他の記事を読む

通貨安定策の多極化

2010年2月3日   田中 宇

 東南アジアのASEAN10カ国と日本、中国、韓国で作る「ASEAN+3」が、通貨危機の際に各国通貨の急落を防ぐための共通の防衛基金を持つ「チェンマイ・イニシアチブ」(CMI)が3月24日から始まることになった。CMIは2000年、タイ北部のチェンマイで開かれたASEAN+3とアジア開発銀行の会議で創設が構想され、これまで初期段階として、ASEAN+3全体の基金ではなく、ASEAN+3に加盟する各国間の2カ国の通貨スワップ協定の集合体として存在していた。構想開始から10年たって、ようやく全体基金が立ち上がることになった。 (Chiang Mai Initiative to Allow Regional Currency Swap by March) (Finance Ministers of China, Japan, South Korea pledge to further strengthen financial cooperation

 創設されるCMIの共通基金の総額は1200億ドルで、これは1997年のアジア通貨危機の経験などから考えて少なすぎ、最低5000億ドルは必要だと指摘されている。中国と日本の外貨準備を合わせると4兆ドルだ。それに比べ、1200億ドルは少ない。 (Asia's foreign exchange policies

 欧米政府筋や、日韓などの対米従属勢力は「世界共通のIMFがあるのだから、アジア版IMFの創設を意味するCMIなど要らない」「アジア諸国は結束して自分たちの通貨をドルやユーロより安いままにして、不当に有利な貿易を続けようとしている」と批判してきた。アジア諸国は、日中韓もASEANも、IMFと米当局が作る既存の世界体制から無理をして離脱する必要はないと考えてきた。そのため、CMIの共通基金の創設は08年に決まっていたが、実際の開始は今年にずれ込んだ。 (Asia Agrees on Expanded $120 Billion Currency Pool) (The yuan lies in waiting

▼連銀中心体制の終わりとCMI

 対米従属的な通貨体制でかまわないと思っているASEAN+3が、今のタイミングで独自体制への転換へと重い腰をあげたのには理由がある。米国の連邦準備制度(FRB、連銀)が2月1日をもって、連銀と欧日韓国など各国の中央銀行と締結していた為替スワップ協定を終わりにしたからだ。連銀と各国の協定は、リーマンブラザース倒産後の為替の混乱をおさえるため、中央銀行どうしが資金を融通しあう制度だった。連銀は「金融が再び安定し、経済成長も戻ってきたので、スワップ協定は必要なくなった」として、協定をやめることにした。 (Fed's Emergency Efforts Winding Down Amid Market Approval) (U.S. to end currency swap lines with S. Korea, others: Fed

 実際には、金融は安定していないし、経済成長も不況の二番底の危険が大きい。米経済は昨年10−12月期、年率6%近い成長をしたことが明らかになったが、これは、リーマンショック以後、米国で消費が急減して生産を止めた工場が多かったのが、1年経って在庫がなくなり、生産を再開する工場が増えたためだ。消費自体が回復したわけではなく、生産を続けて在庫が積みあがってきたら再び生産が止まり、経済成長も再び止まる。 (US GDP growth fastest in six years

 米経済学者のクルーグマンは、今の状況は1930年代の大恐慌と似ていると分析している。在庫減による生産の一時的な再開を景気回復と見誤り、1937年に米政府が景気対策をやめた結果、その後もっとひどい不況の二番底に陥ったのが大恐慌の長期化の理由で、今の米当局は、1937年の過ちを繰り返そうとしているとクルーグマンは指摘している。 (That 1937 Feeling

「景気が回復して金融が安定しつつある」と言って、危機対策としての為替スワップ協定をやめてしまう連銀は、判断を誤っており、自滅的なことをやっている。IMFは、今年の世界経済の成長率予測を3・1%から3・9%に上方修正したが、これは中国など新興諸国の意外な景気回復を織り込んだものだ。米国は改善していない。米国は失業が増え、不動産価格が落ち続け、銀行の倒産につながるローン破綻の増加も止まらない。

 そもそも、リーマンショック後の連銀と各国との為替スワップ協定によって最も救われたのは、円やユーロでなくドルである。ポールソン前財務長官は、間もなく刊行する回顧録(On the Brink)の中で、リーマン倒産によってドルが急落する危険があったと書いている。ドル危機を回避するため、連銀は欧日とスワップ協定を結び、欧日がドルを買って、ドル崩壊の危険を防いだ。「危機の時にはドルや米国債を買え」というのが従来の常識だが、それがくつがえる一歩手前の事態になっていた。 (`Everything that could go bad, did not'

