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デフォルトに向かう米国

2011年7月15日   田中 宇

 米国政府は、5月16日に財政赤字の累積残高が法定上限の14兆2940億ドルに達し、議会の共和党が赤字増加に反対して赤字上限の引き上げができず、それ以上の国債発行ができない状況が続いている。米政府の国庫には、8月2日までの支出分の資金はあるが、その先の分がない。米政府は、8月3日以降、米国債の元利の返済が滞ってデフォルト(債務不履行)するか、公的年金などの支払いができなくなるため、議会に早く赤字上限を引き上げるよう求めている。 (米国債政治デフォルトの危機(3)

 米国債は、すべての金融商品の頂点に立つ存在だ。米国債がデフォルトすると、たとえ数日間であっても、すべての債券が急落(金利が高騰)し、米国経済は不況に逆戻りする。ドルは下落して基軸通貨の地位喪失に近づき、その反動として金地金などのコモディティ相場が高騰し、金融機関の相次ぐ破綻がおきる。

 米議会では、共和党が増税に反対の立場をとり、官制健康保険(メディケア)など社会福祉の給付金を減らすなどして赤字を削減せよと主張する。一方、民主党は福祉切り捨てに反対し、金持ちに対する増税(時限減税の廃止)を求め、2大政党間で妥協できない状態が続いている。オバマ政権は民主党だが、共和党が下院の過半数を握っているため、両党間で何らかの合意が形成されない限り、赤字上限の引き上げが実現しない。 (Latest developments in debt ceiling standoff

 共和党では、昨秋の中間選挙で、強硬な財政均衡論者の集まりである草の根集団「茶会派」が連邦議員に多数当選している。共和党の主流派は米金融界と親しい。金融界はデフォルトを嫌うため、共和党主流派は、赤字上限を早く切り上げたいと思っている。だが新興勢力の茶会派が共和党内で台頭し、主流派議員も彼らの意思を無視できず、民主党との合意が形成できない。米議会は7月に1週間ずつ2度あった休暇を返上して交渉を続けているが、合意に至っていない。 (House cancels July recess, moves up balanced budget vote

 両党間で合意が成立しても、それを上下院で法案化して審議して可決し、オバマが署名して法律になるまでに10日ほどかかる。米政府が求める8月2日までの赤字上限の引き上げを実現するには、米議会は7月22日の金曜日までに赤字上限を引き上げる合意に至る必要がある。 (White House sees July 22 as debt deal deadline

 事実上の期限である7月22日までの残り時間が10日を切った7月12日ごろから、金地金相場が高騰し、円高ドル安の傾向も強まった。ドル・ユーロ・円という3大通貨のうち、ユーロ圏では国債危機がギリシャ、ポルトガルからイタリアなどに波及しており、ユーロ高ドル安になりにくかったので、その分、円高ドル安となった。日本は今夏、電力不足で経済成長の悪化が予測されているが、それでもデフォルトに直面するドルより、円の方がましだということだ。

▼理想論が米国をデフォルトに近づける

 米国では今後、定年を迎える段階の世代に対する官制健康保険や公的年金の支出増など、収入源が確保されていないまま支出が確実に増加する裏の赤字を含めると、財政赤字が数十年後に50兆−100兆ドルにまで膨張すると予測されている。信じがたいほどの巨額で、私が5年前にこの件で「アメリカは破産する?」と題する記事を書いた時は、多くの嘲笑メールをいただいた。だがその後、似たような予測が、数年前から学者や会計検査院などによって何度も出されており、今では信憑性がある数字といえる。 (アメリカは破産する?) (US Is in Even Worse Shape Financially Than Greece: Gross

 米国の財政はクリントン政権が黒字化した(裏の赤字は残っていた)が、ブッシュ政権の8年間で、メディケアの処方箋薬への適用による支出急増や、金持ち減税、軍事費の急増などにより、史上最大の赤字にまで悪化した。さらにオバマ政権になり、リーマンショック後の景気対策で赤字がさらに急増した。 (US debt crunch: A nation taken to the limit

 今後ひどくなる米国の赤字体質を改善しようと、オバマも両党議員も、大々的な赤字削減の構想を持っている。今後の10年間で4兆ドルの財政赤字を削減する必要があり、来年の選挙前に2兆ドルを削減すべきだ、というところまでは超党派で一致している。しかし、具体策になると話がまとまらない。7月14日にも、オバマと両党の議員代表との交渉が持たれたが、進展はなかった。共和党の代表は「オバマは3つの選択肢を示した。ごまかし策か、増税か、デフォルトか、だ。われわれは3つとも受け入れられない」と述べた。 (McConnell, Boehner blast Obama over debt talks

 共和党は茶会派に引っ張られて強硬姿勢だが、それは見かけだけだ。共和党主流派は7月13日、赤字上限を引き上げる権限を、議会が事実上オバマに委譲してしまう案を、8月2日までに合意形成できない場合の策として提案した。 (Senate Republicans Propose Debt Ceiling Fallback Option) (McConnell outlines new proposal on debt ceiling

