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エジプトがムバラク時代に戻るかも

2012年5月29日   田中 宇

 5月23−24日、エジプトで大統領選挙が行われた。ムスリム同胞団(自由公正党)のムハンマド・モルシー党首が25%、ムバラク政権の最後の首相だったアハマド・シャフィクが23%を得票し、2人の間で6月16−17日に決選投票が行われることになった。決選投票で新大統領が確定した後、6月30日に暫定軍政(SCAF)から新大統領への権限委譲が行われることになっている。リベラル陣営は、左翼のハムディーン・サバヒが第3位、アムル・ムーサ元外相が第5位に終わった。 (Egypt confirms run-off candidates

 ムスリム同胞団の自由公正党は、今年1月の議会選挙で圧勝しており、同党のモルシー党首が得票が最多になったのは自然なことだ。都市のインテリが主に支持するリベラル派に対する全国的な人気が今一つで、しかもリベラルの内部が労組系左翼や新自由主義者などに分裂しているので、リベラルが勝てないことも理解できる。しかし、エジプト国民に嫌われて失権したムバラク政権の残存勢力であるシャフィクが、同胞団と張り合う第2位につけたのは意外だった。シャフィクは当初、選挙管理委員会から立候補資格を認められず、その後事情が変わって立候補が認められたものの、選挙戦の中盤まで泡沫候補として扱われていた。 (Egypt's Next Leader Won't Be A Creature of Tahrir Square

 シャフィクはエジプト空軍の戦闘機パイロットで、1973年の第4次中東戦争で空軍司令官だったホスニ・ムバラクの指揮下でイスラエル空軍と戦い、2機の敵機を撃墜したとされる。1981年にサダト大統領が暗殺され、副大統領だったムバラクが後継大統領に昇格した後、部下だったシャフィクも取り立てられて軍の幹部や大使を歴任した。96年から空軍司令官、02年から航空大臣をした後、11年1月末からの1カ月間、ムバラク政権の最後の首相をつとめ、ムバラク失脚後、リベラル派から批判を受けて辞任した。 (Ahmed Shafik From Wikipedia

 シャフィクは40年間、ムバラクの忠実な部下としての人生を送ってきた。彼は今回の大統領選挙に際しても、ムバラクを公然と支持し、ムバラクを追放した民衆革命の意志を受け継ぐと言いつつも、ムバラクは自分にとって模範となる存在だと述べている。彼は、同胞団が権力を握ったらリベラル派(世俗主義者)やキリスト教徒を弾圧するに違いないと言って、リベラルやキリスト教徒の同胞団への不安を掻き立てている。同胞団のモルシー候補は選挙戦の当初、イスラム主義を信奉するエジプト人が多いことを受けて、イスラム法(シャリア)の厳格な適用を主張していたが、選挙戦末期には、リベラルやキリスト教徒に対して寛容な政策をすることを強調する戦略に転換している。 (Shafik Vows To Defend Egypt Revolution

 シャフィクは、在エジプト米国商工会議所での演説会で「同胞団は秘密の武装勢力を持っている。私が大統領になったら、彼らを武力で厳しく弾圧する」という趣旨の発言を行い、それを聞いた聴衆の米国財界人らから喝采を受けている。シャフィクは「革命を継承する」という選挙公約と裏腹に、ムバラクの独裁を倒した昨年来の革命に真っ向から反対している。エジプト軍はこっそり彼を支持しているとされ、内務省が軍人に9万枚のIDカードを発給し、軍人がシャフィクに投票できるようにしたという話も出ている。 (Egyptian Is Counting on Worries of Elites

 エジプトの都市部では、ムバラクを追放したリベラル主導の革命を支持する市民が多いが、国民の大多数が住む農村にはリベラル派の考え方が浸透していない。国営テレビは、タハリル広場の革命勢力のせいで経済や治安が悪化したと報じ続けた。その結果、農村では、都会の若者が暴徒化して起こした革命のせいで治安や経済が悪化し、失業と犯罪が増えたと嘆く人が多い。 (Egyptians ask why a Mubarak holdover like Shafik did so well

 シャフィクは、そのような有権者を対象に、ムバラク時代のような秩序と安定を取り戻し、都会の暴徒を取り締まると説き、人気を集めた。農村はイスラム信仰があつく、同胞団の草の根ネットワークもあるため、モルシーとシャフィクに投票が集まった。革命を起こしたリベラル派は、選挙で負けることになった。 (Egypt's pro-democracy activists fear run-off vote

