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南米のアメリカ離れ

2005年3月6日   田中 宇

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 昨年11月16日、エクアドルの首都キトに南北アメリカ諸国の国防大臣を集めて開かれた「西半球国防大臣会議」は、アメリカ合衆国と中南米諸国の関係を大きく転換させるものとなった。

 この会議でアメリカのラムズフェルド国防長官は、自らが進める「テロ戦争」を、中南米でも展開しやすくするため、中南米諸国が、警察、国境検査など国家の犯罪防止や安全保障にかかわる全ての機能を軍のもとに結集し、米軍とのつながりを深めるよう提案した。(関連記事

▼経済支配が失敗したあとに・・・

 ラムズフェルドの提案は、過去50年間のアメリカの中南米政策を逆行させるものになっている。アメリカの中南米政策は、1950−60年代には、米軍やCIAが左翼ゲリラ掃討の名目で中南米各国の軍隊をテコ入れし、各国の軍部がその国の政治を支配する構造を作ることで、アメリカが中南米を支配する「冷戦型」だった。

 1980年代末からは、冷戦という名目が立たなくなったため、中南米からアメリカに密輸される麻薬を取り締まるという新たな名目で中南米に介入する「麻薬戦争」が展開された。(関連記事

 同時期にアメリカは、経済的な中南米支配を重視する政策も開始し、中南米諸国に「民営化」「経済自由化」「経済改革」をさせ、金融、通信、交通などの市場をアメリカ企業に開放させて儲けることを始めた。

(この政策は、世界銀行やIMF、米財務省などワシントンの経済関係の諸機関が合意して打ち出した「自由化すれば経済が発展できる」とする理念に基づいていたため「ワシントン・コンセンサス」と呼ばれる)(関連記事

 経済自由化は1990年代後半までは機能していたが、その後は国際的な通貨危機のあおりを受けた。アルゼンチンやブラジルでは通貨を安定させるために財政を緊縮したため、消費が低迷して景気が悪化する事態となり、通貨危機や経済危機を引き起こした。

 その後もアメリカは自由化した中南米経済と自国経済を統合することを試み続け、クリントン政権はメキシコ、カナダとの経済統合「NAFTA」を推進し、ブッシュ政権も同様に中米諸国との経済統合である「CAFTA」を推進したが、尻すぼみになっている。(関連記事

 2001年の911後、アメリカは表向き、経済自由化と市場統合を中心とした中南米政策を保持していたが、実際にはブッシュ政権はイラクやアフガニスタンなど中東方面の政策にかかり切りになり、中南米に対しては大した政策を行わない状態になった。

▼アメリカに従う中米と、反発する南米

 こうした中で発せられたキト会議でのラムズフェルド提案は、経済中心だったそれまでのアメリカの中南米政策を、再び冷戦時代のような軍事中心に引き戻すという、新たな転換を示していた。(関連記事

 911後のアメリカでは、国防総省が権限を拡大し、国務省が担当する外交部門や、CIAやFBIが担当する犯罪捜査や警察の部門に手を出し、他の官庁に比べて莫大な予算を獲得している。国務省やCIAが国防総省に権限を奪われた経緯を見ると、アメリカは軍事独裁国家になりつつあると感じられるが、キト会議におけるラムズフェルドの提案は、中南米諸国もアメリカにならって軍部独裁に転換せよというものだった。(関連記事

 中南米諸国ではここ数年、冷戦時代に軍部が引き起こした殺害や人権侵害に対する真相究明の努力が行われ、軍隊は政治に首を突っ込まず、防衛のみに専念するという方針が定着してきた。軍部の人権侵害に対する批判は、もともと冷戦後にアメリカから発せられたものだった。ところがラムズフェルド提案は、人権よりもテロ対策を重視する姿勢で、アメリカ自身が人権重視の態度を否定している。

 ラムズフェルドの提案に対し、中南米諸国の中では、2つの相反する対応が見られた。キト会議から4カ月後の今年3月3日、中央アメリカの7カ国(グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス、コスタリカ、ニカラグア、ベリーズ、パナマ)の国防大臣と内務大臣などが集まって会議を開き、7カ国の軍隊と警察、国境検査といった機能を一つの組織に結集させていくことを決定した。これは、ラムズフェルド提案に沿った動きである。(関連記事

