日本の次は中国か ? :アジア経済危機97年12月3日 | |
三洋証券、北海道拓殖銀行、山一証券と、大手金融機関が次々と破綻し、日本の金融システムがバブル崩壊によって、いかに大きな打撃を受けていたかが明らかになっている。ほかにも莫大な不良債権を抱える銀行の名前が雑誌などで取り上げられ、つい先日までは胸のバッジが眩しいエリートだったはずの人々が、もはや失業予備軍となっていることに気づく。 今年5月のタイに始まり、東南アジアから日本、韓国へと飛び火した金融危機に襲われた国々に共通しているのが、金融機関の経営や金融政策の不透明さであった。金融機関が不良債権を抱えているにもかかわらず、その存在を明らかにしなくてもすむようにしてきた、アジア式の政策が、相場の「売り」材料とされている。 そんな中、アジア式の政策を色濃く残し、しかも多くの金融機関が経営難に陥っているにもかかわらず、市場の「制裁」を受けずにすんでいる国が一つある。中国である。日本の次は中国が、株式や為替相場の急落にみまわれるのではないか、という懸念が、当然のように湧いてくる。 ●中国式の慎重さに救われた人民元 今のところ、中国の人民元為替相場は、1ドル=8.3元前後で安定している。その大きな要因は、中国の為替市場が、韓国や東南アジアの国々よりも、自由な市場になっていないことである。 中国は1980年代に入ってトウ小平氏が始めた経済の自由化策が今も続いており、人民元と外貨との為替取引を、少しずつ海外の金融機関にも開放する方向で動いてきた。だが中国政府の中には、「欧米と同じような世界に開放された市場作りを目指すべきだ」と考える改革派の人々と、「いや、市場を開放すると欧米日の"列強"に、どんな悪さをされるか分からない。開放には慎重になるべきだ」とする保守派の人々がいる。 天安門事件や返還後の香港経営、国営企業の相次ぐ経営破綻など、大きな問題が持ち上がるたびに、それに引っかけた形で両派のせめぎ合いがある。そのため、長い目で見ればトウ小平氏が引いた開放路線は変わらないものの、市場開放に向けた歩みはゆっくりで、時には後退もある。海外の中国ウォッチャーの中には、トウ小平氏が掲げた「社会主義市場経済」という路線そのものが、内部矛盾を抱えているのではないか、とみる人もいる。 だが、今回ばかりは、そんな中国式の小田原評定によって為替市場の開放が進まなかったことが、人民元の暴落を防ぐ効果をもたらしている。自由市場の東南アジアが軒並みやられ、マレーシアのマハティール首相が「欧米の投機筋の陰謀だ」などと激怒しているのをみて、中国の保守派の人々は「それみたことか。かつて阿片戦争という陰謀で中国を植民地にした欧米列強のやり口は、150年たっても変わっていないじゃないか」と思っていることだろう。 また、中国は現在、1300億ドル以上の外貨準備を持っている。香港の分を合わせると、2200億ドルとなり、日本(2240億ドル)に近い巨額の外貨を持っていることになる。これが中国の為替市場を救っているもう一つの材料だ。タイ(290億ドル)、韓国(310億ドル)などと比べ、中国は人民元を防衛するための資金が多いということである。 こうした安定要因があるため、11月に入って他のアジア通貨を売って人民元を買う動きが広がり、一時は人民元の対ドル相場は過去3年間で最高値まで上昇した。 ●中国の銀行も危ない? だが、中国経済は今、安泰といえる状態からはほど遠い。金融機関が巨額の不良債権を抱えているのである。 中国の金融機関の経営難は、国営企業の経営破綻によって引き起こされた。中国の都市部の就労人口の大半は国営企業に勤めている。国営企業は、大きなところになると病院や学校を内部に併設し、地方自治体と同じような機能を果たしてきた。中国には国家としての社会保障制度がないので、年金も国営企業ごとに支払われている。 トウ小平氏の経済自由化政策が軌道に乗り、自由市場の経済原則が導入されるようになると、作った製品が売れず、赤字に陥る国営企業が増え出した。そんな企業に対してトウ小平氏は、銀行に命令して融資をさせ、資金繰りを助けた。銀行も国営だから当然、政府の言うことを聞かねばならない。トウ小平氏としては、いずれ経済自由化が完成すれば、国全体としては企業経営も立ち直るだろうから、銀行に融資させた金は、いずれ回収できるだろう、との読みだった。 だが、どうやらその金は、戻ってきそうもない、ということが、次第にはっきりしてきている。 