中国の内外(3)中国に学ぶロシア2009年10月23日 田中 宇10月12日から14日まで、ロシアのプーチン首相が北京を訪問した。この訪中では、ロシアの天然ガスを中国に送る話を中心とした石油ガス開発の契約や、中国が全国展開し始めた「新幹線」の技術を使って、シベリア鉄道などロシアの鉄道網を高速化する交通インフラ整備に関する覚書の締結、ロシアの建設事業に中国企業が参入できるようにする話など、中露間で34件、総額55億ドル分の案件が決まった。 (Putin wants high-speed rail system) 中国は、日本やフランスなどの外来技術を使って新幹線を作って間もないにもかかわらず、すでに30カ国以上の新興諸国から、うちにも新幹線を作ってほしいと頼まれている。日本も最近になって、もっと世界に新幹線技術を出す気運になっているようだが、すでに商魂と政治力のたくましい中国人に先を越されている。 国際金融危機のあおりで資金不足になっているロシアが、中国に対する従来の警戒感を解き、中国から資本を導入する気になっているという記事「中国とロシアの資本提携」を私は9月に書いたが、今回のプーチン訪中は、その新傾向を象徴するものだ。 (中国とロシアの資本提携) ドル崩壊と通貨多極化の流れを受け、中露が石油ガス取引においてドルを使わず、中露の自国通貨を使う構想も、プーチン訪問時に改めて確認された。今後、中露双方の専門家による検討を経て、石油ガス取引の非ドル化を実現する予定だと、プーチンは語っている。 (Russia ready to abandon dollar in oil, gas trade with China) ▼経済だけ開放する中国式にひかれたプーチン とはいえ今回のプーチン訪中をめぐる話で私が最も画期的だと思ったことは、これらの経済分野ではない。今回私が最も驚いた話は、プーチンのロシアが、政治面を含めた国家運営のやり方について中国に学ぼうとしていることである。この話は、10月17日のニューヨークタイムスに出ていた。 (Russia's Leaders See China as Template for Ruling) 1980年代にソ連は、経済と政治の両方を改革しようとして失敗し、ソ連邦自体が崩壊して政治混乱に陥り、その後の民営化の過程で経済も新興財閥に私物化されて破綻した。対照的にトウ小平の中国は、経済は自由化したが政治は一党独裁を保ち、中国共産党は権力を持ったまま世界最強の経済成長を実現するという、ロシアの為政者にとってうらやましい限りの成功をおさめている。 冷戦後のロシアは10年間の混乱を経た後、プーチンが指導者となって新興財閥を追い出して独裁体制を再構築し、エネルギーなど基幹産業を再国有化して何とか経済力も取り戻した。しかし、エネルギー輸出に偏重するロシアの経済基盤は、製造業が繁栄する中国よりかなり不安定だ。ロシアは、政治的にも長期的な安定性が確保されていない。プーチンの与党「統一ロシア」は、今はプーチンの個人的な人気によって権力を持っているが、党としての長期戦略に欠けている。 ロシアは、伝統的に中国を信用していないので、これまでは、中国共産党に学ぶなどということはしたくなかった。そもそも1910年代から共産党の運営技能を毛沢東ら中国人に教えてやったのはわれわれだ、と考えるロシア人のプライドもある。社会主義体制を捨てたロシアが中国共産党に学ぶのは歴史の逆流でもあるので、以前の「統一ロシア」は、むしろ日本の自民党やメキシコの制度的革命党など、西側世界で長期一党独裁を成し遂げた政党に学ぼうとした。 (自民党の一党独裁体制の長期化は、冷戦が長期化して日本の対米従属が長引いた結果であり、反米大国ロシアの国家戦略と正反対の本質を持つ) しかし、ここ1−2年の急激な覇権の多極化の結果、中国は欧米と並ぶ覇権国になっている。「政治独裁の維持したまま経済を自由化して発展する」というトウ小平以来の中国式発展モデルは、世界各地の発展途上国にもてはやされている。この激変の中、プーチンは考えを転換し、中国のやり方に学ぶことにした。 今春、統一ロシアは、中国共産党の戦略を学ぶため、党幹部の一団を北京に派遣し、中国側と数日間の会議の行った後、北京に出先機関としての研究所を作る構想まで発表した(ことを表立てたくない中国側からの忠告を受け、正式な研究所とはならなかったようだが)。胡錦涛主席が07年の全人代(議会)で演説したことの一部は、すでに統一ロシアの方針に反映されている。 