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アメリカの世界破壊は政権交代しても続く?

2004年4月9日   田中 宇

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 ブッシュ政権がウソをついてイラクに侵攻したことや、911テロ事件をわざと防がなかったことがアメリカで問題になるにつれ「ブッシュを大統領の座から引きおろせば世界は良くなる」と考える人々が増えているようだ。このことは、今年11月のアメリカの大統領選挙で民主党のケリー候補が勝てば世界は良くなる、という考え方につながっている。

 だが、ケリー支持者には批判されるだろうが、ケリー陣営が最近打ち出した外交政策の方針を見ると、どうもこの考え方も幻想に過ぎないのではないか、と私には思える。ブッシュとケリーのどっちが勝っても、世界を故意に破壊しようとするアメリカの戦略は続きそうな気配が出てきている。

 最近、私がそれを感じたのは、ケリーが3月19日にベネズエラのチャベス大統領を非難する声明を発表したときだ。ケリーは、チャベスの独裁的な政治手法や、キューバのカストロ政権と親密な関係を持っていること、隣国コロンビアの麻薬組織を自国内で保護していることを批判した。そのうえでケリーは、ベネズエラの反政府派が求めてきたチャベスの信任を問う国民投票を実行するように求めている。

▼民主化するはずが独裁化した反政府勢力のクーデター

 ベネズエラのチャベス大統領には、強権的な傾向があることは確かだ。だが、ケリーが支持したベネズエラの反政府勢力は、口では「ベネズエラを民主化する」と言っているものの、実際にはチャベスを追い出してもっと独裁的な政権を作ろうとしている勢力のように見える。

 彼らは2002年4月にクーデターを起こし、2日間だけ政権をとったが、その間にまず彼らがやったことは、憲法を停止し、議会を解散し、最高裁判所を閉鎖し、チャベスを支持してきた勢力を大量に逮捕することだった。

 反政府派は「民主化」を掲げてクーデターを起こしたのに、政権をとったら変質してチャベスよりひどい独裁になりそうなのをみて、軍が態度を変えてチャベスを支持する姿勢を打ち出し、クーデターは48時間で終わり、チャベスが政権に返り咲いた。

 その後、反政府派は勢力を立て直し、2002年末から3カ月間のゼネスト攻撃を行ったが、それも成功せず、2003年末にはチャベス大統領の信任を問う国民投票を求めるリコールの署名活動を行った。反政府勢力の側は、リコールが成立するだけの数の署名を集めたと主張したが、選挙管理委員会は不正な署名が多いのでリコールは成立していないと発表した。

 リコール請求は有権者の20%に当たる240万人の署名を集めれば成立する。当初、反政府側は340万人分の署名を集めたと発表したが、選挙管理委員会が調べたところ、不正の署名が多く、180万人分しか有効でないという結果が出た。(関連記事

 反政府側がこの結果を不服としたため、選挙管理委員会は無効とされた署名を署名者が確認できるよう、全国に2000カ所の確認所を作り、無効とされた署名について「自分の署名である」と名乗り出る人が現れれば有効に変えていく作業を行うと発表した。だが反政府側は、選挙管理委員会そのものを信用できないとして裁判を起こし、このプロセスを拒否した。裁判は反政府側の敗訴に終わったが、その後も反政府側は「リコールは成立している」と言い続けている。(関連記事

▼フロリダで勝ちたくて反カストロ勢力に擦り寄った?

 ブッシュ政権は、反政府勢力を構成する3つの政党に年間100万ドル以上の資金提供を行っている。また2002年4月に反政府派がクーデターを起こす前には、ワシントンで反政府派を支援するための会議が開かれている。ブッシュ政権はチャベス政権を何とかして潰したいと考え、反政府派を支援してきた。(関連記事

 その背景には、チャベスが1998年に大統領に就任して以来「アメリカからの自立」を掲げ、周辺諸国にもそれを呼びかけてきたことに加え、ベネズエラが世界第5位の産油国で、今やアメリカにとって最大の石油輸入国(輸入量の25%)だということがある。チャベスは、これまで一度もアメリカに石油を輸出しなかったことはないが、米政府はチャベスが石油に関してアメリカの首根っこを押さえていることに懸念を持ち、チャベス政権を倒そうとしている。

 チャベスは、アメリカからの自立路線をとってきたキューバのカストロ政権に対し、キューバが必要とする日産5万バレルの石油を支援している。アメリカには、1959年に起きたキューバ革命から逃れてフロリダ州に住んでいる亡命キューバ人の政治勢力があり、米政府にカストロに敵対する姿勢を続けさせることを目的に、強い政治ロビー活動を展開している。フロリダの反カストロ勢力は、チャベスがキューバを支援していることも敵視するようになり、米政府に対してチャベスを倒すよう圧力をかけている。

