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サウジアラビア滞在記(1)

2005年3月29日   田中 宇

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 今、サウジアラビアの首都リヤドに来ている。知人の紹介で、こちらの研究所の短期研究員としてピザを発給してもらい、先週から1カ月の予定で、妻子を連れてやってきた。

 リヤドに数日いてまず感じたことは、人々の生活が物質的に豊かであることだ。たとえば、人口約400万人のリヤド市には、ほとんど公共交通機関がない。ミニバスの路線が数本あるだけで、それも主に使っているのは金銭的に余裕のない外国人労働者たちである。サウジ人のリヤド市民は、かなり貧しい人でも自家用車を持っており、中産階級の家には2−3台の自家用車があることが多い。

 多くの市民は、フィリピン人、スリランカ人などのお手伝いさんも雇っており、インド人やパキスタン人の運転手を雇っている市民も多い。あるサウジ人は「他の国だったらメードや運転手として働いているような人々まで、ここではメードや運転手を雇っている」と、冗談交じりに言っていた。

 お手伝いさんは、初期費用10万円と、月々1万円程度の給料支払いで雇える。お手伝いさんとしての技能の高さからフィリピン人が最も給料が高く、反対にインド人やスリランカ人は安く雇えると聞いた。最近は、ベトナムやネパールなどの政府も、サウジに労働者を派遣する体制を作っているという。

 リヤドは非常に拡散した町で、自動車がないと生活できない。メッカの方角に向いて碁盤の目に作られた地域が多い市街地は、幹線道路が片側3−4車線で、そのほかに縦横に高速道路も通っており、アメリカの地方都市のようなクルマ社会となっている。道が広く、渋滞も少ないので、市街地でも簡単に100キロ以上出てしまう。スピードが出るため、ドライバーのマナーは非常に悪く、急な車線変更が横行している。交差点の手前では、3車線の一番右側から左折を試みる車がいたりする。

 数十年前まで砂漠の遊牧民として生きていたのが、1970年代からの石油の国家収入の増加で国民生活が豊かになり、わりと裕福な都市住民に変身した歴史を持つサウジアラビアの人々が、広い道路で野放図な車の運転をするのは当然かもしれない。サウジの1000人あたりの交通事故による死亡率は世界一で、日本の3倍だそうだ。

▼子沢山なので子供洋品店が多い

 人々の物質的な豊かさは、リヤド市内に10カ所以上ある、自家用車で来ることを前提に作られた巨大なショッピングセンターからもうかがえた。昨年末にフランス系のカルフールがオープンするなど、ショッピングセンターは増殖中である。

 私たちは知人一家に「ハイパー・パンダ」というショッピングセンターに連れて行ってもらった。そこは、数百メートル四方の敷地に、4階建てぐらいの広い建物と広大な駐車場からなるもので、欧米ブランドの専門店や、天井が高く広大で、大きな買い物カートを使うアメリカ風のスーパーマーケットなどが入居していた。

 私の目を引いたことの一つは、子供服やベビー用品の店が多いことだ。サウジアラビアはここ20−30年ほどベビーブームが続き、人口の約半分が未成年の若者だといわれている。平均的なサウジ国民の家は3−4人の子供がいるという。子供用品の消費が多いのは当然だ。

 スーパーには紙おむつが山積みされ、50枚が20−30リヤル(600−900円)ほどで売られていた。日本より少し安い程度だ。食料品や衣料品が日本の半値以下であるのに比べ、紙おむつは安いとはいえないが、欧米や日本のブランド品もサウジ国内で作れていることが記されており、大量に消費されていることが分かる。紙おむつを買えるのは金持ちだけではなく、一般の人々も紙おむつを使って子育てをする中産階級であることがうかがえる。

(リヤドに3年間住んでいるある人は、東京では紙おむつなどのベビー用品を置いている店が非常に少なく、外出時に突然紙おむつが必要になってもまず買うことができないが、リヤドではどこの店にもベビー用品が置いてあり、苦労しないと言っていた)

 ショッピングセンターや繁華街の街角には、スターバックスやマクドナルド、ケンタッキーフライドチキン、シナボンなど、アメリカ資本の飲食店がたくさんあり、人出が多くなる夕方以降や休日は賑わっている。

 店内は、男性用の席と家族用の席に分かれており、外から見える席は男性専用で、女性は外から見えない家族用の席に行く必要がある。サウジでは、女性は親族の同行がないと外出できないことになっており、親族以外の男女が1対1で一緒にいることは禁じられている。そのため、お店に来る客は「男性(一人もしくは複数)」か「家族連れ」しかおらず「男性席」と「家族席」という区分になる。イスラム教やアラブの伝統に基づいた女性に対する規制については、多角的な分析が必要なので改めて書く。

 ショッピングセンターの前や市街の交差点などで、女性や子供の物乞いがいるのを見たが、彼らはサウジ人ではなく、イエメンなどから出稼ぎに来た外国人の家族などであるらしい。女性は公衆の場ではアバヤで顔を隠しているので、どこの誰かを人々に知られぬまま、物乞いをすることができる。

