|
サウジはまだイスラエルと和解しない
2025年10月26日
田中 宇
10月14日にガザ戦争の停戦協定が結ばれた後、イスラエル議会では「ガザの次は西岸の抹消だ」という話で、ガザと並んでパレスチナ国家を構成するヨルダン川西岸地域をイスラエルが自国領として併合する法案が審議されている。
その一方でトランプの米国はサウジアラビアに対し、イスラエルの西岸併合を止めておいてやるから、早くイスラエルと和解するアブラハム合意に入れとせっついている。アラブとイスラムの盟主であるサウジがアブラハム合意に入ってイスラエルと和解すれば、他のアラブやイスラムの諸国もアブラハム合意に入る流れができる。
(The new Saudi Arabia: a historic opening and strategic test for Israel)
(Saudi Arabia's path to normalization with Israel threatens a regional rupture)
たとえば、世界最大のイスラム人口を持つインドネシアのプラボウォ大統領は先日エジプトで開かれたガザ停戦の国際会議に出席し、アブラハム合意体制に関心を示している。インドネシアは、イスラム主義を擁立してイスラエルを敵視するこれまでの姿勢をゆるめて現実路線に転換しつつある。(イスラエルのマスコミは例によって、プラボウォがエジプトからの帰途に初のイスラエル訪問を挙行するとウソを喧伝したが)
(Indonesia and Israel: Preparing for normalization?)
イスラエルは、サウジ(やイスラム諸国)との和解の可能性を潰しても西岸併合(パレスチナ抹消)を進めていくのか、それとも西岸併合を延期(中止?)してサウジなどと和解するのかという分岐点にいる(という演技をしている)。
イスラエルはこれまで西岸を軍事占領地とみなし、イスラエルの法律でなくイスラエル軍の軍法を適用してきた。イスラエル議会は10月22日、西岸に軍法でなくイスラエルの法律を適用する野党案を僅差で可決し、イスラエルが西岸併合に動いていることを示した。
トランプ大統領は翌日、西岸併合にあらためて反対し「私はアラブ諸国に、イスラエルの西岸併合を許さないと約束した。イスラエルが西岸併合するなら、米国はイスラエルに対する支援をすべてやめる」と表明した(ホントは 笑)。
(Trump Says Israel Would Lose All US Support If It Annexed West Bank)
トランプ政権のルビオ国務長官とバンス副大統領が相次いでイスラエルを訪問し、イスラエルが西岸併合を思いとどまってサウジやイスラム世界との和解に道を開くよう加圧(する演技を)した。
米国の加圧が、どの程度イスラエルに効果があるのか不明だ。10月22日の議会決議は、バンス副大統領のイスラエル訪問中に行われた。バンスは侮辱されたと怒ってみせた。
(Vance In Israel Blasts 'Stupid Political Stunt' Which Was An 'Insult' By Knesset)
ネタニヤフ首相は「あれは野党が勝手にやっていることだ」と言っている。ネタニヤフは、米国がサウジを説得してイスラエルと和解することを期待している。
だが、ネタニヤフの連立与党内でも極右のスモトリッチ財相は10月23日に「サウジと和解するために西岸併合をあきらめるなどまっぴらだ。サウジの奴らは砂漠でラクダに乗っていれば良いんだ」と表明した。スモトリッチはネタニヤフに叱られ、あとでラクダ発言に関して謝罪を表明したが「サウジがイスラエルの安全(=西岸併合)を妨害するのは許せない」と付け加えた。
(Smotrich tells Saudis to 'keep riding camels' over Palestinian state, later apologizes)
現実的な話として、イスラエル(リクード系)は米諜報界を牛耳っており、トランプが本気でイスラエルと対立したら米国内や国際政界での諜報戦に勝てなくなる。その一方で、イスラエルがトランプを見放して潰すと、その空白を埋めてイスラエルの仇敵である英国系が復活しかねないので、イスラエルはトランプから離れられない。トランプとイスラエルは(プーチンなども巻き込んで)一心同体であり、対立はすべて演技だ。
トランプがイスラエルの極右を抑えられず、極右が勝手に人道犯罪を進めていく。この構図は、米国の覇権低下を示すために、リクード系に米諜報界を握らせた米国の隠れ多極派が好んで作らせている。
(Ceasefire On Thin Ice As Hamas Kills Gazan Civilians, Israel Retaliates To 'Yellow Line' Threat)
イスラエルが西岸併合を思いとどまり、西岸にパレスチナ国家を作ることを認めるシナリオがあり得るのか??。それは無理だ。ガザ戦争の2年間を通じて、イスラエル人とパレスチナ人は和解や共存ができない状態になっている。
パレスチナ国家は、イスラエルにとって脅威でない。国家機能の多くをイスラエルに依存した体制として作られており、イスラエルが全面的に協力しないと国家が機能しない。経済面は、パレスチナ人がイスラエルに出稼ぎに行く前提で作られていた。
当初から、イスラエルは必要に応じてパレスチナ国家の機能を自由に停止できる仕組みであり、パレスチナはイスラエルの脅威でなかった。当時の労働党政権(左翼、リベラル)は、低リスクと判断してオスロ合意を結んだ。
(Is normalization with Saudi Arabia closer or further way?)
