他の記事を読む

覇権争いな選挙の季節:セルビア編

2026年10月19日   田中 宇

10月25日に東欧のセルビアで議会選挙が行われる。この選挙は、旧ユーゴスラビア以来のセルビアの民族主義を継承するブチッチ現政権が、セルビア民族主義の親露エリート勢力を潰して自由化、リベラル化しようとする(実はうっかり英傀儡な)市民勢力と戦ってきた30年以上の流れの新局面だ。
ユーゴスラビアは冷戦終結後に国家解体するまで、東欧南西部の分裂しがちな諸民族をセルビア中心の独自の社会主義でまとめて連邦化し、国際政治的にソ連にもNATOにも従属せず、東側でありながらスターリンと対立し、非同盟運動を主導した独特の国だった。
(Push to sanction Serbia could empower leader it aims to hurt)

冷戦終結後、NATO(英国系主導の米覇権勢力。米英)は、1980年のチトーの死後に不安定化したユーゴスラビアの分裂を扇動して連邦を解体し、スロベニアやクロアチアなどが分離独立した。旧ユーゴの中心地セルビアでは、大統領になったミロシェビッチが、社会主義でなくセルビア民族主義で国家統合を再強化する試みを開始した(セルビア民族主義は19世紀からあった)。
セルビア本国だけでなく、ユーゴから分離独立したボスニアヘルツェゴビナのセルビア人勢力も、セルビア民族主義を掲げてボスニア人などと対立した。米英は、セルビア民族主義を「悪」とみなして敵視する傾向を強めた。
(‘Unnatural for Ukraine to be anti-Russian’ - Bosnian Serb leader)

米英NATOは、セルビア民族主義を潰す策(表向きは民主化支持)として、セルビア国内のコソボ地域に住むアルバニア人が、セルビアから分離独立する運動を支持支援し、コソボの内戦を扇動した。セルビアから分離独立したコソボには、少数派としてセルビア人も北部(対セルビア国境近く)などに住んでいる。独立後のコソボ当局は国内のセルビア人を弾圧したが、それはほとんどお咎めなしだった。

国際社会やマスコミ(いずれも英国系の善悪操作策のための機構)は、ミロシェビッチやボスニアのセルビア人勢力を極悪と非難し、セルビア人による残虐行為を誇張する一方、セルビアを敵視するコソボの指導者ハシム・サチなどを支持した。
NATO軍(主に米軍)は、コソボにいるセルビア軍を撤退させるための人道支援と称して、セルビア国内の民間インフラ設備(や中国大使館)などを空爆した。
ハシム・サチが主導していたコソボ解放軍(KLA)は、もともと中東から欧州に向かう麻薬貿易や人身売買を仲介する犯罪組織であり、英米はそれを知っていたが無視してKLAやサチを支援した。
米国がトランプ化(反英化)した最近になって、サチやKLAの犯罪がようやく問題にされ、サチは裁判で有罪になった。
(The Kosovo war trial looks like damage control: How far can accountability go without reaching NATO?)

コソボが独立した後も、英国系(米諜報界)は、セルビアで民族主義を採るエリート勢力を破壊するため、民主化や自由化や腐敗反対を掲げる「オトプル!」など学生らの反政府運動を支持支援し続けた。
セルビアでミロシェビッチを下野させた2000年の「ブルドーザー革命」は、ウクライナでゼレンスキー政権の成立につながったロシア敵視なマイダン革命(2014年)や、グルジア(ジョージア)をロシア敵視に転換したバラ革命(2003年) などと同じ流れの、米諜報界の英国系によるロシア敵視・東欧分裂化の策動(カラー革命)だった。
(UK, Germany, France seeking to stage color revolution in Serbia)

ミロシェビッチは「国際法廷」で戦争犯罪を裁かれたが、判決が出る前の2006年に死亡した。その後のセルビアは、いったん民主化勢力(英傀儡)が強くなって2009年にEU加盟申請した(まだ交渉中)。
だがその後、EUがリベラル(全体主義)化を強めて今の自滅傾向になっていく中で、セルビア政界は英国系よりも旧来の民族主義エリートが再び強くなった。それを主導しているのが、今の権力者であるアレクサンダル・ブチッチだ。
(Inside the unflinching friendship shared between Israel and Serbia)

