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ユーラシアの逆転

2008年4月2日   田中 宇

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 日本では関東以南で桜が開花し、お花見の季節になった。中東のイラン周辺でもこの時期(3月下旬)、日本のお花見に似た、お弁当を持って一家総出で野原や公園にピクニックに出かける民族的な行事がある。「ノールーズ」と呼ばれるペルシャ暦の正月を祝う行事の一つである。イランだけでなく、イランより西のイラク、トルコに住むクルド人や、イランより東のアフガニスタン北部、タジキスタンといった中央アジアのペルシャ系諸民族も、ノールーズをお祝いする。

 イランからアフガン北部、タジキスタンを経て中国に至るルートは、昔のシルクロードの一部であり、この地域にはイスラム教発祥のはるか以前から、商業などを営むペルシャ人が住んでいた。奈良の正倉院にあるペルシャのガラスの器は、このルートで運ばれたものだろう。ノールーズでは、七つの小物類を家に飾る、日本の「七草粥」を連想させる行事や、焚き火の上を飛ぶ行事など、正月(旧暦の迎春)関連の日本文化と似たものがあり、これらもシルクロードを経由してペルシャから日本に影響を与えたのかもしれない。

 今年のノールーズ期間中の3月25日、イラン、アフガニスタン、タジキスタンの3カ国の外務大臣が、タジキスタンの首都ドシャンベに集まり、郊外で開かれたノールーズの祝典に参加した。3カ国は、今後は文化経済交流を盛んにすることを決めた。イランからアフガン北部を経てタジクに至る、鉄道や石油パイプライン、送電線などの建設を行う事業の構想が話し合われた。中央アジアのペルシャ経済圏構想である。イランのモッタキ外相は「(3カ国が)いっしょにノールーズをお祝いすることが、団結の象徴です」と挨拶した。(関連記事

 アフガニスタンというと、「タリバン」のパシュトン人が有名だが、アフガンでは国民の6割を占める南部・東部のパシュトン人のほかに、北部・西部のタジク人などペルシャ語(ダリ語)を話す人々が3割を占める。2001年冬の米軍のアフガン侵攻以前、パキスタンが支援するタリバンに対抗して、ロシアやイランが支援していた「北部同盟」のマスード将軍がタジク系である(911の2日前に爆殺された)。

 アフガン周辺では最近パキスタンが不安定になり、アフガン政府は、イランやロシア・中央アジア諸国、中国など、パキスタン経由で入る欧米からの支援ルートとは違う方向の国々との関係改善が必要になった。そのため、アフガン外相がペルシャ経済圏の会議に派遣された。

▼ペルシャ経済圏は中国への送油ルート

 3カ国の外相がドシャンベ郊外でノールーズのピクニックに興じた話は、シルクロードの牧歌的なイメージだ。だが、この話を大きなユーラシアの視点でとらえると、核兵器をめぐる謀略や資源争奪戦、巨大な覇権争いの構図の一部であることがわかる。

 ドシャンベでのペルシャ経済圏の会議には、報じられていない他の国の出席者もいたはずだ。おそらく中国とロシアの代表が、出席していたはずである。そもそもイランがペルシャ経済圏を作ろうとする最大の目的は、イランからアフガン北部、タジクを通って中国に石油や天然ガスを送るパイプラインを作り、イランから中国へエネルギーを輸出することであろう。中国としては、タジク、アフガン北部を経由してイランに至る鉄道を作り、中国製品をイランや中東方面に輸出する構想もあるはずだ。(関連記事

 タジキスタンは冷戦終結後、内戦状態に陥ったため、中央アジア諸国の中で最も貧しく、国民の8割が、国連規定の貧困水準を割る生活を強いられている。「地球温暖化」の誇張策の陰で小さくしか報じられていないが、NASAなどによると、昨年から地球の平均気温は下がっている(この問題については改めて書く)。昨年の冬、タジキスタンも大寒波に見舞われ、パミールの山岳地帯で多くの人々が凍死した。この時、タジクに支援を出した唯一の国はイランだった。(関連記事その1その2その3