そもそも、いま「パレスチナ」と呼ばれている西岸とガザは、アラブ諸国が先にイスラエルを攻撃して開戦した1967年の第三次中東戦争(六日戦争)で、イスラエルがわずか6日でアラブ諸国に大勝・快勝して奪った土地だ。
イスラエルは、西岸とガザに住むアラブ人(のちのパレスチナ人)を追い出して自国領として編入しようとしたが、当時イスラエルよりはるかに強い覇権国だった米英が反対したため、しかたなくイスラエルは西岸とガザを軍事占領するにとどめた。
米英覇権を握る英国系は、諜報の元祖であるイスラエルが強くなって諜報界を握ろうとするのを恐れ、イスラエルを封じ込めておくために西岸ガザの編入を阻止した。
この宙ぶらりんな状態を解決するために、冷戦終結後に米英がイスラエルに提案したのが、イスラエル管理下にパレスチナ国家を作る構想だった。当初は、イスラエルとパレスチナの和解と共存が可能だった。
だがその後、おそらく米国の隠れ多極派が、イスラエル野党だった右派のリクードを誘い、イスラム教徒の過激派を扇動してテロを起こさせ、イスラム世界全体を怒らせて反米化・過激化し、イスラエルと米欧(キリスト教世界)が結束してイスラム世界と長期に軍事対立する(そして英米覇権を自滅させて世界を多極化する)「テロ戦争」を、冷戦に替わる世界体制として用意した。
このシナリオに沿って、権威ある分析本のふりをした「文明の衝突」が書かれ、米諜報界に入り込んだリクード系が911テロ事件を起こし、テロ戦争が始まった。イスラム教徒が多いパレスチナ人は米イスラエルの敵にされ、和解や共存が難しくなった。
イスラエルでは、パレスチナ人やイスラム教徒に対して和解的なリベラルや左派が減り、パレスチナ国家に協力する労働党が支持を失い、パレスチナやイスラムを敵視する西岸入植者などリクードが支持を増やして与党になった。入植者の多くは米国からの移住者で、諜報界とつながっている。
911以降、リクード系は米諜報界を乗っ取っていき、英国系のオバマ政権が巻き返しを試みたが失敗した。リクード系は、トランプを擁立して米政界を席巻し(1回大統領職を休ませ、その間にウクライナ戦争を起こして英国系の自滅を加速)、英国系の弱体化が進んだ2023年秋にガザ戦争を起こし、巨大な人道犯罪をこれみよがしに挙行して、英国系が構築してきたリベラル世界体制を破壊しつつ、パレスチナ抹消を進めた。
イスラエルは220万人が住んでいたガザ全体を破壊して瓦礫の山にした。これは911以来25年間の戦略の末の動きであり、今後イスラエルが姿勢を転換してガザの再建を認めるとは思えない。
イスラエル国民の8割は、リクード(ネタニヤフ)によるガザ戦争とパレスチナ抹消を支持している。多産なパレスチナ人は、ユダヤ人よりも速く人口を増やすことで「民主主義の戦い」に勝とうとしているので、殺して人口を減らしても良いんだという考えがイスラエルにある。
イスラエル政界ではパレスチナ国家を推進するリベラルや左派がとても弱くなり、パレスチナを敵視する極右がとても強い。
('Tsunami’ of citizens chose to leave Israel in past years, Knesset report reveals)
パレスチナに固執する最大勢力は、米欧のリベラル派(英国系)だ。だが、米英欧いずれの地域でも、リベラル派への支持は低下するばかりだ。リベラルが弱体化するほど、イスラエルを非難・加圧してパレスチナ国家を作らせようとする勢力が減っていく。
諜報界のリクード系は、米国のリベラル派(民主党支持者。とくに団塊の世代の左翼老人たち)に、トランプをファシストと呼んで非難・誹謗中傷するだけの、政治的に無意味で頓珍漢な「ノーキングス運動」を起こさせたり、アンティファなど極左組織に暴動を過激化させたり、昨年の選挙で無能が露呈したカマラ・ハリスを大統領選に再挑戦させたりして、民主党の支持率をますます引き下げている。
(“No Kings” Rally Was A FRAUD & Had NO POINT!)