ブチッチはミロシェビッチ政権の諜報を担当する情報相だった。諜報界の人だけに、ロシアのプーチンと同様、政治混乱を収束させる力を持っている。ブチッチは親露であり、イスラエルやリクード系からも支援されている。
ロシアとセルビアは、ともに正教会キリスト教徒が多い国だ。ロシアとセルビアの民族主義は親しい関係だ。ロシア軍は1999年のコソボ紛争でセルビアを支援したが、当時のロシアは冷戦後の国家崩壊中で軍隊も弱く、NATOに負けるので本格介入しなかった。
(Netanyahu ally Serbian President Vucic resigns, paving way for early elections)

その後、リクード系が英欧EUを自滅させる(最終的にロシアを再台頭させる)ウクライナ戦争を2022年に誘発し、2025年にトランプを米大統領に返り咲かせる流れの中で、2024年ごろから世界的にリクード系の台頭と英国系の弱体化が加速した。
その流れの中で、セルビアでは、親露リクード系なブチッチ政権を倒して再び英傀儡な民主化勢力に差し替えようとする英国系の動き(カラー革命の扇動)が再発している。
2024年に、改修中のノビサド駅の工事現場でひさしが崩壊する事故があり、与党関連の業者による手抜き工事だった疑いが出てきて、そこから汚職反対の反政府な学生運動が広がり、ブチッチ打倒を目指している。
(Serbia’s president has stepped down. The real battle for the country is just beginning)

学生運動は「学生リスト(Studentska lista)」という政治勢力(出馬するための選挙名簿)を作り、ブチッチに解散総選挙を要求した。ブチッチは受けて立ち、年末に予定されていた総選挙(議会選挙)を前倒しして10月25日に実施することにして、9月9日に議会を解散した。
セルビア憲法は大統領の3選を禁じており、ブチッチの任期は来年5月までだった。セルビア民族主義を守る(自国を英傀儡に戻さない)ため権力の座に残りたいブチッチは、解散総選挙に勝った後に大統領でなく首相として残る道を画策し、9月末に大統領を辞任した。
選挙まで1週間となった今、ブチッチの政党「セルビア進歩党(SNS)」と「学生リスト」の支持が40%ぐらいずつで拮抗している(他の野党群は3%以下で低迷。野党群から学生リストへの流入が多い)。
(Kremlin Warns West Against Backing 'Color Revolution' in Serbia As Protests Grow)

私から見るとセルビアの選挙は、ここ数年世界的に続いている「リクード系と英国系の覇権(諜報界)暗闘」の一部だ。2010年代までは、冷戦後の英国系の最盛期で、民主化や自由化や腐敗撲滅を掲げる「市民運動」が英国系に支援され、冷戦時代から続くロシア東欧の旧エリート勢力を潰していくカラー革命の動きがあった。今回のセルビアの学生リストも、その流れをくむ市民運動と考えられる。
英国系は、旧ユーゴの少数派(コソボのアルバニア人とか、ボスニアのボシュニャク人など)を支援し、多数派(主にセルビア人)と戦争させ、旧ユーゴやバルカンを分裂・不安定化して支配していく策を続けていた。世界の多くの人々が、これを「良いこと」だと思い込まされていた。
(Serbia facing ‘color revolution’ – deputy PM)

旧ソ連でも、ウクライナやグルジア(ジョージア)の政権が(英国系に支援された)「民主化運動」によって、親露から反露に転換(行ったり来たり)させられた。
その後、米諜報界でリクード系が台頭して英国系を追い出すのと連動して、リクード系は英国系潰しの一環として、旧ソ連東欧における旧エリートと民主化勢力(英国系)の戦いにおいて、劣勢だった旧エリートを支援して優勢に転換させ、民主化勢力を下火にしている。
(Political crisis rumbles in Serbia as duelling camps hold parallel rallies)

ロシアでは、リクード系に支援されたプーチンが、民主化勢力の野党をすべて駆逐した。ウクライナ戦争は、露敵視な民主化勢力の流れをくむゼレンスキーが、英国系に支援されてロシアを打ち負かす構図で始まったが、実のところこれはリクード系による「騙しの構図」で、実際はロシアがゆっくりと勝ってドンバスとクリミアの併合を確定し、ウクライナを支援する英国系(英独仏EU)が自滅していく流れが最初から設定されていた。
(ロシアが負けそうだと勘違いして自滅する米欧)

セルビアの最近の動きも、リクード系やロシアに支援された旧来エリートのブチッチらが権力を握り続けることを阻止しようとする英国系の挽回策(もしくは、最期のあがき)が、ノビサド駅崩壊事件から学生リスト、総選挙につながる今回の政争だ。
('Red Hand' Revolt In Serbia: People Power Or Color Revolution?)

