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追い込まれるイスラエル

2009年7月17日   田中 宇

 7月12日、EUの外交代表(外務大臣)であるハビエル・ソラナがロンドンでの講演の中で、次のように述べた。「国連の安全保障理事会は、パレスチナ問題を解決すべき期限を定めた方が良い。イスラエルとパレスチナの交渉が妥結しなくても、期限が来たら、国連はパレスチナ国家を正式な国連加盟国として受け入れるべきだ。同時に安保理は、パレスチナとイスラエルの国境線をどこに引くかとか、パレスチナ難民の処遇をどうするか、(1947年の国連決議でイスラエル・パレスチナ両方の首都として共有されることになっていた)エルサレムの問題について、国連としてどう考えるかを宣言すべきだ」。 (Solana wants UN to establish 'Palestine'

 ソラナの提案に対し、イスラエル外務省は「危険なことだ」と強く反対を表明した。同省は「パレスチナ問題は当事者間の合意に基づいてのみ解決されるべきだと、従来の国連決議に何度も盛り込まれている。国連が恣意的な期限を切って一方的に決定すべき問題ではない。せっかくこれまで交渉してきたものが、すべて崩れてしまう」と反発した。 (Israel blasts 'dangerous' EU call for deadline on Palestinian state

 この反発は一見もっともだが、イスラエルが1993年のオスロ合意以来、パレスチナ人と交渉する演技をしつつ、実はいろいろな口実をつけ、米政界を牛耳って米国の政策をねじ曲げて、交渉の妥結を無期限に延期してきたことを考えると、むしろEUの提案の方が正しくて画期的だと思えてくる。

 EUは、以前からイスラエルとパレスチナに対して比較的対等に接し、比較的公平なパレスチナ問題の解決を目指してきた。これに比べて米国は、AIPAC(政治圧力団体)やネオコン(学者、政策者集団)など、イスラエル右派の政治勢力が米政界で影響力を持ち、表向きはEUと同様に対等に接しているように見せながら、実際には米国はイスラエルの言いなりで、和平の無期限の引き延ばしに協力してきた。

 イスラエルは、パレスチナ国家の成立を先延ばしにする一方で西岸やガザで入植地を拡大し、パレスチナ人を弾圧してテロを誘発し、テロ戦争の構図を作ってパレスチナ人が米国の恒久的な敵になるように仕向けた。

(米ブッシュ政権が、イスラエルの言いなりになっているように見えながら、実は過激にやってイスラム主義勢力の台頭を誘発し、イスラエルを不利にしていることに、イスラエルのシャロン元首相は気づき、2005年のガザ撤退などのUターンを挙行したが、シャロンは右派に猛反発された挙げ句に倒れて植物人間となり、Uターンは未完に終わった) (イスラエルの綱渡り戦略

▼和平先延ばし作戦の終わり

 今回のEUの提案は、パレスチナ和平に初めて期限を切ることで、イスラエルが問題の解決を無期限に先延ばししてきた構図を打破するという、画期的な意味がある。米ブッシュ政権がイスラエル右派の影響下でやってきたテロ戦争やイラク戦争が失敗し、後継の現オバマ政権はイスラエルに入植地の凍結を命じるなど、反イスラエル的な態度に転じ、イスラエルは米国に頼れなくなっている。こうしたイスラエルの弱体化を見て、EUが、かねてからやりたいと思っていた中東和平に期限をつける戦略を開始したのが、今回のソラナ提案である。

 EUだけでなく、米オバマ政権も、中東和平交渉に期限を設けることを検討していると報じられている。自分たちを牛耳っていたイスラエルを、心の底では憎悪していたに違いない米中枢の人々は、イスラエルを封じ込められない自分たちに代わってEUがパレスチナ問題に期限を切り、イスラエルを窮地に追い込むことに賛成している。 (Obama to set binding timetable for Israel-PA talks