 アフガニスタンも戦争が続き、国民生活は安定せず、人々は貧しいままだ。昨冬はアフガンの山岳地帯も大寒波に襲われ、1000人近くが凍死した。イランから中国に石油ガスが送られ、中国からイランに工業製品が送られれば、通過点になるタジクやアフガンも、通行料その他の収入が入って経済面で安定し、貧困を脱する手がかりを得られる。(関連記事

 イランはアメリカから「核兵器開発」の濡れ衣をかけられ、制裁されてきた。国連のIAEA(国際原子力機関)は「イランが核兵器を開発していると思われる根拠がない」とする報告書を出し、すでにアメリカによる濡れ衣だったことは確定的だが、この期に及んでアメリカは3月20日、イランに対する金融制裁の強化を決めた(北朝鮮に対する濡れ衣として、マカオのデルタ銀行に科した金融制裁と同じもの)。(関連記事

 しかし、制裁の根拠となる「イランの核兵器開発」は、米英イスラエルが誇張した濡れ衣だったことを、世界の多くの政府がすでに知っている。アメリカが対イラン制裁を呼びかけても、世界の中でそれに乗って実際にイランを制裁する国は減っている。「不正な行為」をやっているのは、イランではなく、米英イスラエルだという構図が定着しつつある。(関連記事

 アメリカ主導のイラン制裁は不当なものなので、従う必要はない。中国やロシアは、そう考えて、これまでイランからの関係強化の要請に対して消極的だった態度を最近になって変え、イランとの経済関係の強化を模索するようになった。イランが、中国に向けたパイプラインの通り道として、アフガンやタジクとの経済関係の強化を開始したのは、このような背景がある。

 イランは同時に、ロシアとの鉄道結節にも積極的だ。ロシアからカスピ海東海岸のアゼルバイジャンを通り、イランに至る鉄道の開通に向け、未開通であるアゼリ・イラン国境からテヘラン近くの町までのイラン国内の鉄道を建設する事業の覚書に、イラン・アゼリ・ロシアの3カ国が、3月29日に調印した。(関連記事

 アメリカの対イラン制裁は、欧米や日本にイランとの経済関係を断絶させると同時に、イランが中国やロシアに接近することを誘発している。アメリカの金融制裁によって、イランの銀行は、欧米日の銀行とは取引が難しくなったが、中露の銀行とは取り引きできる。ドル建て決済だと、米連銀のチェックに引っかかるが、ドルは価値をどんどん落とし、貿易業者に敬遠される通貨になっているから、ドルよりも人民元やルーブルを使った方が、経済的にも良い状況になっている。イランは、欧米日から制裁されても、中露やその他の非米諸国とドル以外の通貨で貿易できるので、大して困らない状態になっている。

▼上海協力機構に入るイラン

 イランのモッタキ外相は、タジキスタンのドシャンベでペルシャ経済圏の外相会議に出た後、記者会見で「上海協力機構への加盟を申請する」と発表した。上海協力機構は、中国、ロシア、中央アジア5カ国で作る経済・文化・安保関係の組織である。欧米諸国で作るNATOに対抗できる、中露中心のユーラシアの集団安全保障の組織であるとも言える(NATOは、一つの加盟国が攻撃されたら、他のすべての加盟国に応援する義務が生じる条項あるが、上海機構にはこのような義務がなく、縛りのゆるやかな国際組織である)(関連記事

 イランは、インドやパキスタン、アフガニスタンなどと並び、2005年から上海機構にオブザーバー参加している。06年の時点では、ロシア外相が、まだイランを正式加盟させないと表明していた。しかし今回は、イランの加盟申請に対し、加盟国である中国とタジキスタンが、すぐに歓迎の意を表明した。中国はイランからパイプラインで石油ガスを買いたいから歓迎だし、タジクはイランからいろいろ支援してもらっている。(関連記事その1その2

 上海協力機構は毎年夏に年次総会を開く。イランが今年の総会で正式加盟できるかどうか、まだわからない。だが、中国だけでなくロシアも、イランとの関係を、鉄道結節や原子力発電所、地対空ミサイルなどの売り込みによって強化している。しかもアメリカのイラン敵視は今後、尻すぼみになっていきそうだ(ただし、イスラエルが中東大戦争を起こさない場合)。それらのことから考えて、上海機構はいずれイランを加盟させる方向にある。

