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ユーラシアの真ん中で世界の流れをとらえる
2025年12月3日
田中 宇
ウズベキスタンの首都タシケントはユーラシアの真ん中、中央アジアにある。タシケントは東京並みにキャッシュレス化が進んでいる。丸一日滞在して結局現金を全く使わなかった。
公衆トイレだけは現金払いのみだった(キャッシュレスのもあるかもしれないが)。現金を使ってないので小銭がない。10万ソム(約1300円)札を見せたら、お釣りがないらしく、無料でどうぞと言われた。釣り銭がないからダメだと断られると思いきや、管理人の女性は笑顔で通してくれた。管理人がだいたい怒っている中国あたりと全く違う。ウズベク人は、はにかむ感じの寡黙な人が多く、東北地方の日本人に似ている。
タシケントのあちこちにある公衆トイレは、3千ソム(40円)ぐらいの有料だ。公衆トイレが無料な日本から来ると、入らず我慢してしまう。地下鉄やバスが1700ソム(23円)なので、交通の運賃よりトイレが高い。
タシケントでは、ファミレスみたいな店での昼の外食(地元名物の焼き飯=プロフ)が900円、ホテル1泊5000円だから、物価は日本よりやや安い。旧ソ連、元社会主義の国なので公共交通が超安い。トイレだけ割高だ。
国鉄の中央駅だけは、トイレが無料だった(地下鉄の駅にトイレはない)。しかし、駅に入るのに荷物のX線検査がある(ウズベキスタンは治安がとても良いのだが)。ロシアなど近隣の多くの国でも、駅に入るのに荷物を検査機に通す。日本と違う。
おまけに日本は、身分証明書を見せなくても長距離列車や国内線飛行機の切符が買える(ロシアや印度は必須)。以前、綏芬河からの国境で私を尋問したロシア公安の人が、尋問と称する無駄話の中で、匿名で長距離の切符が買える日本はすごいよ(治安や政情が良い)と言っていたのを思い出す。
私はときどき海外をうろうろするが、その目的は「街歩き」だ。スマホに何種類かの地図を入れ、GPSで現在地を確認しながら、良い感じの街区と思われるあたりを歩き回る。
スマホ地図(2GISやYandexMap)は、バスの運行状況もわかるので、バスや地下鉄と徒歩を組み合わせて街歩きする。OrganicMapsは、公園内の遊歩道や抜け道も載っている。
私はもともと登山やロングトレイルが好きで、お遍路や大峯奥駈道も「歩行」として行っている。修行と登山は、大体同じものだと理解した。役行者は元祖登山者だ。
タシケントの高級住宅街を歩いていたら、ものものしい警備の一角があった。治安がとても良いタシケントの他の場所では全く見ない、自動小銃を持った警備員(兵士)が何人もいる。歩きながら注視していると、奥の方に国旗が掲げられているのが見えた。イスラエル大使館だった。
地図(2GIS)で確認すると、この地点に対して人々が「出ていけ」とか「Free Palestine」とかコメントしている。
(Посольство Израиля)
ウズベキスタン人の多くはスンニ派イスラム教徒だ。今年8月、ウズベキスタンのイスラム聖職者が「イスラエルと戦う聖戦に参加しよう」と信者に呼びかけ、起訴されている。イスラエル大使館の警備がものものしいのは当然だ。
(Uzbek cleric on trial for inciting hate, after backing call for jihad against Israel)
人々はイスラエルが嫌いかもしれないが、政府はそうでもない。11月初めに、ウズベキスタンのミルジヨエフ大統領ら中央アジア5カ国の首脳たちが、トランプ米大統領に招かれて訪米し、米国との関係強化を決めている。
トランプの背後にいるイスラエルは、イスラム教徒が多い中央アジア諸国をアブラハム合意に加盟させ、関係強化しようとしている。イスラエルは、ガザ虐殺やパレスチナ抹消を続行したまま、イスラム世界を親イスラエルに転換させようとしている。トランプの米国は、そのお先棒担ぎだ。
