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ガザ市民の行方
2024年5月26日
田中 宇
イスラエル軍(IDF)が5月上旬から、ガザとエジプトの国境に面したラファに侵攻している。昨年10月のガザ戦争開始後、イスラエルはガザを北から攻撃し続けて廃墟にしていき、約200万人のガザ市民のうち140万人がガザ最南部のラファに追い詰められており、イスラエルは今回そのラファに猛攻撃をかけている。
(UN Says About 300,000 Palestinians Have Fled Rafah as Israeli Forces Push Further Into the City)
IDFのラファ侵攻開始から2週間で、140万人のうち80万人がラファから逃げ出したと報じられている。だが、ラファ以外のガザのほとんどの地区は、IDFから攻撃されて廃墟になっており、避難民が逃げ込める場所がない。140万人は、他に避難するところがないからラファに逃げ、過密状態になっていた。80万人がどこに逃げたのか、書いてある記事はない。
(Gallant Tells Sullivan Israel Will Escalate Military Operations in Rafah)
(At Least 360,000 Flee Rafah As Israel Touts 'Precision Operation' Against Biden Criticism)
報道では、ラファから逃げ出した人数が、5月13日の30万人から、5月14日の36万人、5月16日の50万人、5月21日の80万人へと増えている。だが、どこに逃げたのかは書いてない。発表されている死者数は3.5万人のままなので、殺されたわけではない。エジプトに越境する検問所は閉まったままで、エジプトへの流入は市民が切望しているが(建前的には)無理だ。
逃げた先は「ガザの他の各地」と考えるのが「常識」的だが、ガザの他の場所は瓦礫の山であり逃げ場にならない。80万人がどこに逃げたのか謎だが、私が見る限り、その謎を解こうとするメディアもない。
(Netanyahu Says Rafah Op To Take 'Weeks, Not Months' As EU Warns Of Damaged Ties)
(UN Clarifies That Death Toll Of 35,000 In Gaza Hasn’t Changed)
ラファにいた避難民の大半がすでに他の場所に移ったことは、イスラエル当局も指摘している。5月24日、国連の国際司法裁判所(ICJ)からラファ攻撃停止を命じられたイスラエルは即座に拒否したが、拒否する際に言った理由の一つが「ラファに避難した市民の多くがすでに他の場所に逃げ出し、ラファに残っている市民が少ないので、市民の犠牲が少ない。だから攻撃を続けても問題ない」というものだった。イスラエル当局も、避難民がラファからどこに移ったのかは言っていない。
(Israel unlikely to heed ICJ on Rafah halt, prepares for diplomatic fallout)
避難民はラファからどこに行ったのか。私は、こっそりエジプトに越境したのでないかと勘ぐっている。「こっそり」と言っても、イスラエルもエジプトも、当局は、避難民の移動を事前に協議してお膳立てし、80万人のガザ市民が当局ぐるみで隠然と越境したのでないか。
ラファの越境検問所は閉まったままだ。だが、イスラエルとエジプトがその気になれば、検問所以外の国境線のどこかを通行可能にして、ガザ市民をエジプトに流出させられる。
イスラエルは、ガザ市民を全員エジプトに追い出してガザとパレスチナを消滅させることが目標だから、国境線に穴を開けてエジプト流出を誘発しても不思議でない。
(Cementing its military footprint, Israel is transforming Gaza’s geography)
また、今月始めのラファ侵攻開始後、国境検問所は、イスラエル(米傭兵会社に下請けしたとの指摘あり)とエジプト民兵団の共同管理になっており、この不透明な管理体制下で、検問所が通行できるようになっている可能性もある。
UNRWAによると、IDFラファ侵攻開始直後の5月12日の時点で、8万人がラファからエジプトに越境した。その後も越境者が増え続けていると考えるのが自然だ。
(Egypt Building A Militia Force To Handle Rafah Refugee Influx)
ラファはガザとエジプトにまたがった町で、検問所のエジプト側にも市街地がある。エジプト側のラファの郊外(al-Arjaa)では、流入したガザ市民を収容する住宅街・難民キャンプが建設されている。建設を手掛けているのは、この地域(シナイ半島)に昔から住んでいたベドウィン系の諸部族の連合体を率いる民兵団(イスラム主義武装勢力)の指導者で実業家のイブラヒム・オルガニ(Ibrahim al-Organi)で、エジプトのシシ大統領の賛同を得て、新たにできる都市を「シシ・シティ」と命名して建設計画を進めている。
(Egyptian militia leader Organi unveils plans for ‘Sisi City’ at Israel border)
