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米軍撤退を前にイラク人を怒らせる

2011年6月14日   田中 宇

 6月10日、イラクを訪問中だった米国の議員団を率いるダナ・ロラバッチャー下院議員(共和党)が、イラクのマリキ首相との会談とその後の記者会見で「イラクは(米軍の侵攻によって独裁者サダムフセインを倒してもらい、自国民がやれなかった民主化を米国にしてもらったのだから、財政難の米政府のために)米軍のイラク戦争の費用の一部をイラク政府が負担すべきだ」と発言した。マリキ首相はこの発言に激怒し、即日、ロラバッチャーら議員団にイラクから出て行けと命じた。議員団は翌日、イラクを出国した。ロラバッチャーは「何も間違ったことは言ってない」と突っ張っている。 (Irked Iraqis Ridicule Notion of Paying US for Invading

 イラクの政治家らは、ロラバッチャーの発言を「間抜けだ」と評している。イラクには、15兆ドル分の石油が埋蔵されていると言われている。米国の財政赤字総額を上回る額だ。米国がイラクの占領事業をもっとうまくやっていたら、イラクの石油利権の多くを米国のものにでき、今ごろになって米政府が財政難だから侵攻費用を出せと言う必要はなかった。米当局は侵攻以来の8年間、イラクの石油利権を確保する努力をほとんどせず、イラク人の反米感情を煽ることばかりやった結果、石油利権の多くはロシアや中国、トルコ、フランスなど、米国以外の企業に取られる結果になっている。

 今年末の米軍撤退を見込んで、5月初めにはロシア外相がイラクを訪問し、石油ガスの開発や、米軍撤退後のイラクとの軍事関係の強化などについて交渉した。トルコ首相も4月に大勢の財界人を引き連れてイラクを訪問し、イラクのインフラ整備や、イラクの石油ガスをトルコ経由のパイプラインで欧州などに輸出する事業などについて話し合った。 (Russian FM in Iraq to discuss oil, arms) (Turkey learns rules of the game in Iraq

 米軍は昨年、イラク占領の司令部として使っていた、バグダッド中心部の豪華なフセインの大統領宮殿(グリーンゾーン)から撤退した。その後、米軍がほどこした宮殿敷地内の要塞化をもとに戻し、イラク政府の会議場として使えるようにする工事を行ったのはトルコ企業だ(先日、アラブ連盟サミットがこの宮殿で開かれた)。米国はイラクで軍事費を浪費しただけで撤退に向かい、その後のイラクの利権あさりに、ロシアやトルコ、中国など非米反米諸国が群がっている。 (Iraq Steps Back Onto the Regional Stage

 共和党から大統領選に立候補するかもしれない米財界人のドナルド・トランプは最近「イラクの石油は米国のものだ」と宣言した。これもロラバッチャーの発言と同様、今さら的な間抜けな空論だ。共和党では、この手の過剰に好戦的で間抜けな発言をしないと支持されないかのようだ。 (Donald Trump: Iraq Oil Will Make Us a Fortune

 そもそも、米国のイラク侵攻は「イラクが大量破壊兵器を開発している」という、ウソの開戦事由(戦争の大義)によって挙行され、国際法上、違法な「侵略行為」である(米国が覇権国なので、国際社会はこの米国の国家犯罪を黙認している)。ロラバッチャーの「イラクは戦費を負担しろ」という要求は、乱射事件を起こした犯人が、遺族に対して「乱射に使った銃弾の費用を払ってくれ」と言っているのと同じだ。

▼米軍駐留を延長したい微妙な時期に放たれた問題発言

 ロラバッチャーの発言に対し、米政府の駐イラク米国大使館は「議会と米政府は別組織だ。発言は米政府と関係ない」という趣旨の発表を行い、距離を置いた。米政府は、ロラバッチャーの発言に迷惑しているのだろう。米政府はイラク政府との間で、今年末に米軍を撤退する協約を結んでいる。この協約には、撤退延期は認めないという趣旨のことすら明記してある。米政府は今ごろになって、イラク側に対し、この協約を事実上破棄し、米軍の駐留延長を認めてほしいと求めている。 (US troops in Iraq: US, Maliki weigh possible extension

 イラク側では、駐留延長を認めても良いと言う勢力(主にクルド人)と、延長などダメだと言う勢力(主にシーア派)が分裂している。ロラバッチャー発言は、この微妙な状況下で、イラク側の反米感情を煽り、駐留延長など認めないと言う勢力を力づけてしまっている。 (U.S. congressional delegation sets off political IED in Iraq

