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米中逆転の現実化と台湾
2024年1月14日
田中 宇
1月13日の台湾での大統領(総統)選挙で民進党の頼清徳が当選した。台湾の政治は1990年代の李登輝らによる民主化以降、民進党(民主進歩党。緑色)など「台湾は、中国の一部でなく別の国だ」と考える台湾民族主義の勢力と、国民党(中国国民党。青色)など「台湾は中国の一部であり、共産党支配でない中国を発展させたい」と考える保守派中華民族主義の勢力との相克だ。
米国は台湾(中華民国)を国家として認めておらず、台湾と国交を持つ国は中共支持に鞍替えして減る一方だ。民進党がめざす台湾独立は非現実的なだけでなく、中共による軍事侵攻を誘発する危険思想だと国民党側は言っている。だが、国民党がめざす「中共支配でない中国」も、中共が中国大陸を完全に支配して国際影響力も強くなるばかりの中で、非現実的だと言い返されている。
(Will China Really Invade Taiwan)
今回は、この緑青対立の渦中に、2019年に創設された「台湾民族主義を掲げつつ中共とも平和共存する。米国とも中国ともうまくやる」という台湾民衆党の柯文哲が入り込み、三つどもえの大統領選挙になった。
民衆党は、元台北市長の柯文哲が党首になって独力で作った。柯自身は、祖父が国民党政府から弾圧された経験を持つ本省人の家系で、台湾独立支持の傾向があり、台北市長時代の初期は民進党から支援されていたが、市長時代の途中から中共と親しくする姿勢を強めて民進党から距離を置いた。
柯は、台湾民族主義と、親中共、親米、親日のすべてを標榜する八方美人的(もしくは現実的)な姿勢で、民進党と国民党の両方と競争する第三勢力の地盤を築きつつ、両党から立候補者や協力者、支持者を転籍・流入させて民衆党を結党した。
昔の外省人の子供たちなど、国民党支持だったが老人支配で非現実な国民党を敬遠する若い層や、民進党支持だったが、政権をとって30年経ってリベラルエリート層の身内の支配色が強くなった民進党を嫌うようになった若手などが、民衆党に合流した。
結局、緑と青の至らぬ点を突いて支持者を横取りした柯文哲が26%を得票した。柯が昨年11月に立候補する前、国民党が候補の一本化を求めて柯と交渉していたが果たせず、三つどもえの選挙戦になった。柯が国民党との候補一本化に応じて立候補を見送っていたら、国民党の侯友宜が当選した可能性が高いが、それは実現しなかった。
中共との関係で見ると、民進党は中共と敵対傾向が強い半面、国民党と民衆党は中共と親しくする傾向が強いので、この点だけ見ると、国民党と民衆党との候補一本化があり得た。だが民衆党の柯は、その点でなく、今後時間が経つほど国民党は支持者の高齢化や政策の非現実性によってすたれていくと考え、国民党との共闘を断ったのだろう。大衆党は、国民党と共闘しない方が、国民党側からの流入を期待できる。
中共の台頭は今後も続く。台湾を支援してきた米国は衰退が加速する。国民党だけでなく、中共との対立を解けない民進党も時代遅れになる。4年後の次期大統領選で民衆党の柯が三つどもえの選挙に勝つ可能性が増す。
▼台湾独立を阻止しているのは中共でなく米国
台湾は、中国と米国の間にはさまれている。台湾は誰が政権をとっても、今の姿勢を大きく変えられない。中共と親しくすると、米国から「もう支援しないぞ」と嫌がらせされる。逆に、台湾独立を露骨に掲げると、中共から嫌がらせされる。
米国は台湾独立を歓迎しているかのように見えるが、実は全くそうでない。米国は1972年に中国との関係正常化を始めて以来ずっと「一つの中国の原則(台湾が中国の一部であるという認識)」を持ち続けている。
米国が台湾独立を支持するなら、まず「一つの中国」に対する否定や疑問視を国家として正式に表明する必要があるが、米国は一度もそれをやっていない。バイデン政権も中国を敵視する素振りだけ見せつつ、一つの中国の堅持を表明している。バイデンは台湾の選挙を受け、台湾独立を支持しないと改めて宣言した。
世界各国は、覇権国である米国のそんな態度を見ているので、台湾(中華民国)と国交を結び続ける国は減り続け、中国の優勢が増すばかりだ。台湾独立を阻止しているのは、中共でなく米国である。米国がG7やNATOを率いて「みんなで台湾を国家承認しよう」と宣言して実行したら、台湾はすぐに独立できる。米国がうまくやれば、中共は台湾を侵攻できない。
米国の本質は、国民党政府を国連P5の一員に招いた終戦時からずっと、中国の台頭を隠然と支援する隠れ多極主義だった。米覇権を黒幕の英国に乗っ取られて冷戦を起こされたので、米国の中国支援は隠然化し、表向き台湾を支持して中共を敵視している。だが米国はこの四半世紀、中共を敵視することを通じて台頭させている。
中国を訪問して米中関係を正常化(米台関係を切断)したニクソンは、英国系(軍産マスコミ)からウォーターゲート事件を起こされて潰された。だがニクソンが去った後も、米中関係は正常化(台湾の国際地位は低下)し続けた。
米国中枢での英国系と隠れ多極派の暗闘は、多極派がずっと隠然と勝っている。台湾は独立できない。これらは自明の理なのに、マスコミ権威筋は(軍産と多極派、両方の傀儡なので)わざと無視している。
台湾の内政は、国際政治とつながった独特のダイナミズムがあって面白いが、台湾が今後どうなるかを決める最大の要素は台湾内政の動きでなく、米国と中共の関係にある。
