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中露トルコが中東問題を仕切る?

2012年3月12日   田中 宇

 シリアの内戦は、北部の町ホムスやダマスカス近郊、トルコ国境近くの町イドリブなどで、アサド政権の国軍と、サウジアラビアやカタールから武器支援された反政府派の民兵が戦闘を続けていたが、しだいに国軍が優勢になっている。 (Assad's forces gaining `momentum' in Syria, U.S. general warns

 ホムスでは、反政府軍が住宅街に立てこもり、住民を巻き込んで国軍との戦闘が続いていたが、3月1日に反政府軍が「戦術的撤退」と口実をつけてホムスから総撤退した。イドリブでは、欧米が助けてくれないので負けてしまう、と反政府勢力が見捨てられた気持ちになっている。 (Syrian Rebels Withdrawing From Homs) (Syria's rebels feel abandoned by west

 サウジ王室は、アサド政権を転覆して内戦をシリアからイラクに拡大させ、イラン傘下のシーア派が優勢に、サウジと連携したスンニ派が不利になっているイラクの状況を逆転したいと考え、シリア反政府派を支援してきた。シリア反政府派が使う武器はレバノン経由でシリアに密輸入されているが、サウジはレバノン経由でのシリア反政府に対するテコ入れを強化すべく、レバノンの反アサド系の政治家をサウジに呼び集めて協議した。サウジやカタールは、自国の軍を出すのでなく、黒幕的に動いて他人を戦わせる戦略に徹しているが、うまくいかないだろう。 (`Saudis seek intensified Syria unrest'

 シリアは1年近く反政府運動が続いているが、アサド政権の支配力は落ちておらず、今後、反政府勢力に対する反撃を強めてくるだろうと、米当局が分析している。国連がシリア内戦を仲裁する特使としてアナン元事務総長を派遣してきたが、アサド大統領は強気で「反政府勢力はテロリストだ。テロリストとは交渉しない」と、米大統領みたいなことを言い、アナンの仲裁提案を断った。シリア政府は、EU各国から大使を召還し始め、EUに対しても強い態度に転じている。 (Syria's Bashar al-Assad firmly in control, U.S. intelligence officials say) (Assad rebuffs Annan as Syrian troops attack Idlib

 シリア内戦では、ロシア、中国、イランがアサド政権を支持し、欧米とサウジ、カタール、トルコが反政府派を支持してきた。今後アサドが優勢に、反政府派が不利になるほど、内戦の仲裁役は、欧米から中露に代わっていく。国連が仲裁役をやり続けるだろうが、シリア問題をめぐる国連内での力関係も、欧米より中露が優勢になる。2月15日の記事で「今のところ空想話にしか見えない」としつつ、シリアが安定を維持するシナリオとして「現政権がスンニ派イスラム主義ゲリラを潰すにまかせ、ゲリラが弱まったところで国連などが仲介して和平し、内戦を防ぐ」と書いた。あれからわずか1カ月で「空想」が現実になっている。 (◆多極化に呼応するイスラエルのガス外交

 シリア内戦をめぐる外国勢の関係の中で不可思議なのがトルコの位置だ。トルコは欧米に同調し、反政府派の結成を手伝って拠点を提供し、アサド政権を非難してきた。だが、アサド政権が転覆されたらシリア国内のクルド人が独立運動を強め、トルコのクルド人も独立運動を扇動され、トルコの内政が不安定になる。トルコが本気でアサド転覆を求めているのなら愚鈍だ。トルコは、アサド政権を本気で転覆しようと考えておらず、シリア反政府派の創設や運営を手伝って、反政府派が無能なまま強くならないように制御したり、欧米に対してトルコに任せるように説得し、最終的にアサド政権を維持しようと目論んできたのでないかとも思える。 (シリアの内戦

▼裏表ありそうなトルコの姿勢

 シリアをめぐる表向きの状況は、トルコが反アサド、イランが親アサドであり、トルコとイランは敵対している。しかしトルコは、イラン核開発問題をめぐる欧米中露とイランとの交渉を仲裁している。2010年にトルコの仲裁で交渉が行われたが失敗し、今年4月に再びトルコの仲裁で交渉が再開されることになっている。イランが本気でトルコと対立しているなら、イラン核問題の仲裁をトルコに任せるはずがない。トルコとイランは、シリア問題で表向き対立しているものの、本質的な対立関係でないと考えられる。 (`Iran, P5+1 talks in Turkey in early April'