 しかし意外なことに、オバマはこの案を「小手先の危機回避策だ。赤字体質を改善できない」として拒否した。オバマは、理想論を持ち出して、米国を一歩デフォルトに近づけた。共和党の茶会派も、党内主流派の提案を日和見だと批判した。翌14日、S&Pなど債券格付け機関が、赤字上限が引き上げられなければ米国債を格下げすると、あらためて1カ月ぶりに警告した。金地金や円が値上がりした。 (S&P, Moody's threaten to lower U.S. rating

(この話と前後して、米国の失業が増えているので連銀が米国債を買い支えるQE3をやりそうだという話が出て、それで金地金が最高値を更新したという報道になっている。しかし、連銀のバーナンキ議長らは、QE3をやりそうだと市場に思わせて、株や債券の値下がりを防いでいるだけだ。連銀の資産勘定は肥大化しており、これまでのFOMCなどでの言い回しから考えても、QE3をやるとは思えない)

 オバマは7月12日に「赤字上限が引き上げられないと、8月3日から米政府は公的年金の支払いができなくなるかもしれない」と発表した。これは、米国の年金受給者の不安を駆り立て、世論が共和党に赤字上限の引き上げを求める圧力となることを狙ったものだ。たとえ、本当に年金の未払いや米国債のデフォルトが起きて大混乱になっても、オバマはそれを共和党のせいにでき、来年の大統領選挙で有利になる。 (US pension payments imperiled by debt crisis: Obama

▼デフォルトするわけないと高をくくるのは危険

 米憲法では、政府が国債の元利を必ず返済せねばならないという条項がある。議会が赤字上限の引き上げを拒否しても、米政府は憲法の定めに沿って、国債の元利返済のため、上限を無視して米国債を発行する必要があるという説も出てきた。米財務長官がこの説を支持しているかのような報道も流れた。しかしその後、米財務長官自身が、こうした説を否定し、財政の権限は議会にあるので大統領が勝手に米国債を発行するわけにはいかないという解釈を発表している。ぎりぎりの状況下で、法的に真偽不明の話が浮上しては消えている。 (Treasury General Counsel George Madison Responds to New York Times Op-Ed on 14th Amendment

 米政界は今年4月にも、昨年度中に決定できず短期の暫定予算でまわしていた米政府の暫定予算が、期限切れになる当日の夜まで茶会派が反対し、議会と大統領府の間で紛糾し、暫定予算が切れて米政府が機能停止に陥る数時間前にようやく合意が成立し、翌日から年度末までの予算が決まるというドタバタ劇を経験している。 (米政府が機能停止の危機

 その時のことが繰り返されるなら、今回も、7月22日前後のぎりぎりのところで、財政赤字上限の引き上げが合意される可能性がある。米政府は赤字上限の引き上げに合意できなくてもデフォルトしないよう、すでに秘策をいろいろ立てているが、秘策をあらかじめ言ってしまうと合意締結が遠のくので、今は無策であるかのように振る舞っているという分析もある。 (Exclusive: Treasury secretly weighs options to avert default

 分析者の間では「政治家も間抜けでないから、米国を自滅させるデフォルトを引き起こすとは考えられない」という見方が強い。「今夏のデフォルトは赤字削減策の合意によって回避されるが、合意された赤字削減策は実施されず、ごまかし策で終わる。今秋以降、米経済は再び悪化し、棚上げ凍結されている数百万件の住宅ローン破綻の顕在化による金融危機も再燃し、来年までに米国債やドルの信頼性が揺らぐ」という見方もある。 (Jim Rogers: U.S. Headed For Default `One Way Or The Other'

 しかし私は、4月の予算をめぐるドタバタ劇の直後に米政界でささやかれた「これは赤字上限問題の前哨戦にすぎない」という指摘が気になっている。今回は、前哨戦と違う展開になるのではないかと感じる。 (Forget The Budget, The Real Nightmare Comes Next Month, And The Stakes Are 1000x As High

 二大政党の双方が相手を糾弾し続けているうちに、最終調整が間に合わず、事故的にデフオルトが起きてしまう危険が増していると、FT紙は書いている。 (Trying to escape US debt paralysis

 共和党の茶会派は、赤字上限を引き上げなくてもデフォルトなんかしないと(意図的に)高をくくっている。この態度は大間違いだ。上限が引き上げられないままだと、デフォルトし、米国の覇権が瓦解する。911以降の米国は、覇権を自滅的に喪失する隠れ多極主義(孤立主義)の傾向があり、茶会派は孤立主義者である。だからデフォルトはあり得ると私は考える。茶会派が英雄視する古参議員ロン・ポールは「米国はすでに事実上、財政破綻しているのだから、早く破産宣告した方が先々のために良い」と言っている。 (Bachmann says U.S. won't default) (Ron Paul: U.S. should declare 'bankruptcy'

 どちらにしても、あと1週間ほどの間に、米政界が赤字上限の引き上げに合意できるかどうかが決まる。合意できない場合、米国はとても危険な状態になる。



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