他の記事を読む

出口が見えないユーロ危機

2011年9月30日   田中 宇

 ドイツ議会が9月29日、ギリシャなどユーロ圏諸国の国債危機を救済するための欧州金融安定基金(EFSF)の増額について批准した。この増額は7月にユーロ加盟の17カ国の政府で決めたもので、ドイツは17カ国のうち9番目の批准国となった。ドイツでは、政界やマスコミに「ギリシャ人が怠慢で起こした国債危機のしりぬぐいにドイツ人の公金を使うのはいやだ」という論調が強く、EFSFの増額が議会で否決される可能性もあった。ドイツは、増額後の4400億ユーロのEFSFのうち、半額近い2100億を出す。ドイツが否決していたら、ユーロ圏全体としてEFSFの増額計画が空中分解し、ギリシャは救済されずデフォルトを余儀なくされるところだった。 (German parliament approves EFSF boost

 結局、ふだんは政治に介入しない独財界などが、政界に強く働きかけて可決の方向に動かし、523対85の圧倒的多数で可決された。予測されていた与党内からの反対票も15人のみだった。この後、10月3日にユーロ圏諸国の財務相会議が開かれてEFSFの増額を具体化していき、10月中旬にはギリシャに新たな救済金が入る見通しだ。10月下旬に入ってもギリシャに救済金が入らない場合、ギリシャ政府は支出に窮する事態となる(国債の利払いより先に公的年金が払えなくなる)。 (Europe thinks the unthinkable to solve crisis

 ユーロ危機は当面、最悪の事態をまぬかれた。しかし、危機を脱していく方向に動き出したわけではない。昨春からの今回のユーロ国債危機は、米英の投機筋(金融界)がドルの基軸通貨性を延命させるため、ドルより先にユーロを潰そうとして起こしている。米英の金融専門家やマスコミが危機を煽る情報を発信し続け、多くの人々がそれを信用してギリシャ国債などへの忌避を強める。それに合わせて投機筋がギリシャ国債などを売り、格付け機関は格下げを繰り返す。当初は誇張だった危機が、しだいに現実のものになっている。 (Is the Eurozone Crisis a British-American fantasy?

 ギリシャ経済の脆弱性は大昔からのものだ。欧州は、トルコや中東、ロシアの影響圏などに面している東方のギリシャを地政学的な理由から支援し、経済の脆弱性を無視してギリシャのユーロ加盟を許した。ギリシャ人の怠慢さは、今回の危機の元凶でない。米英金融筋は、ギリシャの脆弱性を金融市場で揺さぶり、欧州がギリシャの面倒を見るために必要な額を急増させ、ドイツなど欧州人がギリシャ救済を拒否するようになるまで揺さぶりを続け、ユーロの解体まで持っていくのが戦略だ。

 ギリシャの脆弱さを構造的に克服するのは、長い時間がかかる。ギリシャが脆弱な構造を持っている限り、米英金融筋はギリシャを攻撃し放題で、ギリシャがデフォルトしたら、次はイタリアやスペインを狙える。ドイツなどEU側は、必要資金が急増する無限の救済を強いられる。無限に防戦するのは無理だから、EU側はどこかで敗れる。ギリシャ救済は4400億ユーロで何とかなるが、スペインとイタリアの救済には2兆ユーロかかるとされる。救済に2兆ユーロもかかる場合、ドイツはトリプルA格を剥奪され、ユーロ圏全体が格下げされる。 (Multi-trillion plan to save the eurozone being prepared

 米英金融筋は、ユーロ圏を潰すことに成功したら、次は中国など新興諸国の金融市場で脆弱な部分を探し、そこを攻撃していくだろう。中国の金融市場がまだ閉鎖的で、資金を大量注入した後で一気に引き上げて潰すという、米英金融筋の常套手段は大して効果がない。中国政府が金融市場の閉鎖性を保ってきたのは、米英金融筋に攻撃されたくないことが一因だ。しかし中国市場も、どこかに弱点があるだろう。中国の不動産市況はバブル状態で、崩壊しそうだと言われている。これは中国国内の資金の動きであり、米英金融筋が引き起こしたものでないが、便乗して中国の金融崩壊を加速することができるかもしれない。 (Chinese property boom starts to wobble) (Standard Chartered: Local Gov't Financing Platforms Face Insolvency

 中国の金融を破壊し、中国経済を混乱に陥れれば、世界においてドルの覇権を脅かす2大要因であるユーロと中国の両方を破壊させられる。たとえドルが崩壊しても、代わりの基軸通貨体制を作ることができず、世界はドル基軸体制を使い続けねばならなくなり、米国の覇権が何とか延命する。

 このシナリオは私にとって、ここ2−3週間に見えてきた。必ずこうなるというわけではない。だが、最近までドル延命のシナリオが見えなかった中で、新たに出てきた、ユーロと中国が潰されてドルが延命する方向性は、留意しておく必要がある。

 ギリシャがデフォルトせず、危機がスペインなど大国に波及しないですめば、長期的に、EUは財政統合を実現していき、ギリシャは脆弱な独自国債の発行をやめて、ユーロ圏の共通国債を発行できるようになる(その代わり政府予算の決定権の一部をEUに譲渡させられる)。EUは、危機に対する救済資金の原資を作るため、独仏主導で「トービン税」の導入を検討している。これは、EUで行われるすべてのマネーゲーム的な金融取引に、0・01%(デリバティブ)から0・1%(株や債券)の課税を行うものだ。 (Long-term investors would benefit from Tobin tax

 この課税により、投機的な金融を規制できる。特に、猛烈な頻度でデリバティブ取引を繰り返し、相場を乱高下させることが多い高頻度取引(high-frequency trading)を抑止できる。EUの中でも、米英金融覇権を維持するため、投機的な動きを容認してきた英国は、トービン税の導入に反対し、少なくとも自国が導入しないことをEUが容認せよと主張している。 (Osborne expected to oppose EU's proposal for Tobin tax on banks) (ウォール街のあと出しジャンケン

 トービン税はEUだけでなく、G20も導入を検討している。EUの導入はG20による世界的な導入に先駆けた試験的な意味合いがある。EUがトービン税を導入したら、次はG20が世界的な導入を試みるだろう。これは、米英金融覇権を維持するため欧州や中国などの金融市場を破壊していこうとする投機筋の活動を抑止することにつながる。G20は、世界の貧困救済のための原資としてトービン税を新設する名目で、金儲けに飽きて善行をしたがっているマイクロソフトのビルゲイツに委員会を作らせ、トービン税の効果についての報告書を作った。 (Gates report considers transaction tax

 このように、ユーロ圏が危機から立ち直っていこうとする動きは、G20で行われている覇権の多極化、ドル基軸から多極型基軸通貨体制への移行と重なっている。ユーロが潰れれば、米国の覇権が延命し、ユーロが立ち直れば、米国の覇権が終わって多極型覇権に移行する構図になっている。

 全く違う分野であるが、最近、イスラエルの新聞に「イスラエルが国際優位を保つには、米国の中東覇権が完全に終わる前に、中東地域の他の勢力と和解しておく必要がある。さもないと、米国が世界の数個の『極』の中の一つでしかない新たな国際システムの中で(イスラエルが弱い立場になって)交渉せねばならなくなる」と指摘する記事が出た。覇権の多極化を指摘するこれまでの他の記事と同様、詳細は何も書いておらず、暗号文のような書き方になっている。こういう記事を見ると、私には、やはり世界が多極化に向かっており、ユーロ危機もそれに関連する暗闘の一部なのだと感じられる。 (Pax Americana is over By Leon Hadar



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