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イラン制裁の裏の構図

2012年1月10日   田中 宇

 昨年11月に米政府が国連のIAEA(国際原子力機関)に、イランが核兵器を開発していると誇張して断定する報告書を書かせた。12月の大晦日には、米議会が可決した、イランからの石油輸出を制裁する条項を含んだ新法(NDAA)にオバマ大統領が署名して発効させた。 (米軍イラク撤退で再燃するイラン核問題

 新年が明けて、米国のイラン石油輸入停止の制裁に日韓やEUも協力すると報じられた。イラン当局は「制裁が実施されるなら、報復として(世界の原油の3割近くがタンカーで運ばれる)ホルムズ海峡を封鎖する」と宣言した。米イスラエル軍とイラン軍の両方が威嚇的な軍事演習を行い、緊張感を高めた。米イスラエルとイランとの一触即発の対立は05年ごろから何度も強まったが、日本ではほとんど報じられなかった。だがここ数日は、日本のマスコミも、危機感あふれる報道を大きく流している。 (U.S. says will continue to deploy warships in Persian Gulf despite Iranian threats

 危機感が煽られているものの、実際の危機の構図は、使い古されてボロボロだ。イランが開発しているのが「核兵器」でなく「核の平和利用」の範囲を出ていないことは、確定的になってきている。1月8日には、米CBSテレビに出演したパネッタ米国防長官が「イランは核兵器を開発していない。彼らは(もっと一般的な)核利用の技能を身につけようとしている。それが核兵器開発にまでなった場合は、許せない事態となる」と述べ、今のイランが核の平和利用の範囲を出ていないことを認めた。 (Panetta admits Iran not developing nukes

 マスコミは「イランがウラン濃縮を進めている」と騒いでいる。だが、イランが今やっているウラン濃縮は、ガン治療用の放射性同位体を製造するためだ。イランは以前、医療用の同位体が払底したので売ってくれと欧米などに頼んだが拒否されたので、自国での製造に踏み切った。米国のマスコミはそうした経緯を熟知しつつ誇張的な書き方で報じ、外務省の解釈に沿って記事を書く記者が出世する日本のマスコミは「お上」である米国勢が発信する報道を鵜呑みにしている。 (善悪が逆転するイラン核問題

 イランに関する誇張は、構図として以前と同じだが、ここにきて誇張の拡声器の音量が上がっている。昨年の大晦日にイラン石油制裁を含む新法が法制化されたのがきっかけだ。米政府が防衛費を含む財政赤字の削減を余儀なくされている中で、軍事産業からの強い圧力を受け続けている米議会は、イランとの軍事対立を激化させる新法を作り、防衛費の削減に歯止めをかけようとしている。

 軍事産業と並んで米議会に大きな影響力を持つイスラエル右派も、米軍を自国周辺の中東地域にはりつけておくため、イランとの敵対を扇動している。米軍はすでにイラクから撤退し、アフガニスタンからの撤退も予定している。米軍撤退と入れ替わるように、イラクでもアフガンでも、イランの影響力が増している。イスラエルは、米国を用心棒として使い続けるため、イランの脅威を煽っている。イラクから撤退した米軍の一部は、イスラエルに駐留している。 ('US deploys troops in Israel for Iran war'

 今年は米国で大統領選挙がある。再選をめざすオバマは、米政界を席巻する「軍産イスラエル複合体」に支持されたいので、米議会が可決したイラン制裁の新法(NDAA)に署名した。だが同時に、オバマが軍産イスラエルの要求を聞きすぎると、必須となっている財政赤字の削減が行えず、世界の石油総産出量の1割前後を占めるイランの石油が市場に出てこなくなって原油価格が高騰し、世界経済に悪影響を与える。 (Obama distances US from Iran attack By Gareth Porter

 財政赤字の増加を止めなければ、いずれ米国債が下落して財政破綻に瀕する。原油が高騰して世界不況が再発したら、米国の失業率が増える。いずれも、オバマの再選を難しくする。オバマは、NDAA法案に拒否権を発動せず、署名して発効させたものの、同時に、原油高騰を招くようならイラン石油制裁を延期できるよう、大統領が例外を設けられる条項を議会に付加させた。オバマは「外交戦略を決めるのは大統領の権限だが、NDAAはそれを侵害しかねないので、大統領の裁量を大きくした」という口実で、それを行った。 (U.S. Sanctions State-owned Central Bank of Iran