 欧米の分析者の中には「中露は、欧米に敵視されることを恐れて、イランを上海機構に入れないだろう」「そもそも中国とロシアは根本的なところで仲が良くないので、上海機構は結束する強い組織になれない」といった見方をする人が多い。だが私から見ると、これらは正しくない。(関連記事その1その2

 上海機構を、米英の世界覇権に対抗する勢力にしようと考えてきたプーチン大統領らによるロシアの戦略は、非常に柔軟で巧妙だ。中露間には、中央アジアのエネルギー利権などをめぐる利害の対立があるが、ロシアは上海機構やその他のユーラシアの国際組織を柔軟な性格のものにして、利害が一致する部分では協力し、一致しない部分では話し合いを続行する態勢を作っている。経済関係では、中露ともに自由市場の原則を貫いており、経済紛争を政治紛争に拡大しないようにしている。イランなども、この原則に従っている。

 またロシアは、イランやアラブ諸国、ベネズエラなどと謀り、OPECとは別の、石油ガスに関する秘密の国際カルテルを作り、この組織が石油先物市場などを使って原油価格の高値を維持しているとも疑われている。ロシアは国際的に、柔軟な組織や秘密の組織をいくつも作り、イランや中国、中南米諸国にも同様の組織を作ることを推奨し、目立たないように、しかし不可逆的に、米英中心の国際社会の体制を乗っ取ろうと動いている。(関連記事

 3月31日から、中国と東南アジア諸国によるメコン川流域国サミットがラオスで開かれ、中国が流域諸国の経済インフラ整備を支援することなどが話し合われている。この会議は、中国を中心とする柔軟な構造を持つ組織(経済や文化を看板にしつつ、実際には政治が絡む)で、イランが主導するペルシャ経済圏会議などと同様、上海機構型の国際組織である。(関連記事

 本来なら欧米は、中露やイランなどが上海機構型の国際組織を発展させていることに対し、もっと警戒感を抱くべきである。このままアメリカの覇権が崩れていくと、中露やイラン、それに誘われたアラブ諸国、中南米、東南アジア、アフリカ諸国などが作る、上海機構型の緩やかな「非米同盟」の集合体が、従来の欧米中心の世界体制に取って代わっていきかねない。

 しかし実際には、アメリカの国務省は「中露は結束できない」などとして上海機構をほとんど無視し、この影響で、欧米や日本の分析者の多くは、上海機構やプーチンの世界的謀略を軽視している。ブッシュ政権は「隠れ多極主義」なので、上海機構などの非米同盟を意識的に無視するだけでなく、世界的な反米感情を扇動し、非米同盟の拡大や結束をむしろ誘発している。それに気づいている人は少ない。

▼台頭する上海機構を無視する米政府

 上海機構は昨年から、アフガニスタンを支援する連絡事務局を作っている。これはNATO(欧米軍)のアフガン占領が窮地に陥っているため「上海機構が助けてあげますよ」という欧米に対する提案である。4月2日にルーマニアで開かれるNATOサミットにはプーチン大統領が参加し、アフガン占領に協力する提案を行う。(関連記事その1その2

 これは、ロシアがNATOを助ける話として報じられているが、実際には、上海機構がNATOを助ける話である。ロシア政府によると、すでにこの話は事務レベルでは確定しており、あとはNATOサミットで正式な合意にするだけである。(関連記事

 NATOサミットでは、ウクライナとグルジアという旧ソ連2カ国による加盟申請についても話し合われるが、ドイツとフランスはロシアとの関係を重視し、2カ国の加盟問題は棚上げすべきだと言っている。フランスの関係者によると、NATOはアフガンでロシアに助けてもらわないと存続できないので、ロシアが嫌がる2カ国の加盟は認められない状況にある。(関連記事

 米ブッシュ政権は、この期に及んでも、ウクライナとグルジアのNATO加盟を支持しているが、アメリカだけが支持しても加盟は実現しない。米政府の態度はむしろ「ロシアを過度に敵視することで、欧州がアメリカを敬遠して親露的になることを誘発する」という隠れ多極主義、アメリカ流のロシア強化策と考えた方が良い。

