「第2ブレトンウッズ」再び2010年1月31日 田中 宇1月27日、スイスで開かれたダボス会議(世界経済フォーラム)の基調演説を、フランスのサルコジ大統領が行った。世界経済の今後を話し合う国際エリートの年次総会であるダボス会議で、フランス大統領が基調講演を行うのは初めてだった。そこでサルコジは「ドルは世界の中心的な基軸通貨であるべきではない」「世界は多極化しているのだから、一つの基軸通貨だけで世界をカバーすることはできない」と述べ、世界の基軸通貨体制を多極化するために「第2ブレトンウッズ会議が必要だ」と提唱した。 (Gillian Tett Back to Bretton Woods?) (French president calls for "new Bretton Woods") サルコジが、世界の通貨体制をドル一極から多極型に転換する「第2ブレトンウッズ会議」を提唱したのは、これが初めてではない。2008年秋、リーマンブラザーズが倒産し、大不況をともなう国際金融危機が始まった時、サルコジは、英国のブラウン首相やロシアのメドベージェフ大統領らと協調して「第2ブレトンウッズ」を提唱し、それは08年11月のワシントンG20サミットとして実現した。その後、試行的な1年間を経て、09年9月に米国ピッツバーグで開かれたG20サミットで、G20は正式に、従来の世界経済の中心的な意思決定機関だったG7(G8)に取って代わった。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序) (G8からG20への交代) しかし、その後4ヶ月がすぎたが、G20が世界経済の中心になったことによる変化は、まだ何も感じられない。それどころか昨年末から、マスコミでは「米国はそろそろ不況を脱しつつある」という(歪曲)報道が目立つ。米経済が立ち直るなら、世界の中心を、先進国だけ(米英中心体制)のG7から、新興諸国が強くなるG20(多極体制)に移す必要もない。そんなときに発せられたサルコジの第2ブレトンウッズに対する念押し的な提唱は、何を意味するのか。 ▼多極世界の主導役への転換目指す英国 サルコジの提唱は、彼が一人でやっていることではなく、英国と連動している。英国のブラウンは最近、すべての国際的な金融取引に微小な率の税金「トービン税」を課し、それを世界的な財源にしてIMFとG20が管理して、国際金融危機の時の銀行救済の資金源に使うことを提案した。サルコジも、ダボス会議の演説でトービン税を支持している。英国の中央銀行総裁は「G20をIMFの最高政策決定機関にして、G20とIMFを合体させるべきだ」とも提案した。 (At Davos, Sarkozy Calls for Global Finance Rules) (Eurozone seeks political voice at G20) これらの提案は、以前からあちこちで出ている話だが、要するに、世界に国際課税の制度を新設し、これまで独自の財源を持たなかった国連に財源を作って、国連の力を拡大して「世界政府」の機能を持たせ、IMFを「世界政府の財務省」に仕立て、G20を世界政府の最高意思決定機関として置き、ゆくゆくは国連安保理に取って代わるようにする、という話だ。 (G20は世界政府になる) 国連やG20を世界政府に仕立てる構想は昔からあったが、これまでは実現しなかった。多極型の世界体制である国連を台頭させることは、米国覇権の黒幕である英国が反対し続けてきたからだ。その英国が、リーマンショック以来、G20やIMFの台頭を、むしろ進んで提唱するようになっている。これは、リーマンショック後、ドルが不可逆的に崩壊過程に入ったことを英国が悟り、米英中心の世界体制の維持はもはや不可能なので、むしろ英国は、次の世界体制であるG20を主導する戦略に転換したように見える。英国は、G20を世界政府にしていく最初の過程を仕切ることで、世界が多極型に転換しても自国が黒幕であり続けられるようにしたいのだろう。英国のこの新戦略は、リーマンショック直後からの見え隠れしている。 (金融危機対策の主導権奪取を狙う英国) 英国の中央銀行総裁は、全会一致が原則になっているG20の意思決定のやり方を、多数決方式に転換すべきだといったG20の「改革」を提唱している。その真意は、多数決方式にすれば英国が多数派工作をやって、ロシアなど反英的な勢力を封じ込め、世界の意思決定が多極型のG20になっても英国が黒幕であり続けられるということだろう。 (G20 Seeks Role in Post-Crisis World) 英国政府は表向き、金融危機が収束しつつあると発表しているが、実際には、英経済の大黒柱である金融は死に体のままで、急増する財政赤字が減る見込みもない。格付け機関のS&Pは、英金融は政府の支援が不可欠な状態から立ち直っていないとして英金融界を格下げの方向で見直している。米国の著名投資家ビル・グロスは「英国債は崩壊寸前だ。買うべきではない」と指摘している。 (UK banks downgraded by credit rating agency) (UK economy lies 'on bed of nitroglycerine' - top financier) ▼英国の崩壊を待つ米露? 世界経済の中心は、米英から離れ、中国など新興諸国に移りつつある。英国は、新興諸国の富の一部を吸い上げる裏のシステムを作ろうと画策している。英国は、第一次大戦後にドイツから賠償金を巻き上げたり、第二次大戦後に米国からマーシャルプランの援助金が入ってくるようにしたり、90年代に米国の金融システムをコピーして国際金融利権を集めたりと、歴史的に、外交手腕を金に換え、他国から金を吸い上げて、自国を延命させてきた。 (ドルは歴史的役目を終える?) 最近では、地球温暖化問題を世界的に扇動し、新興諸国から温室効果ガス排出の罰金として資金をピンはねする温暖化問題の構図があったが、昨年末のコペンハーゲンのCOP15の失敗や「クライメートゲート」の暴露によって、温暖化問題を使ったピンはね作戦は破綻しつつある。それだけに、英国は、今回の世界政府作りにうまく乗り、世界政府がトービン税で集めた金で英国が救済されるようにせねばならない。 (地球温暖化めぐる歪曲と暗闘(1)) G20が世界政府として機能し始める時期が遅くなるほど、英国は世界政府に救済される前に財政破綻する確率が高くなる。だから英国は急いでいるのだろうが、逆に見ると、英国に牛耳られたくない隠れ多極主義の米国や、地政学的に英国の仇敵であるロシアは、G20が立ち上がる時期を遅らせることで、先に英国の財政破綻を起こせる。今年に入って英仏は、さかんにG20の世界政府化を提唱するが、米国やロシアは、08年とは打って変わって消極的な反応で、中国も通貨多極化に必要な人民元のドルペッグ外しを実施しない。 第一次大戦後、ウィルソンの米国は国際連盟を作って多極型の新世界秩序を立ち上げて、英国の覇権体制に取って代わろうとした。だが英国は、国際連盟を作るベルサイユ会議で、国際会議の経験が浅い米国を助けるといって主導権を握り、自国の覇権を黒幕的に維持しようとした。米国側は怒って国際連盟に入らず、新世界秩序は機能しないまま漂流し、二度目の大戦となった。こうした経験から米国は、英国が仕組んだ冷戦をようやく終わらせた後、英国が入り込んで再び牛耳られるのを何とか避けようと、単独覇権主義と、反米諸国への過剰な譲歩の間を行ったり来たりしつつ、英国が先に潰れるのを待っている。 英政府は、自国が、米国から疎んぜられる一方、途上諸国からは米国と同様の悪者と見られることを知っている。だから英国は、歴史的に英米中心体制から距離を置く演技をして、ロシアなどからも一目おかれるフランスのサルコジに、国際社会における世界政府化の売り込みを頼み、自らは一歩引いたところにいるのだろう。フランスは革命後、1815年にナポレオンが英国主導の4カ国に破れて以来、基本的に英国の言うことを聞く国である。英仏は、表向きライバルのように振る舞い、裏で談合することで役割分担をしている。冷戦後、フランスはドイツと合体してEUを主導する方向にあり、200年間の英国との談合関係はいずれ終わる。 英国が財政破綻しそうだという観測は、リーマンショックの直後から、あちこちの分析者の予測として出続けてきた。それを受けて私も何度か英国の破綻を予測する記事を書いたが、英国は世界一の諜報網を持つだけに、経済情報にも強く、自国の悪い状況を見せないプロパガンダの力もあって、今のところ破綻せず延命している。しかし、今年は米英ともに、財政赤字を減らすための出口戦略に入らねばならず、2−3月に金融面の救済策が相次いで終了し、その後は今より危険な状態になる。 (イギリスの崩壊)
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