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いつわりの米金融回復

2009年4月22日   田中 宇

 4月に入って、ゴールドマンサックス、ウェルズファーゴ、JPモルガンチェース、シティ、バンカメといった米国の大手銀行が、今年1−3月期の四半期決算について、次々と意外な好業績を発表した。つい最近まで、もうすぐ潰れるのではないかとみられていた銀行が突如として好業績を発表したものだから、株式市場は好感し、上昇傾向となった。米英のマスコミは「金融危機は山場を越えた」と喧伝した。 (Goldman sparks bank shares rally

 しかし、これらの銀行決算の多くは、実は粉飾的な操作の結果だったことが明らかになっている。たとえば4月14日に、18億ドルの黒字決算を発表したゴールドマンサックスは、実は大損失を出した昨年12月分の決算を隠すような行為をしていた。ゴールドマンは従来、11月末が決算期だったが、昨年からそれを12月末に決算するかたちに変更した。これによって、7億8000万ドルの大損失を出した昨年12月分の損益を飛ばして、今年1−3月の決算を発表することが可能になった。昨年12月の大赤字については、決算発表資料の後ろのページに書いてあるだけで、米マスコミもほとんど問題にしなかった。 (Goldman Sachs: Where's December?

 JPモルガンとシティは、傘下の企業に債券を高く売り、それを安く買い戻すことで利益を捻出した。売買の形式をとって損失を傘下の企業に移転させるこのやり方は、日本で「とばし」と呼ばれているもので、事実上の違法行為である。

 バンカメは、昨秋に買収したメリルリンチの資産の一部を以前より高い価格へと再評価し、利益を出した。メリルによる資産評価は厳しすぎたとバンカメが判断したという、判断基準の変更を建前にすることで合法な益出しとなったが、全米の不動産価格が下がり続けている中で、この手の資産価値の再評価は、利益捻出だけを目的とした実勢無視の行為である可能性が高い。いずれ、資産価値を再び安く再再評価しなければならず、その時点で反動的に大きな損失が出る。バンカメはまた、中国建設銀行の株式を売る益出しもやって、一時的に高利益を出した。 (Bank Profits Appear Out of Thin Air

 米西海岸などを拠点とする大手銀行ウェルズファーゴの1−3月決算も史上最高益で、表向きは「不動産投資が好調だった」という話になっている。だが実際は、前年末に買収したワコビアが持っていた貸し倒れ引当用の準備金を使って益出しをした。ウェルズは昨年12月末にワコビアの買収を完了したが、この日は、ウェルズがワコビアの準備金を引き継げる最後の日だった。翌日の今年元旦に米当局は、買収時に準備金を引き継ぐことを制限する会計基準の変更を実施している。(米当局は、ウェルズに早くワコビアを買収させようとした観がある) (Wells Fargo's Profit Looks Too Good to Be True: Jonathan Weil

 ウェルズは史上最高益を出したにも関わらず、政府から500億ドルの救済融資を受けないと不良債権を処理できないとされている。どうみても話が矛盾しており、粉飾のにおいがすると指摘されている。 (The Banking Crisis Is Over! Long Live The Banking Crisis!

▼銀行粉飾決算は米当局が命じた?

 米大手銀行は、うまいことやって利益を出したかのように見えるが、よく考えるとちっともうまくやっておらず、むしろ全く下手くそなやり方をしている。銀行業は、貸し借りや投資の微妙な損益を積み重ねて利益を出しており、もっと目立たないように、通常の事業の中に儲かるものを少しずつ入れ込んで利益を出せる。すぐばれる「とばし」をやる必要はない。とばしは損失を隠すためにやるものであって、意外な利益を出すためにやるものではない。

 そもそも、米国は金融界の失敗のせいで未曾有の不況で、銀行界は税金で救済してもらっているのに、銀行が史上最高の利益を出すのはイメージ戦略上まずい。少し赤字にした方が自然な感じを醸し出せる。銀行のやり方としていかにもぎこちない今回の意外な高収益は、銀行界の本意ではなく、米政府が命じてやらせたものではないか、という見方が出ている。 (Bank Profits Appear Out of Thin Air

 米政府は最近、大手銀行に対する支配力を強めようとしている。オバマ政権はすでに、政府から救済を受けている自動車メーカーのGMの経営トップを、強制的に交代させている。米政府は、同じことを大手銀行に対してもやろうとしており、昨秋からの銀行救済の過程で米政府が買った大手銀行の株式を、議決権の小さい(配当は優先される)優先株から、より議決権が大きく経営を支配できる普通株に転換しようとしている。 (A Backdoor Nationalization

 政府に経営権を乗っ取られてはたまらないと警戒する大手銀行側は、JPモルガンやゴールドマンなど、まだ余力があるところを中心に、政府からもらっている救済金を早期に返済することで、政府救済から脱出しようとしている。米政府は、救済金返上の条件を厳しくして、足抜けを許さない姿勢をとっている。 (Showdown Seen Between Banks and Regulators

 また米政府は4月、銀行の財務状態の健全性を測定するコンピューターのシミュレーションプログラムを使った試験(ストレス試験)を、米大手銀行19行について行った。試験の結果はなかなか発表されず、5月4日ごろに発表すると推測されている。この試験は、経済全体の状態が最悪になった場合に各銀行が債務超過(事実上の経営破綻)に陥らないかどうかをシミュレーションするもので、債務超過になると判断された銀行を先取りして国有化(政府による資本注入)し、政府管理下に置く(政府が乗っ取る)のが目的とみられている。 ("Stress tests" for big banks to begin this week

