北朝鮮ミサイル船拿捕とイラク攻撃2002年12月17日 田中 宇12月9日、アラビア半島沖の公海上で、アメリカが率いるテロ警戒活動に参加していたスペインのフリゲート艦が、国旗を掲揚せず、船体の認識番号も塗りつぶされている不審船を発見した。制止を呼びかけたが応じないため「海賊船」とみなしたスペイン軍は威嚇射撃した後、ヘリコプターを使って部隊を船上に送り込んだ。積み荷を調べたところ、15発のスカッドミサイルと通常兵器の弾頭、ミサイル用燃料を作る際に必要となる化学薬品(発煙硝酸)80缶が見つかった。船は、北朝鮮籍の「ソサン号」で、ちょうど都合よく付近にいたアメリカの軍艦に引き渡され、バーレーンに曳航された。 ソサン号を拿捕したスペイン軍の作戦はビデオに撮られ、事件から数時間後にはアメリカのテレビネットワークによって世界に映像が伝えられた。この事件を報じたニューヨークタイムスなどは「スカッドミサイルの運搬先はイエメンと思われるが、イエメンがミサイルの最終購入者ではなく、イラクないしアルカイダかもしれない」という米当局者のコメントを載せている。米政府からは、イラクがミサイルの購入者だった場合、アメリカがイラクに対して開戦する理由が生まれることになる、というコメントも発せられた。 (Scud Missiles Found on Ship of North Korea) 北朝鮮がイラクにミサイルを輸出したかもしれない、という事件が起きたことは、イラクに対して宣戦布告する理由を探していたアメリカ政権内の右派勢力にとって大きなチャンスだったが、その状態は長続きしなかった。翌日になって、イエメン政府が、自分たちがミサイルの購入者であることを認めたからだった。 北朝鮮はミサイルの技術開発を抑制する国際的な枠組みである「ミサイル技術管理レジーム」に参加していないため、北朝鮮がミサイルを輸出すること自体は、国際法に違反することにならない。これがイラクに輸出されるとなると、イラクは最近すべての大量破壊兵器のリストを国連に提出したため、その提出リストに載っていない不法なミサイル輸入になり、アメリカがイラクに宣戦布告する理由となる。だが輸出先がイエメンだということになると、イエメンはアメリカの同盟国でもあり、買った側にも違法性はない、ということになってしまう。 事件発生から2日後には、ソサン号は捕捉を解かれ、目的地のイエメンに向かって航行を続けた。事件発生の当初は大騒ぎしていた報道も、すぐに下火となった。事件に対しては「テロの疑惑がある動きに対して先制攻撃を行うという、アメリカの行動規範を示すものとなった」という解説がなされている。 (Preemption forgone、A new doctrine and a Scud bust) ▼ずっと前から分かっていたミサイル輸出 だが、事件が起きる前からの経緯を見ていくと、アメリカの行動は「先制」ではなかったことが分かる。アメリカはソサン号が11月下旬に北朝鮮の南浦港を出港した時点から軍事衛星などを使ってソサン号の足取りを追い続け、積み荷がスカッドミサイルであることも、ミサイルの購入者がイエメンであることも、イエメン政府がミサイル代金として払った金額が数百万ドルで、代金は11月末に払い込まれたことまで、アメリカには事前に分かっていた。拿捕の1週間前にあたる12月2日の「ワシントン・タイムス」は、アメリカ政府の情報機関の話として、そのことを報じている。 (N. Korea ships fuel, missiles to Yemen) イエメンは1999年に北朝鮮からミサイルを買う契約を行ったが、ブッシュ政権が発足した後に圧力をかけられ、アメリカからの新規の支援との引き替えに、2001年7月にイエメン政府は「今後は、北朝鮮を含むどの国からもミサイルを買わない」と約束する書面を米政府に提出した。 だが、北朝鮮は今年8月に再びミサイルをイエメンに向けて輸出した。これは1999年に交わされた契約の一部だったとみられているが、アメリカはこの輸出に対抗し、ミサイル輸出を担当している北朝鮮の国営企業「蒼光信用会社」などに対し、アメリカ政府との取引を禁じるアメリカ独自の経済制裁を発動した。 アメリカ政府はもともと北朝鮮の会社とは取り引きしていないので、この制裁は形式的なものだった。購入者であるイエメンの方は、アメリカのテロ戦争やイラク攻撃に協力してもらう「同盟国」であるため、制裁の対象とはならなかった。8月末に記者会見したイエメンのサレ大統領はミサイル購入を認めて「購入は正当な権利である」と述べた。 このように、イエメンが北朝鮮からミサイルを買う契約をしていることは以前から知られていた。昨年の911事件以来、米当局はテロ戦争を遂行する名目で必要に応じて世界のどの銀行口座でも資金の出入りをチェックできる体制を作っており、11月末に北朝鮮政府が持っている海外の口座に、イエメン政府から数百万ドルの入金があったことを、米当局は確認していた。 