▼損する日韓、漁夫の利を得る中国

 米国はイラン制裁法を作ったものの、米国自体はイランから石油を輸入していない。1979年のイスラム革命以来、米国はイランと国交を断絶しているからだ。イランの原油を輸入しているのは、中国を筆頭に、日本、韓国、EUなどだ。国連で決議された制裁なら、すべての国々に制裁参加を義務づけられるが、今回の制裁は米国の国内法でしかない。国連では、中国とロシアという安保理常任理事国がイラン制裁に反対しているので、米政府が今回の制裁策を国連に持ち込んでも可決できない。 ('Invading Iran is invading Russia, China'

 今回の制裁策は、米国内法で国際的な制裁をやる方法として、イランの石油代金を決済する最大の機関であるイラン中央銀行に、どこかの国の精油所が原油の購入代金を送金した場合、その国の企業が米国の企業と貿易することを禁止する法律になっている。この法律をすぐに適用すると、日韓や中国、EUと、米国との貿易が全面的に止まってしまい、世界経済は大混乱になる。それはあまりに非現実的なので、大統領権限を使って法律の実質的な適用を半年遅らせ、今年7月からの適用とした。 (Obama Statement Means No Iran Embargo

 米政府は、日韓やEUの当局に対し、半年間の猶予をやるから、その間にイランからの原油輸入を止めろと求めている。半年の猶予期間を作っても、イラン原油の輸入を全面的に止めることは難しい。そのため、半年間にイラン原油の輸入を大きく減らせば、イランからの原油輸入が残っていても、米大統領権限でその国を制裁法の適用対象から除外する方針を、米政府が打ち出した。 (China Criticizes US Sanctions Against Iran

 このように、今回の米国のイラン制裁法は、大統領の裁量で柔軟に運用できるようになっているが、発動されそうな裁量の中に、常識はずれの、隠れ多極主義的なものがある。それは、中国に関するものだ。イランの原油輸出先として最大国である中国の政府は、今回のイラン制裁法を「イランが核兵器を開発している明確な証拠がないので、制裁策としての妥当性が欠けている上、米国の国内法でしかない」として、制裁策に参加しないことを表明している。 (Asian economies look to keep Iranian oil flowing

 アジア重視という名目で中国包囲網を強化しているはずのオバマ政権は、本来なら、ここぞとばかりに中国を非難して制裁すべきなのだが、実際には、中国がイラン石油制裁に参加しなくても何の報復もせず、事実上、中国を例外扱いしようとしている。中国だけでなくインドも例外扱いになりそうだ。日本や韓国という、米国に忠誠を誓う国々には「イラン制裁に参加しないと貴国も制裁するぞ」と脅す半面、きたるべき多極型世界の大国群である中国やインドには制裁参加を拒否することを容認する態度を、オバマは採っている。 (Obama distances US from Iran attack By Gareth Porter

 今回のイラン制裁法は、イランの中央銀行が標的だが、米国が関知できるのは、イランの中央銀行を通過する資金取引のうち、ドル建てのものだけだ(ドルの国際取引はニューヨークの連銀を通る)。中国とイランは数年前から、人民元とリアルという相互の通貨を使う取引を増やし、米国の監視を受けるドル建て取引を減らしている。中国は、米国のイラン制裁法を無視してイランと取引する仕組みを、すでに持っている。

 日韓が、米国の命令に従ってイランからの原油輸入を急いで減らすと、日韓の経済に悪影響が出て国益が損なわれる。対照的に中国は無傷で、日韓が輸入しなくなったイランの原油を中国が安値で買う事態もあり得る。米国の同盟国である日韓が困っている間に、米国の敵であるはずの中国が漁夫の利を得る構図が、米国によって敷かれている。 (Japan refuses to stop Iranian oil imports