 半面、アルゼンチン、ブラジル、チリといった南米諸国とカナダの国防大臣たちは、ラムズフェルド提案に反対を表明した。キト会議の3カ月前、アメリカと南米7カ国の国防大臣が集まって開いた会議でも、アメリカは各国の軍隊にテロ戦争の態勢を強めるよう求めたが、各国は拒否している。(関連記事

 南米では、ブラジル・アルゼンチン・パラグアイの国境地帯にアルカイダ系のテロリストが潜んでいると報じられたこともあるが、その実態はあいまいで「イラクの大量破壊兵器」と同様、米当局が仕掛けた話である可能性もあり、南米全体としては、テロ戦争は主要な問題ではない。それが、南米諸国の反対理由だった。(関連記事

▼180年前の統合の夢を復活させる

 ブラジル、アルゼンチン、ベネズエラなど南米諸国は、テロ戦争に暴走するアメリカに対して距離を置き、アメリカ抜きの「非米同盟」を作る動きを示している。昨年12月9日、南アメリカ大陸の12カ国すべての代表がペルーのクスコとアヤクーチョに集まって「南米サミット」を開き、互いの政治経済を統合していき、EUのような統合体「南米共同体」(Comunidad Sudamericana de Naciones)を作ると宣言した。(関連記事

 この計画は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイという南米南部の4カ国で結成する自由貿易圏である「メルコスール」と、南米北部のベネズエラ、コロンビア、ペルー、ボリビア、エクアドルの5カ国で作る「アンデス共同体」を2007年までに合体させ、さらにチリ、スリナム、ギアナという南米の残りの3カ国も加わって、新たな南米の広域共同体に発展させる試みである。当初は互いの貿易に課す関税を下げる努力を行い、いずれはEU議会に相当する南米全体の議会を作り、政治統合までしていこうと野心的に考えている。(関連記事

 南米を統合する会議が昨年12月8日にアヤクーチョで開かれたことには、歴史的な意味が込められている。180年前(1824年)のこの日、中南米を独立させようとするシモン・ボリバルと、中南米に残っていた最後のスペインの軍勢がアヤクーチョ郊外で戦ってボリバル軍が勝ち、コロンブスの航海以来300年間にわたって中南米を支配していたスペインを最終的に追い出した。

(ボリバルは南米の独立と統合を希求し、20年かけてスペインからの独立運動を展開した。彼は南米を独立に導いたものの、各地で内戦と分離運動が起こり、コロンビア、ベネズエラ、エクアドル、パナマ、ペルー、ボリビアなどの国に分かれた。このうち、ボリビアの国名はボリバルにちなんでつけられた)(関連記事

 アヤクーチョの戦いを記念することは、植民地状態から自立することを目指そうとする南米諸国の意志を表している。とはいえ現代においては、南米を支配しているのはスペインではない。1898年の米西戦争によって中南米やフィリピンなど太平洋地域におけるスペインの権益を奪取して以来、中南米と支配し続けているのはアメリカである。アヤクーチョの戦いを記念する日と場所において統合を目指す宣言を行ったことは、南米諸国がアメリカの支配から脱して独自の共同体を作る意志を表明したことになる。

▼チャベスのボリバル主義

 南米諸国の中で、ボリバルが掲げた独立の思想を強く推進しているのが、ベネズエラのウゴ・チャベス大統領である。ベネズエラは、アメリカが輸入する石油の15%を産出する世界第4位の産油国であるが、1999年に大統領に当選した軍人出身のチャベスは、自国の石油産業をアメリカの傘下から脱出させ、石油収入を国民に分配する政治で人気を集めた。アメリカは、2002年にベネズエラの野党勢力を抱き込んでクーデターを起こさせたが、軍がチャベスの側から離れなかったため、失敗した。(関連記事

 アメリカがチャベスを嫌っているのは、石油利権をアメリカから奪っただけでなく、中南米諸国をアメリカの支配下から集団離脱させる動きを主導しているためだ。チャベス自身が「ボリバル主義」と呼ぶ中南米自立策は、キューバやその他の貧しい近隣諸国に石油を安く譲ることで、アメリカの援助に頼らずにすむようにすることなどを具体策としている。(関連記事