 英国は最近、イスラエルに輸出している武器のうち、ガザ侵攻に使われた攻撃用ヘリコプターの部品の輸出許可を取り消した。英国はイスラエルとの関係を配慮して「これは禁輸制裁ではない」と言っているが、実態は禁輸制裁である。おそらく、米国やEUから非公式に非難されたので、輸出を止めざるを得なくなったのだろう(英国は厳しい経済難で、英政府が自主的に国内軍需産業の輸出を止めるとは考えにくい)。イスラエルは各方面から、しだいに追い込まれている。 (UK : We revoked Israel arms licenses, but it's not embargo

 イスラエルは、パレスチナ側と交渉してパレスチナ国家の創設を実現すれば、国連の期限が来る前に自主的に中東問題を解決できる。しかしパレスチナ自治政府は最近「イスラエルが入植地の建設を凍結しない限り、今後の和平交渉には応じない」と言っている。米国がイスラエルに入植地建設の凍結を要求するものだから、パレスチナ人はその尻馬に乗り、要求を増大させている。

 入植地の建設は、イスラエル右派が軍や住宅省を乗っ取り、政府の方針を無視して勝手に拡大している。イスラエルが国際社会で窮地に陥るほど政界では右派が強くなる傾向の中、イスラエル政府は、右派と全面対決してまで入植地拡大を止めることができない。入植地拡大を止められない限り、中東和平は進まず、米国はイスラエルを邪険にする傾向を強める。

 中東和平問題では、これまでパレスチナよりイスラエルが優勢だったため、双方の交渉で自主的に問題を解決できるなら、イスラエルに有利な最終合意が締結されうるが、交渉がまとまらず、期限切れによって国連が打ち出す体制は、イスラエルにとって不利になる。国連への正式加盟が認められたパレスチナは、国際社会における発言力がぐんと上がり、ますますイスラエルは不利になる。

 イスラエルのネタニヤフ首相は、5月にオバマから入植地建設の凍結を命じられ、中東和平に対する従来の優位性が失われ出した後の6月中旬、オバマのイスラム世界に対する融和演説を真似た演説を行い、その中で初めてパレスチナ国家の成立条件について話した。だがその内容は「軍隊を持たず、自国上空の制空権も持たず、第三国との軍事条約を結ぶ権利も持たず、パレスチナ国内に武器が密輸入されたらイスラエル軍が取り締まれる協定を結び、イスラエルをユダヤ人国家と認知する(イスラエルのアラブ系住民の権利抑圧を黙認する)という条件なら、パレスチナ国家の創設を認める」とするものだった。国家の主要な権利をいくつも否定するこの条件は、パレスチナ人に受け入れられるものではなく、イスラエルは中東和平交渉を拒否したも同然だった。 (White House welcomes Netayhau's endorsement of Palestinian state

▼国際認知されるパレスチナはハマスの政権に

 今のパレスチナは分裂状態で、西岸は比較的親イスラエルのファタハ、ガザは反イスラエルのハマスが統治している。最近まで、エジプトが仲裁してファタハとハマスを和解させ、連立政権を組ませようとしていた。だか、エジプトが和解交渉の期限として定めた7月7日をすぎても和解はまとまらず、エジプトは7月11日に、和解交渉は未達成のまま終わったと宣言した。EUのソラナ提案は、その翌日に発表されている。 (Hamas-Fatah Violence May Derail Reconciliation) (Report: Egypt Drops Bid for Palestinian Unity Government

 パレスチナ人の民意はここ数年、イスラム主義のハマスに対する支持が増えている。ファタハのアッバス議長は米イスラエルの傀儡だが、イスラエルはパレスチナ人を弾圧し封じ込めて困窮させるばかりなので、これ以上米イスラエルの傀儡に任せても事態は改善しないとパレスチナ人は思っている。

 自国内でのイスラム主義の台頭を防ぎたいエジプト(ムバラク政権)は、ファタハと同様に米国の傀儡であるので、連立政権を作ってファタハの優勢を取り戻したいと考えて仲裁してきたが、パレスチナの民意が自分たちの側に来ていることを知っているハマスは、ファタハ優位を前提としたエジプトの仲裁に乗りたいと思わず、交渉は進展しなかった。 (Abbas ups demands as his legitimacy wanes

