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トルコがシリアの政権転覆を模索?

2011年6月11日   田中 宇

 中東のシリアでは、チュニジアやエジプトの民衆革命の影響で、今年3月から、いくつかの町で市民による反政府運動が続いている。シリアの独裁的なアサド政権は、反政府勢力との対話や政治犯釈放によって、政治的な延命を目論むが、運動は沈静化せず、アサド大統領の辞任を明確に求める運動が続いている。

 6月4日には、トルコ国境に近いシリア北部の町ジスル・アッシュグールで、シリア軍が、反政府行動を行う市民に発砲し、その後数日にわたって軍が三方から市内を包囲し、反政府派市民に対する攻撃を続けている。この攻撃の最中、シリア軍内のスンニ派兵士らが、軍を統率するアラウィ派の将校らに対して反旗を翻し、軍同士の内戦によって120人の兵士や警官が死亡したという未確認の報道もある。 (Siege of Jisr al-Shughour From Wikipedia

 シリアは20世紀前半にフランスの植民地だったが、フランスはシリアの人口の10%を占める少数派のアラウィ派(山岳密教的なシーア派系のイスラム教徒)を兵士や警官として訓練し、アラウィ派にフランスの代理人として多数派のスンニ派(人口の70%)を監視制圧する役目を担わせる分断政策を敷いた。独立後のシリアも、軍や諜報機関の上層部はアラウィ派で占められ、1970年から政権を握っているアサド家もアラウィだ。 (◆革命に近づくシリア

 多数派なのに抑圧されているスンニ派国民の中には、アラウィ支配を憎む者も多く、今回のシリアの民衆革命の主軸の一つは、アサドとアラウィの独裁体制を倒し、多数派のスンニ派が自由に意見を言える民主体制を作ることだ。ジスル・アッシュグールでの反乱鎮圧に際し、シリア軍内のスンニ派兵士たちが、同じスンニ派の市民の反政府運動に同情し、アラウィ派の軍幹部による攻撃命令を拒否し、アラウィ派のエリート部隊などとの間で市街戦になったとしても不思議でない。(シリアは外国マスコミをほとんど入れていないので、実際の動きは不明) (Will Syria really collapse if al-Assad leaves?

 今後、アサド政権が反政府派に対して譲歩を重ねて弱体化するほど、シリアは、軍や公安警察を握るアラウィ派と、草の根の決起を繰り返すスンニ派との内戦状態がひどくなっていく懸念がある。 (Civil war fears grow in Syria

▼ムスリム同胞団を隠然と支援するトルコ

 シリア軍がジスル・アッシュグールを攻撃し、多数の市民を殺害した背景には、すぐ北隣にあるトルコの存在が感じられる。3月にシリアの反政府運動が始まって以来、トルコ政府は、エルドアン首相が毎週のようにアサド大統領に電話したり、シリア反政府派で最大勢力であるムスリム同胞団とシリア政府との対話を提案するなど、シリアの内紛を調停する努力を続けてきた。

 しかしその一方でトルコ政府は、ムスリム同胞団の指導者であるリアド・シュクファ(Riad Shaqfa)がトルコに引っ越してくることを容認し、4月末には同胞団がトルコのイスタンブールでシリア政権転覆後を見据えた会議や記者会見を開くことを許した。同胞団は、アサド政権を倒そうとするシリア国民の運動の主導役になることを宣言し、5月31日から6月2日には、トルコ当局の肝いりで、シリア国境に近いトルコの町アンタルヤで、同胞団やリベラル勢力などシリア反政府諸組織が初めて一同に集まる会議が開かれ、アサド政権の転覆に向けて団結することを確認した。 (Syrian Opposition To Meet In Turkey: May 31 - June 2 - OpEd

 同胞団はアサドの父が1970年に権力を握った当時から、シリアの多数派であるスンニ派をまとめられる勢力として、シリアを支配するアサド家とアラウィ派にとって最大の仇敵であり、80年には北部の町ハマで決起した同胞団をシリア軍が攻撃し、1万人の市民を殺害して鎮圧した。同胞団が動けば、シリア国内の市民の決起に拍車がかかる。