 チャベスの「ボリバル主義」が中南米の人々に支持される一因は、1990年代にアメリカが中南米諸国にやらせた「経済改革」が、米企業を儲けさすばかりで中南米の一般の人々を貧しくしてしまったからだ。その前の冷戦時代にアメリカが軍事独裁政権をテコ入れしていたことと相まって、アメリカの支配に対する反感が、中南米のあちこちで強まっている。911以降のアメリカが「国際社会」との協調すら拒否して単独覇権に傾いたことも、中南米における反米感情を強めている。

(経済改革の失敗例としてたとえば、ボリビアの首都ラパスの近郊で、上水道の事業を民営化して外国企業に任せた結果、水道料金が上がって貧しい人々が水を得られなくなり、今年の初めに暴動が起きたことがある)(関連記事

 そんな中で、脱アメリカを掲げたチャベスのボリバル主義への評価が高まり、アヤクーチョの戦いを記念する日に、中南米をEU化する目標が宣言されることになった。

▼左傾化する南米の政権

 アメリカが1990年代に南米にやらせた「経済改革」が失敗したことは、南米の人々が経済改革を推進する右派の政治家を嫌う傾向を招き、その結果、南米諸国で次々と左派政権が生まれている。

 2002年10月には、ブラジルの選挙で労働党のルラ・ダシルバが大統領になり、エクアドルでは同年11月の選挙で左派軍人で先住民と協力してクーデターを起こしたこともあるルシオ・グティエレスが、経済界に支持された対立候補を破り、大統領に就任した。アルゼンチンやチリでもここ2−3年間に、それまでの右派政権が選挙に敗れ、左派が台頭している。(関連記事

 ボリビアでは2003年10月、政府が1990年代から進めてきた石油ガス産業の民営化と外国資本への売却政策に反対する先住民らが、天然ガスをアメリカに輸出するためのパイプライン建設を阻止し、政府がそれを弾圧したことから暴動が広がり、ロサダ大統領の政権が倒され、大統領はアメリカに亡命した。(先住民は混血を含め、人口の過半数を占める)(関連記事

 副大統領から昇格した後任のメサ大統領の政権は、反乱の再発を回避するため先住民の団体との連携を強めた。ところが、ボリビアは首都ラパス周辺のアンデス山脈の高地には先住民が多い半面、東部のサンタクルスを中心とするアマゾン側の低地では白人系の住民が多く、サンタクルスの人々は、メサ政権は高地の人々の言うことばかり聞いていると反発し、昨年後半から自治拡大や分離独立を掲げて反政府運動を拡大し、国内は混乱を深めている。(関連記事

 ボリビアでは、農業や石油など産業の中心地は低地のサンタクルスで、この内紛は、高地の先住民と低地の白人との地域紛争の色彩を帯びているが、同時に、中南米の左傾化と、それに対する揺れ返しの一例でもある。ベネズエラのチャベスは、ボリビアの先住民の運動を支援していると言われている。(チャベスは先住民の血を引いている)(関連記事

▼南米の左派と右派

 昨年10月には、ウルグアイの選挙で左派のタバレ・バスケスが勝利し、先日大統領に就任した。ウルグアイではこれまで170年間、国民党とコロラド党という2つの政党だけが代わる代わる政権につき、他の勢力は外され続けるという、南北アメリカの典型である「二大政党制」だったが、90年代の経済自由化の失敗によって、それまで中南米屈指の豊かさを誇っていたウルグアイ国民の多くが貧民に転落してしまった。怒った有権者たちが二大政党を拒否した結果、左派政権の誕生となった。(関連記事その1その2

 このような大陸各地での左傾化の動きを受け、アメリカと南米諸国の関係は悪化する方向にある。ベネズエラ、ブラジルなどの国がキューバとの関係を好転させ、ウルグアイのバスケス大統領も、3月1日に就任して最初にやったことの一つが、親米の前政権が断交したキューバとの国交回復だった。キューバは、1月18日にライス国務長官が発表したアメリカの敵国リストである「圧政国家」の中に入れられるなど、西半球で最もアメリカに敵視されている国である。

「左派」というと「ソ連の社会主義が失敗してから15年も経つのに、まだ懲りないのか?」という疑念も湧くが、南米の「左派」「右派」は、他地域の左右とは違っていて「右派はアメリカの傀儡、左派はアメリカ支配からの離脱を目指す勢力」という色彩が強い。