「自由経済」とは、「経営者が自由に金を使えること」と思ったのか、多くの国営企業では、銀行から借りた金を生産に関係ない出費に使ってしまった。従業員にボーナスを出したり、幹部たちが使ってしまったり、不動産投資と称して入居者がだれも入らないビルを建てたりした。 経済が開放される前に、外国製品と競争できる品質の商品を作らねばならず、借りた金はそのための研究開発などに使わねばならなかったのだが、現実はそうならなかった。その結果、今では金融機関が融資した、国営企業以外を含むすべての資金のうち、かなりの部分が焦げ付いているとみられている。不良債権の比率を20%とみる人もいるし、40%とみる人もいるが、いずれにしても日本以上の経営危機である。 ●破綻した「世界一の大市場」幻想 中国ではまた、海外からの投資が減っていることも問題になっている。中国政府が先日発表した数字では、今年1-10月の海外からの投資額は、昨年同期に比べて35%の減少だった。中国ではモノが思ったほど売れなくなっていることが原因である。 中国では1990年代に入り、外国企業と中国の国営企業が合弁し、外国の資金を使って新製品を生産するという合弁政策が進められた。欧米や日本、韓国、東南アジアなどの大手メーカーは「人口13億人のうち、1万人に一人が当社製品を買ってくれるだけでウハウハだ」などと皮算用して、中国との合弁にこぞって乗り出した。 だが、これまた最近ではアテが外れてしまっている。商品の売れ行きが予測を下回り、値下げ競争が起きているのである。 中国全体での商品の売上高は、まだ年間に10%以上の高成長を続けている。だが、多くの企業が市場の伸びや競争他社の動向をあまり考えずに増産したため、供給過剰となる製品が続出し、たたき売りの状態になっている。 今年10月の中国の小売り物価指数は、昨年同月比マイナス0.4%となった。デフレーションである。中国では、つい3年ほど前まで、年率20%ものインフレに悩んでいたのがウソのようだ。こうしたたたき売り状態では、新しく製品を作っても利益が生まれない。当然、外国企業はもはや「世界最大の市場」の幻想に躍らされなくなったのである。 中国では経済開放によって貧富の格差が急激に拡大し、消費を楽しめる一部の人と、食うだけで精いっぱいという大部分の人、という二極分化が進んでいる。「13億人全部が消費を楽しめるようになる」と予測したところに、海外企業の失敗があったのではないか。 ●アジア発のデフレが世界を襲う? 実は、たたき売り状態になっているのは、中国だけではない。韓国や東南アジアでも起きている。以前の記事「自動車作りすぎの韓国でメーカーのし烈な生存競争」でも書いたが、アジア全体をおおう経済難のもとでは、自動車は完全に供給過剰の状態だし、中国やタイ、インドネシア、韓国での建設バブルが終わったため、鉄鋼、セメント、ガラスなども売れず、価格が安くなっている。さらには冷凍鶏肉など、食品まで消費が落ち込み、在庫を抱え切れなくなった企業による値下げ競争が始まっている。 韓国や東南アジアでは、通貨が大幅に下がり、現地通貨建てでは前と同じ値段でも、ドル建てだと大幅安になる、という輸出業者ホクホクの現象も起きている。これに対して中国では人民元の為替が安定しているので、国際市場で東南アジア製品と競争するには、中国企業はかなりの値引きをせねばならなくなっている。こうした状況も当然、中国経済を圧迫する要因となる。 さらに、これらのアジア発の激安商品は、アメリカやヨーロッパを襲いはじめている。特に自由貿易を貫いているアメリカへの流入は、アメリカ経済に深刻な影響を及ぼすのではないか、との懸念が、最近よくアメリカの経済紙に載るようになった。 昨日(12月2日)筆者が書いた「輝き失いつつある黄金神話」 では、世界のインフレ懸念が減ったので、各国の中央銀行が金塊を売りに出している、と書いたが、実は、インフレ懸念がなくなっただけでなく、今度は逆に世界がデフレ懸念におおわれはじめているのである。 第2次世界大戦の遠因となったのは、1929年のアメリカの株価暴落に始まる世界的な金融危機、そしてそれに続く1930年のデフレだったといわれる。昨今の状況は、何だかそれに似ていると思うと、怖さを覚える今日このごろである。
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