他の記事を読む

イラン・米国・イスラエル・危機の本質

2012年1月21日   田中 宇

 米国のメディアでは従来、イスラエルを批判する論調が事実上禁止されていた。だが最近、そのようなタブーが、ゆっくりだが確実に破られているという。イスラエルに対する批判や、米国とイスラエルとの同盟関係を見直すべきだという論調が、米国のメディアで広がっている。イスラエル批判に関するタブーが解禁されつつある。そのように、米国の評論ニュースサイト「サロン」(Salon.com)が、昨年末の記事で書いている。 (The media consensus on Israel is collapsing

 サロンの記事は例として、ニューヨークタイムスの外交コラムニストであるトーマス・フリードマンやロジャー・コーヘンが、米政府の外交政策立案がイスラエルに委託されていると批判したり、オバマ政権のイスラエルに対する無条件の支持や、米議会がイスラエルの政治圧力団体AIPACの言いなりになっている状況などについて何度も書いたりしていることを挙げている。記事は、ニューズウィークやタイム誌のコラムニストのイスラエル批判の傾向についても指摘している。 (Israel: Adrift at Sea Alone By THOMAS L. FRIEDMAN) (Doctrine of Silence By ROGER COHEN

 サロン自身も、この記事を含め、イスラエルが米国の外交戦略を牛耳っていることを批判する記事を何度も出している。サロンは、米民主党系のリベラル派メディアだ。これらのイスラエル批判に対し、共和党系の右派(ネオコン)であるエリオット・アブラムスらは、メディアが反ユダヤの論調を載せたがるのは、載せると良く売れるからだと反論している。 (Blaming the Jews - Again - By ELLIOTT ABRAMS) (Mainstreaming Hate

 イスラエルが米国の中東戦略の決定権を牛耳ってきたのは事実だし、米議会がAIPACの言いなりなのも確かだし、それを報じることが米マスコミでタブーだったのもそのとおりだ。しかし、タブーが解禁されて報じられる傾向が強くなってきたからといって、米政界におけるイスラエルの強い力が失われるわけではない。オバマ大統領は、前任者のブッシュと当時の米議会がイスラエル右派の言いなりになって挙行して大失敗したイラク占領を終わらせたが、オバマと今の米議会もイスラエルの言いなりだ。米軍がイラクから撤退できたのは、イラク占領を続けると国防費の浪費が拡大し、米国の軍事力が落ちてイスラエルにもマイナスだからだ。イラク戦争やテロ戦争の失敗の教訓を得てもなお、米政界はイスラエルの傀儡から脱せないでいる。

 今の傀儡ぶりからして、米国が中東戦略の決定権をイスラエルに握られる状態は、たぶん今後もずっと続くだろう。オバマを含め、今秋の米大統領選挙の両党の主要候補たちは、共和党のロン・ポール以外の全員が、強くイスラエル支持を表明している。ロン・ポールは米マスコミから無視され、極論者とか変人のレッテルを貼られている。一部のリベラル論客がイスラエルを批判しても、大勢は変わらない。 (Why the American media hate and fear Ron Paul

▼イスラエル攻撃は正面でなく裏から

 イスラエルが米国を牛耳っていることをメディアが批判するという正面からの攻撃では、イスラエルに牛耳られている事態を変えられない。事態を変える闘いは、正面からでなく、裏からの暗闘として行われている。イスラエルの言いなりになる方向の戦略を過剰にやって失敗することで、中東におけるイスラエルの敵たちを強化し、イスラエルを窮地に陥らせることが、イラク侵攻以来行われている。それらを主にやっているのは、ネオコンなど共和党右派である。米民主党リベラル派の正面からのイスラエルへの攻撃を逆批判する勢力が、実はイスラエルを裏から攻撃している。

 ブッシュ政権の中枢に入ったネオコンは、イスラエルの敵であるイラクのフセイン政権を倒すという、一見イスラエルの国益に沿った形で米軍をイラクに侵攻させた。だが結局、米軍によって強制的に民主化されたイラクは親イランのシーア派が権力を握る国となり、イランが漁夫の利を得た。イランが漁夫の利を得ることを予測していたイスラエル政府は、イラク侵攻前の米政府に対し、イラクに侵攻するなら直後にイランにも侵攻して政権転覆すべきだと求めた。

 米政府はそれを了承し、イラク・イランとおまけの北朝鮮の3カ国を「悪の枢軸」と呼んで政権転覆対象として明示した。さらにイラク侵攻後、米政府はイランに核兵器開発の濡れ衣をかけて「侵攻も辞さず」という態度をとった。だが、そのころにはイラク占領が泥沼化して米軍の余力がなくなり、米政府は「イスラエルがイランを軍事攻撃したら、米軍がバックアップする」という態度に変わった。イスラエル政府が躊躇しているうちに、06年夏のレバノン(ヒズボラ)とイスラエルとの戦争が起こり、米政府はイスラエルに「ヒズボラとの戦争を、イランとの戦争に拡大しろ」とけしかけたがイスラエルは拒否し、国連に仲裁を要請した。 (ヒズボラの勝利

