核兵器をばらまいたのは誰か2004年1月27日 田中 宇北朝鮮の核兵器開発疑惑をめぐる六カ国協議は、昨年12月17−19日に第2回目の会合を持つことが予定されていた。会合の直前まで、本番の会合で何らかの合意を打ち出すことをめざし、事前協議で本番の合意内容を詰めようとする作業が進められていた。中国外交部の担当者とアメリカ国務省の担当者が事前協議を重ね、中国が北朝鮮に確認をとり、アメリカが日韓などに諮りつつ、合意文案が決められていった。 ところが会議本番を5日後に控えた12月12日、ホワイトハウスで開かれた高官会議で、チェイニー副大統領が米中合作の合意文案に強硬に反対した。チェイニーは「ブッシュ大統領から、専制国家とは交渉するなといわれている。悪者とは交渉しない。打ち負かすのみだ」と主張し、合意文案の中に「北朝鮮は核兵器開発の施設を、二度と開発を再開できない不可逆的(irreversible)なかたちで撤去することに合意した」という内容の文言を追加しなければ承認しない、と主張した。(関連記事) アメリカが自国に対する脅威を再発させたら核兵器の開発を再開しようと考えている北朝鮮側は「不可逆的なかたちで撤去する」という文言が入った合意文案を拒否することが明白だった。チェイニーの主張は、六カ国協議の開催そのものに反対するものだった。 アメリカ国務省は、チェイニーらタカ派の強硬方針を見越して、合意文案を決める事前協議で、中国側が出してきた文案を2回突き返し、米政権内のタカ派と北朝鮮側という交渉の両端がOKすると思われるぎりぎりの線を探って文案を作ったつもりだったが、その目論見は失敗した。憤慨した国務省側は「チェイニーが六カ国協議を潰した」という趣旨のリークをマスコミに対して行い、タカ派を牽制した。(関連記事) それまで北朝鮮に対しては、ブッシュ政権内部では「外交交渉で問題を解決する」という考え方が支配的で、その傾向はイラクの戦線が泥沼化して政権中枢でのタカ派の勢力が弱まっていくのと並行して強まっていた。ところが、チェイニーの強硬発言によって全てがくつがえった感じで、その後中国当局が「1月下旬の旧正月(春節)前には次の六カ国協議を開きたい」と言っていたのも達成できず、最近では「2月中の開催も難しい」という見方が流れている。(関連記事) ▼カギを握るパキスタンの「核の父」 アメリカは方針転換したのだろうか。最近ラムズフェルド国防長官が「次はシリアを攻撃する」と再び言い出しているし、米政権内でタカ派が力を盛り返したのかもしれない、と思いつつウォッチしていると、12月中旬の六カ国協議の予定日が過ぎてから2週間たった12月末、リビアの核兵器開発を査察していたIAEAから、新しい動きが起きてきた。 欧米との和解を目指してリビアのカダフィ大佐が「大量破壊兵器を廃棄する」と宣言し、その後IAEAがリビアの核開発施設を査察したところ、国際的な核兵器技術の「ブラックマーケット」の存在が明らかになり、リビアはそこから核技術を買ったことが分かった。そして、北朝鮮もそこから技術を買ったのではないか、という分析が流れ始めた。(関連記事) IAEAは「核兵器のブラックマーケット」の筋をたどっていき、パキスタンに行き着いた。パキスタンで「核兵器の父」と呼ばれているアブドラ・カディール・カーン博士が運営しているカーン研究所(Khan Research Laboratories)が、使用済み核燃料から核爆弾の材料となる高濃縮ウランを取り出す遠心分離器を開発し、それを使って自国の核兵器を作っただけでなく、リビアやイラン、北朝鮮などに輸出もしていた疑惑が強まった。(関連記事) カーン博士は、パキスタンが秘密裏に進めた核兵器開発計画の中心人物で、1970年代にオランダにあるウレンコ(Urenco)という遠心分離器を製造する蘭独英の合弁企業に勤めていた。彼はウレンコから技術を持ち出してほとんど同じ遠心分離器をパキスタンで製造し、自国の核兵器開発に使うとともに、ひそかに核兵器開発を進めたいと思っている他の国々にも分離器を売ったとみられている。 IAEAがリビアとイランの核開発施設を査察したところ、相次いでウレンコ型の遠心分離器が見つかり、調べを進めた結果、カーン博士の存在が浮かび上がったのだという。 ▼殺された北朝鮮外交官の妻 北朝鮮の場合、カーン研究所から遠心分離器を買って稼働させているかどうか、今のところはっきりしていない。アメリカの諜報機関は「北朝鮮が遠心分離器を使って高濃縮ウランを抽出している」と分析しており、米政府はこの件も六カ国協議の議題に含めるよう求めている。半面、中国政府は「アメリカから、北朝鮮が遠心分離器を使った抽出を行っているとする主張の根拠を見せてもらったが、これだけでは北朝鮮が高濃縮ウランを抽出しているとは断定できない」と主張している。(関連記事) とはいえ、北朝鮮がパキスタンから核兵器開発の技術を取得しようとしていたこと自体は多分間違いない。