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イラクの石油が世界を変える

2012年10月25日   田中 宇

 イラクの中央政府と、北イラクのクルド人自治政府が、石油利権をめぐる5年間の紛争に終止符を打ち、クルド政府がイラクで産出した石油の17%を売る権限を持つことで合意しそうな流れになっている。 (Iraq, Kurds May Reach Draft Oil Law Pact Soon

 03年からの米軍占領下で成立したイラクの中央政府は、国内の石油のすべてを自分たちの管轄下に置こうとしたが、米軍侵攻前から存在していた親米勢力である北イラクのクルド人自治政府は、イラクと別の国として独立することも視野に入れ、石油・ガスの開発や輸出に関して中央政府の管轄下に入ることを拒否した。中央政府とクルド人政府の対立は5年以上続き、この対立があるためイラク政府は、各派閥(シーア、スンニ、クルドなど)の石油利権の持ち分を確定する石油法を創案したものの施行できず、イラクの石油開発は不確定さを抱えていた。 (Baghdad to transfer oil payments to Iraq Kurds today) (イラク石油利権をめぐる策動

 中央政府とクルド政府の話し合いは今年に入って進捗し、9月に交渉が妥結し、中央政府は9月末、これまで支払いを保留してきたクルド政府の石油代金の取り分を払い込んできた。中央政府との和解を受けて、クルド政府はこのほどトルコに向けて原油の輸出を正式なものとして開始した(これまでは密輸出していた)。イラク政府とクルド自治政府の石油紛争はまだ正式に解決したものでなく、非公式合意の上に立って中央政府がクルド人の石油輸出を黙認している段階だが、事態の流れから見て、解決に向かって動いていると考えられる。 (Kurdistan begins oil exports, defying Baghdad

 イラクとクルドの石油紛争が和解しそうな中で、一人だけ外されて割を食っている勢力がいる。米国の大手石油会社エクソンモービルである。エクソンは、手つかずの部分が多い世界第2位の埋蔵量を持つイラク南部の西クルナ(ウエストクルナ)油田の第1鉱区の開発をイラク政府から受注する一方で、昨年にはクルド政府から北イラクの油田開発を受注した。イラク政府は、外国企業がクルド自治政府から勝手に石油開発を受注することを禁じており、それを破ったエクソンを制裁する意味で、西クルナ油田の開発から外すことを模索し、イラクのマリキ首相がこの件で米オバマ大統領に苦情を言ったりした。 (Exxon seeks to quit flagship Iraq oil project

 イラク政府とクルドの石油紛争が解決することになっても、イラク政府のエクソンに対する敵視は解けていない。エクソンは西クルナから撤退していくことに同意し、西クルナの開発権の6割を他の企業に売却することを決めた。売却先はイラク政府が探している。イラク政府は、ロシアの政府系企業であるルコイルやガスプロム(ガス会社だが子会社で石油開発をしている)に売りたいと考えており、10月上旬にマリキ首相が露プーチン大統領に会った際に提案した。 (Iraq intends to replace Exxon with Russian companies - reports

 エクソンは、西クルナを開発しても石油産出に必要なインフラが未整備で利幅が薄いので放棄し、より利幅が大きいクルド地区の油田開発に注力することにしたと説明し、西クルナ撤退はイラク政府から追放された結果でないと言っている。そのためこの話は、イラクの石油利権が米国からロシアに移るという地政学的な転換として大騒ぎされても不思議でないのに、エクソンが儲からない油田開発をやめることにしたという産業面の話になり、小さくしか報じられていない。 (Exxon Mulls Exiting Iraq's West Qurna - Analyst Blog

 エクソンは、イラクの石油インフラが未整備だと言うが、フセイン政権時代の10年の経済制裁と、米軍侵攻後の混乱を経験してきたイラクで、パイプラインや精油所、道路や電力網など石油関連インフラが未整備なのは当然だ。油田は何十年も石油を産出するのに対し、石油インフラはイラクが政治的安定を維持できれば10年以内に整備されていくと予測され、長期的に考えれば西クルナを手放すのが惜しいはずだ。エクソンは、実際のところイラク政府に追放されるのに、株価に影響せぬよう非現実的な説明をしているように見える。