 この「約束違反」を受け、米国は「イスラエルがイランを軍事攻撃してくれないなら、米軍がずっとイラクに占領しても泥沼状態が続いて防衛費を浪費するだけなので、折を見てイラクから撤退しますよ」という態度になった。その後、米当局は何度かイスラエルにイラン侵攻をけしかけ、米マスコミで「もうすぐイスラエルがイランに侵攻する」という煽り記事が踊ったが、イスラエルは動かなかった。イスラエル政府は、イランに侵攻しても米軍から不十分な支援しか受けられないことを懸念したのだろう。 (半年以内に米イラン戦争が始まる?

 その後も米イスラエルはイランに「核兵器開発」の濡れ衣をかけていたが、しだいに濡れ衣であることが顕在化し、ロシアや中国がイランに味方する態度をとり始めた。イスラエルは米国に、イランの原油輸出を禁止する制裁策を国連で採ってくれと求めたが、中露が反対する意志を見せたので国連決議に至らなかった。代わりに米議会とオバマは、米軍がイラクから撤退を完了した昨年末のタイミングで、国連決議に代わるものとして、イランの原油を輸入した国に制裁を科す米国の国内法を制定した。米国は欧州や日韓に圧力をかけたが、欧日韓が輸入を止めてもその分を中国が輸入するので、イランは困らず欧日韓が困るだけという構図が露呈し、欧日韓の協力を得られていない。米国のイラン原油輸出禁止制裁は、おそらく失敗する。 (イラン制裁の裏の構図

▼ペルシャの内海になるペルシャ湾

 米軍がイラクから撤退したので、今後のイラクはイランの傘下に入る傾向がしだいに強まる。米軍撤退後のイラクで内戦が激化するとの予測があるが、それはおそらくイスラエルの不満を射程に入れた目くらましだ。イランは中東において、各地のシーア派イスラム教徒勢力などを傘下に入れ、影響力のネットワークを構築している。イラクやレバノン、バーレーン、サウジアラビア、クウェートなどのシーア派勢力のほか、シリアのアサド政権、ガザのハマス、アフガニスタン西部など、スンニ派の勢力もイランの支援を受けている。

 シーア派がイスラム教の下にイスラム以前の信仰を隠然と秘めていることに起因するものなのか、イランの影響力のネットワークはイスラム教どうしの交流網を活用し、隠然と目立たないように運営されている。イランのネットワークは諜報的であり、イスラエルの諜報機関モサドや、近代以前の欧州宮廷ユダヤ人ネットワークを起源とする英国の諜報機関MI6のネットワークに匹敵する巧妙さを持っている。

 米軍撤退後のイラクを傘下に入れることで、イランは、アフガニスタン西部からペルシャ湾岸を経てシリアやレバノンの地中海岸に至る、かつてのペルシャ帝国の版図を越える広大な領域を影響圏として持つことになる。米国の影響力行使が軍事力に依存した派手で目立つ形なのと対照的に、イランの影響力行使は宗教活用型の目立たないものであるため、イランは中東で見かけより大きな力を持っている。 (Red lines in the Strait of Hormuz

 米国は中東から出ていく方向なので、イランの影響力が拡大しても今後はあまり関係ないが、イスラエルにとっては、イランの影響力の拡大が、自国の存続を左右する大問題だ。イスラエルにとってイランの脅威は、核兵器などでなく、自国の南北(ヒズボラとハマス)を含む中東全域に張り巡らされた影響力のネットワークの方である。

 今後、米軍がイラクやアフガンから撤退していくのと交代に、イランの影響力がさらに拡大する。イランの周りの勢力は、イラン敵視をやめて宥和せざるを得なくなる。トルコやパキスタン、インド、ロシア、中国、中央アジア、コーカサス諸国は、すでにイランとの協調関係を強めている。今後、態度を変えていきそうなのは、サウジに代表されるペルシャ湾南岸のスンニ派諸国(GCC)だ。クウェート、アラブ首長国連邦、バーレーン、カタールといったGCC諸国は19世紀から英国の保護下にあった。英国は、ペルシャ湾南岸のスンニ派の首長諸国を、北岸のシーア派のイラン(ペルシャ帝国)に対抗させた。(その前はオスマントルコの影響下だった)

