米金融活況の下に潜む危機2012年4月8日 田中 宇米国の金融市場が上昇傾向を続けている。金融の不安定さを示すVIX指数は、米国債が格下げされた昨年8月から70%下落し、リーマンショック前の低水準となっている。それだけ金融が安定しているということだ。経営難の会社でもジャンク債を発行できるので、1-3月の米国の倒産件数は前年同期比8%以上の減少となった。 (How Long Will Markets Stay Calm?) (Fitch: U.S. Bankruptcy Filings to Drop 4%-5% in 2012) 連銀は、リーマンショックのとき、暴落した債券を保険会社AIGから買って、メイデンレーン(Maiden Lane)という「公的飛ばし会社」に塩漬けにしてあった。今では債券相場が上がり、メイデンレーンの債券の価値がすっかり回復して利益が出る状態なので、連銀は塩漬けした債券を売りに出すことにした。 (Fed Exploring Selling Maiden Lane III Assets From AIG Rescue) 米金融界は完全に立ち直ったかに見える。しかし活況は、リーマンショックで崩壊した債券金融システム(影の銀行システム)が何とか再生された結果であり、債券金融の活況はリーマンショック前のバブル膨張の再来を意味する。どこかで再びバブル崩壊が起こりうると、FT紙などが報じている。 (Gravity-defying corporate bonds raise bubble fears) 事態はリーマンショック前よりずっと脆弱だ。米国の債券金融の最大の担保となっている住宅市場は底打ちせず下落が続き、ローン全体に占める支払い遅延は7・3%から7・4%へと増加している。 (Grim Housing Data Shows We Have Not Hit Bottom) 金融で儲かる最裕福層の所得は増えているが、中産階級の雇用は減り、中産階級向けの小売量販店の中に、店舗網の縮小が目立っている。平均的な家庭の所得が減少傾向(1年で2・3%減)なので、住宅ローン破綻も増えている。統計上の失業率は減っているが、それは職探しをあきらめて失業者の枠から離脱した人が増えた結果であり、米国の総雇用者数はリーマンショック前より500万人減った。 (New round of mass layoffs in North America) 中産階級が貧困層に転落していくのをしり目に、企業業績は好調だ。しかし株式市場では、企業関係者の自社株の売りが、買いよりも圧倒的に多い状態が続いている。企業の幹部らは、自社の繁栄がいずれ終わることを予測している観がある。 (Insiders Sell, but Who's Buying?) 米国の金融が昨夏に混乱したのは、米議会が政府財政赤字の削減で合意できず、赤字増に歯止めがかからないため、米国債やドルに対する信用が失墜すると債券格付け会社が懸念して米国債を格下げしたからだった。その後、米議会はこの問題を先送りして今に至っており、赤字増の問題自体は解決されていない。 (◆米国の財政危機再び) 今年は米大統領選挙の年なので、米議会が大きな政治決定を棚上げし、来年の次期政権まで持ち越したがる。赤字削減が先送りされ、米国債に対する信頼が再び揺らぎかねないため、米国の独立系債券格付け会社であるイーガンジョーンズは、米国債の格下げに踏み切った。イーガンジョーンズは、米英の3大格付け機関より注目されないが、同社が米国債を格下げしたのは昨年7月に続き2度目で、昨年は同社の格下げの翌月、大手のS&Pが米国債を格下げし、大騒ぎとなった。今年も同じパターンが繰り返されるかもしれない。 (Egan-Jones Cuts U.S. Rating One Step to AA Citing Growing Debt) 米金融界では、銀行が株や債券を顧客の依頼でなく自己勘定で取り引きするのを禁じる「ボルカー規制」が7月から発動されるが、これも金融相場の悪化につながりかねない。米連銀の幹部の一人は、ボルカー規制の実施は不可能だと言っている。米国の金融は、依然として危うい状態が続いている。 (Fed's Lacker Says Volcker Rule May Be `Impossible' to Implement) (◆米国金融規制の暗雲) ▼自滅的な金融緩和に抗する日銀 読者の中には、日本の財政も米国に劣らず危険だぞと言う人がいるかもしれない。しかし最近、日本の財政状況が意外な健全性を保っていると考えられる事象が起きている。私は1カ月ほど前、日本政府が景気対策と称して日本銀行に圧力をかけ、円を増刷させて日本国債を買わせる金融緩和策を加速することを決めたので、日本も米国と同様、通貨の過剰発行によって財政破綻していきかねない道をたどり始めたと書いた。 (米国を真似て財政破綻したがる日本) しかし、それから1カ月経って日銀が発表した統計によると、今年3月に日銀が発行した通貨供給量(マネタリーベース)は、震災以来、毎月前年同月比で10%以上の急増が続いてきた傾向から逆転し、前年同月比0・2%の減少となっている。要するに日銀は、日本政府から圧力を受けて増刷による国債買い支えの枠を急増したものの、野放図な金融緩和は危険なので、枠だけ増やして実際の増刷は行わず、むしろ金融を若干引き締めている。日銀は、政府に抵抗して意外な健全性を見せている。 (Monetary Base - 日本銀行) (Japan's Monetary Base Slides for First Time Since 2008: Economy) 日本の政界は、そのような日銀の姿勢を許さない。多くの国会議員らは、財務省など官僚機構の説明を真に受け、もしくは対米従属のため米国のの真似をしようとして、実際には景気対策にならない増刷を、景気対策だと言って日銀にやらせようとしている。だから先日、日銀と政府が相談し、日銀の白川総裁と同様に金融緩和に慎重な河野龍太郎氏を日銀審議委員にしようと国会に提案したが、参議院で反対多数で否決された。対米従属的で自滅的な金融緩和策を日銀にやらせようとする政治圧力と、それに抗する日銀との相克が続いている。米国では連銀の金融緩和策(QE3)が行われない見通しが強くなったので、対米従属の構図で見るなら、日銀も、強制的な金融緩和策をこれ以上やらされずにすむかもしれない。 (Why the Fed has taken QE3 off the agenda)
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