米イラク統治の崩壊2004年4月13日 田中 宇郡山さん、高遠さん、今井さんの日本人3人は4月7日昼、ヨルダンのアンマンからバグダッドにタクシーで向かう途中、バグダッド西方にあるスンニ派の町ファルージャの近くを通行中に、武装勢力に拘束されて人質になったようだが、そのころファルージャ市内では、米軍と地元の武装勢力との激しい戦闘が展開されていた。 この日、地元の武装勢力が市内中心部のモスクに撤退したため、米軍は戦闘機を飛ばしてミサイルを撃ち込み、モスクの一部を爆破した。ファルージャでは3月31日、国防総省の下請けとして活動していたアメリカ人の元特殊部隊要員4人(名目は民間人)が、地元の武装勢力に殺され、群衆によって遺体が街中を引き回される事件が起きた。その後、米軍は「民間人」が殺されたことへの「報復」として、4月4日からファルージャに対する総攻撃を開始した。 米軍は、元特殊部隊の4人の遺体を引き回す騒ぎに加担したファルージャ市民の自宅住所の一覧を作り、彼らの自宅を攻撃する戦闘を展開した。死傷者の多くは女性や子供ら一般市民で、死者は600人以上にのぼった。日本人3人が誘拐された時には、激しい戦闘が3日目に入っていた。 ▼4人の米「民間人」殺害のなぞ ファルージャは昨年4月、米軍がイラクの占領を開始した直後から反米運動が起こり、昨年6月以来、米軍に対する攻撃が続いている。米軍はファルージャ市街地をぐるりと有刺鉄線で取り囲み、市街地と外とを往来する道路に検問所を作り、市民の出入りを規制した上、米軍へのゲリラ攻撃に参加したと思われる市民の自宅を毎晩のように家宅捜索したり、銃撃したりした。(関連記事) だが、英ガーディアンによると、家宅捜索を受けた人々の多くはゲリラ攻撃とは関係ない一般市民で、捜索を受けた市民の証言によると、米軍兵士は捜索に入った多くの家庭から現金や宝石類などを持ち去った。こうした不当行為は、米軍に対する市民の反感を強める結果となった。(関連記事) ファルージャで殺されて遺体を引きずれ回されたアメリカ人4人は「ブラックウォーターUSA」という米軍傘下の非正規戦闘要員の供給会社(戦場における警備業務なども行う会社)と契約していた海軍系などの米特殊部隊の元メンバーで、ファルージャ市内で米軍のための食糧運搬の警備をしている最中にゲリラ攻撃を受けたと発表された。(関連記事) だが、彼らは実は食糧運搬などしておらず、しかも4人が攻撃され、遺体が引き回されて何時間も騒動が続いていた間、その近くに駐屯していた米軍部隊は全く動かなかった。殺された4人は、ひと目で米占領軍の関係者と分かる白い4輪駆動車に乗り、重武装していた。そのため、殺害事件を誘発するために、米軍がわざと4人を犠牲にしたのではないかという見方が、アメリカの大手マスコミの記事にも出ている。(関連記事その1、その2) (国内世論を考えると米軍はこれ以上正規軍の兵力を増やせないため、国防総省は、アメリカやイギリス、南アフリカなどにある非正規戦闘要員の供給会社〈傭兵会社、戦場警備会社〉と契約し、合計2万人の非正規戦闘員を雇用している)(関連記事) 米軍がファルージャで行ったような、占領下の市民をわざと挑発し、怒らせてゲリラ攻撃を煽り、その上で正当防衛と称して大攻撃を仕掛ける作戦は、イスラエル軍がパレスチナ占領地で行っている手法である。そして、今回のファルージャ大攻撃につながる3月31日の「アメリカの民間人」4人がファルージャで殺害された事件も、米軍側が大攻撃を仕掛けるための口実として起こした可能性が高い。 イスラエル軍は2002年、西岸の町ジェニンに大攻撃をかけて市民らを殺害した「ジェニン虐殺」を起こしているが、今回の米軍のファルージャに対する攻撃も、アラブ世界では「虐殺」と呼ばれている。アルジャジーラのサイトには、ファルージャで米軍に殺された子供らの遺体の写真集がある。 4月4日からのファルージャ総攻撃に加え、ほぼ同時期にシーア派のサドル派がバグダッドやイラク南部で武装蜂起し、フセイン政権崩壊以後、最大の戦闘となった。最近の記事「アメリカに出し抜かれて暴動を起こしたイラクのシーア派」に書いたが、シーア派の蜂起もアメリカの挑発によって発生している。 