▼軍部に出し抜かれる同胞団

 このようにシャフィクの人気が高い理由に説明がついているのだが、同時に、政権を同胞団に渡したくない軍部(暫定軍政)が当選させたい候補者が、同胞団のモルシーでなく、元軍人のシャフィクであることも確かだ。すでにエジプト議会は同胞団が握っており、これで大統領がモルシーになったら、権力は同胞団の独裁となり、軍部は文民統制されて政治力が激減する。ムバラク追放後、リベラルでなく同胞団が政界を席巻する流れになって以来、暫定軍政は、国営テレビなどを通じ、国民が同胞団を恐れるように仕向けた。 (Military's shadow falls on Egypt election

 暫定軍政は当初、今年1月の議会選挙後、1971年に作られたエジプト憲法を改定するための委員会を議会に作り、新憲法を作って議会と大統領の権限の配分を決めた後、5−6月に大統領選挙を行うと発表していた。だが、1月の選挙で同胞団とサラフィ主義という2つのイスラム主義勢力が議会の大半を握り、イスラム主義者が憲法制定委員会を席巻する事態になると、軍部がリベラル派を扇動し、エジプトの多様な勢力の分布状態を反映していないので憲法委員会は無効だと主張するリベラル派が脱退し、憲法委員会を機能停止に陥らせた。 (Liberals boycott Egypt's constitutional assembly

 その後、軍政の息がかかっている行政裁判所が、憲法委員会の機能停止を法的に決定した。暫定軍政は、憲法委員会が機能していないので自分らがやらざるを得ないという口実で、3月末と、大統領選挙の一週間前に、暫定的な憲法の一部改定を発表した。 (SCAF to issue new constitutional declaration

 同胞団の独裁を嫌うリベラル派や欧米諸国からの圧力を受け、同胞団は当初、多様な少数勢力の意見を聞いて議会運営をすることと、今回の選挙で大統領候補を立てないことを約束していた。同胞団は、軍部と談合し、黒幕的に政治を動かすつもりだったのだろう。だが議会ができてみると、暫定軍政がリベラル派を扇動して憲法委員会を潰すなど、軍部が敵対的な動きをしたため、同胞団は独自の大統領候補を出すことに決め、同胞団と軍部の候補が決戦投票にのぞむ事態となった。リベラル派は「同胞団は約束を破って大統領選挙に出馬した」と批判した。 (Egypt's Muslim Brotherhood criticized for presidential candidate

 同胞団主導の議会は、大統領選挙前に、ムバラク政権の高官だった人々が大統領選挙に出ることを禁じる法律を可決した。しかしこの法律は、違憲の疑いがあるとして最高憲法裁判所が審議しており、判定が出るまで法律として認められない。この法律が有効だったなら、ムバラク政権の首相だったシャフィクの立候補は認められなかったことになる。憲法裁判所の審議が決まるまでの一時期、シャフィクは立候補が禁じられていた。 (New question arises over validity of Egypt election even as results are confirmed

 モルシーとシャフィクとの決選投票が決まった直後、シャフィクの事務所が暴徒に焼き討ちされる事件が起きた。犯人は不明だが、けが人はなかった。人々が「同胞団の秘密の武装勢力がやったに違いない」と思い、シャフィクが有利になる構図が透けて見える。エジプトの権力は、青年将校ナセルが1952年にクーデターで権力をとって以来、60年間、軍部が握っている。それだけに軍部は、政治力が強く、謀略をやって人々を惑わすことも得意だ。ずっと非合法組織として弱体化されてきた同胞団は、好き勝手に悪者にされ、右往左往させられている。私は従来、同胞団が、リベラル派や軍部を油断させるため、意図的に弱いふりをしていると考えてきたが、同胞団は本当に弱いのかもしれない。 (Egyptian runoff candidate Ahmed Shafiq's headquarters torched in Cairo

 カーター元大統領がやっている米国の選挙監視組織は、エジプトの大統領選挙は公正だったと言っている。大統領選の各候補からも、開票時に大規模な不正があったという主張はなされていない。しかし、政権を手放したくない軍部が、裏から事態を動かす政治力を持っていることを考えると、軍部が敵視するモルシーが決選投票で勝ちそうだとなったら、軍部はシャフィクを勝たせるために何らかの不正をするかもしれない。同胞団は大規模な抗議行動を起こすだろうが、時すでに遅しだ。シャフィクが勝利宣言して大統領に就任した後、同胞団を治安を乱す犯罪組織とみなし、容赦なく弾圧し、再度の非合法化までやるかもしれない。事態はムバラク政権の時代に戻りかねない。シャフィクが大統領になったら「ミニムバラク」になるだろう。 (Jimmy Carter says despite violations in Egypt's presidential election, vote acceptable