アラブ諸国やイスラム世界、先進国以外の非米側(発展途上国、新興諸国)は全体として、パレスチナ国家の創設を支持し、リクード化したイスラエルを非難している。だが本質として、パレスチナ問題は、英国系とイスラエルという、覇権(諜報界)内部、支配する側の内部の暗闘だ。オスロ合意は、アラブやイスラム世界にとって、英国系が考えて実行してくれた「棚ぼた」だった。
戦後の世界で、支配される側だったアラブやイスラム世界や非米諸国は、自分から開戦しておきながらイスラエルに打ち負かされたアラブ諸国を応援する意味で、イスラエルを非難し、英国系のうっかり傀儡にされている。
('Everyone going to join Abraham Accords': Trump says at Egypt peace summit)
アラブやイスラム世界、非米諸国は戦後、世界を支配した米英覇権を牛耳る英国系から、たくさんの地域紛争や内戦を誘発され、多くの人々を殺されている。
英国系が覇権の道具として使ってきた人道主義やリベラル主義によって、アラブやイスラムや非米側は人権侵害や独裁を非難され、経済制裁されて弱体化させられてきた。非米側の盟主である中国は、国内問題であるチベットやウイグルに対する処遇を人権侵害と非難されてきた。英国系のリベラル米覇権にとって、人道主義は世界支配の道具である。
イスラエル(リクード系)は911以来、英国系リベラル米覇権の中枢である米諜報界に入り込み、リクードなネオコンが人道主義を過激に稚拙に展開してイラク戦争などでわざと大失敗したことを皮切りに、今のガザ戦争に至るまで色々やって覇権を自滅させてきた。
この流れを理解している指導者たちは、非米側にもたくさんいるはずだ。彼らは表向きイスラエルの人道犯罪を非難したりパレスチナ国家を支持しつつ、実際はイスラエルが英国系の覇権の要諦である人道主義の支配を破壊し、米英覇権が崩れて世界が多極化・非米化していくのを歓迎している。
だから、みんな表向きイスラエルを非難しつつ、インドネシアのプラボウォはエジプトに来たし、ロシアのプーチンはガザを停戦したトランプを称賛している。世界はこうやって転換していく。
(Can Egypt really stop Israel from attacking Iran again?)
ガザを壊して抹消したイスラエルが、西岸だけ残してパレスチナ国家を再建してあげることはない。いずれ西岸を併合してパレスチナ人を追い出す。残酷な追い出しがすでに展開されている。
サウジもそれを知っているから、今の段階でアブラハム合意に入ることはしない(入ったら、あとでイスラエルに西岸併合されて面子を潰される)。
ネタニヤフは、西岸をパレスチナ人のために残すかのような姿勢をとり、サウジを騙して引っ掛けてアブラハム合意に入れたい。トランプは、ネタニヤフの詐欺戦略のお先棒担ぎをやらされ、西岸併合はないとサウジに伝えている。しかし、多分サウジは騙されない。
ガザ戦争は巨大な人道犯罪で、パレスチナ人は虐殺されている。虐殺の規模はいまだに不明だ。ガザ市民の何割がエジプトに避難できたのかわからない。
イスラエルは、ガザとエジプトの国境線=フィラデルファイ回廊の管理権をエジプトから奪っており、これはエジプトの黙認のもと、ガザ市民がエジプトに逃げられる抜け穴を作るためだった可能性がある。開戦後しばらくして、20万人がエジプトに逃げたと報じられたが、その後は報道もない。
今のガザは、エジプト国境も含め、幅1-5キロにわたって周囲をぐるりとイスラエル軍が帯状に占領しており、ガザ市民がエジプトに逃げることはもうできない。食料支援はほとんど入らないままで、今後も死者が増える。餓死や病死を含めると、イスラエルはガザ戦争で50万から150万人以上を殺している。
(Israel Has Allowed Only a Fraction of the Agreed Upon Aid To Enter Gaza)
イスラエルは国連や国際社会で非難されたが、トランプに支持されているので安保理で制裁されることはなく、国際司法裁判所(ICJ)で起訴されても処罰までいかない。むしろ英国系の国際機関であるICJの権威が破壊されている。
イスラエルは(英国系が戦後世界の価値観として決めた善悪観において)極悪だが、現実としては、世界を敵に回した政争に勝っている。
田中宇の国際ニュース解説・メインページへ
|