 スワップ協定がなくなる今後は、金融危機が再来してドルが危なくなっても、他の国々がドルを買い支えてくれる仕掛けがない。アジア諸国は、米国中心の通貨の安定した体制が続くことに期待できなくなり、代わりにアジア諸国間で危機に備えるCMIの体制を開始することにした。米国(連銀、ドル)中心の世界体制とは別に、CMIというアジア独自の体制を作ることにした。

 日本と韓国はこれまで、日銀と連銀、韓国銀行と連銀という、米国中心の2国間為替スワップ協定が存在し、その補助として日韓の為替スワップ協定があったが、2月1日からは、CMIの一部としての日韓のスワップ協定だけが残ることになった。 (BoK Extends Currency Swap Facility With Japan

▼地域体制とG20の二段階構造

 欧州は、すでにユーロという、米国中心ではない地域通貨体制を組んでいる。ユーロ圏では、ギリシャの財政危機がユーロ全体の信頼性を揺るがし始めている。財政危機はアイルランドやスペインに飛び火する可能性があり、ユーロ圏の主導役であるドイツが、ユーロを守るためにギリシャやスペインを救済すべきかどうかという議論になっている。EUは、各国の通貨や財政について域内の規範や防衛体制を作り、それを実践しつつある。 (Should Germany bail out Club Med or leave the euro altogether?

 つまり、米国と並んで大きな経済圏であるアジアとEUに、為替安定の独自体制ができつつあるか、すでにできている。世界では、欧米日だけが経済大国だった戦後の状況から、中国、インド、ブラジルなどの新興諸国が欧米日と並び立つ存在になる転換が起きているが、IMFなど国際機関での発言権は、依然として欧米に偏重しており、中国などが発言権の拡大を求めても、欧米の抵抗にあい、変化はゆっくりとしか進まない。IMFなどの体制は、しだいに世界の現状に合わないものになっている。

 これを是正して世界単一の体制を維持するより、欧州やアジアで地域の独自体制ができつつあることを重視して、各地の地域ごとの体制と、それを統合する世界体制という、多極型の2段階の新しい体制に移行した方が手っ取り早いという多極主義的な主張が、米国のブルッキングス研究所から出てきている。 (Are Davos Man's Days Numbered?

 世界の通貨体制が地域ごとになっていくと、すべての国がどこかの地域体制の中に組み込まれねばならない。アジアでは、東アジアにASEAN+3があるが、インド周辺の南アジアは協調体制が薄い。インドは独立後、英国の間接支配からうまく抜け出せずに低迷し、南アジアをまとめられずにいる。オーストラリアやニュージーランドはどうするかという話もある。そのため、東アジアの通貨安定策は、ASEAN+3をさらに拡大してインド、オーストラリア、ニュージーランドを入れたASEAN+6にする構想がある。 (Asean+6 needed to deal with future crises

 世界のすべての地域に、地域統合的な通貨安定体制ができるとは限らない。アフリカ連合の議長として経済統合を提唱してきたリビアのカダフィは、議長をもう一期やらせてほしいと表明したが、アフリカ南部の諸国から「次は南部から議長を出す」と拒否された。アフリカの統合には、まだ紆余曲折がある。中南米の域内協調も難しい。G20やIMFなど、国際機関の必要性は残る。 (Libya's Qaddafi May Plunge African Union Summit Into Conflict

 今年のG20の議長国である韓国の李明博大統領は、1月末のダボス会議で演説し、世界の各地域を代表する国が集まるG20と、各地域の為替安定体制(CMIやユーロなど)が連携して世界の通貨を安定させていくことを提唱した。 (Korean president calls for safeguards against risky capital flows

 李明博の提案は、同じダボス会議でフランスのサルコジ大統領が発した、ドルの単独基軸通貨体制から多極型の通貨体制への転換をG20で進めるべきだという「第2ブレトンウッズ会議」の提案ともつながる。今後、ドルがいつまで基軸通貨として延命するか予測が難しいが、早ければ今年中に崩壊感の高まりがあり、多極型への転換が進むかもしれない。 (「第2ブレトンウッズ」再び



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