輝き失いつつある「黄金神話」

97年12月2日  


 金塊や金宝飾品の輝きは古代から、人類にとって「永遠の価値」として、崇められてきた。政治が乱れ、戦争になって貨幣の価値が失われても、貨幣を金に替えておけば、資産の価値を保つことができた。

 各国に一つずつ中央銀行が作られ、そこが貨幣流通を管理する近代に入っても、中央銀行は大金庫の中に金塊を積み上げ、それを自分たちが発行する貨幣の価値を裏付けるものとして持っていた。貨幣の価値は、いつでも中央銀行の金と交換できることを保証する「金本位制」によって、保たれていた。

 1971年、アメリカがドルと金との交換を停止した「ニクソンショック」ととにもに、金本位制は終わった。だがその後も、各国中央銀行の大金庫の中には金塊があり、有事の際にも失われない価値として、金に対する崇拝は揺るがないものとされてきた。

 ところが今や、古代から続くこの黄金神話は、崩壊の危機に瀕している。世界各国の中央銀行が昨年あたりから、保有している金塊を、徐々に売却するようになったのである。

●金の役割は終わったか

 ロンドンやニューヨークにある金市場の相場は今、12年ぶりの最安値の水準にある。金相場は1980年に1トロイオンス(約31グラム)あたり850ドルという史上最高値をつけた後、長い下落傾向が続いている。1993年には320ドルまで下落した後、昨年初めには420ドル近くまで戻ったが、その後再び下がり、今年11月26日には、ついに300ドルを割ってしまった。

 すでに、南アフリカなどの金鉱山では金を掘り出すコストが金の価格を上回ってしまったという。南アフリカの鉱山では、大規模なリストラや鉱山どうしの合併などを模索しているが、経営は厳しくなっている。

 金相場がここまで下がった最大の要因は、ヨーロッパなどの中央銀行による金の売却だ。中央銀行など世界の政府系機関が保有している金を全部合わせると、世界の金需要の約10年分にあたる量を保有している。これが少しずつであれ売却されているため、金相場が下がっているのである。

 ヨーロッパでは、1999年に通貨統合が予定されており、各国の中央銀行は、欧州中央銀行として統一される。その際、もはや貨幣価値を守るための資産として金を重視する必要はない、とする論調が、ヨーロッパの中央銀行関係者の間で強くなっている。

 こうした新しい考え方が広がるのは、欧米や日本といった先進国では、もはや貨幣価値の最大の敵だったインフレがおきなくなっているからだ。一般に、景気が良くなりすぎると物価が上がり、インフレとなるが、アメリカではここ数年、ずっと景気が良いのにインフレ率は低い状態にとどまっている。

 また、金利を下げると資金を借りてモノを買う人が増えるのでインフレになりやすいとされてきたが、日本ではこのところ金利がほとんどゼロなのに、インフレどころか逆に物価が下がる傾向ですらある。

 なぜインフレが起きにくいのか、はっきりした原因は確定していないが、交通や通信の発達により、需要と供給の間のアンバランスを、以前よりスピーディーに埋めることができるようになったことが、経済を過熱させずにすんでいる理由ではないか、と考える説もある。

●金産出国ですら金備蓄を売却

 インフレの恐怖が減ったので、中央銀行は金塊よりも有利な資産として、アメリカ国債などを好む傾向が強まった。金塊は持っていても利子を生まないが、米国債なら高い利子がつくからである。

 また、国債や株なら、実体は紙切れなので、証券ナンバーだけ控えておけば、銀行強盗にやられても、大した損失にはならない。だが金塊は、盗まれて溶かされたらおしまいだ。保管するにも大金庫が必要だし、運ぶときは物々しい警備をつけねばならない。金は保有コストが高い分、好まれなくなっている。

 こうしたいきさつから、1990年代に入り、ベルギーやオランダの中央銀行が、金を売却しはじめた。さらに今年7月には、オーストラリアの中央銀行が、保有していた金備蓄のうち、3分の2を売却してしまったと発表し、世界中の関係者にショックを与えた。

 オーストラリアは世界有数の金の産出国だ。そこの中央銀行が備蓄対象としての金を重視しなくなったのである。オーストラリアの中央銀行が金を売却した理由は、金より米国債などの優良債券の方が有利だと判断したためであった。

●宝飾品向け需要はおう盛なのだが・・・

 金相場はこの先、どこまで下がるのだろうか。明確な予測は避けるが、市場関係者が注目しているのは、ヨーロッパの新しい中央銀行が、どのくらいの金塊を保有する形で設立されるのか、という点だ。

 中央銀行関係者の間では今、金に対する評価が分かれている。金融システムが、金という実体を完全に離れ、債券などの信用だけで組まれるようになると、信用不安が連鎖的に発生した場合、非常に危険ではないか、という考え方もあるからだ。

 現在、各国の中央銀行は、通貨の裏付けとする資産のうち、平均して30%ぐらいを金塊として持っている。ヨーロッパの新中央銀行は、これを10%前後まで減らすとの予測もある。そうした決定が下れば、世界中の中央銀行に影響を与え、金価格はさらに下がるだろう。

 一方、宝飾品などのための民間需要はおう盛だ。金鉱会社の世界的な集まりである The World Gold Council によると、今年1-9月の世界での金の民間需要は、昨年の同じ時期より11%多かった。そのため、中央銀行による売却が終われば、再び金価格は安定すると考えられている。だが、それがどの程度の水準になるか、予測は難しい。

 
田中 宇 (MSNニュース担当 記者兼編集者)

 


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