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ガザ戦争後の中東
2025年10月12日
田中 宇
トランプ案に基づいてガザ戦争が終戦した。イスラエルは、必要なら攻撃(人道犯罪)を再開する姿勢なので、画期的な終戦でなく一時的な停戦かもしれない。だがハマスは「米国が恒久的な戦争終結を約束した。もう戦争はない」と言っている。
エジプトで行われるガザ終戦の調印式にトランプも日帰りで参加する話が出回っている。一時的な停戦でなく恒久的な終戦でないと、わざわざ調印式にトランプが来ないだろう。
今後の体制づくりの支援のために200人の米軍要員(兵站や安全確保の専門家たち)も、すでにイスラエルに派遣されてきた。
(Hamas leader in Gaza: 'We received guarantees - the war is completely over')
(Egyptian President Sisi invites Trump to signing ceremony if peace deal completed)
ガザ市民の殺戮が終わるのは良いけど、強烈な人道犯罪をやらかして反省もしていないイスラエルが何の裁きも受けずに終わるのは許せない。トランプは自分の終戦案を自画自賛してノーベル平和賞をよこせと言っていたが、極悪イスラエルの傀儡でしかないトランプが何いってんだ。プーチンは、パレスチナ国家が大事だと言いつつ、ガザ潰しを容認したトランプの策を称賛しており矛盾している。けしからん・・・。日欧米などのマスコミや良心派の人々は怒っている。
(Putin Skewers Nobel Committee, Praises Trump's Gaza Efforts)
(US military troops arrive in Israel to monitor peace agreement - report)
しかし、崇高な人道主義の理想(妄想)と裏腹に、実際の中東の政治は、リベラル派の善悪観を無視して現実主義の路線を突き進んでいる。トランプ案も現実主義だ。
イスラエル(リクード系)は、911以来25年かけて米諜報界の支配権を英国系から奪って乗っ取り、世界最強の諜報力(軍事力)を持っている。トランプ革命はこの流れの完結編であり、トランプがイスラエル傀儡なのは当然だ。
中東諸国の多くは、もともと米国の傀儡だ。しかし、今や米国はイスラエルの傀儡だ。傀儡の傀儡である中東諸国は、大親分になったイスラエルに逆らいたくない。イスラエルが好き放題に人道犯罪のパレスチナ抹消をやっても、中東諸国は表向き怒ってみせるだけで、実際は黙認している。
(世界を敵に回すイスラエルの策)
エジプトやトルコなど一応選挙をやっている国々の政府は、イスラエルを嫌う民意に配慮して、表向きイスラエルを敵視している。
エジプトのシシ大統領は最近、50年ぶりに(イスラエルと和解して以来初めて)イスラエルを「敵」と呼び、平和条約を破棄するかもと言い出した。エジプト軍は、50年ぶりにイスラエルとの国境地帯に派兵して駐留を再開した。
(Egypt stepping out from Israel's shadow? It depends)
これらの動きだけ見ると、極悪なイスラエルのガザ虐殺に激怒したエジプトが50年間の和平を破棄してイスラエルと戦う姿勢に転じたと感じてしまう。だが、これは目くらましだ。
実際のエジプト(やヨルダンやサウジUAEなど)は、イスラエルがパレスチナを抹消するのに呼応して、今後パレスチナ(とその背後の英国系の覇権)が存在しなくなるのを前提に、イスラエルとの関係を再構築する今回のトランプ案に沿って、現実的に動いている。
(Arab States Secretly Collaborating With Israel - Report)
エジプト(などアラブ諸国)は、1967年の第三次中東戦争でわずか6日でイスラエルに惨敗するまで、本気でイスラエルを敵視していた。だがその後は、米国の諜報を裏から取るイスラエルにかなわないことを悟り、1978年に米国の仲裁でイスラエルと和解した(その前にやらせ的な第四次中東戦争で勝たせてもらって面子を回復)。
和解の際にエジプトは、イスラエルに占領されていたガザ隣接のシナイ半島を返してもらったが、シナイ半島をイスラエル敵視やパレスチナ勢力に使わない約束として、エジプト軍を入れず緩衝地帯にした。
(Israel is not isolated: A global web of oil and complicity)
その後50年が過ぎ、イスラエルは米諜報界を乗っ取ってパレスチナ(と背後の英国系)を抹消するほど強くなり、エジプトは低迷してイスラエルにアラブの春を起こされて政権転覆されるほど弱くなった。経済面でも、エジプトはイスラエルがガザ沖から輸出する天然ガスに頼っている。
もう良いだろうということで今回、ガザ抹消とともに、イスラエルはエジプト軍にシナイ半島への駐留を許した。
(Why Egypt can't criticize Israel for at least another two decades)
エジプトだけでなく、ヨルダン、サウジ、UAE、カタール、バーレーンといったアラブ諸国が、3年前から、イスラエルと一緒に仲良く、米軍から中東の安保体制の維持について指導を受けてきたことが、最近リークされて発覚している。