 同胞団はトルコ当局の黙認のもと、トルコに亡命しているシリア人支持者の若者らをシリアに戻して反政府運動を扇動している。こうした動きの結果、国境沿いで反政府運動が活発化し、トルコ側のアンタルヤで反政府諸派の会議が開かれて、反政府運動がさらに盛り上がりそうな中、シリア軍が国境沿いの中心都市であるジスル・アッシュグールを先制的に攻撃したと考えられる。 (Brotherhood Raises Syria Profile

 トルコ政府は表向き「わが国は民主国家なので、国内でシリアの反政府勢力が合法的な活動をすることを妨げられない」と表明している。これは建前論で、民主国家でないアサド政権のシリアに対する当てつけである。トルコ政府は、自国内のクルド人の合法的な反政府運動を長く弾圧し続けてきた。トルコは、アサド政権と緊密に連絡をとり続ける一方で、シリアの反政府勢力がトルコを拠点に活動することを容認する二枚舌政策をとっている。 (Turkey's not-so-subtle shift on Syria

▼クルド人を使って対抗するシリア

 トルコが二枚舌政策をとるのは、アサド政権が転覆される可能性があるからだろう。転覆が起きた場合、トルコは、ムスリム同胞団に政権をとらせて隣国シリアの安定を維持する戦略と読める。5月末にアンタルヤの会議が開かれたことは、トルコ当局が、アサド政権の転覆が不可避となったと見ていることをも示唆している。トルコは、シリアのキングメーカーとして機能し始めている。 (Syria: Preparing for the Post-Assad Era

 シリア反政府諸派のアンタルヤ会議では、アラウィ派とアサド政権を分離して考えることが提案され、アサド政権が倒されてもアラウィ派の人権を守ることが宣言された。アサド家とアラウィ派を一体のものとして考えると、アサド家が倒される時にアラウィ派とスンニ派との相互虐殺的な内戦になりかねない。アサド家とアラウィ派を分断して考えることで、反政府派は内戦を回避しつつ、アサド家だけを標的にする方針を出した。アラウィ派は、シリアとトルコにまたがって住んでおり、アサド政権転覆後にシリアが内戦状態になってアラウィ派が弾圧された場合、トルコのアラウィ派がシリアの同胞を難民として受け入れる体制も作られることになった。

 トルコ政府が、こうした反アサド戦略を打ち出すシリア反政府派の動きを黙認するのを見て、シリア政府は対抗的な戦略を打ち出している。6月7日、シリア政府は国内のクルド人諸派の代表を招待して和解的な会議を開き、クルド人の側から、トルコ国境地域にクルド自治区を作ることが提案された。 (Syria's Assad invites Kurdish parties for talks, report says

 クルド人は、シリア・トルコ国境沿いに住んでおり、トルコ側とシリア側の両方で、以前から自治要求や分離独立運動を展開している。シリア側でクルド自治区が新設されると、そこを拠点にトルコ側の自治要求や分離独立運動が扇動される。これは、トルコ政府が最も嫌がることの一つだ。シリア政府は1990年代、トルコ政府がテロリスト扱いしていたクルド人独立運動家アブドラ・オジャランをかくまうなど、クルド問題は両国間の対立の道具になってきた。 (+Why Syria and Turkey Are Suddenly Far Apart on Arab Spring Protests

 またシリア政府は、ムスリム同胞団に対する恩赦も提案している。同胞団は昨年夏に指導者が交代したが、先代の指導者であるアリ・バヤノウニ(Ali Bayanouni)がリベラル寄りだったのに対し、現職のシュクファはイスラム主義への傾倒が強いとされる。シュクファはアサド政権の転覆に力を入れるが、バヤノウニはシリア政府による恩赦提案を前向きに受け止めている。シリア政府は同胞団の内部分裂を誘発する戦略のようだ。 (Syrian MB: Amnesty Circumvents Demands of the Syrian People

▼イスラム主義化を活用するトルコ、黙認する米国

 シリアとトルコは、シリア反政府運動をめぐるつばぜり合いが続いているものの、全面敵対しているわけではない。4月末、パレスチナのハマス(ガザ)とファタハ(西岸)が5年ぶりに和解し、連立政権の樹立や国連での国家承認に向けて動き出したが、あの和解は、トルコとシリアとエジプトが協力した結果だった。シリア政府は、自国内ではムスリム同胞団を弾圧しているが、パレスチナの同胞団系列の組織であるハマスに対しては、ハマスの在外最大拠点をダマスカスに置かせたりして支援している。自国領だったゴラン高原を67年の戦争でイスラエルに奪われているシリアは、パレスチナ問題の仲裁者として機能することが国益になるので、ハマスが同胞団系の組織であっても擁護している。 (Revealed: the untold story of the deal that shocked the Middle East