1998年6月、パキスタンの首都イスラマバードで、北朝鮮の外交官の妻が射殺される事件が起きたが、この事件から、核兵器をめぐる北朝鮮とパキスタンの関係の一端が明らかになっている。 射殺されたのは、兵器を扱う北朝鮮の国営商社「朝鮮蒼光信用社」のイスラマバード駐在代表をつとめていたカン・テユンの妻キム・サナエで、当初は殺害は誤射によるものとされたが、後になって、実はキム・サナエは欧米の諜報機関に対して北朝鮮の兵器開発の実態を漏らす代わりに欧米への亡命を試みたため、イスラマバードにいた他の北朝鮮人によって射殺されたのだ、という報道が出てきた。 (「サナエ」という名前は日本人の名前に感じられるのだが、彼女が「日本人妻」だったのか、サナエという名前が北朝鮮人の名前としてよくあるものなのか、私には分からない) カンとキムの夫妻が住んでいた家は、カーン博士の家のすぐ近くで、両家はよく行き来していた。北朝鮮からはカン・キム夫妻のほかに、カーン研究所に通う核開発の技術者たちの集団がイスラマバードに住んでおり、彼らもカンとキムの家をしばしば訪れていた。キムを射殺したのは、北朝鮮当局の命令を受けた技術者集団のメンバーだったと報じられている。(関連記事) ▼北朝鮮が展開する兵器のバーター取引 核弾頭開発はパキスタンのカーン研究所が先行していたが、ミサイル技術は北朝鮮の方が先行していた。そのため、北朝鮮側がミサイル技術を提供する代わりにパキスタンは核弾頭の技術を提供する、という相互関係が以前からあったようだ。カンは1997年にはパキスタンのために、ミサイルの先端や胴体に使うマルエイジング鋼という特殊鋼を、ロシアの製鉄会社から買う算段をつけてやったことも分かっている。(関連記事) 1998年4月には、パキスタンは新型ミサイル「ガウリ」の試射実験に成功したが、ガウリは北朝鮮のミサイル「ノドン」とほぼ同じものだった(ノドンはロシアの「スカッド」を改良したもの)。そして、この試射実験の2カ月後にキム・サナエが殺されている。 その後も北朝鮮とパキスタンの兵器の関係は続き、2002年7月には、パキスタンの軍用機が北朝鮮に向かい、ミサイル部品を積んで戻ってきたことがアメリカのCIAによって確認されている。2003年3月には、北朝鮮は部品だけでなくミサイルそのものを解体し、パキスタンの軍用機に積んで運んだことが分かり、アメリカはパキスタンのカーン研究所と北朝鮮の蒼光信用社をアメリカとの取引停止処分にした(両社ともアメリカとの取引はなく、処分は政治的な非難の意味合いだけだった)。(関連記事) 北朝鮮はパキスタンだけでなく、他の国とも兵器の交換を行っていると思われる。1999年には中央アジアのカザフスタンが、北朝鮮にミグ戦闘機を数10機売ったことが判明したが、これも兵器交換の一つだった可能性がある。またイラクのフセイン政権も、北朝鮮からミサイル技術を買うことを検討していたことが分かっている。(関連記事) ▼ブラックマーケット「発見」の意図 北朝鮮やパキスタンがかかわった核兵器のブラックマーケットの存在は、IAEAのリビア査察によって初めて判明したものではない。遅くとも1998年には、アメリカなどの当局は核兵器のブラックマーケットについて、かなりのことを把握していたはずだ。だが、この闇市場における取引は、その後もほとんど規制されずに続いてきた。 パキスタンはアメリカからの援助に頼って政府を運営している国で、アメリカが抗議すればブラックマーケットの動きは止まったはずだ。アメリカのタカ派(軍産複合体)は、冷戦時代から「国防費を増やすために敵を作る」という戦略を続けており、むしろアメリカの側がブラックマーケットの「繁盛」を望んでいた可能性もある。 それが、IAEAのリビア査察によって「発見」され、イランやパキスタンもIAEAの調査に協力する姿勢を見せ、パキスタンのムシャラフ大統領やIAEAのエルバラダイ事務局長は「ブラックマーケットを根絶するまで取り締まる」と表明する動きになっている。こうした動きの背景には、何らかの国際的な政治的意図があるのではないかと思われる。 それを考える際に参考になりそうな出来事が、1月2日に起きている。それは、アメリカ・デンバーの空港で、アシャ・カーニ(Asher Karni)という南アフリカ在住のイスラエル人が逮捕されたことだ。カーニの罪状は、核弾頭の起爆装置に使える「スパークギャップ」という装置400個を、許可を受けずにパキスタンに輸出しようとしたことだった。(関連記事) 数十個はすでに輸出され、装置を買ったのはパキスタン軍に兵器を販売しているパキスタン企業だった。この企業の経営者はイスラム主義者によるカシミールの分離独立運動に協力していると報じられ、この点がアメリカの捜査当局を警戒させた。400個の装置のうちいくつかは、北朝鮮が開発しているとされる核弾頭に取り付けられる可能性もあった。 