▼シャフィクが勝つとエジプトは米傀儡に戻りそう

 シャフィクが米国商工会議所で「同胞団を弾圧する」という本音を語ったことから考えて、シャフィクとその背後にいる軍部は、エジプトをムバラク時代のような親米政権に戻そうとしている。シャフィクが勝つと、エジプトは革命前と同様の、米イスラエルの傀儡国に戻るだろう。米イスラエルの右派は大喜びし、イスラエルとエジプトとサウジアラビアで暗黙の親米同盟を再生し、イランとその傘下のハマスやヒズボラを倒したり封じ込めたりする動きを再強化しようとするだろう。中東でのイランの優勢が陰り出しそうだ。ハマスとパレスチナ自治政府(ファタハ)の対立が再扇動され、パレスチナ和平は頓挫状態が続く。ヨルダン国王も首がつながり一安心だ。

 半面、同胞団のモルシーが勝つと、逆の事態が起こる。議会と大統領の両方の権力を握った同胞団が、軍部を文民統制して政治力を剥奪しにかかる。軍部は、リベラル派やキリスト教徒などを扇動し、同胞団と戦わせて漁夫の利を得ようとするだろうが、同胞団が下手を打たない限り、それが長く続くとは思えない。

 同胞団が勝った場合の対外関係は、不透明な点が多い。同胞団が権力を持ったエジプトが、イスラエルをどの程度敵視し、イランとサウジのどちらを仲間とみなすか、中立を構えるのか、予測が難しい。スンニ対シーアで考えれば同胞団は親サウジ・反イランだが、イラク侵攻以来中東で強まった対米自立の観点から見ると、もっと中立に近くなる。イラン側は、チュニジアに始まるアラブ諸国の政権転覆を「イランのイスラム革命の精神がアラブで開花したもの」とみなしている。 ('Tunisia revolution inspired by Iran'

 エジプトの同胞団が、同じくムスリム同胞団の名前を冠しているシリアの反政府勢力と、どの程度のつながりを持っているかも不明だ(20世紀前半には兄弟組織だった)。シリアの同胞団が敵視するシリア政府は、同胞団のパレスチナ分派であるハマスを支持し、ハマスの在外本部を最近までダマスカスに置かせていた。エジプト革命後、ハマスは在外本部をダマスカスから引き揚げてガザの本部に統合したが、これがエジプトの同胞団とシリア政府との関係悪化を意味するかどうか不確定だ。 (Final member of Damascus-based Hamas politburo leaves Syria

 私は以前、エジプトとシリアの同胞団はつながりが深いと考えていたが、シリアの同胞団が米欧とサウジ、カタールに操られているのを見ると、むしろ今のシリアの同胞団はアルカイダ(CIA傘下の組織)に入り込まれている可能性もある。(エジプトの同胞団にも、左翼のナセル政権を妨害するCIA傘下の組織というレッテルが昔から貼られているが) (やがてイスラム主義の国になるエジプト

 同胞団がエジプトの権力を握った場合、起きる可能性が高いのは、パレスチナでハマスと自治政府(ファタハ)が5年ぶりに和解し、エジプトの仲裁でパレスチナとイスラエルの交渉が再開されることだ。米国に「イラン問題」を解決してもらえないイスラエルは、イランが中露と結託して中東で台頭するのを看過する代わりに、パレスチナ和平を進めねばならず、そのためにネタニヤフ首相がカディマと大連立を組み、中東和平を妨害する右派を隠然と外しにかかった。この動きは、同胞団がエジプトの政権をとることを予測に入れていると思われる。 (イラン核問題が妥結に向かいそう(2)

 半面、エジプトがシャフィク政権になると、ネタニヤフはエジプトに仲裁を頼むのをやめて、右派との結束を再生するだろう。中東の政治は役者が多数で、座標も複数あり、分析していくと複雑化して理解が難しくなるが、エジプトで誰が大統領になるかによって、今後の中東政治に大きな違いが出てくるのは確かだ。



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