プーチン訪中に先立つ10月9日には、極東の中露国境の綏芬河(すいふんが)で統一ロシアと共産党の幹部が会議を行い、ロシア側が2日間の会議で中国の政策を学んだ。出席したロシアのジュコフ副首相(プーチン側近)は、中国側の行政技能を絶賛した。この会議にプーチンもお忍びで参加したとのうわさすらある。 (United Russia and the Chinese Communist Party: Strange bedfellows?) ▼中露結節は中国ユダヤ連合 綏芬河はロシア極東の中心的な港湾都市ウラジオストクにつながる中露国境だ。ここでロシアが中国に学ぶ中露会議を開いたことは、ロシア政府が自国の極東開発に対し、中国の資金や企業を積極的に誘致するという、以前の記事「中国とロシアの資本提携」に書いた動きにつながりそうだ。日本は新政権になって中国と親密になり、いずれロシアとも関係改善すると予測されるので、いずれは日本企業もロシア極東開発に参加するかもしれない。 プーチン訪中後の10月21日、メドベージェフ大統領は「わが国の国有企業には、今すぐ潰した方が良いような機能不全のものが多い」と表明し、国有企業改革に着手することを宣言した。ロシアの国有企業の多くは、90年代の失敗した民営化から離脱するためにプーチンが進めた再国有化で作られた。そのためメドベージェフの国有企業改革は、プーチンと対立するものにも見えるが、実はそうではない。おそらくプーチンが開始した「中国に学べ」戦略の一環で、中国が90年以降に進めた国有企業の民営化策をなぞる動きになると予測される。1910年代にはロシア人が中国人に共産主義を教えたが、100年後の2010年代には中国人がロシア人に経済運営を教える展開になりそうだ。 (Medvedev seeks to curb state companies) ロシアが経済運営を中国から学ぶのは、成功しない可能性もある。中国人は根っこが商売人で、明や清など歴代国家が海禁策によって貿易を規制しても、商人は地下経済ネットワークを作って活動していた。毛沢東は中国人の商人根性を全滅させようとして大失敗し、その後のトウ小平は、抑制されていた商人根性を少しずつ解放してやり、大成功した。対照的に、ロシア人はおしなべて商才がない。ロシア経済を動かしてきたのはユダヤ人である。シベリア開発は、ユダヤ人が資金と戦略を出し、ロシア帝国の名義で国家が人々に命じてやらせた事業だった。ロシアは革命前から、経済が上から動く仕掛けになっており、下から動く仕掛けの中国とは逆である。 (世界史解読(2)欧州の勃興) もう一つ気になるのは、ユダヤ人と中国人のやり方が、今後のロシアで融和するのか対立するのかということだ。プーチンの側近にはユダヤ人が多いので、対立ではなく融和だろう。今後のロシアは、中国とユダヤの2つのネットワークがランドブリッジ的につながる画期的な試みとなりうる。これは、多極型世界のダイナミズムの一つになるかもしれない。 第一次大戦まで、上海を中心とする中国の沿岸都市部では、英国など欧州のユダヤ人資本家が中国の経済発展に投資する中国ユダヤ連合が組まれかけていたが、これは第一次大戦後の欧州の没落によって終わった。第一次大戦前の世界でも覇権多極化(英国潰し)が模索され、その一環としてロシア革命が発案された際に中核的な役割を果たしたのはユダヤ人だった。ニューヨークの資本家勢力の代理人としてソ連の初代外相となったユダヤ人のトロツキーらは、英帝国潰しの革命を世界に拡大しようとして、中国人にも共産党を作らせた。あれも中国ユダヤ連合の試みだった。共産党とユダヤ人と多極化は、近代史の裏側で密接につながっており、中国ユダヤ連合は、歴史的に多極化の一つのカギである。 (覇権の起源(3)ロシアと英米) (ユダヤ人は一枚岩ではない。冷戦後のロシアを混乱させた親英的な新興財閥オリガルヒの人々と、オリガルヒを倒したプーチン一派の両方にユダヤ人がいた。英米中心主義も多極主義も、戦略立案者にはユダヤ人が多い。ユダヤの中で有能な人々は、世界的な政治経済ネットワークを活用するが、彼らはネットワークを活用するコネがある点が同一なだけで、それをどう使うかは人によって異なる。左翼も右翼も同じインターネット網を使って情報伝達しているのと同様、国際的な裏戦略の世界でも、敵味方が同じネットワークを使っている) ▼中国は欧米との対立手法をプーチンに学ぶ プーチンが中国に学んでいる半面、中国もプーチンから学んでいるところがある。