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どうなるオバマの金融救済

2009年3月16日   田中 宇

「オバマとガイトナーの悪い成績」という記事が、米国大手経済専門紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)に出た。それによると、米オバマ大統領は、一般の米国民からの支持率は60%台と比較的高いが、米国の49人の専門家に対して同紙が行ったアンケートでは、回答者の大半がオバマの経済政策に不満で、オバマの経済政策への評価の平均は100点満点中59点と低かった。 (Obama, Geithner Get Low Grades

 ガイトナー財務長官に至っては平均点が51点で、落第である。ガイトナーは自分の政策をうまく説明できず、彼がテレビに出ると株価が下がるという定説ができてしまっている。3月に入り、有望視されていたガイトナーの側近(Annette Nazareth)が辞任し、スタッフの使い方に問題があるという指摘も出ている。 (Geithner Gets the Keys to the Henhouse) (G.O.P. Senators Say Some Big Banks Can Be Allowed to Fail

 米財務省の金融対策は遅延ばかりで、米経済評論家の間では、ガイトナーに辞任を求める声も出ている。そもそも、今の米銀行界が持つ不良資産の価値は、簿価(購入価格)の5-30%しかない。だが銀行界は、不良債権を簿価の50-60%の価格で政府が公金で買ってくれないと潰れると言っている。

 昨秋のリーマン・ブラザーズ倒産後の世界的な経済難を見れば、大銀行を潰すわけにはいかないが、不良債権を法外な高値で買うのは公金の無駄遣いである。国民の怒りをかうのでオバマ政権は二の足を踏んでいる。対応が遅れるのは当然だ。ガイトナーの任務は、過剰に大きくなって不良化した米国の大銀行を、小さくて健全な銀行に戻すことだが、それは誰がやってもほとんど不可能である。 (Tim Geithner's Black Hole

▼英政府からの電話に出ない米財務省

 ガイトナーの評判が悪い半面、連銀議長のバーナンキは、WSJの専門家調査での評価点の平均が71点と、合格水準に達している。若造に見えるガイトナーではなく、テレビ写りがましなバーナンキを出せということで、バーナンキは3月15日、連銀議長として20年ぶりに、プライムタイムの米テレビ番組でインタビューに応じた(連銀議長がテレビ番組に出るのは20年ぶり)。 (Bernanke Gives Rare TV Interview

 私が見るところ、ガイトナー財務長官は、前任のポールソンと同様に「隠れ多極主義」である。4月初めに英国ロンドンで、国際金融システムの新体制(第2ブレトンウッズ)をつくるべく昨秋から定期開催されることになったG20サミットが開かれる予定で、英国政府は今、その準備に追われている。だが、ガイトナー率いる米財務省は、英国政府からの電話に出ようとせず、G20の準備が滞っていると指摘されている。「ガイトナーに、電話に出るように言ってくれ」と題するブログ記事を見た。 (Will Someone Tell Tim Geithner To Answer The Phone) (Special relationship? Obama's people won't even answer the phone, whines Downing Street

 以前の記事で説明したが、私が見るところ、昨年11月に米ワシントンDCで初めて開かれたG20金融サミットは、今後起きるであろうドル崩壊後の世界の通貨・経済体制を決めるための連続的な国際会議である。英国は、従来のような米英が世界を仕切る体制を立て直すことを目論み、2回目のG20サミットをロンドンに誘致した。 (「ブレトンウッズ2」の新世界秩序(2)) (「世界通貨」で復権狙うイギリス

 これに対し、米国の中枢に巣くう「隠れ多極主義」勢力は、英米中心の覇権体制を解体し、より安定的で持続的成長が可能な、多極型の国際経済通貨体制に移行したいと思っている。(ドル本位制より、多極型の通貨体制の方が安定しているので、世界はそっちに移行していくだろうと指摘する記事が、最近アジアタイムスに出た) (DOLLAR CRISIS IN THE MAKING

 ガイトナーと側近たちが、G20サミットの準備のために英国政府がかけてきた電話に出ないという話からは、英国が4月のサミットでG20を英国好みの組織に隠然と変質させようと目論んでいることと、英による牛耳りをガイトナーら米中枢が阻止して、ロンドンG20サミットを失敗させようとしていることがうかがえる。

 第一次大戦以来、英米間の方針対立は暗闘として行われており、英米は表向き協調するふりをして、裏で延々と主導権争いをしている。ニクソンやカーターが中国との関係を築いたり、レーガンがソ連との対立を昇華させたのも、中国やロシアを敵から味方に転換させ、中露の力を借りて英国(とイスラエル)による牛耳りをやめさせることが一つの目的だったのではないか、というのが仮説的な私の持論である。

▼政府ぐるみの粉飾に走るオバマ政権

 米英覇権を解体したい「隠れ多極主義」が米中枢にいるといっても、解体が一直線に行われているわけではない。ドルや米経済の崩壊は、螺旋状に進んできたし、今後も螺旋状に進むだろう。