 ロラバッチャーは軍産複合体系の人で、冷戦時代に強硬な反共産主義論者だった。中南米の左翼政権を毛嫌いし、CIAの秘密部隊を中南米に派遣して、地元の右翼を米国への麻薬輸出で儲けさせて軍事資金を作って左翼に内戦を仕掛けさせる戦略を推進していた。この戦略は「汚い戦争」として中南米で報じられ、中南米の人々の反米感情を煽り、中南米での米国の利権を削ぐ結果となった。ロラバッチャーは今回、かつて中南米で失敗したのと同種の過激な手法をイラクで展開し、イラクでの米国の利権を削ぐ効果を生んでいる。

 ロラバッチャーは、大量破壊兵器の開戦事由をでっち上げて米国をイラク侵攻と泥沼の占領に引きずり込んだ「ネオコン」の先輩格だ。ネオコン諸氏も若いころ、ソ連を極端に敵視する戦略を、議員の政策秘書などとして立案していた。もはやネオコンが米政界で力を持たなくなったので、先輩ロラバッチャーが再登場した感じだ。

 ネオコンは、米軍のイラク占領を稚拙にやり、その結果、米国の仇敵であるはずのイランがイラクを事実上の属国にしてしまうことを誘発した。ロラバッチャーは、今回のイラク訪問で、イラク政府が、国内にいるイラン反政府亡命組織「ムジャヘディン・ハルク(MEK)」を追放することを決定し、立てこもるMEKの勢力にイラク軍が発砲して30人を殺した事件について「虐殺であり、イラク軍の行為は国際法定で裁かれるべきだ」と発言した。イラク側は、内政干渉だと反発した。 (Iraqi Officials: US Congressional Delegation `Not Welcome'

 イラク軍がMEKを追放することにしたのは、イランの敵だからだ。これまでMEKは、イランを敵視する米国によって、イラク国内で亡命生活を送ることを許されていた。米軍の撤退が近づき、イランがイラクに影響力を行使する度合いが隠然と強まるとともに、MEKが追放されることになった。ロラバッチャーは、イラクがイランに接近するのを妨げようとして、MEK殺害を非難した構図だが、これも今さら遅すぎる感じだ。 (Iraq determined to close Camp Ashraf'

 米国がこの8年間、イラク人をもっと大事にしていたら、イラクがイランの傘下に入ることを防げたはずだが、実際は全く逆だった。米軍はイラクで50万-80万人の市民を殺したとされる。虐殺者としては、イラク軍より米軍の方がはるかに上だ。

▼イラク侵攻を誘発した後で反米に転じたイランのスパイ

 ネオコンは表向きイランを敵視したが、実際には逆に、イランがイラクを支配することを誘発した。ネオコンがかわいがった在米亡命イラク人のアハマド・チャラビ(シーア派)は、米軍占領下で一時イラク石油相にまでなったが、実は以前からイランのスパイとして知られていた。彼は、米軍の占領が泥沼化するとともに反米運動の旗手となり、今では米軍の撤退を強く要求している。 (Iraq's Chalabi, who sought invasion, now wants US out

 チャラビはイラクのナショナリズムを鼓舞するだけでなく、バーレーンのシーア派による民主化運動をも支援し、バーレーン、サウジ東部、イラク、イラン、レバノンまで続く「シーア派の三日月地帯」の全体を結束させ、中東におけるシーア派の力を拡大したいと考えている。これは、イランがイスラム革命以来、ずっと続けてきた国家戦略と全く同じである。イランの台頭によって窮するのは、イスラエルとサウジアラビアという2つの親米国だ。ネオコンの多くはユダヤ人だが、彼らがチャラビに力を与えてやらせたことの内実は、イスラエル潰しである。 (Iraq's Chalabi Advises Protesters Abroad

 米国の市井の分析者の多くは「米軍がイラクから撤退するはずがない。米政府は、駐留する意味が薄い韓国や日本に60年以上も駐留しているように、何だかんだ理由をつけ、イラクに駐留し続けるに違いない」と考えている。この現象は、自分たちの運動の対象が失われてほしくないという反戦リベラル派の潜在意識のあらわれのようにも見える。 (US Out of Iraq. Really.) (Remember Iraq? We ain't leaving

 実際には、米国の上層部に、ネオコンやロラバッチャーのような、過剰な好戦論を放って占領を失敗に導き、米国の覇権を崩壊に導く共和党系の勢力がいる。彼らがまんまと成功するとは限らないが、彼らの方が、表向き反戦運動に同情的だが実際には米国の軍事覇権の永続を希求する米民主党の国際主義者たちよりも、覇権国による戦争を終わらせる早道を進んでいるように感じられる。



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