(経済状況がどんどん悪化しているため、シミュレーションで想定されている「最悪の事態」は、すでに最悪ではないどころか、むしろ「現実よりも良い事態」になっているとの指摘もある) (U.S. to Detail Stress-Test Methods Before Results

 ストレス試験の結果がなかなか発表されないのは、米政府と銀行界の間で、試験結果をめぐって対立や交渉が続いているからだろう。政府は、試験結果を口実に銀行を乗っ取りたいのに対し、銀行界は意図的に悪い結果を発表するなと政府を止めていると思われる。しかし、どのような結果が発表されようと、その効果は米政府の意図したものになりそうだ。もし「試験の結果、債務超過に陥っている銀行は一つもありませんでした」と発表しても、人々は信じない。試験そのものがインチキだと思うだろう。すでに「19行の銀行のうち16行は債務超過に陥っているという試験結果だった」という未確認情報が流れている。 (LEAKED! Bank Stress Test Results !

▼100年ぶりの「ストレス試験」

 そもそも「ストレス試験」(stress tests)という名称からして、歴史を知る人にとっては、いかにも裏読みを誘う名前である。ストレス試験とは、米国が金融財政危機に陥り、ニューヨークの金融界とワシントンの米政府財政の両方が破綻し、NY資本家の代表格だったジョン・ピアポント・モルガン(J・P・モルガン)が中心となって、金融界と米政府に対する救済に乗り出したときに、救済金を与えて生かす銀行と、何も与えず潰す銀行を選別するため、1907年に各銀行の財務状況を精査して行ったシミュレーション試験だった。今回、米政府はあえて、自分たちが行う精査行為に対し、モルガンによる試験と同じ名前をつけた。 (J.P. Morgan to the rescue

 1907年前後の金融財政危機は、そもそもNY金融界で大きな影響力を持っていたモルガン自身が誘発したと疑われている。モルガンは金融危機を誘発し、米政府財政と金融界を潰した上で救ってやることで、米国の金融財政を自らの支配下に再編したのだと考えられる。モルガンらによって連銀(FRB)が作られたのは、この危機の対策としてだった。

 モルガンのストレス試験からちょうど100年後の一昨年、今回の金融危機が始まり、連銀や米財務省(長官はNY資本家の代表格であるゴールドマン出身のポールソンだった)など米当局による過剰に稚拙な対策によってどんどん危機が悪化した結果、今またストレス試験が行われようとしている。

 100年前の試験ではモルガンという黒幕がいたが、今回の試験の黒幕は曖昧だ。しかし、大きな流れから見ると、2つのストレス試験が置かれている時期は似ている。1905−15年ごろには、NY資本家が英国の覇権を崩壊させてもっと多極的な覇権体制へと世界を再編しようと試み、それに対する英国の対応から2度の大戦が起き、大戦後に米国が覇権国となったものの、その世界戦略は英国に乗っ取られていた。一方、現在の米政府は、ブッシュ以来の過剰戦略と一昨年からの金融危機によって、英イスラエルに支配されてきた戦後の米国の覇権体制が崩壊していく時期にあり、米当局が過剰に稚拙な金融政策を展開することは、ゆくゆくは米国の財政破綻やドルの基軸性の喪失を引き起こし、世界経済の多極化につながる。 (覇権の起源(3)ロシアと英米

 銀行が貸し渋りをして景気を回復させるための融資を行わないので、米政府が銀行を国有化するのだという見方もあるが、そもそも貸し渋りの根本原因は、金融危機の初期に銀行界の相互不信を除去せず、足りない金は全部連銀が貸し出すという間違った政策を続けたことだ。米経済の活力の源泉だった自由市場体制を破壊したのは、米当局自身である。米銀行界の国有化は、米政府による自滅策である。 (Bank Lending Keeps Dropping

▼ローン破綻住宅の再販すらできない米銀行

 米国では住宅市況も、今後さらに悪化する可能性が高まっている。米国では住宅ローンの破綻が増え、ローンの貸し手である銀行が、ローン破綻した債務者から担保の住宅を没収して再販売し、債権の何割かを取り戻そうとする過程にある。だが実際には、全米で銀行が没収した住宅のうち、3割程度しか住宅市場に出されていない。没収したすべての住宅を売りに出すと、住宅価格の下落に拍車をかけてしまう。住宅価格の下落は、銀行のローン資産全体の担保価値の下落となり、銀行自身の経営破綻を早めるので、売りに出すことすらできない。 (Housing Bust Comes Roaring Back, Worse Than Ever

 米政府は3月末まで、ローン破綻を防止する金融策(金融機関と債務者に、破綻しそうなローンの再編を促す政策)をやっていたが、それは4月からは行われていない。ローン破綻防止策が終わったことによる反動は、4−5カ月後に破綻急増のかたちで顕在化すると予測されている。ローン破綻が増え、住宅価格が下がり続ける限り、米国の金融危機は悪化する。

 IMFは、最近発表した報告書(global financial stability report)で、世界の金融界の不良債権は4・1兆ドルになったと概算している。このうち米国が2・7兆ドルを占めている(欧州が1・1兆ドル、日本は一桁少ない1500億ドル)。IMF発表の世界の不良債権額は、昨年10月には1・4兆ドル、今年1月には2・2兆ドルで、急増が続いていることが見て取れる。当然ながらIMFは、金融危機はまだまだ続くと予測し、最近の金融市場に充満する楽観は間違っていると指摘している。 (IMF Puts Losses From Crisis at $4.1 Trillion



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