 ハマスは2006年のパレスチナ選挙でファタハを破っており、政治的な正統性はハマスにある。選挙で負けたファタハが権力を持っているのは、米イスラエルがそれを望んでいるからにすぎない。米イスラエルの影響力低下とともに、国際社会に認知されるパレスチナ人の代表は、いずれファタハからハマスに交代する。すでにEUは、ハマスと外交関係を持つことを検討している。 (Gaza Resilience Puts Hamas in Strong Position

 エジプトが仲裁に見切りをつけた翌日に、パレスチナ国家を国連に迎えるEU提案が出てきたタイミングとを合わせて考えると、EU提案で想定されているパレスチナ国家はハマスの政権であろう。これは、イスラエルにとって大きな脅威であるとともに、イランやシリアなどハマス支持の反イスラエル諸国にとって喝采である。

▼シャリート問題

 ハマスとイスラエルの間に「シャリート問題」というのがある。ギルアド・シャリート(Gilad Shalit)というイスラエル軍兵士が06年の侵攻時にハマスの捕虜になり、それ以来、イスラエルが捕虜にしている数百人のハマスのゲリラ兵と、シャリートを交換する交渉が続いている。捕虜交換が実現すると、イスラエルとハマスの和解の第一歩となりうるので、エジプトなどが仲裁し、交渉が続いてきた。最近も「シャリート解放が近い」と報じられ、7月7にはエジプトのムバラク大統領が「シャリートは元気だという情報を得ている」と発表した。 (Shalit transfer to Egypt is imminent) (Mubarak: Gilad Shalit is in good condition

 しかしムバラクの発表に対し、ハマスは「ムバラクは何も知らない。当てずっぽうの希望的観測を言っただけだ。シャリートの安否を知っているのは、われわれだけだ」と異例の非難口調の声明を発表した。ハマスはガザ地区への物資の搬入でエジプトに頼っているため、通常はエジプトの面子を潰すような発表をしない。結局、その後のハマスとファタハの和解交渉の決裂によって、今回のシャリートの解放話も消えた。 (Hamas: Mubarak Doesn't Know Soldier's Condition) (New obstacle to Shalit deal

 なぜこの件が重要かというと、私は「もしかするとシャリートは、すでに死んでいるのではないか。イスラエル右派は、シャリートの死を知りながら、ハマスとイスラエルの和解を妨害するため『絶対にシャリートを奪還する。奪還しない限りハマスと和解しない』と主張し、イスラエル政府に同様の態度をとらせているのではないか」と疑っているからだ。

 イスラエル右派の中心は、70年代以降、米国からイスラエル占領地に移住してきた。右派の人々の大半は、すでにある運動に参加しているだけだが、運動を作った右派中枢の人々は、シオニストと反シオニスト(ロスチャイルドなど)が100年の暗闘を続けるユダヤ社会の中で、スパイ的な「シオニストのふりをした反シオニスト」であり、真の目的はイスラエルに過激な強硬策を採らせて潰すことだと私は推測している。右派は、イスラエルをハマスと和解させず、むしろ消耗戦に向かわせることを狙っており、その一環として「シャリート奪還問題」があるように見える。シャリートがすでに死んでいるとしたら、問題解決は不能であり、ハマスとの和解も不能である。右派がシャリート問題を神聖化したので、イスラエルの政治家や言論人が「シャリートはすでに死んでいる」と暴露することは許されない。 (イスラエルとロスチャイルドの百年戦争

(これは、日本の拉致問題が、決して解決できないまま日本が抱えねばならない問題、日朝関係改善を恒久的に阻止する問題として、右派によって設定されている構図と似ている。拉致被害者はすでに死んでいると発言した田原総一郎は、被害者家族から訴えられ、窮している)

 イスラエルは、入植地拡大問題、テロ問題(右派はパレスチナ過激派に武器を流し、イスラエルがパレスチナと和解するとテロに襲われる構図を作った)、シャリート問題など、右派によっていくつもの和平阻止の構図を構築されている。イスラエル政府は、和平を進めたくてもできず、米国に強い右派に頼んで米政界を牛耳り、表向きだけ和平交渉をやって実際には進めず、進まない理由をパレスチナ人のせいにする状況を維持するしかなかった。しかし、欧米主導で今後中東和平交渉に期限が設けられると、こうしたイスラエル政府の延命策も終わりになる。

