの記事は「円安で日本製品の価格が下がっても、世界の人々がサムソン製の代わりにソニーや東芝の製品を買うようにはならない。日本の問題は、通貨でなく製品の競争力だ」と書いている。日本製品の価格が下がっても、世界の人々が本当に日本製でなくサムソンを買い続けるかどうか、FTは根拠を書いていない。しかし、世界市場での電機製品を全体的に見て、韓国勢が上り坂、日本勢が下り坂なのは(日本人以外の)多くが認めるところだろう。

 1月の中国での日本車販売が急増したと報じられた。「そらみろ。中国人はまだまだ日本製品が好きなのだ」と安堵した人が多いかもしれない。だが中国では、日本車だけでなく中国製品の多くも、1月の前年同月比の販売が急増した。昨年は、多くの商店が休む旧正月(旧暦で日取りを決定)が1月だったが今年は2月なので、1月の前年同月比売上が増えただけだ。 (Lunar Holiday Shift Lifts Japanese Car Sales in China

 パナソニックが四半期決算で黒字を出し、パナの株価が急騰した。いよいよ日本企業の復活か、とはやし立てられている。しかしパナの黒字化は、従業員減らしなどコスト削減の効果が予想より大きかったからで、失われつつある製品の魅力が復活したからでない。コスト削減はむしろ、長期的に、製品の開発力を削ぐマイナス面が大きい。私の周辺のパナやソニーの従業員たちは、社内の雰囲気がひどく後ろ向きになってまずい状態だと語っている。日本企業に復活のきざしは薄い。

 冒頭のFTの記事で私が驚いたのは、日本企業の弱さを指摘した点でない。円が急速に安くなりすぎて日本国債が信用不安になって急落(金利急騰)し、巨額の国債を持っている日本の金融界が国債を買い支えるために米欧から資金を急に引き上げ、世界的な金融危機の引き金を引きかねないというシナリオが示唆されていた点だ。これまでも、日本国債が世界金融危機の引き金を引きかねないという指摘を見たことはあるが、どういうシナリオに基づいてそう考えられるのか書いてあるのを見たのは、これが初めてだ。 (Japan rejects currency war fears

 日本製品の競争力が低下している以上、円安は、輸出増によるプラス面よりも、輸入エネルギー価格の上昇によるマイナス面の方が大きく、日本経済にむしろ悪影響を与える(今冬は、石油ストーブの灯油が、買いに行くたびに値上がりしている。暖房費の増加は貧困層の苦しみを増す)。欧米のヘッジファンドは昨年末から、円に対する姿勢を買い(円高予測)から売り(円安予測)に転じている。円安が日本経済に悪影響を与えるのを見て、投機筋が円売りを加速すると、円安が大幅に進むとともに、日本国債に対する信用が失われる。 (The problems with Japan's economic experiment) (Japan records its largest trade deficit

 日本政府が日銀に圧力をかけた結果、日銀は、円安に拍車をかけるため、来年春から欧米の国債を大量に買うことを決めた。勘定(バランスシート)の肥大化は銀行を不健全にするが、米連銀など多くの中央銀行が、債券金融システムの肥大化とバブル崩壊の中で、勘定を拡大したのと対照的に、これまでの日銀は勘定を大きくしないようにつとめ、これが円の強さ(円高)の一つの源泉だった。しかし今後、日銀が円安のために外国債券を買いまくると、日銀の勘定が肥大化し、円の強さが構造的に失われる。円は、目標値を超えて下落し、日本国債の信用も失墜する。 (Japan Rebuke to G-20 Nations May Signal Moves to Weaken Yen

 日本国債の91%は、日本政府に服従する金融界をはじめとする日本勢が持っている。日本国債を投機的に投げ売りできる外国人投資家は9%しか持っていない。しかし少し前まで、外国人の比率は5%以下だった。9%でも投機筋が投げ売りすれば、日本国債の急落が起こりうるとFTは書いている。日本国債の急落を防ぐため、日銀や日本の金融界は、これまで買いあさった欧米の国債を売って日本国債を買い支え、それが世界危機につながりかねない。 (Chasing The Yen To 100

 米政府は最近、債券格付け機関のS&Pを、サブプライム危機の前に危険な不動産担保債券に高すぎる格付けをつける不正をしたとして提訴した。S&Pは、一昨年夏に米議会共和党とオバマ政権が財政緊縮策で対立して混乱した時、3大格付け機関の中で唯一、米国債を格下げした。そのため、米政府がS&Pを提訴したのは、米国債を格下げしたことの報復だとする見方が流布している。サブプライム危機の前、S&Pだけでなく他の格付け機関や、米政府の当局者までが「サブプライム債券は安全だ」と豪語していた。S&Pが悪いなら、他の格付け機関や米政府自身も悪だ。S&Pは狙い撃ちされている。 (US sues S&P after triple-A downgrade

 米政府がS&Pを提訴したのが、米国債格下げから1年半もすぎた今のタイミングである理由は、今年の正月に2カ月延期した「財政の崖」が3月1日に再来するのに、米議会とオバマ政権の財政緊縮論争に決着がつかず、このままだと他の大手格付け機関も米国債を格下げするかもしれないからだろう。米政府は、他の格付け機関に対し「米国債を格下げしたら、お前らも提訴するぞ」と脅す意味で、見せしめ的に今のタイミングでS&Pを提訴したのだろう。 (終わらない米国の財政騒動

 これは、市場の道理を政治的にねじ曲げる汚いやり方であるが、ドルと米国債の延命に役立つのは確かだ。米当局は、統計のごまかしなどもやりつつ、ドルと米国債の延命をはかるのと対照的に、日本政府は日銀に円と日本国債を意図的に弱くする政策を加速させている。また米英のマスコミは「ユーロ圏諸国の株価が急落しそうだ」などと煽り報道をしている。円やユーロが悪い状態が続くと、その分、ドルは延命する。 (Yen Meddling - What Has Japan Started?

 日銀の白川総裁が、辞任を前倒しすると報じられた。白川はもしかすると、日銀の独自性を一日でも長く守ねために任期最後の4月まで粘って、その間に日本国債の信用不安が起きたりしたら、本来は彼を追い落とそうとしている日本政府のせいなのに、マスコミに「白川のせいだ」と書かれて泥を塗られる可能性が高いので、早めに辞めることにしたのかもしれない。

 日本政府が日銀にも圧力をかけつつ巨大な金融緩和策をやりだしたのは野田政権の昨年後半からであり、安倍政権だけの政策でない。この政策は本質的に、日本が常に米国より弱くなければならない対米従属の強化なので、マスコミや「専門家」に広く支持されている。だがこの政策は、ドルや米国債より先に円や日本国債を破綻させるもので、日本経済と多くの日本人の生活を破壊する可能性が急速に高まっている。 (日本経済を自滅にみちびく対米従属

 この政策に対し、米国は、ドルと米国債を延命させてくれるものなので黙っている。中国は、日本経済が自滅に向かってくれているので黙っている。しかしドイツなど他の国々からは、日本のなりふり構わぬ円安政策を「通貨切り下げ競争(通貨戦争)を煽っている」と批判する声が多々出ている。対米従属を貫きたい日本政府は、国際的な批判に耳を貸さず、円の自滅的弱体化策を続けている。尖閣問題の悪化もあり、日本はこの数カ月で急速に危機に陥っている。FTなど外国のマスコミは危機を指摘しているが、日本のマスコミは全く報じない。危機自体だけでなく、危機が報じられず国民が無知なままであることも非常に危ない。



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