 たとえば最近では、米政府に「追加の救済金20億ドルを貸してくれなければ倒産する」と求めていた米自動車大手GM(ゼネラル・モータース)が「頑張ってコスト削減したので追加の救済金はとりあえず要らなくなった」と発表した。ほぼ同時に、潰れそうだった米大手銀行のシティグループが、今四半期に赤字ではなく黒字を計上すると発表した。「シティ倒産」を織り込んで下落していた米株価は一気に反転し、4日続けて上がり、合計で12%も上昇した。 (G.M. Says It Won't Need Finance Infusion in March

 前述のWSJ紙の専門家調査でも「米経済は今年8月に底を打ち、10月からは回復傾向に転じる」というのが平均的予測であり、これらを総合すると「そろそろ株は買い時か」と思う人もいるかもしれない。 (Has the Economy Hit Bottom Yet?

 しかし私から見ると、こうした現状は、螺旋状に悪化していく中期的な傾向の一部にすぎず、本質的な回復ではない。米国の金融界は、遅くとも今年初めから、全体として負債総額が資産+資本の評価額を上回る「債務超過」に陥り、資産の価値を決める米国の不動産価格が下落が続く限り、債務超過はさらに悪化する。金融機関にとって債務超過は「死」であり、すでに死んだ銀行がまだ生きているかのように振る舞う「ゾンビ(幽霊)」の状態になっている。金融システム全体の債務超過が続くと、金融の機能不全も続き、今はまだ健全な銀行も、いずれ債務超過になり、金融機関の死が感染していく。

 しかも、金融危機前には資金調達の主役だったデリバティブ市場(影の金融システム)も、粉飾的に一部が復活しているように見せているが、実質的には機能不全である。たぶん2度と復活しない。世界のデリバティブの総発行額面残高は、世界のGDP総額の20倍、米国だけを見ると40倍である。銀行の多くは、デリバティブ商品を担保に金を貸しており、デリバティブの崩壊は銀行の損失急増となる。シティが本当に黒字だとしても、他の銀行の多くは危険な状態にある。 (A swallow before summer

 私から見ると、そもそもシティの黒字も粉飾の疑いがある。2月27日、米政府はシティの持ち株250億ドル分を、配当重視の優先株から、経営権重視の普通株に転換し、米政府はシティ株の36%を保有する大株主になった。この転換によって米政府は事実上、シティを支配することが可能になった。 (What the Citi Conversion Might Really Mean

 それから約10日後、シティは「黒字を出す」と発表した。米政府がシティの株を転換して支配権を握ったのは、シティを使った株価対策を行うためだったのではないか。GMが救済金をもらわずにすむようになったのも、米政府が裏で手を回して、どこかから融資させた結果かもしれない。こうしたやり方は、一時的に株価を押し上げるだけで、中長期的には何の解決にもならず、税金の無駄遣いである。

▼すでに米金融界全体が国有化されている

 米政界には「危機の大手銀行を国有化すべきかどうか」という議論があるが、この議論自体が的外れである。昨秋のリーマン破綻以来、米金融界では銀行の相互不信に拍車がかかり、民間銀行どうしが金を貸し借りせず、連銀や財務省が唯一の貸し手となっている。よく「連銀は(危機を救う)最後の貸し手」と言われるが「最後」どころか「唯一」の貸し手となっている。

 これは、米金融界全体が国有化されてしまっていることを意味する。金融界が国有化されているのだから、個別の金融機関の株式を政府が買うかどうかという株式の国有化を議論するのはあまり意味がない。 (The Federal Reserve is Bankrupt

 米金融界の不良債権は、しだいに唯一の貸し手である連銀や米財務省に救済融資の担保として蓄積されていく。連銀の資産は、ドル発行の担保でもある。米財務省の資産は、米国債の後ろ盾でもある。最終的には、ドルや米国債の国際的信用の下落に行き着く。

 今、世界で最も多くの米国債を持っている国は中国だが、中国の温家宝首相は3月14日、米国債の将来に対する懸念を表明し、中国が米国に持っている資産の価値が下がらないよう、米国は金融危機対策をしっかりやってほしいと、米国を批判した。中国の高官がドルや米国債に対する懸念を公式な場で表明したのは、これが初めてである。ドルや米国債が「安全なもの」から「危険なもの」に転換していく流れが顕在化しつつある。 (China's Leader Says He Is `Worried' Over U.S. Treasuries

 事態の悪化は螺旋状に進んでいくので、まだ人々がパニックに陥る事態にはなっていないが、今年はもう、投資はなるべくしない方がいいだろう。「乱高下する今こそ儲かる」という人もいるが、乱高下の本質は、米英イスラエル中枢の暗闘である。この200年の金融システムを創設した「本物のプロ」「人々を踊らせる側」「賭博場の胴元」たちの、国家存亡をかけた果たし合いである。

 彼らに比べたら、日本に住んでいる人々は、たとえ大手金融機関の機関投資家でも、今の相場の根幹に存在する国際政治の深いことについて知らないので「ど素人」だ。安易な参戦はやめた方が良い。踊らされて大損するだけだ。



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