日本人3人が誘拐されたのと前後して、ファルージャ周辺では欧米人や韓国人、中国人などの外国人が相次いで拘束・誘拐されており、これらの誘拐は、米軍との戦いを展開するイラク武装勢力側の作戦の一つで、ファルージャでの米軍による「虐殺」の不当性を世界に伝えることが目的であるとも考えられる。 ▼米軍が組織したイラク人治安部隊の崩壊 4月4日に始まった米軍のファルージャ攻撃は4月9日にいったん休戦したが、この休戦は米軍の側から呼びかけたもので、その背景には米軍が、スンニ派のファルージャと、シーア派のサドル師の軍勢という2方面の敵と戦わねばならなくなり、兵力が不足して戦いを続行できないという事情があった。 米軍は、昨年から組織化してきたイラク人の治安部隊(軍と警察隊)をファルージャの前線に行かせようとしたが、イラク軍側の司令官らが「同胞とは戦えない」として命令を拒否し、戦線を強化できなくなった。 イラク人の治安部隊の要員の中には、武器弾薬を持ってスンニ派やシーア派の反乱軍側に寝返ってしまう者も大勢出ている。アメリカがイラク人への政権移譲を前提に、1年かけて訓練し組織化したイラク人の治安部隊は、6月末の政権移譲予定を目前にして崩壊状態となった。(関連記事) 加えて、これまでアメリカの傀儡として機能し、政権移譲後はイラク人暫定政府の閣僚になる予定だった「イラク暫定評議会」の25人のメンバーのうち数人が、ファルージャ市民やサドル師に対するアメリカ側の強圧的なやり方に反対する意思表示を行い、米側が軟化しない限り評議会を辞職すると言い出した。バグダッドなどでは公務員らのストライキも起きている。(関連記事) イラクの人口の6割を占めるシーア派社会の中で、サドル師の勢力はこれまで全くの少数派にすぎないと思われていたが、アメリカに対する人々の怒りが募る中で決起したサドル師を支持する動きが急速に広がっている。また、従来は敵同士とされてきたスンニ派とシーア派が「反米」という共通項で連携する動きも始まり、バグダッドのシーア派地域では、米軍の攻撃で怪我をしたスンニ派のファルージャ市民のためにと、献血運動や救援物資集めの活動が起きている。(関連記事) ▼兵力不足で不利になる米軍 フセイン政権の崩壊以来「イラク人」という単一性を失い、宗派や部族間の対立に終始していたイラクの人々は、ここに来て「反米」という軸を得て一気に団結した感がある。これは欧米などのマスコミで広く報じられ出した考え方だが、過去のナショナリズム運動の再来を期待するリベラル的な幻想かもしれず、一時的な現象に過ぎない可能性もあるが、米軍が不利になっている政治的、軍事的な現実を見ると「イラク人の団結」は、あながち幻想ではない感じがする。 反米武装勢力はファルージャ市内だけでなく、バグダッド・ファルージャ間の高速道路も占拠し、ファルージャ駐留の米軍に物資が届けられない状態になった。その後、米軍の呼びかけで停戦に入ったものの、スンニ派側は、米軍がファルージャの包囲網を解かない場合、次の戦闘で再びファルージャ・バグダッド間の交通を遮断すると表明した。 バグダッド中心部とバグダッド空港を結ぶ高速道路でも、米軍の物資を運ぶトラックが次々と襲撃された。イラク人のかなりの部分が反米武装勢力を支持するようになったため、現在の米軍の兵力では道路の安全を確保できなくなり、各所で米軍が孤立する可能性が出てきた。米軍の下請けでトラック輸送を担当していた米企業(チェイニー副大統領の系統のKBR社)は、危険を理由に輸送を停止してしまった。(関連記事) 制空権を持つ米軍は、空爆で敵対勢力を攻撃することはできるが、空爆は一般市民の死傷者を急増させ、米国内や世界の反戦気運を高めてしまう。イラク駐留米軍の司令官は1万4千人規模の兵力の増派をワシントンの政府に求めたが、あまり増派すると米国内でのブッシュ政権の人気が落ちるため、難しい状況になっている。(関連記事) ▼決起の時を待っていたシーア派市民 シーア派の地域では、ナジャフ、クーファなど5つの都市で、地元のサドル派の軍勢が米軍傘下のイラク人治安維持部隊を追い出して役所や警察を占拠し、一部で米軍との戦闘が起きた。その後サドル派は占拠を解き、事態は元に戻っているものの、これはサドル派の軍勢がアメリカ側の政治的な出方を見るために一時的に解散して市内の自宅に戻っただけで、鎮圧された状態ではない。 サドル派は最近までイラク全土で数百人の軍勢しか持っていないと思われていたが、実はそれよりはるかに多い軍勢(武装可能な支持者)が各都市におり、自宅に武器を隠し、ふつうの生活を続けながら、決起の時を待っていたことが分かっている。