他の記事を読む

英国解体を煽るトランプ

2026年9月16日   田中 宇

9月12-13日、アイルランドを訪問中のトランプ米大統領が、今は英国領である北アイルランドが、アイルランドと再統合することを支持する発言を繰り返した。
トランプは「北アイルランドがアイルランドと再統合することは自然なことであり、いずれ必ず起きる。今すぐ実現しても良いぐらいだ」という趣旨を述べた。
トランプは、アイルランドのマーティン首相との共同記者会見で、再統合の主導役としてマーティンが適役だとも言った(マーティンは英国と対立したくないので火消ししている)。
Watch: What did US President Donald Trump say about a united Ireland?

アイルランドは1801年から1921年まで島全体が英国領だった。その後アイルランド(カトリック主体の26県)が英国から独立する際、英国からの移民(主にスコットランドのプロテスタント)が多かった北アイルランドの6県は地元議会の決議を経て英国に残った。
1920年代の北アイルランド住民はプロテスタントが6割だったが、カトリックの方が出生率が高かったので、今ではカトリックとプロテスタントが45%前後ずつで拮抗している。
Ireland will be reunified - Trump

北アイルランドはカトリック差別もあり、行政や警察の権力が親英派のプロテスタントに握られてきた。そのため、カトリックの人々はアイルランドとの再統合を望む傾向だ。カトリックの権利拡大要求運動から、両者は1970年代に内戦になった。
1990年代に和解交渉が進み、1998年のグッドフライデー合意で、住民の過半数がアイルランドとの再統合を望むなら国民投票を経て再統合できると決められた。

合意当時の世論調査では、英国残留希望が6割で、アイルランドとの統合希望は2割だった。だがその後、2016年の英国のEU離脱決定により、EU加盟のアイルランド(愛)とのつながりを重視する人が増え、2024年の世論調査では英残留42%、愛統合36%とかだ(質問の仕方や世論調査ごとにばらつきが大きい)。
UK PM's office says position on Irish unity unchanged after Trump comments

トランプの発言は、愛統合を扇動するものだ。トランプの「今すぐ統合を実現しても良い」という発言は「歴史的に統合支持が増えてきたのだから、今すぐ国民投票をやれば統合を実現できるかも。定期的に国民投票をやれば、いずれ必ず統合になる」という趣旨にも読み取れる。
英政府は、今はまだ国民投票をすべき状態でないと表明した。北アイルランドの英残留派(DUPなど)は、内政干渉するなと反発した。愛統合派(シンフェイン)は大喜びしている。
Why Trump's united Ireland stance hit such a nerve

▼いずれスコットランド独立支持も言いそうなトランプ

トランプ発言の翌日である9月14日、英国のカーディフ(ウェールズの首都)で、北アイルランド、ウェールズ、スコットランドという、英国内で自治権拡大や分離独立を求める勢力が強まっている3地域の自治政府の首脳たちが集まり、これまで別々にやっていた英政府への要求運動を一緒にやる覚書を締結し、共同声明を発表した。
今年5月7日の地方議会選挙で、ウェールズ自治政府の政権与党が分離独立派のプライドカムリ(Plaid Cymru。ウェールズ党)になり、1999年の自治発足以来初めてロンドン傀儡派(労働党)が最大政党でなくなった。
これにより、英国史上初めて、3地域の自治政府の政権与党のすべてが分離独立系になった(スコットランドはSNP、北アイルランドはシンフェイン)。3地域は結束を強め、今回のカーディフサミットを開いた。
Scotland, Wales, Northern Ireland to sign joint declaration demanding self-determination

英国は、3地域の議会と政府より上位に、英国の政府と議会(ウェストミンスター)がある(議会が首相を決めて政府を作る)。北アイルランドのシンフェインは、アイルランドとの統合を問う住民投票を早くやりたいが、英政府がダメだと言っているのでやれない。スコットランドのSNPも同じ問題を抱えている。
ウェールズ党もいずれ住民投票をやりたいが、その際は英政府の許可が必要だ(独立支持はまだ3割だが増える傾向)。

3地域とも、英国からの分離独立(北アイルランドは愛統合)を望む住民が増える傾向だ。しかし、英議会と英政府は、自分の国を小さくしたくないので、屁理屈をこねながら「まだダメだ」と言い続けている。
これは民主主義の妨害だ。3地域が結束して英政府と交渉し、3地域の住民の過半が望めば住民投票できるようにするのが「正義」だ。そういう趣旨でカーディフ声明が発せられた。声明には「ウェストミンスター(による独裁)の時代は終わった」という標語がついている。
3地域とも、英国から分離してEUに再加盟したいと考える住民が多く、3地域が連携してEUとの関係を強める方針も決まった。
Left-Wing Nationalist Leaders of Scotland, Wales and Northern Ireland to Sign Deal Aimed at Breaking Up the United Kingdom

スコットランドでは2014年に独立を問う住民投票が行われ、独立45%、残留55%で残留が決まった。その後、2016年のEU離脱を問う国民投票ではスコットランド人の62%がEU残留を希望した。しかし、英国全体ではEU離脱が多数となり、英国はEUを離脱した。
これ以来スコットランドでは、英国から独立してEUに再加盟すべきと考える人が増えた。最近の世論調査では、独立と残留が拮抗している。SNPのスコットランド政府は、英政府に再度の住民投票を求めているが、拒否され続けている。