 フロリダ州は、2000年の大統領選挙を大接戦にした場所である。同州では300票差でブッシュが勝ったとされ、共和党と民主党の間で談合があり、民主党が再開票の要求を取り下げて、ブッシュの勝利が決まった。今年11月の大統領選挙で民主党のケリーが勝つには、フロリダで勝つ必要があり、それには同州に根を張る亡命キューバ人勢力に支持されねばならず、そのためケリーはチャベスを批判する声明を発表したのだ、と考えるアメリカの分析者もいる。(関連記事その1その2

▼石油利権とベネズエラ

 チャベスは公正な選挙を経て就任した大統領であり、アメリカがチャベス政権を潰そうとしてベネズエラの反政府勢力を支持することは不当な内政干渉である。しかも、チャベス政権が潰れて反政府勢力の政権ができたら、今よりもベネズエラが安定した民主主義になるのなら良いが、おそらく事態は逆になる。ベネズエラではこれまでの投票傾向からみて、親チャベスと反チャベスの勢力が6対4ぐらいの人数と思われるので、反チャベスの政権ができると内戦状態になる可能性が大きい。

 民主化のための内政干渉や軍事介入のはずが、実際は内戦や混乱を広める結果となってしまうアメリカの政策パターンを、すでに私たちはイラクで経験している。

 イラクとベネズエラは、大産油国であるという点も似ている。アメリカがイラクに侵攻したのは石油利権の獲得のためだろう、という見方があったが、実際にはイラクは混乱に陥り、石油生産が回復しにくい状態になっている。ベネズエラに対するアメリカの石油依存度は、イラクに比べてはるかに大きいから、ベネズエラを混乱させると分かっていて介入するのは、実はアメリカの国益に反している。

 ベネズエラのほか、アメリカはサウジアラビアからも大量に石油を輸入してきたが、911後、イスラム原理主義をはびこらせたとしてアメリカはサウジアラビアに対する批判を強めたため、その分サウジ王室は弱体化している。王室批判の民主化運動も起きており、ベネズエラだけでなく、サウジも王室が倒れて内戦状態になる可能性がある。

 これらの両方が現実のものになると、アメリカは石油の輸入量の約半分にあたる輸入先を失うことになる。アメリカの「民主化」戦略が、アメリカを経済的に自滅させかねない状態になっている。

▼中南米と中東をつなぐ秘密戦争

 さらに、私が危機感を強めるのは、イラクでフセイン政権を潰したのと同じメカニズムや勢力が、ベネズエラのチャベス政権批判の動きの中にかいま見えるからだ。アメリカにはCIAや米軍の特殊部隊など、大きな諜報機関がいくつか存在しているが、彼らが最初に暗躍したのは1950−70年代、キューバなど中南米諸国が社会主義化する動きを潰そうとしたときだった。このとき、フロリダの反カストロ勢力と諜報の世界とのつながりができた。

 アメリカの諜報機関はもともと、議会の予算承認を得ないと動けなかったが、反カストロ勢力に中南米からアメリカに麻薬を密輸させて秘密資金を作り、議会の承認を受けずに勝手に動ける体制を作った。1970−80年代には、米国内で若者の麻薬中毒が問題になり、コロンビアなどの麻薬組織を潰すという目的でCIAや米軍など米当局が中南米諸国に介入するようになったが、そもそも麻薬取引はCIAや米軍の秘密作戦のために必要であり、米当局が中南米に介入しても麻薬根絶には至らず、アメリカの中南米支配が強まるだけだった。

 1980年代に入ると、アメリカの諜報機関が中東で活動する機会が増えた。79年のソ連軍のアフガニスタン侵攻、イランのイスラム革命、1982年の米軍のレバノン戦争介入などを経て、アメリカの諜報機関は中東に入り込み、イスラム原理主義の勢力を利用したり敵対したりする傾向が強まった。この流れの中でイスラエルがアメリカの諜報戦略に大きな影響を与えるようになり、レーガン政権には、イスラエル右派系の勢力(後にネオコンと呼ばれる人々)が入り込んできた。

 アメリカの諜報機関が、敵国のはずのイランに武器を売却し、その金を中南米ニカラグアの右派ゲリラ「コントラ」に軍事支援していたことが1985年に暴露された「イラン・コントラ事件」は、中南米と中東の秘密戦争が連携するようになったことを象徴する出来事だった。

 この事件で、いったんは米政府内から秘密戦争系の人々が追い出されたが、90年代後半に入り、アラブ諸国でオサマ・ビンラディンに代表されるイスラム原理主義組織がテロを起こすようになると、再び秘密戦争の流れが再発した。ビンラディンらはアフガニスタンでソ連と戦っているときにアメリカの諜報機関と関係を持っていた。