 911以来、米国は同盟諸国にイランとの関係を切るよう圧力をかけ続け、日韓や欧州の企業はイランとの貿易関係をあきらめて撤退する傾向が続いている。多くの場合、日韓欧が撤退した後を埋めたのは中国企業で、中国は、世界有数の石油ガス利権を含め、すっかりイランの貿易利権を手中におさめた。今回の米国のイラン制裁法は、このような流れの中の最後の一撃である。 (US Urges Iran Oil Importers To Cut Purchases 'Significantly'

 この馬鹿げた事態を見て、日本と韓国の政府も、何とかイランからの原油輸入を減らさずにすませようとしている。韓国政府は、昨年より少し多い量の原油を、イランから今年輸入する計画を発表し、事実上、米国の脅しを無視している。日韓のどちらか一方がイラン原油の輸入を大きく減らしたら、残る一方に大きな圧力がかかって削減を余儀なくされるだろうから、日韓は一蓮托生の状況だ。 (S. Korea disregards US oil sanctions

 EUは、イランが輸出する原油の18%を買っている。EUでは1月4日、フランスの外相が「米国のイラン石油制裁に協力する方向で、EU内でほぼ合意している。1月末のEUサミットで正式決定する」と発表した。世界的に「いよいよイラン石油制裁だ。戦争の可能性が一気に高まった」と報じられた。 (Europe Moves Toward Ban on Iran Oil

 だが翌日になると、EU内の匿名の外交筋が「まだEU内で、イラン石油制裁に参加する合意がとれていない」とマスコミに漏らし、仏外相の発言が誇張だったことが明らかになった。EU内で検討されているイラン石油制裁は、現時点でイラン側と締結している原油輸入の契約が切れるまで輸入を続け、契約が切れても更新しないやり方で、イランからの原油輸入を減らすやり方だ。多くの原油輸入の契約は10−30年の長期であり、このやり方だと、EUがイラン原油の輸入を減らすのに何年もかかる。米国で立案されたイラン石油制裁のやり方と大きく異なる。 (No EU2 Deal on Iran Oil Embargo Yet

 もしEUが急いでイランからの原油輸入を減らすと、その分の補填は、ロシアからの石油ガス輸入を増やして対応するしかない。ロシアは以前から、できるだけ多くの石油ガスを欧州に輸出し、欧州のエネルギー市場を席巻することで、欧州を対米従属から引き剥がして親露的に転換させようとしている。米国がイラン制裁をEUに強要することは、まさにロシアの思うつぼだ。ここでも、米国の隠れ多極主義的な側面がかいま見える。

▼ホルムズ海峡封鎖の脅しはイランの自信の表れ

 中国とロシアは、中央アジア諸国も入れた集団安全保障の組織として「上海協力機構」を強化しており、同機構はイランの加盟申請を承諾する方向に動いている。米国がイランを敵視しているので、中露は、米国の国際的な力量や戦略を見ながら、イランを加盟させる時期を見計らっている。中国はイランの経済利権を手中におさめ、ロシアも石油ガスや兵器の部門でイランと強い関係を持っているので、中露がイランを見放すことはない。米国がイランに戦争を仕掛けたら、中露は米国と戦争することを避け、外交的に米国を非難しても、軍事的に中立的な態度をとるだろう。しかし、事態が戦争にならなければ、中露はイランの肩を持ち続けるだろう。 (非米同盟がイランを救う?

 中露による支持や、制裁に参加したくない日韓欧の抵抗、原油高騰を防ぎたいオバマの態度などを見て、イラン当局は自信をつけている。イランの軍部(革命防衛隊)が、米国に対抗してさかんに軍事演習を行い「イランの原油輸出が制裁されたら、ホルムズ海峡を封鎖する」と宣言したが、これらはイラン側の自信の表れである。日韓欧の姿勢から考えて、今後もイラン石油制裁が大きく発動される可能性が低いので、イランは気兼ねなく強気になれる。 (War of words aimed to avoid Iran conflict