中国よりロシアの方が昔から覇権拡大に積極的なので、覇権拡大の粗っぽいやり方はロシアの方が得意だ。この分野は、中国がロシアから学んでいる。今夏、中国側が英国オーストラリア系の大手鉱山会社リオティントに対し、鉄鉱石の輸入価格の値下げを求めて拒否された後、中国当局がリオティントの4人の中国駐在社員をスパイ容疑をかけて逮捕してしまったことが、その象徴だ。 (China says Rio spying has cost it $100bn) 米国の右派マスコミであるウォールストリート・ジャーナル(WSJ)は、この件について「中国のユコス」という題名で中国批判の論評記事を出している。ユコスは、ユダヤ系オリガルヒのミハイル・ホドルコフスキーが経営していたロシアの大手石油会社で、プーチンはオリガルヒとの戦いの中で、ホドルコフスキーに脱税などの容疑をかけて逮捕し、ユコスを乗っ取って国有化した。中国政府はリオティント社員にスパイの濡れ衣をかけて弾圧し、鉄鉱石の価格を無理矢理に引き下げようとしているとWSJは批判した。中国政府は、証拠は十分にあると反論している。 (China's Yukos) (ロシアの石油利権をめぐる戦い) 以前の中国は、欧米に対してもっと慎重で、反抗的な外国企業には許認可を与えないやり方で反撃するぐらいで、露骨に弾圧的な逮捕というやり方はあまり採らなかった。中国は、国際社会で台頭して欧米を怖いと思わなくなり、粗っぽいプーチン方式に近づいたのだろう。英国が黒幕の覇権体制が崩壊する中、豪州は英国系から離れ、中国に資源を売ることで今後の国家発展を確保しようとしているが、英国はアヘン戦争以来、中国を蹂躙した勢力だ。中国は、豪州がどのぐらい中国に忠誠を誓う気があるのか、英豪系企業のリオティントを敵視して試しているかのようだ。 (Rudd's pro-Beijing stance is a liability) (China officially arrests Rio employees) リオティントはロスチャイルド系の企業で、これはユダヤと中国の戦いでもある。「ロックフェラー対ロスチャイルドの世界対立」の構図にあてはめて「親中国のロックフェラー(米多極主義)と、反中国のロスチャイルド(英米中心主義)の対立」と見ると、リオティントと中国政府の戦いはわかりやすいが、私はその見方を採用しない。ロスチャイルドは、ロックフェラーと対立しておらず、反多極主義でもない。ニューヨークの資本家でロシア革命を支援した多極主義者のヤコブ・シフはロスチャイルドの番頭だった。国際資本家層の内部構造はおそらく2項対立よりも複雑で、プロジェクトごとに対立したり合従連衡したりしている。 従来、アジアでの鉄鉱石の値決めは、リオティントが日本の新日鉄との間で締結した価格が基準値となり、韓国や中国の製鉄所はこの基準に従って輸入価格を決めていた。昨年までの2年間、世界的に資源価格が高騰した反動で、今年は鉄鉱石の国際価格は下がっており、新日鉄は昨年比33%減でリオティントとの価格を決めた。中国勢はこれに満足せず、リオティントに40%の値下げを要求し、交渉が頓挫した後、逮捕劇が起きた。中国は昨年以来、世界から鉄鉱石を買い集めて備蓄しており、リオティントが値引きに応じず輸入が止まってもかまわないという態度をとっている。 (Fitch Sees `Prolonged Stand-Off' in China Iron Talks) 新日鉄など日韓勢は、中国がごねるので鉄鉱石の国際価格が混乱して生産計画を立てられないと不満を表明しているが、従来の価格主導者だった日本は敗戦国であり、戦勝国である英豪側との価格交渉では政治面で不利だった。今後は、中国のような欧米に負い目のない国が価格主導者になった方が、アジア全体が欧米からぼられずにすむ利点がある。 (China defiant ahead of iron ore talks) ▼米中貿易戦争は米国に不利 中国は米国との関係においても、しだいに強気になっている。米中間では9月以来、相互に反ダンピング課税をかけあう貿易戦争の状態になっている。先に手を出したのは米国の方だ。オバマ大統領は今夏、民主党内で強い労働組合勢力からの要求を容れ、中国から輸入するパイプライン用の鋼管やタイヤに対し、ダンピング対策としての超過関税をかけた。 (U.S. Adds Tariffs on Chinese Tires) (Major trade test ahead for Obama with China tire ban) これに対し中国は、米国が輸出してくるナイロン原料に反ダンピング課税を行い、自動車部品や鶏肉に対しても反ダンピング課税を検討している。共和党系のWSJは、前出とは別の記事で「中国は、米国の悪しき貿易戦争の攻撃方法を真似しているだけだ」と書き、民主党オバマ政権の政策を批判している。ブッシュも世界各国からの輸入品に反ダンピング課税をしたが、その一方で各国とFTA(自由貿易圏)の設定を行ってバランスを採っていた。だがオバマはFTAを全く進めていない。 (Cost of Trade 'Enforcement' - China emulates America's bad habits) 米国のタイヤ市場では、安いタイヤの多くが中国製だ(タイヤ市場での占有率17%)。米国民は失業増で金がないので、安いタイヤを買う人が増えている。中国製タイヤに対する超過関税は、安いタイヤを買う米国民を直撃する。労働組合の事務局は対中タイヤ制裁に満足かもしれないが、組合員の生活には悪影響である。 (China Strikes Back on Trade) 米中貿易戦争は、これからますます米国にとって不利になる。中国は急速に内需拡大をしている。これは中国政府の景気テコ入れ策の成果とされているが、今後、政府がテコ入れ策をやめても、中国経済が輸出主導から内需拡大主導に転換していく動きは変わらないと予測されている。中国の内需は、世界経済の牽引役になりつつある。この傾向のもとで、中国にとって米国への輸出はしだいに重要でなくなるが、米国にとって中国への輸出は今より重要になっていく。米中が相互に輸入品に反ダンピング課税をすると、損をするのは米国である。 (China must keep its eyes on the exit) 米政府は、為替の面でも中国を怒らせない方が良い状況になっている。米国で著名な経済学者のニーアル・ファーガソンは「中国のドルに対する好意は、人々が考えているよりずっと速く失われていく。中国は内需拡大策を決めたので、中国の製造業が輸出に頼る割合が減る。米国がドル安傾向を放置すると、中国はドルを見放す。すでに中国は、ドルを売って資源や貴金属などのコモディティを買って備蓄する新戦略を進めている」という趣旨を述べている。今やドルの運命は北京の中南海が握っている。 (Niall Ferguson: dollar Is Finished And The Chinese Are Dumping It) 天安門事件以来、中国を非難することが仕事の一つだった欧米日のマスコミ各社も、中国に対して三拝九拝的な媚び売りを始めている。先進国のマスコミ産業はおしなべて不振だが、中国のマスコミ市場は急拡大している。最近、初めての「世界メディアサミット」が北京で開かれ、欧米や日本のマスコミ各社の首脳陣が集まった。彼ら最大の目的は、中国のマスコミ市場で儲けることだ。この目的のため、欧米日のマスコミは、これまでさかんにやってきたプロパガンダを含む中国批判の論調をしだいに下火にするだろう。 (China's media blitz needs fact-checking) 中国が欧米に対して強気になり出したことは、ロシアが中国の国家運営に学ぶ方針に転じたことと合わせて、中国人が自信をつけることにつながる。自信をつけた中国人は傲慢不遜になり、周辺諸国を見下す傾向を強めるだろうと、アジアの多くの人々が心配している。その傾向はありそうだと私も思う。しかし同時に、世界における今後の中国の台頭は、以前の日本の経済限定の台頭とは異なり、哲学や文化を含むアジアの文明を欧米に劣らない水準にまで高めていくことにつながりうる。 日本は戦後、大国になったが、精神的な対米従属はむしろ戦前より強まり、思考の面で戦後の日本人は後退し、三島由紀夫が生前に嘆いていた知的分野の空白状態が起きた。戦後の日本は、残念ながら、アジアの文明を欧米に劣らない水準に高めることに、ほとんど貢献しなかった。今の中国は、まだ物欲のみで生きている感じだが、今後、発展傾向が安定してくると、思考の面での発展がありうる。中国は、かつて数々の偉大な思考を生み出した文明なので、その復活は哲学的な面でも期待できる。中国の思考面での勃興は、漢字圏にいる隣国の日本にも良い影響を与えるだろう。
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