(私が見るところでは、ブッシュ政権が隠れ多極主義の戦略をとる理由は、アメリカが、イギリスやイスラエルによって謀略的に牛耳られてきた米英中心主義の世界戦略を、対抗的謀略措置によって振り切り、世界経済の成長率をより高くできる多極的な世界体制へと転換しようとしているからである)(関連記事

 ロシアは、NATOのアフガン占領に協力し、NATOに恩を着せることで、上海協力機構をNATOと対等の地位の国際組織に格上することを狙っている。このような動きが目の前で展開中なのに上海機構を軽視するのは、滑稽ですらある。

▼米露接近、イランは許される?

 ブッシュ大統領はNATOサミットに出席した後、4月6日にロシアの保養地でプーチン大統領と2者会談を行い、米露関係の将来などについて話し合うことが、3月26日に急きょ発表された。この米露会談で、ユーラシア大陸の将来にわたる勢力図が決まるかもしれない。東欧におけるEUとロシアの影響圏の境界線や、米欧露が中東のどの地域にどう関与するかといった、地政学的な将来像を話し合う、冷戦末期のレーガンとゴルバチョフの会談以来の、重要な米露首脳会談になる可能性がある。(関連記事

 私の予測とは裏腹に、米露首脳会談が行われても、何も重要事項が決定されないかもしれない。しかし、ロシアがNATOのアフガン占領に協力し、首脳会談が行われること自体、米露の対立が解けていることを示している。そして、ロシアは中国とともに、イランを上海協力機構の仲間として迎え入れつつある。ここ1週間ほどで出現したこれらの新状況を見ると、アメリカはもはやイランを空爆することはないだろうと感じられる。イランを空爆したら、米露関係が極度に悪化することが予想される。ブッシュがイランを空爆するつもりなら、その前にロシアを訪問しないだろう。(戦争は突発事件で始まりうるが)

 同時にこの1週間は、パキスタンで新政権が3月25日に発足し、ギラニ新首相が、タリバンとの交渉を提案した。タリバンはアフガニスタンとパキスタンの国境地帯の両側におり、ギラニ新政権が交渉対象と考えているのはパキスタン側の勢力であるが、パキスタン側の勢力と和解したら、アフガン側の勢力との緊張も緩和する。交渉提案に対し、タリバン側は、ギラニ新政権がアメリカの「テロ戦争」(タリバンやアルカイダに対する戦い)への協力をやめるなら交渉に応じるという、条件つきの返答をした。(関連記事

 反米感情が強まったパキスタンの世論を受け、ギラニ新政権は従来のムシャラフ政権に比べてかなり反米だ。新政権が、タリバン側の前提条件をある程度のんで、米軍やNATO軍(欧米軍)に対する協力を減らしていく可能性が高まっている。欧米軍は、アフガン占領の唯一の補給路だったパキスタンを使えなくなるかもしれない。ロシアが代わりの補給路を提供することが、欧米軍にとって不可欠になりつつある。ブッシュがイランを空爆してロシアを怒らせる可能性も減っていると感じられる。(関連記事

▼イランに漁夫の利を与えるための米イラク占領

 この1週間で、アメリカがイランを空爆できない理由が、ほかにも出てきた。イランに隣接するイラクの問題である。イラクでは米軍の占領の泥沼状態が一気にひどくなり、アメリカはイランに助けを求めざるを得なくなるかもしれない状態になっている。事態が悪化したきっかけはアメリカが、傀儡のイラク政府(マリキ政権)傘下のイラク政府軍に命じて、イラク南部の都市バスラに巣くうゲリラを退治するための攻撃を、3月25日から開始させたことだ。(関連記事

 バスラに陣取るゲリラの多くは、シーア派のムクタダ・サドル師の傘下の「マフディ軍」である。攻撃をかけたイラク軍の主力は、同じシーア派の組織SIIC(イラク・イスラム最高評議会)傘下の「バドル旅団」である。SIICはシーア派諸派の中で最も親イランで、フセイン政権時代にはイランに亡命していた。(関連記事