 米国は、イランの原油輸出を禁止する代替策として、サウジアラビアに原油輸出を増やすことを頼んでいるが、サウジ原油の多くは、ホルムズ海峡を通ってタンカーで運び出さねばならない。イランが海峡を封鎖したら、サウジは原油を輸出できなくなる。イラン側が「海峡を封鎖するぞ」と騒ぐだけで、原油相場が上昇し、世界経済に悪影響を与え、オバマを冷や冷やさせる。

 軍産複合体は、イランが今にも核兵器を完成させて米国に向けて核弾頭を発射しそうな感じで米マスコミに記事を書かせてきた。これに対抗するように、オバマ政権はマスコミに、ホルムズ海峡が今にも封鎖されて原油が高騰し、世界経済が大不況に再突入しそうな感じで記事を書かせ、イラン制裁の歩調を弱めようとしている。 (Oil Price Would Skyrocket if Iran Closed the Strait of Hormuz

 米国がイランを制裁・威嚇する今の事態は、03年の米軍イラク侵攻前に似ていると考えることもできる。イランは、証拠がないのに、核兵器を開発していると米国から非難され、世界は米国が覇権国なので、米国のウソに協力するか、黙認している。同様に03年のイラクは、証拠がないのに、大量破壊兵器を開発していると米国から非難され、世界はそのウソに協力・黙認し、米国のイラク侵攻が起きた。私は当時、米国がイラクに侵攻したら占領の泥沼にはまるので、ウソの開戦事由でイラクに侵攻することはないと、開戦の直前まで思っていた。今、私は、米国がイランに侵攻する可能性は低いと思っているが、それもイラク開戦前の分析と同様、外れるかもしれない。 (反戦に動き出したマスコミ

 とはいえ、03年のイラクと今のイランでは、状況が大きく異なる。イラクは、10年以上も国連から制裁と査察を受け、兵器をほとんど持っていなかった。米軍は大した抵抗も受けず、イラク軍を壊滅させた。対照的にイランは、丸腰のイラクが米軍に潰されるのを隣でつぶさに見て、その後の7年間、国際的に認められた通常兵器を全速力で買い集めて配備している。米諜報界の有力者たちは最近、オバマに、イランとの戦争は愚策だと進言した。 (Obama warned of dumb war with Iran

 この数年間、米国はイスラエルにイランを先制攻撃させようとしてきたが、これを見たイランは、イスラエルの隣にあるレバノンにいるイラン系の武装勢力ヒズボラにミサイルなどの武器をできる限り与え、イスラエルがイランを攻撃したら、ヒズボラがイスラエルに反撃する態勢を作った。イスラエルの大都市ハイファは、レバノン国境から30キロしか離れていない。このような状態なので、楽勝が約束されていたイラク侵攻と異なり、米国やイスラエルがイランを攻撃するには、相当の覚悟が必要だ。 (U.S., Israel Discuss Triggers for Bombing Iran's Nuclear Infrastructure

 米当局のシナリオと逆に、イスラエルが米国の軍艦などを空爆し、それを米国の国防総省やマスコミなどに入り込んだ在米イスラエル右派系勢力が、イランの仕業であるという話にでっち上げ、米イラン戦争を引き起こすシナリオもありえる。オバマに戦争する気がなくても、米イラン戦争は起こりうる。 ('Israel luring US into war with Iran'

 しかしその一方で、この数年間、イランと米イスラエルの戦争が今にも起きそうな事態が何度も報じられ、私も真に受けたが、実際の戦争は起こらず、しばらく経つとまた一触即発が演出されることが繰り返されてきた。一触即発の事態だけでは、戦争が必ず起きると言えない。 (中東大戦争の開戦前夜

 米イラン戦争が起こらないまま時間がすぎていくほど、米軍撤退後のイラクやアフガンでのイランの影響力が強まり、イランと中露など新興諸国との関係も深まって、イランの国力が増していく。同時に、中東全域でイランだけでなくエジプト、トルコの影響下のイスラム主義勢力が台頭し、中東における米イスラエルの力が弱まっていく。それを止めるためにイスラエルが米国を巻き込んでイランに戦争を仕掛けると、中東大戦争の大惨事になるが、それはイスラエル国家の滅亡と、米国の国力のさらなる浪費につながる。 (トルコとEUの離反



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