 日本などでは「左派は共産主義の空想にとらわれている人で、右派は現実を直視する人」という区分が成り立つが、最近の南米では逆に、アルゼンチンの左派政権が、前任の右派政権が作った巨額債務の返済を進めつつ経済を立て直すなど、右派より左派の方が現実的な政策を採る傾向が強い。(関連記事その1その2

▼ブラジルとアメリカの農業補助金戦争

 ブッシュ政権は、クリントン政権のNAFTA(アメリカ、カナダ、メキシコの自由貿易協定)を中南米にまで拡大する計画(FTAA)を持っているが、これも南米諸国の左傾化と反米化の中で、実現する見込みが薄くなっている。(関連記事

 昨年11月、南米4カ国で作る「メルコスール」は「米政府が国内の綿花農家に補助金を出しているのは不当な保護主義であり、中南米の綿製品のアメリカへの輸出が妨げられている」と批判し、メルコスール議長国のブラジルがWTOに提訴してアメリカと貿易紛争になった。この紛争はさる3月3日、WTOの紛争裁定部門が、アメリカの綿花補助金は貿易上の不公正を生んでいるという裁定を下し、アメリカの負けとなった。(関連記事

 このWTOの裁定によって、綿花だけでなく、米政府が小麦や大豆に出している補助金も問題にされそうな状態になっている。(関連記事

▼中国と南米の「非米同盟」

 南米ではベネズエラとブラジルが中心となり、そこにキューバが加わって「非米同盟」が結成され始めているが、彼らはアメリカが最も軍事的に介入しているコロンビアを、アメリカの傀儡から脱出させようとする動きも行っている。

 コロンビアは昨年、自国の反政府ゲリラが隣国のベネズエラに拠点を作り、そこから越境して攻撃を仕掛けてくるとして、ベネズエラを非難した。これによってコロンビアとベネズエラの関係が悪化したが、そこにブラジルが入って仲裁した。それとともにベネズエラのチャベスは、コロンビア国内を経由して太平洋岸の港まで石油を送る石油パイプラインを建設する構想を打ち出し、石油を通じた経済関係を作ってコロンビアとの関係を改善しようとしている。

 コロンビアでは、麻薬問題に絡んで複数の反政府ゲリラ組織が互いに戦っており、経済も低迷し、アメリカの経済・軍事支援にすがる状態が続いてきた。だがコロンビア政府は最近、ベネズエラとの関係改善などを機に、アメリカの援助に頼らなくても自活できるような経済成長を実現する方向に転換することを目指している。(関連記事

 ベネズエラからコロンビアへの石油パイプラインは、石油需要が急増している中国に向けて石油を売ろうとする計画である。中国は、ベネズエラだけでなくブラジルなど他の中南米諸国にも外交的に接近しており、アメリカが嫌われている分、中南米に接近を図っている。中国は、中南米に接近することで、エネルギーや鉱物、食糧などを確保しようとしている。(関連記事

 米軍のイラク侵攻以来、世界はアメリカによる単独覇権から、アメリカ以外にEU、ロシア、中国などの地域覇権国が立ち並ぶ多極化の状況を強めているが、ブラジルとベネズエラを中心とする中南米連合は、EU、ロシアとも連携を強め、世界の「非米同盟」の一員としての地位を築きつつある。

▼アメリカが自滅してチャベスが勝つ??

 ここ数年、アメリカではチャベスを「第2のカストロ」と呼び、政権転覆しようと試みているが、チャベスの方は石油価格の高騰をテコに国内政界での基盤を固め、外交でもコロンビアとの関係に象徴されるように立場を強め、アメリカの代わりに中国に石油を売る態度をとったり、ロシアから武器を買ったりしている。911以降の軍事偏重の強硬策が敵を利する結果になっている点で、アメリカにとってベネズエラのチャベスは、北朝鮮の金正日と似ている。(関連記事

 南米諸国は非米の方向で団結しつつあるといっても、アメリカに比べて経済力はかなり低いし、輸出先や資金の導入先として重要なアメリカとの関係を断ち切ることはできない。

 しかしその一方で、双子の赤字やイラクの泥沼など、アメリカが抱える負の要因が急拡大しつつあるのも確かで、米中枢で自滅策を展開するネオコンも健在である。アメリカが急速におかしくなっていることを考えると、南米を統合する構想や、チャベスの「ボリバル主義」が、南米人の伝統気質に基づいた壮大な空想であるとは、もはや言えなくなっている。



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