自動車作りすぎの韓国でメーカーのし烈な生存競争

97年11月4日  田中 宇


 今年7月から経営危機が続いている韓国の大手自動車メーカー、起亜自動車が、再建に向けて動き出した。起亜に資金を貸していた銀行団からの辞任要請を拒否してきた金善弘会長が10月29日、退陣することを決めたためだ。起亜自動車は、政府系の銀行である韓国産業銀行が株式の約40%を引き取り、政府系の企業となって再建に入る。

 起亜自動車の経営危機は、自動車の作りすぎと生産設備の過剰投資によるものだ。起亜自動車は財閥である起亜グループの中核企業。韓国の財閥のほとんどは、設立者一族が経営権を握っているが、起亜グループだけは、同族ではないサラリーマン経営者がトップをつとめる「民主的」な財閥として知られていた。

 起亜はもともと、同族会社の自転車メーカーだったが、バイク、そして自動車メーカーへと急成長していく間に、オーナーは株式を手放し、今では社員持ち株会と機関投資家が株式の多くを持っている。そんな社風のため、経営陣と組合との関係も良かった。だが、そのことが逆に、経営建て直しに必要な思い切った策が打てないことにつながってしまった。

●三星グループの自動車参入の犠牲になった起亜

 韓国には現在、自動車メーカーが5社ある。生産能力は5社合計で約350万台。だが実際の販売は今年、305万台にとどまる見通しで、生産設備が過剰になっている。特に、1994年に自動車業界に参入することを決め、来年から生産開始予定になっている、最後発の三星自動車が、生産過剰に拍車をかけそうな情勢だ。

 三星は現代と並ぶ、韓国最大級の財閥で、もともとどちらかといえば軽工業に強かったが、オーナー会長の悲願で、自動車産業にも参入することになった。三星は現在、来年の販売開始に向けて、韓国南部の釜山に年産50万台の生産能力を持つ新工場を建設している。

 三星が市場に参入すれば、供給過剰になることは目に見えていたが、どのメーカーの対抗策も、生産縮小ではなく、逆に販売増によって競争激化を乗り切ろうとして、増産に踏み切った。起亜も1995年、ソウル近郊に新工場を作り、生産を増やした。

 だが、労使協調型の「民主的」な経営が祟ったのか、販売力に欠けていたため、逆にライバルの大宇自動車にシェアを奪われる結果となった。起亜の今年1-5月の国内販売台数は、前年同期比27%減となった。昨年まで起亜の国内市場シェアは約30%で、現代自動車に次ぐ第2位の地位につけていたが、シェアは20%まで落ちてしまい、順位も大宇に抜かれて第3位になった。

 韓国の自動車販売は、経済状態の悪化にともない、昨年まで6年間続いた10%台から、今年は6%台に落ち込むとみられている。市場全般の状況が良くない中、他社にシェアを奪われたことが、致命傷になった。今年5月には在庫量が急増し、新工場建設などの目的に借りた資金が返せなくなり、7月には銀行管理下に入った。

●身売り反対で組合がストライキ

 韓国では今年に入り、鉄鋼メーカーの韓宝グループ、焼酎メーカーの真露などが相次いで倒産しており、大手財閥の倒産は起亜が今年5つめ。とはいえ、韓宝や真露は本業ではなく、不動産投資の失敗が破綻の原因。それに対して起亜は本業の失敗が原因だった。

 今年は大企業が次々と経営破綻し、倒産した場合の影響が大きいため、韓国では倒産回避策として裁判所が「不渡り防止協約」を、破綻企業と債権者との間で結ばせるケースが多く、起亜もその対象となった。不渡り協約を9月まで結ぶ代わり、その間に起亜の経営者は経営建て直し策を練ることになっていた。

 だがここでまた、労使協調体質が裏目に出てしまう。大量解雇などの手段は取れず、かといって販売を急に増やせるわけでもない。あっという間に9月になり、銀行などの債権者は、会社更生法(韓国では「法廷管理」という)を申請した。金善弘会長をはじめとする経営陣を交代させ、三星など他の自動車会社に起亜を買い取ってもらおうと考えたのである。

 三星は、起亜を吸収する意欲を、以前から持っていたとされる。5月に起亜の経営危機が最初に表沙汰になった際も、きっかけは三星がマスコミに起亜の窮地をリークしたからだった。

 だが、起亜側は労使協調でこれに抵抗した。金会長は退陣を拒否し、組合は起亜の身売りを防ぐために政府が援助の手を差し伸べない限り、ストライキに突入する、と脅した。韓国では12月に大統領選挙がある。与党はスキャンダルと内部分裂で人気が落ちており、ここで起亜を潰しては、マイナスイメージが広がるばかりだ。政府は思い切った策を取れなかった。

 一方、債権銀行団も強硬だった。韓国ではメーカーばかりでなく、そこに金を貸していた金融機関も巨額の不良債権を抱え、借り手や政府の事情を十分に汲み取る余裕はない。10月に入ると交渉はこじれ、組合はストライキを開始。ここに至って結局、金会長が辞任する代わりに、起亜は政府系金融機関である韓国産業銀行の傘下に入る、つまり国営企業になり、三星など他社の傘下には入らずに再建を進めるということでまとまった。

●自動車は世界中で供給過剰

 とはいえ、起亜が再建できるという見込みが増えたわけではない。韓国の自動車生産が過剰であることは、変わりないからだ。今後はむしろ、供給過剰の状態がさらに進むと予測され、現在は稼働率80%程度で回っている工場が多いが、これが2005年になると、三星の生産増などにより、稼働率は60%台になってしまう見通しだ。これで利益を出すことは非常に難しい。これから一段落した後、起亜は結局、三星の傘下に入ってしまうのではないか、との予測も多い。

 韓国の自動車メーカーは、輸出は今のところ伸びている。ただ、東南アジアは通貨危機で売れ行きがぱったりと落ちてしまったし、以前は期待されていた東欧も、景気は国によってまだら模様で、今後はどの市場もそれほどの伸びは期待できない。全世界的にみれば、自動車産業は確実に供給過剰の状態にある。

 日本でも4-5年前、起亜と同様に、生産設備を増強したものの販売が伸び悩んで経営不振に陥ったマツダが、アメリカ・フォードの傘下に入ったし、日産自動車は座間工場を閉鎖するなど、業界再編が進んだ。韓国は今、それと似たような段階にあるともいえる。だが、世界の市況は4-5年前より悪くなっている。状況は日本よりも厳しいようだ。

 
田中 宇(たなか・さかい)

 


関連サイト

起亜自動車のホームページ
英語と韓国語のエリアに分かれている。

起亜ジャパンのホームページ
新車の紹介など。東京モーターショーにも出品し、好評だったという。





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