3年前というと、ガザ開戦よりも前で、トランプが不正に落選させられてバイデンが大統領だった時代だ。しかし、トランプが2020年に実現したアブラハム合意よりも後だ。この軍事協力は多分アブラハム合意の一環で具現化した(2020年選挙のバイデンの不正な当選はリクード系のおかげなので、バイデンもイスラエルの言いなりだった)。
(Secret Israel-Arab military cooperation during Gaza war revealed, leaked US documents show)
イスラエルはこの間、一方で米国の仲裁でアラブ諸国との安保面の協力体制を強化しながら、他方でガザ戦争を起こしてアラブを怒らせつつパレスチナ抹消を進めてきた。
米国の仲裁でイスラエルが安保面の協調を進めてきたアラブ諸国の中にはカタールも含まれているのに、イスラエルは今年9月にカタールにあったハマスの事務所を傲然と空爆し、一時期カタールとイスラエルは敵対状態になった。
しかしイスラエルは、それらの破壊行為がアラブ諸国との協調関係を本格的に壊すものでないと知っていた。なぜなら、イスラエルは米諜報界を握っており、米軍や米政府は諜報界の傘下にあり、アラブ諸国はそのさらに下にいるからだ。
(Will this deal work? Netanyahu has gamed everything his way so far)
イスラエルが暴虐にガザの人道犯罪やカタール攻撃などをやるほど、アラブ諸国は表向き激怒しつつイスラエルの強さを再確認させられる。
イスラエルがカタールを攻撃した後、トランプの仲裁でカタールとイスラエルの3カ国の首脳の電話会談が行われ、トランプに頼まれたネタニヤフがカタールの君主アルサーニに謝罪し、両国は和解した。今回のトランプ案に基づくエジプトでのガザ終戦の会合にイスラエルとカタールの代表も参加し、握手している。
(Netanyahu Apologizes To Qatar For Doha Strike, At Trump's Direction)
結局のところ今回のトランプ案は、2020年にトランプの提案で締結されたアブラハム合意の改訂版なのだろう。
アブラハム合意は、パレスチナ国家の設立がイスラエルとアラブの和解の前提だった。その後イスラエルがパレスチナを抹消し、今回の新トランプ案はパレスチナ国家が前提になっていない(それについて問われた米大統領府の報道官は返答していない)。
今後のガザは、パレスチナ人でなく、ブレア元英首相など欧米やアラブの政治家や財界人らが統治することになっている(この策はおそらく茶番劇として用意されている)。
(White House Dodges Question on Palestinian State Recognition Amid Ongoing Talks)
ネタニヤフは世界から悪者にされているのに、イスラエル国内ではハマスを潰して人質解放に成功し、政治力を増している。ネタニヤフはこの状況を活かし、自分とリクードの権力をさらに強固にするため、議会選挙の前倒しを考えている。
イスラエルの野党(中道派、元英国系)はネタニヤフに協力すると宣言し、極右の入植者などがもっと過激な戦略を採れと言ってネタニヤフに反対しても勝てないようにしている。
(Yair Lapid offers safety net for PM Benjamin Netanyahu to implement Trump's Gaza deal)
(Netanyahu may hold early elections, 'use Gaza deal to gain support,' Likud official says)
ネタニヤフが強くなるのと対照的に、ネタニヤフを非難してきた欧州のリベラル政権の諸国は、破綻の傾向が増している。パレスチナ国家を率先して承認したフランスのマクロンは、ウクライナ支援など愚策を連発した結果、辞めるのが時間の問題だ。英政権はリベ全丸出しのデジタルIDを強行して潰れていく。
左翼政権のスペインは、軍事費を増やさないことを理由に、トランプからNATO追放を宣告されている。トランプは今後もイスラエルを(表向きだけでなく本気で)敵視した諸国に、仕返し的な各種のいやがらせをやり続けるだろう。
(Trump Suggests Dropping Spain From NATO Alliance Over Defense Spending)
このあと、新しい中東の安保的な動きとして、サウジアラビアがパキスタンと軍事協定を結び、パキスタンの核兵器をサウジが共有する話とか、トランプに授与したくないノーベル平和賞の選考委員会が米国から加圧され、代わりにトランプがベネズエラを政権転覆した後の大統領になりそうなマリアコリナマチャドに授与した話などを書こうと思っていたが、長くなったのであらためて書く。
(How the Pakistan-Saudi Arabia Defense Agreement Changes the Region and the World)
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