エジプト(や他のアラブ諸国、国際社会)は、パレスチナ国家の建設を「譲れない目標」として(建前的に)掲げているので、エジプトに越境してきたガザ市民は「いずれガザに戻る難民」だ。だが、イスラエルが賛同して支援しない限りパレスチナ国家は存在できない。イスラエルはパレスチナ国家を否定し続けるだろうから、いったんエジプトに流入した難民は二度とガザに戻れない。
ガザ市民の多くはハマス(ムスリム同胞団)の支持者だ。200万人のガザ市民が全員エジプトに来てしまうと、エジプトの最大政党(非合法野党)で軍事政権が力で封じ込めているムスリム同胞団が強化され、同胞団が軍から政権を奪う「アラブの春」が再燃する。
(As it expands operations, Israel weighs Rafah options, looks to Egypt)
シシ政権はそれを避けたいが、ガザがこんなに不可逆的に破壊されてしまうと、避難民を受け入れないわけにいかない。シシは、米イスラエルと協議し、ガザに隣接するシナイ半島の地域限定策として、地元の社会を牛耳るイスラム主義勢力(ハマスと親密)に事実上の自治を与え、彼らの下に避難してきたガザ市民が入る策を採っているようだ。
(‘Welcome to City of Sisi': Egypt's Rafah residents claim new city is named after president)
ハマスや同胞団の強化をシナイ半島に限定し、それが他のエジプトに波及しにくいようにして、軍事政権の延命を図る策だろう。それが成功するかどうか不明だが、イスラエルがガザ市民をラファ追い込んでいる以上、それぐらいしか対策がない。
(Egypt deploys military convoys to Gaza border as tensions with Israel flare)
ラファのエジプト側に「シシ・シティ」を作る計画を主導するオルガニは、シナイ半島の諸部族を統合する民兵団(ISカイダ系のイスラム主義武装組織)の頭目だ。彼らはハマスと親密、というかハマスの一部であると考えられる。
(ムスリム同胞団が武装するとISカイダ系になる。ハマスはムスリム同胞団であり、すでに武装しているから、ISカイダ系である。ISもアルカイダも、米諜報界から支援されることが多いが、米国側からより強く支援されているのがISだ。ハマスは、イスラエルから支援されている)
(Rafah op focused on transferring control of crossing from Hamas to private US firm)
建前や常識で考えると「イスラエルは、敵であるハマスがシナイ半島を乗っ取って避難してくるガザ市民を傘下に入れる策を容認するはずがない」となるが、実のところハマスはイスラエルにとって「敵として振る舞う道具」だ。イスラエルの目標はパレスチナの消滅であり、敵としてハマスを使って目標を実現している。
ハマスが、西岸とガザから追い出されたパレスチナ人たちを引き連れてエジプトやヨルダンの政権を乗っ取ることは、むしろイスラエルの望むところだ。替わりに、西岸とガザは完全にイスラエルのものになり、イスラエルの独立戦争と、パレスチナ人の祖国喪失(ナクバ)が80年かけて完結する。
(Israel sends Shin Bet delegation to Egypt as Netanyahu, Gallant clash)
エジプトやヨルダンを乗っ取って強くなったハマスが、イスラエルに逆襲することはないのか。越境攻撃とかしてきそうだが、それも「やらせ」のうちだ。エジプトやヨルダンを乗っ取ったハマスは、国家運営のため、大金持ちのサウジUAEや中国などから経済支援をもらわねばならず、その見返りに穏健化を余儀なくされる。穏健化したハマスはイスラエルを攻撃しなくなる。
(UAE rules out role in administration of Gaza after conflict)
エジプト側でガザ市民を受け入れる主導役のオルガニは詐欺師だという記事が出ている。オルガ二の会社が、エジプト越境を望むガザ市民たちに一人当たり5000ドルの越境費用を支払わせ、延々と待たせるだけで返金もしないのだという。
(Palestinians Stranded In Gaza After Paying Egypt $5,000 Each To Flee)
それだけ読むと、ガザ市民はオルガニに大金を払うだけで誰もエジプトに行けてないかのようだ。しかし実際は、少なくとも8万人がすでにガザからエジプトに越境した。先にオルガニに金を払って越境した人が周りにいたから、他の人も払っている。
パレスチナが建国するまで市民はガザから出るべきでない、と考える欧米アラブのパレスチナ運動家や「ジャーナリスト」たちとしては、オルガニが詐欺師の方が好都合であり、その視点で記事が書かれているとも勘ぐれる。
オルガニが詐欺師で、シシ・シティが詐欺の道具にすぎないとしても、いずれガザ市民はエジプトに出ていく。イスラエルは、ガザ市民の大半をエジプトに追い出すまで、世界の非難を無視して攻撃を続ける。
(Egypt prepares to open “New Rafah City” on the border with Gaza)
最近さぼっていたので、イスラエルや中東に関して書かねばならないことがまだたくさんある。残りは改めて書く。
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