アメリカの国家安全保障局(NSA)などは「ホワイト・クラウド」(White Cloud、白雲)と呼ばれる軍事衛星システムを使ってスカッドミサイルを載せたソサン号が北朝鮮を出港したことを確認し、ソサン号とイエメン側との無線交信まで傍受していた。だが、これだけの証拠をつかんでも、米政府はイエメンにも北朝鮮にも警告を発しなかった。 (北の貨物船 米は衛星で絶えず把握していた)(The U.S. Navy's "White Cloud" Spaceborne ELINT System) ▼イエメンの否定を予測した戦略 その代わりに米当局は、北朝鮮からイエメンにミサイルを運搬中だという情報を、右派系新聞であるワシントンタイムスにリークした。ワシントンタイムスは、ミサイル購入についてワシントンにあるイエメン大使館に問い合わせたが、イエメン側の答えは「新たにミサイルが運ばれてくるという情報は間違っている」と否定した。 ワシントンタイムスの報道をイエメンが否定した後、米政府の担当者もイエメン政府の担当者にこの報道について尋ねたが、やはりイエメン側の答えは「そんな事実はない」という否定だった。このことをふまえて米政府は、もし米軍がソサン号を拿捕してミサイルを押収したとしても、イエメンは沈黙しているだろうとの予測を下した。イエメンは以前「もうミサイルは買わない」という念書を出しているので、沈黙せざるを得ないだろう、と思われた。 米政権内の右派にとって、北朝鮮から送られてきたミサイルを中東沖で押収しても買い手であるイエメンが沈黙するという事態は、他の目的に使えるものだった。行き先不明のミサイルは「イラクに運ばれる予定だったに違いない」ということにできるからである。何とか理由をつけてイラクに宣戦布告したい政権内の右派にとって、これは格好のチャンスだった。米政府としては「悪の枢軸」が連携している「証拠」を示す好機でもあった。 こうした目論見があって、米政権内の右派は、早期にミサイル輸送を止めず、ソサン号が中東沖に来てから、自国軍ではなくスペイン軍がソサン号を発見するように仕向け、客観性を演出したのだと思われる。ソサン号が拿捕される一部始終がビデオに撮られ、すぐに世界に放映されるという手回しの良さも、その一環だった可能性がある。このような考え方は、私だけの推測ではなく、アメリカの右派新聞であるウォールストリート・ジャーナルも、似たようなことを示唆している。 (In White House About-Face, U.S. Releases Scud Shipment) ▼北朝鮮は世界有数のミサイル輸出国 ところが、実際にソサン号が拿捕され、ホワイトハウスの報道官がミサイルの買い手について「イラクやアルカイダかもしれない」と発表し、問題がイラク攻撃の方に動き出すと、イエメン政府はことの重大さに気づいたのだろう。拿捕の翌日になって、ミサイルの買い手は自分たちだと表明した。 この表明によって事態は急転し、ソサン号は捕捉を解かれた。イラクがミサイルを買うのは大きな悪事だが、イエメンが買うのは、それが北朝鮮のミサイルであっても、国際法上、許されることだったからだ。米政権内の中道派であるパウエル国務長官は「ミサイルの購入者が、わが国の同盟国であるイエメンだと分かったので、船を解放した」とコメントした。 スペイン軍の内部からは「アメリカは最初からミサイルの行き先がイエメンだと分かっていたのに、わざとスペイン軍に危険な任務をさせたのではないか」との不満の声があがり、米政府はスペイン政府に謝罪した。米政府から非難されたイエメン政府も「アメリカはわざと知らないふりをして不必要な拿捕をした」と批判し返した。 (Ship seizure sets off diplomatic tiff with U.S.)(Spain's Military Upset With U.S. Over Ship) 北朝鮮はイエメンのほか、イラン、エジプト、パキスタンにミサイルを売ったことがあるが、イラクには売っていない。北朝鮮はイラン・イラク戦争の際、イランに武器を売り続けたため、イラクから嫌われている、というのがその理由だとされている。 北朝鮮は現在、世界有数のミサイル輸出国だが、もともと北朝鮮がスカッドミサイルの開発能力を取得したのは、1970年代にエジプトから技術供与を受けたからだったが、エジプトは自国ではミサイルを作れず、北朝鮮から完成品を買っている。北朝鮮はこのほか、パキスタンにミサイル開発技術を提供する代わりに、パキスタンが中国から受け取った核兵器の開発技術を北朝鮮に供与するという、技術の交換も過去に行っている。
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