米露関係の変化2012年6月21日 田中 宇米国海軍が主催し、日本など米国の同盟諸国の海軍も参加して、ハワイ周辺の海域で隔年で行われている世界最大規模の国際海軍演習「環太平洋合同演習」(リムパック)に、今年初めてロシアが軍艦を派遣した。ロシアは、昨年までのオブサーバー参加から格上げされた。今年のリムパックは、東アジアと南北米州、欧州の合計22カ国が参加し、7月11日から8月2日までの予定で行われる。ロシア軍は、すでに6月13日に対潜哨戒艦など3隻がウラジオストクを出港している。 (Russian warships leave for multinational naval exercise in Hawaii) 米軍がリムパックにロシアを正式参加させたのは、オバマ政権の「アジア重視」「中国包囲網」と関係がありそうだ。今年のリムパックにはロシアのほか、フィリピンとインドの海軍が初めて参加する。東アジアの国では、従来からのオーストラリア、韓国、シンガポール、タイ、インドネシアも参加する。米軍は最近、中国包囲網策のため、フィリピンやインド、オーストラリア、シンガポール、タイなどとの軍事関係を強化したり、これらの国に米軍が短期滞在できる基地や寄港地を借り上げている。 (環太平洋合同演習) 米国がリムパックに参加させたアジアの国々は、米軍が中国包囲網のために関係強化している国々と重なっている。しかも、リムパックには中国が招待されていない。インドは初参加するが、中国の傘下に入って米国に敵視される傾向を強めているパキスタンは呼ばれていない。今年のリムパックは、米国が昨年から開始した中国包囲網強化策の一環と位置づけられる。 (US looking for new partners with Pacific naval exercise) 今年のリムパックが米国の中国包囲網強化策であるとしたら、同演習に今年初めて参加するロシアは、米国から、中国敵視策に協力する国の一つとみなされていることを意味しかねない。ロシアはこの10年ほど、上海協力機構、BRICSなども通じ、中国との戦略関係を強め、イランやシリアの問題でも中国と協調し、濡れ衣をかけて侵略しそうな米欧のやり方を中露合同で批判している。ロシアが米国の誘いに乗ってリムパックに参加し、中国包囲網の片棒を担ぐとしたら、それは新たな展開だ。 (China and Russia flex muscle at the West) 米軍がロシア軍に秋波を送ったのは、リムパックが初めてでない。米軍は今年5月24日から31日まで、ロシア軍の空挺特殊部隊の20人を米コロラド州の陸軍基地に招待し、米軍の特殊部隊と一緒に、テロ対策などの合同軍事演習を行った。ロシア軍が米国に来て軍事演習を行ったのは、歴史上これが初めてだった。 (Russia, U.S. to Hold Anti-terror Drills in May) (Department of Defense Confirms Russian Troops to Conduct Terror Drills Inside U.S.) ▼アフガン撤退でロシアにお世話になる米軍 米軍には、ロシアに媚びを売らねばならない事情がある。米軍は来年、アフガニスタンから膨大な軍事物資を運び出すのに、ロシアやその傘下の中央アジア諸国を通らせてもらわねばならない。アフガン占領の当初は、パキスタンを通って物資を出し入れできたが、米軍がパキスタン軍を誤爆して謝罪しなかったりしたため、パキスタンは米国などNATOの物資を自国経由で出し入れすることを禁じている。米国は、パキスタンと輸送再開に向けて交渉していたが、謝罪する気がないため交渉は決裂している。 (US-Pakistan talks break down) 米欧は、パキスタンと反対側のアフガンの隣国であるイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて敵視しているので、イラン経由の出口もない。NATO軍には、ロシア経由の出口しかない。露大統領に返り咲いたプーチンは、米国の弱みを知りつつ「協力しますよ」と言っている。もちろん下心はありありだ。 (Why Putin is being so helpful to the US) 下心の一つは、ロシアの軍用ヘリコプターを新生アフガン軍に売ることだ。アフガン軍の装備は米国が金を出している。米政府は、ロシアの国営武器輸出企業であるロソボロネクスポルトから、アフガン軍用に21機のヘリ(Mi-17)を買うことに決めた。ロソボロネクスポルトはシリア政府軍に武器を売っている会社でもあるので、米議会上院で反対論が噴出したが、米政府は無視した。上院議員も、プーチンに貢ぎ物をしないと米軍がアフガンから撤退できないことを知りつつ反対論を言っているので、大したことにはならない。 (US defends Russian arms deal despite Syria link) 米国からロシアへのもう一つの貢ぎ物と思われるものは、北極海の島々だ。米露間では、シベリアの沖合にあるウランゲル島など北極海の7つの島々の領有権の問題が解決していない。7つの島々の領有権を主張しているのはロシアだけだが、島々の中には米国やカナダの探検家が初上陸ないし発見したと言われる島がある。 (Status of Wrangel and Other Arctic Islands) 北極海は地下資源が豊富なうえ、冷戦時の米ソ対立もあり、米国は7つの島についてロシア領と認めていない。冷戦終結後、米ソ・米露間で交渉があったが、妥結していない。この件についてオバマ政権は今年に入り、ロシアの領有権を認めても良いという態度をとっている。アラスカ州議会が反対したが、米政府は秘密裏にロシア政府と交渉を重ねている。米政界のタカ派が「オバマは、地下資源が豊かなアラスカ沖の島をロシアに割譲する気だ」と批判しているが、実のところ島々はアラスカでなくシベリアの沖にあり、米国が島々の領有権を主張したこともない。