(The Next Chapter in the Abraham Accords? Azerbaijan, Kazakhstan, and Uzbekistan Step Forward)
トランプは中央アジア諸国を招き、米国だけでなくイスラエルとも関係強化してくれと首脳たちに頼んだ。カザフスタンは、トランプに頼まれてアブラハム合意に入った。ウズベキスタンなど他の諸国は、まだ「検討中」だ。
中央アジア5カ国は、いずれもイスラエルと国交がある。だがイスラエルとトランプは、国交だけでなく、「踏み絵」的なアブラハム合意に加盟させることで、中央アジアのイスラム諸国に、パレスチナ抹消を了承・容認させたい。
イスラム世界には、盟主であるサウジアラビアを筆頭に、イスラエルとの国交がない国が多い。イスラエルとトランプは、中央アジアやインドネシア、パキスタンなど、イスラム世界の外縁部の諸国に、経済や軍事でおいしい契約を与えて親イスラエルに転換させ、サウジ(やイラン)を親イスラエルにねじ曲げたい。
イスラエルが世界に好かれたいなら、パレスチナ国家を潰すのでなく創建に協力すれば良いじゃないか。そう思う人が多いだろう。
だが、パレスチナ問題の本質は、イスラエル建国時から「諜報力(覇権の技能)をユダヤ人(ロスチャイルドなど)から借りていた英国が、諜報力をイスラエルに奪還されないようにするため、イスラエルを弱体化する策」である。
イスラエルは、第三次中東戦争で圧勝してパレスチナ(西岸とガザ)からパレスチナ人を追い出して自国に編入しようとしたが、米英(英国系。米覇権の中枢は英)が加圧して阻止した。
英国系は冷戦終結後、世界安定化策の一環として、パレスチナ人に最低限の国家機能を持たせてイスラエルの傀儡国家にするのはどうかと、イスラエルに持ちかけた。労働党政権がそれに乗り、オスロ合意になった。
だが英国系は、この策と並行して、イスラム世界と欧米(キリスト教世界)の対立を激化させる「新冷戦」として「文明の衝突」の構図を用意していた。イスラエルを騙してパレスチナ国家を作らせ、新国家をイスラエルの傀儡から敵へと変質させ、パレスチナ人が与えられた武器でイスラエルを内戦状態に陥れる。これが英国系の策略だった。
これに気づいたイスラエルのリクード系は、労働党のラビン首相を暗殺し、30年かけてパレスチナを潰して民族浄化していく今の流れを作った。
英国系の覇権戦略を根幹にあった人道主義(人道を理由に敵性諸国を政権転覆)も同時に潰す策として、リクード系は意図的にガザや西岸で人道犯罪を続けている。イスラエルは「極悪」だが、この戦略の推進に成功している。
ロスチャイルド以来の英国系も、リクード系もユダヤ人だ。これはユダヤ人どうしの覇権(諜報界)の争奪戦だ。ほかの諸民族(羊ども)は黙ってろ、と彼らは言っている。イスラム主義やリベラル左翼の羊さんたちが、許さないぞメーメー言っているが、羊たちは、羊飼い(諜報界)にかなわない。
米英諜報界は、今でこそリクード系が完勝し、英国系(英独仏と米民主党)は完敗して、偽情報ばかりつかまされ、ウクライナ戦争で敗北が決まったのにロシア敵視を続け、軍事費と国力を浪費している。だが諜報界は、これまで25年ほどずっと英国系とリクード系の暗闘(表向きは協力)だった。
911テロ事件の「主犯」はリクード系だ。当時プレア首相の英国は、対応が後手後手でしどろもどろだった。リクード系は911を起こし、その5年ぐらい前から英国系が企画していた「文明の衝突」を「テロ戦争」として乗っ取った。
英国系は、英米同盟が露中イスラムを包囲する地政学な戦略を希求する。英国系の策(文明の衝突)は、チェチェンやアフガニスタンや新疆ウイグルやインドネシアのイスラム教徒を過激化して欧米や露中を敵視させ、ロシアや中国が分裂したまま弱体化し、英米覇権の欧米支配を続けるのが目的だった。