 クルドがイラク政府から石油輸出を認められるのを受けて、最近エクソン以外の国際石油会社が、相次いでクルド政府から石油開発を受注した。米シェブロン、仏トタールに加え、露ガスプロムが参入した。エクソンがクルドに手を出して西クルナから追放される一方で、ガスプロムはクルドに手を出したのに、イラク政府から西クルナに来てくれと頼まれている。 (A long-term oil law, the making or breaking of Iraq

 これはおそらく国際政治の問題だ。イラク政府は、米政府にエクソンを制止してほしいと頼んだのに軽視され、それで怒ってロシア勢を招き入れているのだろう。米国側は「エクソンでなくロシアや中国の石油会社に開発させても十分な石油が出ず、イラク政府は後悔するだろう」と高をくくっている。イラク側はこうした米側の態度に腹を立てているはずだ。 (米軍撤退を前にイラク人を怒らせる

 米国が高をくくっているのと対照的に、先進諸国の石油機関であるIEAは、イラクが今後の20年間で国際石油市場を動かす存在になり、石油市場の風景を一変させると予測している。多くが未開発なままのイラクの産油量は、2020年の300万バレルから、35年には800万バレルへと急増する。この伸びはダントツで世界一である。イラクの増産分の石油を買うのは中国やインドなど急成長するアジアの新興諸国になる。 (Iraqi Oil poised to become game-changer for world markets, landmark IEA report says

 これまでサウジアラビアが先進諸国に石油を売る構図だったのが、今後はイラクが新興諸国に売る構図になる。サウジ王政は米国の傀儡だが、イラク政府は反米のイランとシーア派連合を組んでいる。サウジは世界最大の埋蔵量を持つ油田がある東部でシーア派が反政府運動を強めており、産油が不安定になっていくかもしれない。 (バーレーンの混乱、サウジアラビアの危機

 従来はサウジが大きな生産余力を持ち、他の産油国が石油価格を上げようとすると、米国がサウジに頼んで余力分を産油して国際市場に放出し、価格を下げてきた。だが20年後の世界では、米国の言うことを聞かないイラクがイランと組んで大きな生産余力を持つことになりそうだ。米国は、せっかくイラクに侵攻して占領したのだから、世界第2位の埋蔵量を持つ西クルナ油田を軽視せず、イラク政府をおだてつつ米国の利権として開発していくべきなのに、全く頓珍漢なことをやっている。(だから米国はイランに戦争を仕掛けるだろうとメールを送ってくる人がいるかもしれないが、侵攻したら米軍はイラン占領の泥沼にはまり、イラクやアフガンでの損失を越える覇権の低下を招く。陰謀論を言うなら深く考察してからにしてほしい) (石油大国サウジアラビアの反撃) (「イランの勝ち」で終わるイラク戦争

 イラクの石油利権には、ロシアだけでなく中国も群がってきている。中国の国営石油企業群は、これまでアンゴラ、スーダン、コンゴなど、アフリカ大陸でさかんに石油開発してきた。その手法は、アフリカ諸国の政府に接近して、欧米と対照的に人権問題でうるさいことを言わず、開発資金を融資しつつ道路や港湾などのインフラ整備を手がけて喜ばせ、石油ガスや鉱物資源の開発権を受注していくものだ。中国勢は、この手法をイラクでもやろうとしている。中国のインフラ整備技術は米欧日より劣るものの、未開発のアフリカやイラクの経済をテコ入れするには十分だ。米国が高をくくっているうちに、イラクの利権は中露に取られつつある。 (The Beijing-Baghdad Oil axis) (イラクの石油利権を中露に与える

 イラクの石油利権をめぐって起きていることは、多極化の流れの一つである。米国(米欧)から中露など新興諸国に石油利権が移転していくことは、数年前にすでに予測(予定)されていた。私は07年にFT紙の記事をもとに「反米諸国に移る石油利権」という記事を書いた。今イラクで起きていることは、まさにこのFTの記事が現実のものになっている。 (反米諸国に移る石油利権



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