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正念場にきたユーロつぶし

2012年1月8日   田中 宇

 EUは昨年12月9日のサミットで、英国の拒否権発動を受けながらも、次善の財政統合案を可決し、財政統合によってユーロ危機を乗り越えていく道筋をつけた。だが新年に入り、あらためてスペインやイタリアの国債に売り攻撃がかかり、ユーロ圏の銀行界で預金者の逃避や不良債権の増加が起こっている。ユーロの対ドル為替は1年半ぶりの安値まで下落した。 (◆EU財政統合で英国の孤立) (Italian, Spanish, Austrian ylds rise before supply

 米国の外交戦略を論じる「奥の院」である外交問題評議会(CFR)が発行する雑誌「フォーリン・アフェアーズ」の新年号には、ユーロの崩壊を不可避と見る論文「ユーロの失敗(The Failure of the Euro)」が掲載された。ユーロ圏のような多様な諸国の経済や通貨を統合することに、もともと無理があったと指摘している。 (The Failure of the Euro

 CFRという、覇権国の世界戦略の奥の院が、ユーロ崩壊を公式に言い出したのだから、ユーロは本当にもうダメなのだ、これは大変なことだ、と騒ぐウェブログの記事も出た。 (Counsel of Foreign Affairs has officially announced "The Euro has Failed"

 同時期の1月5日には、日本でも、山岡賢次・消費者担当相が省内の年頭訓辞で「ユーロは崩壊すると思う」「中国のバブルも崩壊する可能性がある」と述べた。ユーロを崩壊させ、次に中国経済をバブルさせるのは、ドルの基軸性を守るためにユーロ危機を起こした米英投機筋の、昨年来の戦略である。 (世界のお荷物になる米英覇権

 ユーロが潰されたら、次は中国が狙われる。だから中国の新華社通信は「ユーロは崩壊しない」という解説記事を出している。 (Commentary: Euro not to collapse despite daunting challenges - Xinhua

 1月6日に発表された米国の12月分の失業率は、前月の8・7%から8・5%に下がり、米経済が不況に再突入する可能性が減ったと報じられている。半面、ユーロ圏の失業率は10・3%と史上最悪で「米経済は回復しつつあるが、EUはもうダメだ」という論調に拍車をかけている。 (US unemployment falls to 8.5%

▼「ユーロ崩壊不可避」は政治的な言説

 とはいえ「米国は回復、ユーロは崩壊」というイメージを全体として構成する、これらのニュースを子細に読んでいくと、違った光景も見えてくる。米国の失業率については、長期間失業していた人々が求職活動をあきらめ、統計上の失業者から外れたことが影響している。求職をあきらめた失業者を含めると、米国の失業率は22・4%になる。雇用者数は20万人増えたが、そのうち8万人は、クリスマス商戦がらみの配達員の増分だ。米国の人口増加率を勘案すると、雇用率を保つには、毎月13万人の雇用増が必要であり、12月分は約1万人足りない。 (December Payroll Jobs Report) (Below 9% - A drop in the jobless rate, but more people flee the labor force

 フォーリン・アフェアーズ(FA)の記事は、ユーロが崩壊すると前から言っていたタカ派の論客であるマーチン・フェルドスタインが書いたもので、今回の論文は、彼の以前からの論調の再掲載である。今年に入ってユーロ崩壊が不可避になる新たな経済的な事態が起きたという内容でない。今のタイミングでFAにユーロ崩壊を不可避とする記事が載ったことの意味は、経済的でなく、政治的な重要さだろう。 (The man who predicted the European debt crisis

 新年に入り、ユーロ危機が再燃しているように見えるが、ユーロ圏のサミットは1月30日まで開かれない予定で、独仏伊の首脳会議も1月23日まで行われない。独仏首脳は週明けに会うことになっているが、議題は昨年末に決まったEU財政統合案の一部で、独仏が合意し切れていない金融取引課税(トービン税)についてだ。トービン税が導入できれば、投機筋を撃退する力となる。独仏政府は、昨年末に決めたことを予定どおり議論している感じだ。 (Debt-wracked eurozone under pressure again

 マスコミや、米英主導の国際金融界は、今にもユーロが崩壊しそうなイメージを誇張して世界の人々の頭に定着させ、ユーロからの資金逃避を長期化させて、ユーロ崩壊とドル防衛を目指しているようだ。危機のユーロ圏から逃避した資金が米英の国債市場に流入し、米英は未曾有の財政赤字なのに、国債が堅調に売れている。 (Gilts draw record numbers of global investors

 金融はイメージ(信用)が大事なので、誇張策がうまくいけば、ユーロ圏の金融界を経営難に陥らせたり、周縁諸国のユーロ離脱を引き起こしたりして、ユーロ崩壊を誘発できる(ユーロ圏の金融界が崩壊すると、そこに巨額の投資をしている米英の金融界も連鎖して崩壊する可能性が大きいが)。ドルが自滅を免れ、米英覇権が延命するかどうかという、金融世界大戦が続いている。 (The Euro Has Not Yet Begun to Fall

 今年3月をすぎてユーロが延命できると、ユーロ危機の対策としてのEU財政統合が効果を持ち始め、ユーロが優勢に、米英が劣勢に転じるかもしれない。この金融世界大戦は、今年の1−3月が一つの山場になりそうだ。新年に入って「いよいよユーロ崩壊だ」とはやし立てる国際マスコミの記事が目につくことからも、それが感じられる。先月のEUサミットで英国が、自国を孤立させてまで財政統合策に拒否権を発動したのは、ユーロつぶしの激化を事前に予測し、それに国運を賭けることにしたからかもしれない。



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