リクード系は、米国の多極派(ロックフェラーとか。英国系の元祖ライバル)に招かれて米諜報界に入ってきて、英国系に協力するふりをしつつ諜報界を乗っ取り、英米覇権を衰退させるため多極化を推進した。
多極派は、911後すぐに中露を結束させて上海協力機構を作らせた。リクード系とロックフェラーが協力して、英国系を弱め、中露を結束させて世界を多極化し、リーマン危機を誘発して米金融システムを植物人間状態にした(英国系が、対策としてFRBにQEを発動させて金融を延命した)。リーマンの直後にBRICSが作られた。トランプが、この流れを完成させようとしている。
英国系とリクード系は近年まで、米英諜報界として協力してイスラム世界を過激化してきた。ウズベキスタンなど中央アジアの人々は、かつてソ連人だったので、宗教を迷信とみなす社会主義を信奉させられ、イスラム信仰は弱かった。
それが、911以降の15年間ぐらいの間にイスラム信仰に目覚めた。米英諜報界によって目覚めさせられた、と書くと叱られるが、私を叱っても裏の現実は変わらない。
英国系は、イスラムからの敵視を使って英米覇権がイスラム世界を支配する新冷戦の構図を恒久化したかったが、対照的に多極派とリクード系は、この新冷戦を英米覇権ごと自滅させて世界を多極型に転換し、イスラエルがイスラム世界と和解して中東覇権を握るシナリオを実現させてきた。英国系が敗北消失し、トランプがアブラハム合意をゴリ押ししてイスラムのイスラエル敵視を上書きしていく。
タシケントでは金曜日の昼間、多くの市民がイスラムの礼拝に行く。礼拝が終わると週末の休みが始まる。タシケントでは金曜日の午後、地下鉄もバスも、礼拝とその後のお買い物やデートに行く人で大混雑だ。地下鉄のホームや通路に人があふれていた。道路も大渋滞。みんな背広姿など小役人みたいな正装をしている。まじめなイスラム教徒たちだと感じられた。
冷戦終結から35年経ち、ウズベキスタンは無神論の社会主義から、イスラム教の国に変身した。イスラエル大使館を嫌悪する書き込みが多いのは当然だ。ウズベキスタンをこんな風にしたのは、テロ戦争を推進したイスラエル自身だ。
しかもイスラエルは今、ウズベキスタンに対し、ガザ市民の大虐殺を黙認してアブラハム合意に入ってイスラエルと仲良くしろ、そうすればおいしい経済の契約をやるぞ、とトランプ経由で圧力をかけている。
となりのカザフスタンは、もうアブラハム合意に入った。お前も入れ、とミルジヨエフ大統領は加圧されている。いずれ入るだろう。
人々はイスラエルに対して怒っている。しかし、その怒りもいずれ沈静化する。イスラム世界は、1990-2000年代に下から過激化され、最近になって上から沈静化されている。
過激なイスラム教徒にさせられて怒りを持たされたのも、これから怒りを沈静化させられるのも、リクード系などの諜報の策略の影響だ、と書くと、また叱られそうだが。
実は、60年安保闘争以来の日本の左翼運動も、米諜報界の策略の影響だったし、今の(トランプとリクード系の傀儡になりたくてなった)高市早苗の絶大な人気も、米諜報界の策略の影響だ。そう書くと、日本の左翼とかから叱られる。しかし、私を叱っても裏の現実は変わらない。
イスラムも左翼も、軽信的なのが自業自得だ。ユダヤ人やアングロサクソンは、人を信じず、ウソや歪曲話ばかり言うが、だからこそ強い。
ウズベキスタンは、中国からの経済的な影響(支配)も強い。タシケント市内では、中国の諸都市にあるようなマンションなどの建設があちこちで進んでいる。
泊まっているホテルの部屋の引き出しを開けたら、中国がウズベキスタンにいかに経済協力しているかを描いた、中国大使館発行のロシア語の定期刊行物が出てきた。ここも中国人の資本なのだろうか。
タシケントの街の店などの表示にはロシア語も多い。ロシア、中国、米国とイスラエル、トルコ、イスラム。多方面から影響力を受けている。古来シルクロードの文明の十字路だった中央アジアは、これが自然なのだろう。
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