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アメリカで考える(1)

2001年11月26日   田中 宇

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 ニューヨークでは、9月11日の大規模テロ事件で崩壊した世界貿易センタービルの周りが観光地になっていた。

 貿易センタービルの敷地から半径200メートルほどの街区は立入禁止になっており、現場に至る各街路は途中で行き止まりになり、突き当たりには目隠しの塀が立てられていた。その奥にある倒壊現場には、残骸を取り壊す工事の関係者しか入れない。

 かつて110階建てだったビルは、地上5階ぐらいのところまでが残り、焼け跡状態で立っている。重機を使ってそれを取り壊しているのを遠くから見ることができるが、倒壊現場の全容を見渡すことはできない。

 それでも、歴史的な事件の現場を見ようと、たくさんの人々が行き止まりの街路を行ったり来たりしていた。私は2回そこに行ったのだが、いずれも感謝祭の連休期間(11月22日前後)だったため、特に混雑していた。

 現場周辺の道路は掘り返され、ビル倒壊で使用不能になった電力や水道など埋設管を敷き直す工事が進行中だった。人々が歩けるのは道の端だけで、そこを何千人もの観光客が行き違おうとするため、大混雑だった。工事に携わる人々は、自分たちにカメラやホームビデオを向ける通行人に対して「作業員のプライバシーを守りたいので撮らないでくれ」と連発していた。

▼事件のことを思うと今でも涙が出てくる

 倒壊前の高層ビルの写真などを売る物売りも出て、現場は一見観光地だったが、見物客の表情は観光地のものではなかった。人々は困惑した感じだった。現場を見て涙を流している女性も何人か見かけた。9月11日に自分が受けた衝撃を消化するために、現場を見に来ている人が多いように感じられた。

 ニューヨークで、アメリカ人と日本人、何人かずつお会いしたが、日米問わず多くの方々が、9月11日から何日間か「テレビであの事件で亡くなった人の遺族の言葉を聞くたびに涙が出て止まらなかった」「通勤途上のバスに乗っていて、新聞を読んでいた誰かが泣き出すと、車内のあちこちからつられて泣く人の声が聞こえた。自分も泣いた」「事件から数日間は寝込んでしまい、何もする気が起きなかった」といった状態だったという。「事件のことを思うと今でも涙が出てくる」と言って涙ぐんだアメリカ人男性もいた。

 こうした「悲しみ」「衝撃」「テロの恐怖」を象徴する場所の一つが、この世界貿易センターの倒壊現場なのだと思われた。だから、一般に野次馬というものは歓迎されない存在なのに、この現場では違っている。ニューヨーク市では、一般の人々が事件現場を見渡せるよう、現場近くのビルのワンフロアを展望所として公開するか、現場の一角に展望台を設けることを検討している。(関連記事

 もともとウォール街周辺の活気あるオフィス街だったこの地域を、早く以前の状態に戻したいビルオーナーらは、展望台が設置されると、この地域が「テロとの戦争を記念する場所」として固定され、以前は非常に高かった地価が下がってしまうため、展望台の設置に反対している。下手をするとビジネス街がマンハッタンのもっと北の方に移動してしまい、この地域はビジネス街として再生できなくなる可能性すらある。(ニューヨークの繁華街はこれまでも歴史的に何回か移動している)

 その一方で、警察出身で有事の対応に強かったため今や英雄となったジュリアーニ・ニューヨーク市長ら推進派は「人々は現場を見る正当で誠実な理由がある」「アメリカ国民は、この現場を見る必要がある」と主張している。

▼悲しみを戦意に変えるテレビ

 だが私が見たところ、なぜアメリカ国民が世界貿易センターの崩壊現場を見る必要があるかといえば、それは「悲しみ」を記憶しておくためではない。むしろ「テロとの戦争」のために国民が一致団結しなければならないからで、テロの現場はその象徴だからだろう。つまり、世界貿易センターの跡地は、悲しみの象徴であると同時に、戦争遂行の象徴、「敵」を明示するための象徴でもあると思われる。

 そして「悲しみ」を「戦意」に変えるための役割を果たしているのが「テレビ」である、と私は感じた。アメリカのテレビ、特にCNN、ABC、FOXといった大手は、私が見た限りでは、アメリカがやっている「戦争」に関連した番組ばかりが目についた。

 「911」(9月11日のテロ事件)以降、軍や警察、消防などの制服組の人々が、勇敢な救援活動などによって英雄(ヒーロー)として扱われるケースが増えたが、右派系といわれるFOXでは、911以降に英雄的な行為をした人々を次々と紹介する番組をやっていて、番組の最後に「あなたの周りに英雄がいたらお知らせください」と告知していた。

 ニューヨークの消防署の中には、世界貿易センターに救出に行ってビル崩壊に巻き込まれ、消防隊員の多くが死去した署がいくつもあるという。そのような話は痛ましいが、その一方で「英雄」作りに精を出すテレビ番組に接すると、何だか昔の中国共産党がやったようなプロパガンダにも似て、見ていて抵抗感があった。

 こうした中国との比較を、たまたま話す機会があったアメリカ人(白人男性)に話すと、むっとした様子で「アメリカは今、戦争という非常時なのだから、そういう比較は短絡的だ」と反論された。「アメリカは民主的で進んだ国、中国は独裁的で遅れた国」という意識を持つアメリカ人は多いが、それが発言に表れていた。

▼愛国心を使って商品を売る

 愛国的な番組の途中で流れるコマーシャルも「愛国心」を使って商品を売ろうとしていた。たとえば自動車メーカーのゼネラルモータース(GM)は、星条旗を降る従業員に送り出されて工場を出発した赤いピックアップトラックが、ニューヨークの消防署に届けられるというドラマ仕立てになっていて、言いたいことは「愛国心がある人は(トヨタやヒュンデなど外国メーカーではなく)GMの車を買いましょう」ということなのだと感じられた。

 クレジットカード会社は、手数料の一部が911の犠牲者の遺族に贈与されるという「愛国カード」を宣伝していた。数日前の新聞で「遺族はすでに必要以上の救援金を受け取っており、追加の義捐金の受け取りを辞退するケースが増えている」という報道を見た私のような外国人の目には、カード会社の「商魂」が目についてしまった。

 また私のニューヨーク滞在中、感謝祭のパレードがあったが、そこも愛国心の発露に満ちていた。パレードの中で「セレブレイト・アメリカ!」(アメリカ万歳)と繰り返す歌を歌いながら、笑顔満面の若者たちが踊るショーがテレビで放映されていた。

 それを見ていて「この笑顔はどこかで見たことがある」と感じた。考えてみると、一つは「北朝鮮で首領様に奉納される踊りの笑顔」であり、もう一つは日本の新興宗教であった。アメリカという国は、キリスト教と「民主・自由」といったアメリカ建国の理想とが結びついた一種の新興宗教ではないか、と一瞬感じた。

 テレビに加え、炭疽菌の事件や、11月12日のニューヨークでのアメリカン航空の墜落事故など「911」で始まった恐怖を人々に忘れさせないような事件が、偶発的に起きたものかどうかもはっきりしないまま、続発している。これらの状況が、アメリカの人々の心理を非常に特殊な状態にしていると思われた。

(続く)



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