スパークギャップは電気の火花を発する装置で、主に腎臓結石を破砕するための医療器具として使われているが、同時にロケットやミサイルの燃料点火装置など航空軍事用途にも使われている。カーニは、アメリカ東海岸のメーカーからスパークギャップを購入しようとしたが、メーカー側から「当局の輸出認可が必要だ」と断られたため、他の企業をトンネル的に介在させ、メーカーを騙して契約にこぎつけた。この過程で当局がカーニの取引を怪しみ、1月2日の逮捕となった。 ▼核兵器開発とイスラエル カーニの逮捕後、すぐに米国内と南アフリカでカーニを保釈させようとする動きがあった。南アフリカではカーニと親しいイスラエル系の人々(ユダヤ人)が「カーニはアメリカ商務省のおとり捜査により、微罪なのに捕まった」と主張し、保釈を要求した。米国内でもイスラエル系の勢力が動いたらしく、デンバーの裁判所は1月12日にカーニを保釈する決定を下した。 だがその直後、ワシントンの司法当局が「カーニがスパークギャップを売ろうとした相手はイスラム原理主義組織につながっており、カーニはテロリストが核兵器を持つことに手を貸す恐れがある」として決定に抗告し、保釈を止めた。これらの動きから、カーニを保釈させ、イスラエルか南アフリカに逃がそうとするイスラエル系と、それに対抗するアメリカ政府内の勢力が、カーニの身柄の争奪戦を展開していることがうかがえる。(関連記事) カーニはイスラエル人だが、問題の取引は個人的なビジネスで、イスラエル当局とは関係ない可能性もある。だがその一方で、イスラエルはかつて1970年代に南アフリカの白人政権が核兵器を開発しようとしたときに協力しており、その後南アフリカが核兵器を廃棄した際、廃棄されることになっていた核弾頭をイスラエルが持ち帰ったと指摘されている。イスラエルは台湾の核武装にも協力しようとしたが、アメリカの反対で中止されている。 またイスラエルは、すでに述べたアメリカのタカ派の「敵を作る」戦略に協力するかたちで、イランに対して1980年代から最近まで兵器や軍事部品を売り続けてきたことも分かっている。こうしたイスラエルの動きから考えると、カーニがイスラエル当局の意を受けて、パキスタンに起爆装置を輸出しようとした可能性もある。 パキスタンのムシャラフ大統領はワシントンポストのインタビューに答えて「核兵器をこっそり製造しているウラの勢力の多くはヨーロッパから来ている」と語っている。彼が事実を話しているのだとすれば、パキスタンやイスラエルの関係者のほかにも、核兵器のブラックマーケットに関与している欧米人がいることになる。(関連記事) ▼アメリカの核開発が煽る核拡散 一方、アメリカではブッシュ政権になってから「使える核兵器」の開発を進める政策を進めている。これまでの核兵器は破壊力が大きすぎて実戦で使えず、自国に対する攻撃を抑止する外交上の効果はあっても兵器の消費につながらず、軍事産業が儲かるビジネスではなかった。アメリカの議会や政府は「テロリストの地下施設を破壊する核を使ったバンカーバスターを作る」という名目で破壊力の小さな核兵器を開発する政策を打ち出し、すでに総額60億ドルの研究開発費を連邦予算に計上することを決めている。 小型核弾頭の開発はクリントン時代に禁止されており、それをブッシュ政権が再開したことになる。この動きに対しては、与党である共和党の中からも「アメリカが核兵器を開発することは、アメリカを敵視するあらゆる国々の核兵器開発をむしろ煽ることになり、悪影響の方が大きい」とする反対意見が出ている。 だが、それは大きな声にはなっていない。そのため議会でほとんど議論をしないまま、新型プルトニウム爆弾の開発に3億2000万ドル、核兵器に使うトリチウム(三重水素)の効率向上化の開発に1億3500万ドルなど、核兵器の開発費が次々に予算計上されている。(関連記事) アメリカが本気で「核兵器のブラックマーケット」を潰すつもりなら、それはゆくゆくは自国の核兵器開発の中止にもつながる動きになる。ブラックマーケットがなくなり、北朝鮮からリビアまでの「ならず者国家」のすべてがアメリカとの交渉に応じて核兵器の廃棄に応じていった場合、アメリカ自身の核兵器開発も止めろという話になっていくからだ。すでにIAEAのエルバラダイ事務局長は、アメリカのタカ派と一心同体であるがゆえに従来は言及することがタブーだったイスラエルの核兵器について、撤去すべきだと言い始めている。(関連記事) こうした核のブラックマーケットに対する取り締まりの兆しと、北朝鮮をめぐる六カ国協議が延期されていることが関係しているかどうか、今のところ明確ではなく憶測の域を出ないが、核兵器をめぐる新しい動きが始まっていることは確かであり、今後の動きに注意する必要がある。
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