▼不利な和平容認か、自滅的先制攻撃か

 中東和平交渉の期限がいつに設定されるのか、まだ報じられていない。しかしフランスによると、米国はイスラエルに、6カ月以内に入植地建設を凍結せよと言っている。また米国とEUは、ハマスの背後にいるイランと欧米との関係を改善させたいと考えていると受け取れる表明を、相次いで行っている。その期限は、米国が今年9月までに、EUは数カ月以内である。これまで、イランが優勢になる流れと、イスラエルが不利になる流れは同期して起こっている。 (France: U.S. gave Israel six months to freeze settlements) ('EU faces difficult choices over Iran') (G-8 issues September deadline for Iran

 これらの全体を考えると、今年中は中東和平に対する最後の仲裁努力が、欧米やアラブ諸国によって試みられ、それが実らない場合、来年ぐらいを期限として、国連がパレスチナ国家の正式加盟を認めるという展開が予測できる。イスラエルが国際政治力を駆使して、どこまで延期できるかが注目されるが、今回の期限提案は、イスラエルの政治力低下を踏まえて発せられており、延期は困難になっている。

 パレスチナ国家の正式成立を阻止できない場合、イスラエルに残された選択肢は、自国の弱体化と敵方(イスラム主義勢力)の台頭を受容しつつ、不利な和平に甘んじて生きていくか(この場合、優勢となったイスラム勢力から戦いを仕掛けられ、結局イスラエルは潰されるかもしれない)、さもなくば敵方の黒幕であるイランを先制攻撃するか、という二者択一だ。

 ふつうに考えると、米国の後ろ盾もないのにイランを先制攻撃するのは馬鹿げている。だが実際には最近、イスラエルの潜水艦や軍艦が、相次いでスエズ運河を地中海から紅海の方向に抜けており、イスラエルはイランを射程距離に置ける海域に軍艦や潜水艦を出している。 (Israel warships move within cruise-missile range of Iran

 イスラエルが米国に命じられた入植地拡大を凍結する代わりに、世界はイスラエルがイランの核施設を先制攻撃することを支持する、という奇妙な交換条件が成立しつつあるというまことしやかな話を、例によって英タイムス紙が報じている。 (World may back Iran op as part of deal

 イランに対して融和策をやっている最近の米政府は、イスラエルがイランを空爆することには反対すると思いきや、そうでもなく、バイデン副大統領は7月初め、イスラエルがイランを空爆するかどうかは、イスラエルの自由だと発言した。この発言は世界的に注目を浴びたが、その直後にはオバマ大統領が、イスラエルがイランを空爆するのは絶対に許されないと、火消しの発言をした。 (Go ahead, Bibi - drop the bomb) (Obama steps in to correct Biden on Israel

 これはおそらく、最初から「政権内の意見の食い違いのぶれ」を演じつつ、イスラエルにイラン空爆を押し売りする戦略として発せられたのだろう。イスラエルにイランを空爆させて中東大戦争を勃発させるのは、チェイニー前副大統領らが画策していたことで、この戦略はしっかりオバマに継承されている。

 米軍司令官は「イスラエルがイランを攻撃すると、中東全域がものすごく不安定になって、大変なことになる」と言っている。米軍はイラクからの撤退を開始しており、撤退中に大戦争が起きると、イラクに残っている米軍も戦争に巻き込まれ、大損失を被る。米政府の言動は、いつもながら自滅的である。 (As Israel gears up for war, US divide appears

 イスラエル周辺ではレバノン南部でも、ヒズボラが大量の武器弾薬を貯め込み、イスラエルとの戦争再開に備えている。イスラエル政府が右派の挑発をうまくかわし、自国の力の低下を甘受しつつ自重すればイスラエル国家は存続できるが、それができない場合、イスラエルは中東全体を戦争に巻き込みつつ、滅亡への道をたどりかねない。原油が高騰し、世界不況の再燃が懸念される。 (Israel-Lebanese border nowhere near secure three years after Lebanon War



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