 欧米は、反政府運動を弾圧したシリア政府を経済制裁しようとしているが、トルコはこの制裁に反対だ。国連安保理で欧米が提起したシリア制裁案は、中国、ロシア、インド、ブラジル、南アフリカといったBRIC諸国の反対を受けて却下された。欧米、特に米国がシリア敵視を崩さないことは、トルコや中露に、シリア問題での漁夫の利を与え、国際政治体制を多極化の方向に動かしている。アサド政権は、トルコの二枚舌政策に迷惑しているだろうが、米国の対応よりはましだと考えているはずだ。 (Report: Syrian army helicopters open fire on protesters

 シリア当局は、パレスチナ人が1948年のイスラエル建国によって土地を失った記念日である「ナクバ」に、シリア国内に住むパレスチナ人(難民)がゴラン高原のイスラエル領に向かって徒歩で越境を試みる運動をやらせた。それによってイスラエル軍の発砲を誘発し、悪いのはイスラエルだという世界の世論を作ることで、反政府運動を弾圧するシリア政府に対する世界からの非難をかわそうとしたのだろう。国とイスラエルは、この問題でもシリアを批判している。 (Israel to UN: Syria border provocation has potential for serious escalation

 シリアのアサド政権が転覆されると、中東諸国間の政治関係に複雑な影響が出る。イランは、アサド政権を支持し、シリアを通じてレバノンのシーア派勢力ヒズボラを支援し、イスラエルと敵対するヒズボラをテコ入れしている。イランが台頭する前の時代に、レバノンに大きな影響力を持っていたサウジアラビアは、シーア派対スンニ派の対立軸もあってイランを敵視しており、イランにすり寄るアサド政権が転覆されることを望み、シリアの同胞団を押すトルコを応援している。 (Syria: Preparing for the Post-Assad Era

 イランとサウジは仲が悪く、イランはアサドを支援し、サウジはアサドを嫌ってトルコに接近しているのだが、その一方で、トルコとイランの関係は良い。イランが核開発疑惑で米イスラエルに濡れ衣をかけられている問題では、トルコがイランに味方して仲裁している。

 シリアが政権交代し、ムスリム同胞団が主導する国になると、スンニ派イスラム主義の国になる。スンニ対シーアのステレオタイプな対立軸で考えると、同胞団政権のシリアはシーア派のイランを敵視するという話になる。だが実際には、エジプトが世俗的なムバラク政権から、イスラム主義ムスリム同胞団が力を持つ現政権になったとたん、これまで国交断絶していたエジプトとイランが接近している。これは対米従属のムバラクから、対米自立(反米)的な同胞団が強い政権になったことが理由であり、スンニ対シーアの対立軸よりも、対米従属性の有無の方が強い要因だ。サウジとイランとの対立も、シーア対スンニでなく、米国との関係性が主因だ。

 米国は、トルコが同胞団を擁立してシリアを政権転覆させかねない現状を黙認している。少数派独裁のアサド政権の方が、エジプトを中心に全アラブのネットワークを持つムスリム同胞団の政権よりも、米国にとって御しやすかったのだが、米国はアサド敵視をやめず、アサドを追い詰めている。米国が、トルコに指示してシリアに介入させているという説もあるが、今のトルコは対米従属的でない。米国がトルコにシリア介入させているのでなく、トルコのシリア介入を米国が黙認していると考える方が妥当だ。 ('Turkey executes US plots in Syria'

 米国は、イラクでも御しやすかったサダムフセインを殺し、イラクをイランの傘下に入れる反米のサドル派を台頭させたし、エジプトでは親米のムバラクを失脚させ反米の同胞団を台頭させている。米国は、シリアがトルコの誘導によって反米的な同胞団主導の国になることが決定的になった後、遅すぎる状態になってから、トルコや同胞団を非難するという、おなじみの自滅的(隠れ多極主義的)な動きをとるのかもしれない。



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