(関連記事) 米軍はスンニ派とシーア派のほか、北部のクルド人地域にも兵力を割かねばならない状況だ。イラク北部のキルクークとモスルという2大都市の周辺では、ここ数週間、スンニ派・シーア派のアラブ系連合軍と、クルド人の軍勢とが対峙しており、米軍がイラク北部からバグダッド方面に移動してしまうと、その後で両者が内戦を起こしかねない。(関連記事) (イラク北部では、2大都市では人口の過半数がアラブ系だが、その周辺の丘陵地帯ではクルド人が大多数で、2大都市を含めたイラク北部全域を自分たちの自治地域にしたいクルド人勢力と、それを阻止したいアラブ系勢力が敵対している) すでに述べたように、米軍の兵力不足は、民間の傭兵会社を使わざるを得なくなっているほど深刻になっている。これはイラク侵攻前、ウォルフォウィッツ国防副長官らブッシュ政権中枢のネオコン勢力が「数万人の兵力でイラクを占領統治できる」と主張し、「数十万人の兵力が必要だ」とする軍内の制服組の声を無視した結果である。(関連記事) イラク侵攻は、イスラエル右派を支持する傾向が強いネオコン勢力がホワイトハウスを牛耳って実現させたものだが、兵力が足りず米軍が苦境に陥っている現状に対し、危機感を最もあらわにしている国の一つが、まさにそのイスラエルである。 エルサレムポストの記事によると、イスラエル軍の首脳は「米軍の早期撤退はないだろうが、イラクの混乱は少なくとも今年の秋まで続き、政権移譲が失敗して戦闘が激化する可能性がある」と分析している。その場合、イスラエルはアメリカに頼れず独自でアラブ側の敵対に対抗せざるを得なくなるかもしれないので、防衛戦略を練り直す必要があると考えている。 ▼アメリカは「アラブの英雄」を出現させてしまった? アメリカが今回、旧式の武器や手製の爆弾しか持っていないイラク人の蜂起を鎮圧できなかったことは、フセイン政権を倒して以来「世界最強の無敵の軍隊」と恐れられていた米軍が、実はそんなに強くないのだということを、イラクなど中東各国の人々に感じさせてしまった。 「力」と「正義」が一体化している中東では、この感覚の変化は重要だ。キーワードは「ファルージャ」と「サドル師」で、バグダッドでは「米兵士を見かけたら、背後から大声でファルージャ!と叫べば、彼らを恐れさすことができる」というジョークが流行っているという。(関連記事) アラブ諸国の人々は、1960年代まで「アラブの統一」「アラブ民族主義」の夢があったが、アメリカとイスラエルの軍事力によって粉砕され、諦めと屈辱感が残っている。こうした中、ファルージャとサドル師というキーワードは、イラクだけでなく中東全域に、新しいアラブ民族主義を巻き起こすかもしれない。アメリカが「テロリズムとの戦い」として開始したイラクの戦争は、ファルージャとサドル師という2つの「英雄」の登場によって、今や「ナショナリズムとの戦い」に変質した可能性がある。(関連記事) 中東の一般の人々から見て、テロリズムは「悪」だが、ナショナリズムは「善」や「大義」である。アメリカに敵対する武装勢力が「テロリスト」に見えていた間は、大きな支持を受けにくかったが、それが「民族主義の英雄」に変質しつつあるのだとしたら、急速に広範な支持を獲得したとしても不思議ではない。(関連記事) アラブ社会は、中世に十字軍と戦ったサラディンや、エジプトを独立に導いたナセル大統領に象徴される「英雄」がアラブを率いて統一し、強大にする、という神話を持っている。イスラエルの軍首脳が恐れているのは、今後、サドル師やファルージャの「ムジャヘディン」(武装市民)たちがアラブ社会で英雄視され、それをキーワードにして急速にアラブが結束する一方、アメリカはイラク統治に懲りて内向き(孤立主義)になり、イスラエルは独力でアラブの敵対との対決を迫られる、という展開だと思われる。 そうなるかどうかは、今後のアメリカの対応しだいだが、タカ派の米政府は、ファルージャとサドルを絶対に許さない、という姿勢を貫いている。この態度は、まさにファルージャの勢力やサドルをアラブの英雄に仕立てることを扇動してしまっている。(関連記事)
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