 イランは、核兵器開発の濡れ衣を解かれつつある。米国の諜報機関は07年からイランが核兵器開発していないことを認めていたが、最近ではこれに加えてイスラエルとIAEAも、イランが核兵器を開発していると考えられる根拠がないと認めた。 (Fears of Non-Existent Weapons Program in Iran Persist

 IAEAは、昨年11月の報告書では、イランが隠れて核兵器を開発している疑いがあると書いていたが、2月下旬に発表した最新報告書では、イランのすべての核施設がIAEAの監視下にあり、イランがほかに核施設を隠し持っていると考えられる根拠もないとする姿勢に方向転換した。IAEAは、事務局長が日本外務省出身の天野之弥になってから、イランに核兵器開発の濡れ衣を着せる傾向を強めたが、ここにきて再び濡れ衣を引っ込めた。 (IAEA Reveals No Evidence Iran Engaging in Military Nuclear Activity) (米軍イラク撤退で再燃するイラン核問題

 今や誰も、イランが核兵器開発していると声高に言わなくなっている。次に予測されるのは、4月の欧米中露との交渉を経て、イランが再度核査察に応じ、それで何も新しい案件が出てこなければ、イランを無実と見なす展開だ。2月に行われた査察で、IAEAはパルチン(パーチン)軍事基地の査察をイラン側に求めて断られ、欧米マスコミは「イランはパルチンに核兵器開発施設を隠しているのでは?」と書き立てた。パルチンは、以前の査察で無実が確定した施設だ。同じ容疑でIAEAが再査察を要求したので、当然ながらイラン政府は断った。 (◆イラン危機が多極化を加速する

 トルコの仲裁による4月の次回交渉後、イランがIAEAにパルチンの再査察を認め、再査察で無実が再確定し、それでイランの濡れ衣が晴れる可能性がある。米国の覇権が強かった以前なら、こうしたシナリオはあり得なかったが、欧米がイランに濡れ衣を着せる状態を批判している中露が、国際政治力を強めているので、イランの濡れ衣が静かに晴れていくシナリオがあり得る。ここでも、欧米の影響力が低下し、中露とトルコが仕切り役になる流れだ。 (Iran Holds Up Access to Parchin for Better IAEA Deal by Gareth Porter

 米政府は、同盟諸国の石油会社がイランから原油を輸入するのを禁じる経済制裁を提唱している。欧州では、大手石油会社がイラン原油の輸入をやめると相次いで表明したが、中小の会社は輸入を続ける方針を表明している。中国やインドは、制裁に全く参加していない。米国主導のイラン制裁は抜け穴が拡大している。 (Despite Embargo, Italian Refiner to Keep Importing Oil From Iran

▼中露トルコがイスラエルとイランを和解させる?

 先日、イスラエルのネタニヤフ首相が訪米し、オバマ大統領とイラン問題を中心に会談した。オバマは、イランと戦争して原油が高騰したら、せっかく回復しかけた米経済が再び不況になってしまうと言ってイランとの戦争に反対し、外交での解決を優先したいと表明した。すでに述べたように、外交での解決は、イランの濡れ衣を解いて許すことになり、イランの台頭とイスラエルの不利を加速する。 (High noon in Washington

 以前は、今年の大統領選挙で好戦的・親イスラエル的な共和党候補が勝ってイランと戦争してくれるシナリオがあった。しかし最近、イスラエル右派の在米ロビー団体であるAIPACは、オバマが再選される可能性が高まったと分析し、オバマ再選を前提に戦略を立て直しているという。 (If Obama wins in November, is Netanyahu in trouble?

 イランと戦争する気がないオバマに、どうやって戦争させるか。最近さかんにマスコミにリークされているのは「米大統領選挙直前の9-11月にイスラエルがイランを空爆し、米国を対イラン戦争に巻き込む」「選挙で共和党に勝つため、オバマはイランと戦争せざるを得なくなる」といった話だ。 (Netanyahu's conspiracy to drag the U.S. to war

 恐ろしい話だが、よく考えると、イスラエルやAIPACが本気で米国をイランとの戦争に巻き込もうとするのなら、隠密作戦でやらねばならない。話がマスコミにリークされた時点で、すでに失敗だ。この手の話はむしろ、イスラエルを悪者にして潰そうとする、米政界の親イスラエルのふりをした反イスラエル(隠れ多極主義)的な勢力が流しているのでないか。AIPACは米国を潰そうとする危険組織だという言説が、米国で強まっている。 (`US media cover up AIPAC's global threat'