10月25日のセルビア議会選挙で「学生リスト」が勝ち、ブチッチが下野せざるを得なくなると、世界的な英国系潰し・リクード系台頭の流れが逆流して風穴が開く(大きな穴ではないが)。しかし、旧ユーゴの全体で見ると、逆流の強まりは考えにくい。
たとえば、ボスニアのセルビア人共和国(スルプスカ共和国)で10月4日に行われた議会選挙で、反英で親露なセルビア民族主義の勢力が勝ち、政権を維持した。
(West-defying Serb leader celebrates victory in Bosnia and Herzegovina election)

スルプスカ共和国では、1990年代にセルビア民族主義のカラジッチ政権(セルビア本国のミロシェビッチと連動)が、英国系(米英EU)の圧力によって辞めさせられて人道犯罪者に仕立てられて逮捕投獄され、親欧米(英傀儡)なミロラド・ドディックの政権になった。だが2006年以降、ドディックもセルビア民族主義を擁立して反欧米・親露に転換していき、欧米はドディックも犯罪者(デイトン合意履行妨害など)に仕立てて出馬禁止にした。
しかし今回、ドディックの盟友たちが出馬して議会選挙に勝ち、セルビア民族主義の政権が維持された。
(Ally of ex-Bosnian Serb leader wins election)

英国系(欧米)は、スルプスカで民主的にセルビア民族主義の指導者が選出されて強い権力を持つたびに、人道犯罪などのレッテルを貼って辞めさせ、英傀儡になってくれる他の指導者を就任させる支配策を失敗しながら繰り返している。
「民主化支援」「自由化」「国家建設支援」などインチキな美名をつけて、セルビア民族主義を攻撃破壊したり、コソボのアルバニア民族主義を支援扇動してセルビアと戦争させたりする英国系。それを軽信して賛美する国際社会とかジャーナリズムとかリベラル左翼とか市民運動。ほとんどの人は軽信したままだ。
英国系の策略が失敗しているスルプスカでは、最近イスラエルが商工会議所を新設して接近している。旧ユーゴで英国系が負け、リクード系が勝つ流れが続いている。リクード系は諜報力で選挙結果に影響を与え、ブラジルなど世界各地の選挙で自陣営を勝たせている。セルビアの来週の選挙だけ逆方向になるのか。考えにくい。
(Israel opens first Chamber of Commerce office in Republika Srpska, Bosnia)

リクード系である米トランプ政権は、従来の民主党政権(英国系)による旧ユーゴへのインチキな支配介入策を放棄し、セルビア民族主義を放置する新傾向になっている。トランプはNATO軍のコソボ駐留を縮小している。セルビア民族主義は親露であり、トランプの親露性と合致する。
(A deeper look at Trump’s new policy toward the Western Balkans)
(What NATO leaves behind as it pulls back from Kosovo)

ミロシェビッチ追放後、セルビアはEU加盟を目指しているが、EUはブチッチに対し「EUに入りたければロシアと縁を切れ」と加圧してきた。
最近は独仏が極右親露の方向に政権転覆しそうで、いずれEUも極右が強くなってロシアと和解する。ブチッチら親露なセルビア民族主義は、今のEUの言うことを聞く必要がない。自国の選挙に勝って政権を維持して待っているだけで、EUの方が露敵視をやめていく。
(EU seeks to put Serbia up against Russia)

10月27日にはイスラエルで総選挙がある。ネタニヤフのリクードが議席を減らして連立組閣できなくなるかもしれない。(これを書いている間にトランプがネタニヤフを支持してテコ入れしたが。リクードが議席を減らしたら、 中道系で躍進しているアイゼンコットの政党ヤシャルと挙国一致の連立政権を作る。本質的な政権交代には多分ならない)
(Trump endorses Netanyahu days before Israeli election, warns US could face Iran alone if PM loses)

フランスでは暴動が延々と続き、来春の大統領選挙で英国系のマクロンの系列が負け、極右で親露リクード系なマリーヌ・ルペンが勝つ見込みが増している。
11月3日の米中間選挙で共和党が上下両院の多数派を失ったら、英国系の民主党がリクード系のトランプによる覇権再編への妨害を強めるかもしれない。
(France Enters "Point Of No Return" As Riots And Chaos Spread)

今回の記事はこれらを次々と分析して、世界的に正念場的な「覇権争いな選挙の季節」になっていると書こうとしたが、書き出しのセルビアの分だけで長くなった。残りは改めて書くかもしれない。私の記事はいつもこんな感じですみません。ジャーナリズム信奉者とかリベラル派はむかつくだろうし(読まなくて良いです)。



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