 その後、表向きはビンラディンとアメリカとは縁が切れていることになっているが、諜報の世界では、味方だった者がやがて敵になっても、それは敵を「演じている」だけだったりすることが良くある。諜報がらみの戦争は、ステレオタイプな「敵」や「味方」の概念にこだわると、事態を見誤る。

 911を機に「イスラム原理主義テロリスト」との諜報戦争は一気に拡大したが、911事件でも、中南米と中東の秘密戦争が連携していた可能性がある。たとえば、テロの実行犯とされるモハマド・アッタら何人かが事件の前に通っていたフロリダ州ベニスの飛行機操縦学校がある空港は、中南米から米本土に麻薬が運び込まれてくる麻薬組織の拠点になっており、麻薬捜査当局やFBI、CIAなどはそれを知りながら放置していたと報じられている。(関連記事

▼アメリカの世界破壊

 中南米でアメリカが最も敵視している国はキューバだが、冷戦終結後、キューバはアメリカとの関係改善を望む傾向が強まった。アメリカ側はそれを拒否し続けており、その理由は「カストロを決して許さないフロリダの亡命キューバ人勢力が、ワシントンに圧力をかけ続けているから」ということになっている。だが今や、キューバやベネズエラがアメリカの「敵」であり続けることを最も必要としているのは、米政権中枢で秘密戦争を仕切っている人々ではないかと思われる。

 911後、アメリカの権力中枢では、従来型の軍事組織から秘密戦争のための組織へと衣替えしつつある国防総省が権力を握り、イラクやアフガニスタン、グルジアなど世界各地で、特殊部隊を使い、敵を倒しているのか増殖させているのか判然としない怪しげな秘密戦争を展開している。

 この秘密戦争を仕切っているのは、おそらくブッシュ大統領ではない。以前の記事「米軍の裏金と永遠のテロ戦争」に書いたように、秘密戦争の資金作りは1980年代から行われており、911後の今では、議会やホワイトハウスが全く予算をくれなくても、国防総省の秘密部隊は秘密戦争を続行できる。

 彼らがやっていることは、サダムやタリバン、カストロといった、あまり脅威ではない「やや悪い政権」に言いがかりをつけて次々と潰していくことであり「世界を不安定化すること」「世界破壊」であるように見える。これがアメリカにとってどういう国益になるのか理解に苦しむが、サダムを潰したことがアメリカの国益にならないことが判明しても、中東ではシリアやイランを同様の方法で潰し、中南米ではキューバやベネズエラを潰そうとしている。

 ネオコンのボルトン国務次官は最近「キューバは生物化学兵器を作ろうとしている」と発言しているほか、国務省からは、ベネズエラ沖のマルガリータ島や、パラグアイ・ブラジル・アルゼンチン国境の「イグアスの滝」周辺地域にも「アルカイダが結集している」という見方が出ている。これは、アメリカ政府が今後、中南米に「テロ戦争」を拡張したい、という意思表示にも受け取れる。(関連記事

▼どっちが勝っても「新世界秩序」

 民主党のケリー陣営は、こうした危険な動きからアメリカを救うのかと思いきや、ベネズエラに対するケリーの敵対宣言からは、ケリーもまた「テロ戦争」による「世界破壊」の流れに逆らうつもりはないということがうかがえる。

 ブッシュもケリーもイェール大学の卒業で、2人とも大学生時代に、大学当局が設立したエリート学生のための秘密結社「スカル&ボーンズ」(どくろ会)に入っていたことが知られている。この組織は名前こそ怪しげだが、1833年に作られた由緒あるもので、後にアメリカの政財界の有力者となりそうな血統や頭のよい学生を毎年15人ずつ入会させており「ボーンズ会員がアメリカを牛耳っている」とまで言われる。(関連記事

 この会の理念は「政財界の有力者の多くを会員が占めることで、敵も味方も会員だという状態を作り、政争や企業間の競争が談合的に秩序を持って行われるようにする」という意味の「新世界秩序」(The New World Order)であるとされる。

(有力者で構成する秘密結社の会員間の談合によって秩序を守るという考え方はドイツが先駆であることからボーンズの理念である「新世界秩序」は「新しい世界秩序」ではなく「アメリカ(新世界)の秩序」という意味だと思われる)(関連記事

 もし、この予定調和的なスカル&ボーンズの理念が、ブッシュとケリーにも貫かれているのだとすれば、どちらが大統領になっても、世界戦略においては、あまり違いのない政策が実行されることになるのかもしれない。



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