 米軍がそんな勢力をイラク政府軍の主力部隊に据えて訓練してきたというのが、そもそも自滅的に奇妙なことだが、米政府が「SIICとサドルは敵対している」という間違った分析を前提に、イラク政府軍にバスラ攻略をやらせたのも奇妙な自滅策だった。バスラ攻略が始まると同時に、イラク政府軍の中から集団で戦線放棄する部隊が相次ぎ、マフディ軍の側への寝返りを宣言する部隊も出てきた。(関連記事

 SIICはイラン寄りだが、サドル師もしばしばイランを訪問しており、親イランである。イラク政府軍に参加するバドル旅団の兵士たちは、米軍から金をもらえるので軍に参加していただけだ。イラン系の勢力どうしを戦わせようとしてきたアメリカの戦略は、根本から自滅的である。

 バスラ攻略開始後、イラク軍は壊滅(解散)状態になった。イランが仲裁に入り、サドルは3月28日にイランの聖地(イラン政界で最も権威ある聖職者たちがいる町)であるコムを訪問した。イラン側から仲裁を受けたサドルはイラクに帰国後、停戦を発表し、傘下のマフディ軍に戦闘をやめさせ、事態は一応の収拾をみた。(関連記事その1その2

 この過程で明らかになったことは、イラク政府軍がアメリカ傀儡のイラク政府より、反米のイラン政府に忠誠を誓っており、サドルもSIICもイランのいうことは良く聞き、イラクを支配しているのはアメリカではなくイランだということだった。イラクの国境を管理する米軍は、サドルが国境を越えてイランに行ったことを知っているはずだが、米側はイランによる介入を黙認している。(関連記事

 日米などのマスコミは、この事態をきちんと報じていないので、読者の中には私の話を「とんでもないウソ」と思う人がいるかもしれない。しかし、イラクのシーア派武装勢力の多くがイラン系であることは以前からよく知られてきたことであり、アメリカが訓練してきたイラク軍の兵士たちの多くが、いざとなったら反米の側に寝返るというのも、2005年ごろから知られた話だった。米イスラエルの諜報に詳しい記者であるセイモア・ハーシュは「アメリカのイラク報道は全く信用できない」と言っている。ウソを報じているのはマスコミの方である。(関連記事

 アメリカは、イラク政府軍を作ると言って、仇敵イランと親しい勢力に何年間も金と武器を渡し、軍事訓練を施してきた。これは、とんでもない話であり、米政府が気づかずに何年もやっていた失策とは思えない。ブッシュ政権が、イランを敵視するふりをして強化し、強化したイランと戦争させてイスラエルを潰そうとする「隠れ多極主義」であると思える理由の一つである。

▼米イランの和解直前にイスラエルが開戦する?

 米軍の中東司令官としてイラン空爆に反対していたファロン海軍大将が3月末をもって辞任させられた。代わりに、これまでファロンの下でイラク駐留軍司令官をつとめ、イランと戦争したがっているネオコン系とされるペトラウス陸軍大将の発言力が強まっていると言われる。その意味では米軍がイランを空爆する可能性は増している。(関連記事

 だがそれとは反対に、米政界では、キッシンジャー元国務長官ら、外交問題の重鎮たちが連名で「米政府はイラクを安定させるため、イランと交渉すべきだ」という要請を、ブッシュ大統領に提出している。(関連記事その1その2

 米軍がイランを空爆したら、その報復としてイランは、イラク南部のシーア派ゲリラに命じて、クウェートからイラク南部を経由してバグダッドまで伸びる米軍の補給路を断ち、米地上軍は燃料切れで動きが取れなくなり、全滅状態の多大な損害を被り、撤退を余儀なくされる、という予測も出ている。(関連記事

 すでに述べた米露間の接近も会わせて考えると、アメリカはイランを空爆するより、イラク占領をイランに助けてもらい、米軍を撤退させる方向に動きそうな感じもする。しかしその一方で、米政界はイスラエルに牛耳られており、イスラエルは自国が取り残されるイラクからの米軍撤退には絶対反対で、米軍がイラクにいる間にイランを潰すか、イランと和解せねばならないと考えている。