▼「スーパーのレジ打ちはサウジ人でなければならない」

 王室の石油収入を国民に分配して経済が成り立っているサウジアラビアでは、多くの国民は、比較的楽な公務員以外の仕事をしたがらず、民間企業の従業員の多くはサウジ人ではなく外国人労働者である。サウジは1800万人の国民と600万人の外国人労働者から成り立つ国で、分析者の間では、労働人口としてはサウジ人より外国人の方が多いと考えられている(労働人口の正確な統計は出ていない)。

 リヤド市内には小さな秋葉原のような「コンピューター・スーク」があるが、従業員はほとんどインド人である。こんな状態では産業が育たないので、政府は「スーパーのレジ打ちはサウジ人でなければならない」といったような規則を施行している。

 私が行ったスーパーでは、レジ打ち自身はサウジ人だが、レジを打った後に客が買った商品を袋に詰める係は、インド系などの外国人労働者がやっていた。レジ打ちは袋詰め係を統括する「上司」にあたるような形を作り、プライドが高いサウジ人従業員の自尊心を満たすことで、レジ打ちとして就職してもすぐに辞めてしまうケースが多いことへの対策としているように見受けられた。

 サウジ人は、インド人やフィリピン人などの外国人労働者を見下す傾向がある。スーパーの客の中には外国人も多いが、サウジ人のレジ打ちが、客のインド人に対し、買った商品を買い物かごから出してレジに並べるよう指示し、怒った客と口論になるといったこともあったという。

 これと似た状況は、数年前に取材に行った東南アジアの天然ガス産出国ブルネイ王国でも聞いた。石油や天然ガスのばく大な収入をイスラム教徒の王室が独占し、それを公務員給与や社会福祉などのかたちで国民に分配し、国民は働かなくても生活していける状態になっているという点で、ブルネイは「サウジアラビア型」の国である。

 原油価格が低迷した1990年代には、ブルネイでもサウジでも、石油やガスからの収入が減った時に備えて産業を多角化することを王室が希望し、国民を民間企業で働かせて技能をつけさせようとした。だが、国民の多くは働く必要がないのでなかなかやる気にならず、外国人労働者ではなく国民の雇用を一定以上義務づけられた企業経営者は、やる気のない自国民従業員をなだめすかして何とか働いてもらったり、社員として雇っても出社しなくてもいいことにしたりして対応してきた。

▼「サウジ化」と王室

 私はリヤドに来てから、サウジ人は民間企業で働く気があるのかどうか、という問題について、矛盾する2つの説明を聞いている。一つは、従来のやる気のない状態はここ数年で変わり、民間企業で働くサウジ人がかなり増えているという話である。サウジの国民が働きたがらなかったのは、彼らが怠惰だったからではなく、石油収入が増える前は人口が少なかったので、収入増とともに外国人労働者を無数に入れ、その結果、労働は外国人にさせるものだという考え方が定着したからだが、そのような固定観念は最近変わってきた、という筋書きが、一つの説明として存在する。

 それとは逆の説明も聞いた。スーパーのレジ打ちのほか、タクシー運転手や市場(スーク)の貴金属店(金細工店)の従業員などは、必ずサウジ人でなければならないと決められている。こうした「サウジ化」(サウダイゼーション)の政策は数年前から行われ、政府による命令が何度も出されているが、いまだに実施率は低く、たとえばタクシー運転手にはほとんどサウジ人はおらず、インド人やパキスタン人が多い。サウジ人より外国人労働者の方がはるかに給料が安くてすむので、企業経営者がサウジ人を雇いたがらないのだという。

 企業に資金を出している資本家の中には王族の人がけっこういる。彼らにとっても、サウジ人労働者の割合を上げない方が人件費が節約でき、投資の利益が増える。政府(王室)がサウジ人の雇用率を上げようとしても、傍系の人々を入れると2万人もいるとされる王族の中に、自分が投資している企業の従業員のサウジ化を好まない人々がおり、政府の役人も王族には文句を言えないため、サウジ化がなかなか進まないという話を聞いた。

 王室は石油収入で運営されてきたが、1990年代の石油価格低迷期に、王家から各王族に下賜される給金が減り、特に傍系の王族は、ビジネスをして自活していかねばならない傾向が強まった。その流れの中で、王室が持つ許認可権を儲けに変換するような企業経営を行ったり、日本の「天下り」に似た口利き業を行う王族が出てきた。こうした動きを腐敗として批判的に見ているサウジ国民は少なくないようだ。

▼王室批判がタブーなのは日本も同じ

 王室批判については、少し説明が必要だ。日本では、皇室に批判的な国民がけっこういる半面、外国メディアに皇室批判の記事を書かれると怒る国民も多く、日本国内のマスコミは皇室批判を全く書けない(許されている批判のトーンの幅が非常に狭いという、暗黙の縛りがある)。日本では、皇室の改革を望む国民は多いが、皇室の消滅を求める人は少数である。