 英国が1960年代に国力低下でこの地域を含むスエズ運河以東から撤退した後、米国がこの地域の影響力を受け継いだ。当時の米国はイランを敵視していなかったが、79年にイランでイスラム革命(テヘラン米大使館人質事件)が起こってイランは米国の仇敵とされ、ペルシャ湾南岸の首長諸国は再びイラン包囲網として米国にテコ入れされた。イスラム革命は、米イスラエルの軍事諜報部門によって反米方向に扇動され、米イランを敵対関係が作られたふしがある。イスラエルは、イランを米国の敵に仕立て、イランの影響力拡大を封じ込めた。

 その後、イラクのサダム・フセインが米イスラエルにたきつけられてイランに侵攻してイラン・イラク戦争が起こり、イランはさらに封じ込められた。しかしこの戦争の後、米イスラエルは、言うことを聞かなくなったフセインのイラクと、イランの両方を封じ込めねばならなくなった。米イスラエルは、フセインをクウェート侵攻にいざなって起こした湾岸戦争でイラクを制裁したが、その後15年以上も続いた国連のイラク経済制裁は人道問題を引き起こした。米国がフセイン政権を許さねばならなくなった状況下で、03年の米軍イラク侵攻が挙行された。

 この間、イランもずっと米国に経済制裁されていたが、米イラク侵攻後、イランは新たにイラク、シリア、レバノン、ガザで影響力を拡大した。ペルシャ湾南岸の地域でも、バーレーンや隣接するサウジ東部で、イランに隠然と支援されたシーア派市民が、スンニ派の王政に立ち向かって反政府運動を続けている。このままイランの影響拡大と米国の影響低下の傾向が続くと、サウジを含むペルシャ湾南岸のスンニ派諸政府は、イラン敵視をやめて協調に転じざるを得なくなる。

 そうなると150年ぶりにイラン封じ込めの体制が崩れ、イランの影響力がペルシャ湾南岸へと拡大する。今後もずっとサウジ王政がイスラム主義勢力に転覆されずに続くなら、サウジとイランはしだいに協調関係になる。ペルシャ湾は名実ともに「ペルシャの内海」になる。そこにある世界最大の油田群はイランの隠然とした影響下に入り、イランは国際原油市場に大きな影響力を持つようになる。米国は中東から出ていく方向なので、いずれイランと和解するかもしれないが、イスラエルは米国の後ろ盾を失う上、仇敵のイランに台頭され、パレスチナ占領を世界から非難されて、孤立して行き詰まる。

▼次の米大統領にイラン戦争を約束させる?

 イスラエルがこのような悪夢の具現化を防ぐには、米国が中東の覇権を持っている間に、イランの政権を潰して無力化するしかない。だが、イスラエルが米国にやらせたイラン原油輸出禁止の制裁策は失敗し、外交的な方策ではイランを潰せなくなっている。イスラエルに残されている方法は、米国の求めに従って、イランを軍事攻撃することしかない。イスラエルがイランに戦争を仕掛けたら、レバノンとガザの親イラン勢力が報復としてイスラエルに多数の短距離ミサイルを撃ち込む。 (Barak: Israeli attack on Iran 'far away'

 このリスクを低下させるため、米国はイスラエルに、ミサイル迎撃システムの合同軍事演習をしようと持ちかけた。米国はイスラエルに、ミサイル迎撃の技術を教えてやるから、それで報復攻撃を防御しつつイランを攻撃しろ、と持ちかけたようだ。しかし、イスラエルはイランを攻撃することを拒否したので、合同軍事演習は土壇場で延期された。 (In signal to Israel, US delays war games

 イスラエルは窮しているが、まだ米政界に影響力を持っている。米国は今年、大統領選挙だ。イスラエルは、オバマもしくは共和党候補を勝たせてやる代わりに、その候補が大統領になったらイスラエルにイランを攻撃させず、代わりに米軍がイランを攻撃するか、もしくは新たな制裁策でイランを政権転覆することを約束させるかもしれない。

 共和党ではロン・ポールが意外に健闘しているが、親イスラエルのウォールストリート・ジャーナルは「ロン・ポールが外交政策をタカ派(親イスラエル)に転換するなら勝てるかもしれない」と指摘する記事を出している。これはロン・ポールに対し「外交政策をイスラエルの言いなりにするなら、イスラエルが君を勝たせてやるよ」と言っているようなものだ。米国の大統領選挙は、毎回こんな感じだ。米大統領選がある今年、イランをめぐる戦争は起こらず、戦争は新大統領になってから起こされるのかもしれない。 (Why Ron Paul Can't Win

 イスラエルがイランの台頭を容認できず、経済制裁など外交策でイランを潰すことが困難である以上、米国が中東で影響力を失う前のしかるべき時に、イランに対する戦争が、米イスラエルのどちらかによって始められる可能性が高い。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