 イスラエルがイランと和解するには、まずパレスチナで親米のファタハ(パレスチナ自治政府)を強化して親イランのハマス(ガザ)を弱くし、レバノンでも親米のシニオラ政権を強化して親イランのヒズボラを弱くし、合わせてシリアをイランから引き離し、ハマス、ヒズボラ、シリアといったイスラエル近傍の親イラン勢力からの敵対を弱めてから、イランと交渉する必要がある。イスラエルが、ハマス、ヒズボラ、シリアの敵意に取り囲まれたまま、イランとの交渉に入った場合、一方的な譲歩を強いられ、最後には軍事的に潰されてしまう。

 しかし同時に、ハマス、ヒズボラ、シリアの敵意を取り除くことも、イスラエルにとって非常に難しい。イスラエル政界では米ネオコンとつながった好戦派(隠れ自滅派?)のリクード右派がいまだに強く、住宅省などを乗っ取って、イスラム側を激怒させる占領地内の入植地の拡大を続けている。イスラエルがイラン傘下の各勢力と和解できず、かといってアメリカにイランを侵攻させて潰すこともできないでいる間に、アメリカのイラク占領はどんどん不利な状態になり、イランに助けてもらわざるを得ない状況に近づいている。

 イスラエル政府は、どうやら秘密裏にファタハと交渉を続けているようだ。イスラエルの右派が、そう指摘している。エルサレムを分割して半分をファタハに譲渡し、東エルサレムを首都としてパレスチナ国家を作らせ、そこにハマスも取り込んで牙を抜く戦略だろう。イスラエル政府は、数カ月前からこの戦略をとっている。(関連記事

 イスラエル政府が交渉を秘密裏にやるのは、反対派の国内右派に気づかせないようにするためだけでなく、口では和平推進と言いつつ、実際には和平を阻止している米ブッシュ政権に、交渉の状況を知られたくないからである。米側は、秘密交渉が行われているのを知っており、チェイニー副大統領がイスラエルを訪問して10日もしないうちに、こんどはライス国務長官がやってきた。米高官が入れ替わり立ちかわり来て、イスラエルとパレスチナの両首脳の間を往復して根ほり葉ほり聞けば、米側は、秘密にされていた交渉内容を把握し、交渉を助けるふりをして潰すことができる。イスラエルにとっては非常に迷惑な話である。(関連記事

 今後、このままパレスチナ和平が進まず、その一方でイラク占領をめぐって米イランが和解に向かった場合、アメリカがイランとの敵対を解こうとする直前に、イスラエルがイランを空爆し、アメリカをイランとの戦争に引きずり込むといった展開があり得る。

 もしくは、パレスチナの西岸で台頭してきたハマスやヒズボラがファタハを潰し、それを機にパレスチナとレバノンでイスラエルとの戦争が始まり、シリアやイラン、イラクの方向に戦線が拡大するという展開もあり得る。最近の中東の緊張感の高まりから考えて、何も起きずに事態が沈静化していくとは考えにくい。

 全体として、中東ではイランが優勢になり、アラブ諸国は親米から反米の方向に転換する傾向が続いている。ロシアやアフガニスタン、パキスタン、中国などの情勢と合わせると、ユーラシア大陸の全域で、米英が中露を封じ込め、日本や東南アジアには反中反露の姿勢をとらせ、イスラム世界を分断・傀儡化して親米の側につけておくという米英中心主義の体制が弱まっている。

 そして逆に、中露が台頭しつつ結束し、上海協力機構などの非米同盟的な体制を通じてイランなどのイスラム世界を取り込み、米英の影響力は低下し、東南アジアは親中国を強め、日本は自閉的再鎖国に向かう、という多極型の体制が強まっている。その意味で、ユーラシアは大きな転換期に入っている。

 今回、このユーラシアの逆転現象について、もっと多くの事象を紹介しようと思ったのだが、半分ぐらいしか書かないうちに、多すぎる文章量になってしまった。各地の事態をわかりやすく説明しようとすると、どうしても文章が長くなる。特に中東問題はややこしい。残りの事象は、次回以降に紹介していく。



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