 それと同様に、サウジアラビアでも、国民の中には王室に批判的な人がけっこういる半面、アメリカのタカ派の高官やメディアなどがサウジ王室を攻撃し続けていることに対しては怒りがある。

 日本の戦後の皇室は、政治権力をほとんど持っていないので、国民の皇室批判も象徴的なことに限定されるが、サウジアラビアでは王室が政府そのものであり、国富の源泉である石油利権も王室が握っているため、王室に対する批判的な見方も相対的、潜在的に大きくなる。

 しかし、王室の改革を望むサウジ人は多くても、王室の消滅や崩壊、政権転覆を望む人は少ないように、今のところ私には感じられる。また、日本のマスコミが皇室を批判する記事を出せないのと同様、サウジアラビアのマスコミも王室批判はほとんど許されていない。

▼王室がなくなると国家も崩壊する

 湾岸戦争を機に米軍のサウジ駐留が大幅に拡大し、サウジ王室が自国の防衛をアメリカに頼る傾向が強まった1990年代には、サウジの大富豪の息子であるオサマ・ビンラディンに象徴されるイスラム主義者たちが、アメリカに頼るサウジ王室を盛んに批判していた。

 だが911後、アメリカに住んでいた多くのサウジ人が米当局によって犯罪者扱いされるとともに、アメリカのタカ派メディアでは、サウジ人の厳格なイスラム信仰そのものがテロを生んでいるとか、厳格なイスラム信仰を国民に押しつけているサウジ王室を政権転覆すべきだといったネオコンの論調が出てくるにつれ、タカ派化したアメリカを嫌う傾向がサウジ国民の中に広がった。

 サウジアラビアは「サウド家のアラビア」という意味の国名が示すとおり、サウド家によって統一されて作られた国である。サウジアラビアは、ネジド(リヤド周辺)、ヒジャズ(メッカ周辺の紅海岸)、アシール(イエメン国境に近い南部)、ハサ(油田が多いペルシャ湾岸)という4つの地域から成り立っているが、初代国王のアブドルアジズは1920−30年代に、従来の拠点だったネジドから打って出て、他の3地域を征服して統一し、サウジアラビア王国を作った。

 それから80年、サウジにおける統一された国民意識は涵養されてはいるものの、統一後の歴史が短いだけに、いまだに各地域間の社会的・政治的な特質の違いが大きい。政府内でも、内務省や国防省ではネジド出身者が幅を利かせる一方、外務省や巡礼省ではヒジャズ出身者が強いなど、地域主義が色濃く残っている。こんな状態なので、国家統一の基盤となっているサウジ王室の存在が失われたら、その後のサウジアラビアは分裂しかねない。

 かつてイラクのサダム・フセインは内外から批判されていたが、彼がいなくなったことで、1920年代から維持されていたイラクの統一が失われ、シーア、スンニ、クルドという3つの地域勢力が対立し、統一を維持するのが難しくなっている。サウジ王室が崩壊したら、これと似た状態になる可能性が大きい。

 中東は、1910−20年代のオスマントルコ帝国の崩壊後、英仏など西欧諸国が自分たちの都合のいいように地域を分断し、分割された状態でそれぞれが国家建設を行わねばならず、国民統合の基盤が弱い。そのため、サウジでは王室、イラクではバース党政権が崩壊させられると、国家そのものもガタガタになってしまう。

▼急速な改革は危険

 ブッシュ政権の中枢に入り込み、イラク侵攻を実現したネオコンの人々は、イラク戦争前の2002年夏、イラクに次いでサウジアラビア、エジプトなどで政権転覆作戦を展開することを示唆した報告書を、米ランド研究所から出した。この構想は、最近のブッシュの「中東民主化」戦略につながっている。

 侵攻後のイラク統治の中で、アメリカ政府は故意にとも思える大失策を繰り返し、その結果、イラクは敗戦後の日本のように親米国として統一と安定を維持できるという希望が失われ、反米ゲリラの高まりと、シーア・スンニ・クルドの対立によって、今後も長期にわたって不安定な分裂した状態が続きそうな状況になっている。

 イラクの前例から考えると、今後、アメリカの扇動によってサウジの王室政権が転覆されるとしたら、その後は、腐敗の少ない親米の安定した共和国ができるのではなく、イラクのように分裂した不安定な状態になってしまう可能性が高い。石油危機以来、豊かな生活をしているサウジの人々にとって、それはとんでもない災難である。

 アメリカが、中東の圧政や腐敗を解決してくれる救世主として「民主化」を進めてくれるならありがたいが、911後のアメリカがやっていることは、それとは正反対の結果を生んでいる。サウジ国民がアメリカの「中東民主化」の掛け声に扇動されることは、自分たちの安定した生活そのものを破壊する自滅的な結果を生みかねない。サウジアラビアでは、政治的、社会的な「改革」がいろいろ進められているが、それらが慎重に行われているのは、こうした背景があるからだと、今のところ私は感じている。



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