 米英の大手マスコミの多くは親イスラエル的な歪曲論調を流すのが得意だが、その傾向に反してFT紙は最近、イラン問題でイスラエルがいかに孤立し、弱さを露出しているかを描写する記事を出した。以前のイスラエルは黒幕的に動いており、イラン核問題の対立構造は「イラン対国際社会」だった。だが、この4カ月間にイスラエルがイランを空爆する話が多く出された結果、今や対立構造は「イラン対イスラエル」にされ、イスラエルが対立の前面に押し出されて露出している。しかも国際社会はイラン問題の外交的解決に動き出し、好戦的なイスラエルは孤立した。FTはそのように報じている。 (Israel exposed and isolated over Iran threat

 欧米の言論の趨勢が、親イスラエルから反イスラエルに転じそうなことは、すでに2カ月ほど前の記事に書いた。その後、その傾向がしだいに明確になっている感じだ。FTの記事は、その象徴の一つだ。米政界は、しだいにイスラエルに対して冷たくしていくのでないか。特に11月の選挙でオバマが再選された場合、再選後の米大統領はもうイスラエルに気兼ねする必要がなくなるので、米政府がイスラエルに冷淡になる可能性がより高い。 (◆イラン・米国・イスラエル・危機の本質) (How long before the U.S. dumps Israel?

 最近、インドのデリーで、イスラエル大使館員を狙った自動車爆弾テロが起きた。報道では、イランの諜報部隊が犯人ということになっている。だが爆弾テロの手口は、1月にテヘランで核学者が運転する自家用車にバイクで接近して磁石型の爆弾をセットして殺した事件と同じだ。テヘランの事件は、米国とイスラエルが支援してきたイランの反体制派ムジャヘディンハルクの犯行とされる。デリーで使われた爆弾は、被害者の大使館員が逃げられるよう爆発するまでの時間を30秒以上とり、爆弾が張り付けられたのも運転席近くでなく自動車の後部であり、大使館員を無傷のまま「被害者」にできるようにした自作自演的な犯行だと、米国の諜報関係者が指摘している。 (Who Was Behind the Delhi Bombing? by Gareth Porter

 このような事件が起きるたびに、イスラエルの信用が潜在的に落ちていく。私から見ると、イスラエルが自国の信用失墜につながる自作自演の爆弾テロを起こすとは思えない。デリーの事件は、イスラエルでなく米諜報機関がムジャヘディンハルクを使って起こした可能性の方が高い。CIAは、反イスラエル的な部分がある。

 イスラエルは、米国の、親イスラエルのふりをした反イスラエル勢力によって潰されようとしている。イスラエルはこれまで米国の世界戦略を牛耳ることで自国の優位と繁栄を維持してきたが、最近の米政界は、完全にイスラエルの言いなりになりつつ、イスラエルに不利な結果を出しており、イスラエルは従来の戦略を続けられない。米国に圧力をかけるほど、イスラエルは悪者にされる。

 この行き詰まりから脱却するため、イスラエルは今後いずれかの時点で、米国を通じて世界を動かすことに期待するのをやめて、代わりに中露やBRICに接近するのでないか。もし今後、イランやシリアに対する欧米の敵視が弱まり、中露やトルコがシリア内戦とイラン核問題を仲裁して解決できるとしたら、中露やトルコはそこで得た国際信用力を使って、イランとイスラエルとの和解を仲裁できる。この方向性も、1カ月前の記事に書いたとおりだ。 (◆多極化に呼応するイスラエルのガス外交

 その前提として、イスラエルが西岸の入植地建設を凍結し、第3次中東戦争(1967年)以前のイスラエルとパレスチナの国境線を交渉の前提にする必要がある。パレスチナ側は、それを前から主張している。またトルコは近年、反イスラエルの態度を強めているが、これはトルコが反アサドのふりをしたアサド潜在支持であるのと同様、今後イスラエルとアラブ(パレスチナ)を仲裁する際にアラブ側の信用を得るために、こわもての態度を演じているのだろう。

 イランとイスラエルが和解できるとしたら、それはイスラエル寄りの態度しかとれない欧米でなく、中露やBRIC・トルコなど非米諸国の仲裁でないとダメだし、パレスチナ和平や、ゴラン高原のシリア返還と一緒に実現する必要もある。イスラエル(ネタニヤフ政権)が腹をくくって米国に見切りをつけるかどうかが焦点になる。



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