ウクライナ開戦後、中共の国際台頭と、米覇権の崩壊、世界の多極化と非米化が、大きく進んで最終段階に入った。中国が主導するBRICSは昨年、加盟国を増やし、ドルに替わる貿易決済システムも検討を進め、米覇権を代替する世界システムになり始めた。
大間違いで超愚策な地球温暖化対策と、ウクライナ開戦後の対露制裁によって、世界の石油ガスや資源類の利権が、米欧から非米側に移る流れが確定した。プーチンのロシアは、習近平の中共のおかげで米国側との経済戦争に勝てている。
非米側を統率する中共は、米国をしのぐ覇権国になっている。米国は、自分が覇権国であることを隠さないが、中共は覇権に反対だと言い続け、自分たちが覇権勢力であることを隠している。孫子の兵法が生きている。
中国は、すでに覇権国である。隠れ多極派が戦後ずっと推進してきた米国から中国への覇権交代が、すでに達成の領域に入っている。だが、中国周辺の東アジアでは、まだ覇権交代が具現化していない。欧州は、ウクライナ戦争で衰退が確定した。中東も、ガザ戦争で米英覇権の終焉が決まった。
印度も、米日と一緒に中国敵視するはずがBRICSで非米側の人気者になっている。アフリカも、中露と親しくなって米欧を追い出した。中南米も、アルゼンチン政権交代やベネズエラのガイアナ(英国系)侵攻準備、フジモリの釈放など、非米的な感じの動きが続発している。
(Alberto Fujimori, Peru’s divisive former president, released from jail)
だが東アジアでは、日韓の米軍駐留の態勢が変化なく続いている。米英が豪州を傘下に入れて中国敵視を強化する軍事同盟AUKUSも作られた。フィリピンも米国の要請で中国敵視的な安保体制に戻った。ロシアは中国を誘って北朝鮮をテコ入れしている。中露と米国側との対立が強まっている。
(US policies pushing China, Philippines to brink of conflict)
(台湾を疎外したくないなら総統でなく大統領と呼ぶべき。「総統」は「大統領(president)」の中国語訳だ。「総統」の日本語訳は「大統領」。それなのに意図的誤訳で「総統」と書くのは、マスコミが台湾を国家として認めず、中共に媚を売る小役人だから。軽信者は、台湾支持と言うくせに気づいてない。ウクライナ支持と言いながらウクライナ人を強制徴兵させて殺しているのと似てる)
東アジアで、米国が日韓豪などを率いて中国敵視の体制を続けているのは、習近平の希望でもある。中共の上層部では、世界的に米覇権を駆逐して中国の覇権拡大をやっている反米的な習近平と、かつて権力を握っていた親米派(トウ小平派)との暗闘が残っている。
習近平は中共内で独裁を確立したが、トウ小平派はまだ復権を狙っている。米国が中国敵視を長期化するほど、党中央の議論で、米国から覇権を奪うべきだと主張する習近平の独裁が確立し、米国と仲良くすべきだと言うトウ小平派は復活できなくなる。米国の中国敵視は、習近平の中国による覇権拡大と、米覇権の低下を加速している。
(China's New Rare Earth Policy Shakes Global Tech Industry)
胡錦涛までのトウ小平派の時代、米国とその傀儡勢力は中国で自由に行動できた。米諜報界は中国にスパイ網を持ち、中共の動きを監視し、必要なら天安門事件のような中共転覆の画策も起こせた。
しかし、2020-22年のコロナ危機での大規模で強烈な都市閉鎖策などによって、習近平の中共は中国国内の米国系スパイ網をあぶり出して潰し、米国側が中共の動向を探れないようにした。米国は、もう中国を政権転覆できないし、中国の覇権拡大策を察知することも難しい。
(そもそも米国は、この間の中国による非米的な世界体制の構築の動きをわざと無視する隠れ多極化策をやってきたのではあるが)
(Report Details CIA's Struggles To Rebuild Spy Network In China: "No Real Insight Into Leadership Plans")
習近平が中共上層部のトウ小平派を完全に潰すまで、米国の中国敵視策や、日韓の米軍駐留が続く。日韓など同盟国にあるのは米軍駐留の人数や床面積などの「枠」であり、実際に米軍がほとんど駐留していなくてもかまわない。
いつになるか、どのような形になるか不透明だが、中共中央の権力闘争が完全に決着し、「枠」でなく実質的な米中間の政治経済の力関係において、中国(非米側)の優勢と米国側の劣勢が不可逆的に確立した後、日韓豪などにおける米国覇権が撤退していく。現状が長引くほど、米国の撤退は劇的になる。
それまでの間、台湾も、誰が政権をとるかに関係なく、現状維持が続く。おそらく、米覇権衰退が顕在化して日韓が変化した後に、台湾も、独立でなく親中国の方向に変化する。
米諜報界を追い出した中共と異なり、日韓も台湾も、米諜報界に入り込まれているので、地元の政治権力(日本の自民党など)が自国の国益に沿って勝手に対米自立することは許されない。それを模索すると、安倍晋三のように米諜報界に殺されてしまう。
米中がこっそり結託して進める東アジアの転換まで、まだしばらく時間がかかる。台湾民衆党の柯文哲は、ゆっくり政権をとっていけばよい。
今回の記事の題名に「米中逆転の現実化」と入れたのは、私が2010年に「米中逆転」と題する新書を書いたから。書いてから10年以上たって(潜在的だった)米中逆転がようやく現実化している、という記事を考えているうちに台湾選挙が終わり、2つの題材を合体して今回の記事になった。
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