ここでまたドナルド・トランプが出てくる。トランプはアイルランド滞在中に、北アイルランドの愛統合を強く支持すると同時に「スコットランドについてはまだ発言しない」とも発言した。
私から見ると、このトランプ発言は「今後の英国政府の姿勢いかんによっては、北アイルランドの愛統合だけでなく、スコットランドの分離独立も支持するぞ。英国をぶっ壊してやる」という意味だ。
そして、トランプ発言の翌日にカーディフ声明が発せられている。両者のタイミングの一致は偶然かもしれない。だがもし偶然でないとしたら、トランプが事前に、3地域の誰かに「オレはアイルランドに行って愛統合を支持するから、オレの発言を使ってお前ら英国解体の運動を強化しろ」と誘導した可能性もある。

北アイルランドにはグッドフライデー合意があり、住民の過半が愛統合を望んでいると英政府が認めた場合、住民投票をせねばならない。だがスコットランドには、このような規定がない。SNPは英政府に対し、北アイルランドと同趣旨の規定をスコットランドについても作れと求めている。
9月9日の英議会で、スコットランド選出のSNP議員がバーナム首相にこの点を質問したところ、バーナムは「住民の過半が(愛統合や分離独立といった)同方向の意見を支持していることが明らかなら住民投票をやるという政治原則は、スコットランドも北アイルランドと同じだ」という趣旨を答えている。
Swinney demands Scottish independence talks after Burnham hints at legal path

スコットランドでいつ住民投票するかについて法的な枠組みがまだないが、北アイルランドと同じ原則が適用されるべきだ、という趣旨にとれる。カーディフ声明やトランプ発言など、英国政府が加圧されるほど、いずれスコットランドでも法的な枠組みが用意され、分離独立を問う再投票が行われ、英国の解体が進んでいく。
Andy Burnham hints new vote on Scottish independence COULD happen if there’s enough public support

トランプは最近、ベッセント財務長官やウォーシュ連銀議長を動かし、世界中の国債の長期金利をつり上げ(上昇誘導し)ている。
米国の金利は裏QEによって統制できる。日本は金利上昇によって円キャリー取引が巻き戻り、行き過ぎた円安を是正できる。日米にとっては、それほど悪い状況でない。
トランプの標的は日米でなく英仏だ。トランプは、英国とフランスの国債金利を高騰させて財政破綻へと誘導し、諜報界(覇権運営機関)における暗闘で英国系を破綻させ、トランプが属するリクード系を勝たせていく。この話は最近の有料記事に書いた。
世界国債危機はトランプの政治戦略

英国は、リクード系の策略に乗せられ、ウクライナなどでのロシアとの敵対を加速させられている。トランプに加圧・恫喝されて防衛費を増やし、それをウクライナで浪費させられている。散財させられ、英国債金利が上昇している。
ロシア敵視とイラン戦争、温暖化人為説軽信などの影響で、英国や英傀儡のEU独仏は天然ガスなどのエネルギー不足が悪化している。以前からリクード系に扇動されてきた中東からの違法移民の大量受け入れで、社会秩序もどんどん悪化している。
全体主義化したリベラル派の当局による言論統制や、ジェンダーの意図的な混乱策による社会の劣化も進んでいる。トランプは「英国はもうダメだ」と言っている。トランプ自身が英国の崩壊を煽っている。
Trump says Britain 'on the edge of disaster,' citing immigration and energy concerns

英国の状況が悪化するほど、スコットランドや北アイルランドの人々は英国から離れたくなる。英国は財政破綻寸前だが、アイルランドは財政黒字を出している。愛統合の魅力が増す。
アイルランドが加盟するEUも超間抜け策を連発してきたが、間もなくAfDやルペンなど極右が独仏を握ると、EUも改善されていく。
スコットランドや北アイルランドでは、今のところ残留派と離脱派の支持が拮抗しているが、これから英国の崩壊が進むほど、離脱派が増えていく。トランプは英国解体を扇動し続ける。意外と早く英国解体が進んでいく。
How Far Will Trump Go In Threatening The UK’s Territorial Integrity?

英国は、自国を解体破綻させようとするリクード系への報復策として、リクードが主導するイスラエルの西岸入植地に対する経済制裁を強めている。カナダやフランスなど、英傀儡諸国も西岸制裁に参加している。
だが、前回の記事に書いたように、イスラエルの覇権はどんどん拡大している。英国系が頑張っても挽回できない。
911から25年のイスラエル覇権拡大とサウジ潰し
The UK and 12 Other Western Countries Sanction Israel: Has a New Era Begun for Palestine?

トランプはこのほか、対英嫌がらせ策として、英国領であるフォークランド諸島に関しても、かつてフォークランド(マルビナス)を英国に奪われたアルゼンチンを支持する方向の言動を強めている。
アルゼンチンのミレイ大統領は、熱烈な親イスラエル、親トランプだ。英国政府がフォークランド沖の油田開発をやらせているのがイスラエル企業のナビタス石油であるなど、話が複雑で深いので、フォークランドの話は改めて書くことにする。
Argentina forces oil companies to choose between Vaca Muerta and the Falklands
Argentina sues Israeli oil firm as Ben Gvir urges Netanyahu to back its Falklands claim



田中宇の国際ニュース解説・メインページへ