米国が7つの島についてロシアの領有権を認めると、米露間に領土紛争がなくなる。 (Obama's giveaway: Oil-rich islands to Russia) 6月19日、メキシコで開かれたG20サミットのかたわらで、プーチンの大統領就任後初めての米露首脳会談が行われた。米国の覇権を軽視するプーチンは、5月に米国で開かれたG8サミットを欠席する一方、中国や独仏を先に訪問したため米露首脳会談が遅れたが、ようやく米露会談がもたれた。 (Putin and Obama Hold Talks During G20 Meeting in Mexico) 米露間は、シリアやイランの問題で対立している。米国が東欧に迎撃ミサイルを配備しつつあることも、ロシアの猛反発を受けている。だが米政府は、その他の分野でロシアとの関係が改善し、オバマが就任時に目標として掲げた「米露関係のリセット」が順調に進んでいると発表している。 (White House says reset of relations with Russia has been successful) ▼米中から誘われ、両方とつき合うロシア このように米国は、プーチンのロシアに対し、いくつもの面で気をつかっている。プーチンは、米国の覇権を軽視する態度を崩さないまま、米国の気遣いに乗っている。ロシアがリムパックに参加したのも、ロシアが中国との関係を切って米国の中国包囲網に乗ったのでなく、米国から誘われるとリムパックに参加し、中国から誘われると黄海で4月22-27日に中露合同の軍事演習をやっている。 中露の軍事演習が行われる直前には、南シナ海の南沙群島問題で中国に対抗するフィリピンと米国が合同軍事演習をやった。中国にとっては、米国がフィリピンなどをそそのかして強化している中国包囲網に対抗するためにも、中露の軍事演習が大事だった。中国のマスコミは、ロシアとの軍事演習について連日大々的に報じていた。だが、ロシアのマスコミは、中国との軍事演習をあまり報じなかった。すでに書いたように、ロシアはこの翌月、米国に初めて兵士を派遣して米露合同軍事演習を予定しており、それが報道にも影響したのでないか。ロシアは、米中対立の中で、米中どちらとも協調関係を持つことで漁夫の利を得ようとしている。 (On naval ties, Russia signals as China blusters) その後、6月初めの上海協力機構の年次総会に合わせ、プーチンが中国を訪問した。プーチンは胡錦涛との会談後の記者会見で、米国のアジア展開の強化に対抗するかたちで、中露の軍事関係を緊密化していくことを表明した。中国は米国との対抗上、ロシアとの協調関係を重視しているので、北京の誰もプーチンに「中国と仲良くしたいならリムパックなんか参加するな」と言えない。プーチンは有利な立場にいる。 (Russia and China pull together to counter US Asia drive) 半面、中国は、ロシアの戦闘機の設計を無断でコピーして自国の戦闘機開発に役立てたり、ロシアから買う石油ガスの価格交渉で対欧販売時の国際価格よりはるかに安い価格に固執してしつこく粘るなど、ロシア側を困らせている。 (Russia and China: A NATO of the East?) 中国は、南シナ海の南沙問題で、ロシアが中国の味方をしてくれることを期待している。だがロシアは、国営ガス会社のガスプロムがベトナムの国営企業と南沙諸島海域の海底ガス田の探査で合意して中国から非難される一方、今年2月にはロシアの軍艦3隻が米軍艦が沖合で見守る中、フィリピンのマニラに寄港するなど、どちらともとれる態度をとっている。表向き「内政干渉はしない」と言いつつ、この海域に隠然と関与している。 (Russian wrinkle in the South China Sea) (Russia searching for its course in the South China Sea) 経済面で見ると、ロシアが中国と協調するのは当然だ。冷戦時代に政府の資金で支えられていたロシアのシベリアや極東地方は、冷戦終結後さびれたままで、中国にシベリアと極東の開発を手伝ってもらうのが必須だからだ。プーチン政権は、ロシアの天然資源開発の技術や資本を、2030年までシベリア極東方面に優先的に振り向ける方針だ。 (Natural resources development strategy looking East) プーチンは、シベリア極東開発を国内経済の最重要課題にしており、シベリア極東開発を専任で担当する国営企業を新設し、同社を自分で直接に監督する体制を作った。プーチンは、世界経済の中心地になって経済発展していく中国に地下資源を供給することを、今後のロシアの発展の原動力にしようとしている。 (Shaping a Far East dream) そう考えると、プーチンのロシアが中国との協調関係を軽視することはあり得ない。ロシアがリムパックに参加したのは、米国との対立を緩和するとともに、中国に「ロシアを米国に持って行かれたら大変だ」と思わせて引きつける戦略とも考えられる。 ロシアのリムパック参加に象徴されるように、米露が少なくとも太平洋地域において対立を解消して協調関係を重視していく場合、困った立場に追い込まれる国の一つが、対米従属の国是に資するため、北方領土問題を盾にしてロシアとの関係改善を自ら阻害してきた、わが日本だ。米露が対立を解消するのに、日本だけがロシアと関係改善しないでいると、日本は外交的孤立と、経済的にアジアの国際発展から取り残される傾向を強める。プーチンは独自の狡猾さで、日本との関係改善も進めたいと考えている。日本は、プーチンの狡猾さを把握した上で、早めに対露協調の流れに乗った方が良いだろう。 (日本をユーラシアに手招きするプーチン)
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ |