どっちが妄想なのか?
2023年10月25日
田中 宇
米国のオルトメディア系の著名な金融分析者ピーター・シフが、米国(先進諸国)はすでに金融危機の渦中にあるのに、マスコミや金融界や米連銀などの権威筋はそれを無視している、と言っている。
権威筋は「景気は良い」「インフレはおさまりつつあり、相場は軟着陸する」と喧伝しているが、これらは現実と正反対の妄想で、実際は長い金融危機の初期段階にある、とシフは言う。
(Peter Schiff: This Is The Most Obvious Financial Crisis That Nobody Sees Coming)
私もシフの見方に賛成だ。10月23日、世界(米国側)の長期金利の基準指標である10年もの米国債の利回りがリーマン危機(2007年)以来初めて5%を上回った。その後、再び4.8%ぐらいまで下がっているが、少し前まで4.5-4.8%あたりだったのが、今は4.8-5.1%で上下し始めている。
米長期金利は上がる一方だ。インフレが続き、その(効かない間違った)対策として米連銀は短期金利を引き上げ続け、連動して米国債からジャンク債までの長期金利も上がり続けている。
(Futures Slide As 10Y Yields Breach 5% For The First Time Since 2007)
(Fed's Powell: Strong economy may still require rate increases)
長期金利の上昇は、企業とくに業績が悪く格付けが低い(ゾンビ)企業の資金調達を困難にし、倒産や不況、失業増を引き起こす。住宅ローン金利も上がるので家が売れなくなり、その分野でも景気を悪くする。
米国民の多くはすでに借金漬けなので、返済金利上昇で中産階級から貧困層に転落する人が増えている。
低金利の時はゾンビ企業も低コストで追加資金を調達して延命できたので倒産が少なく、好景気を演出できたが、金利が上がるとその策略が不可能になる。
連銀や金融界は、資金注入によって金利曲線を逆転させ、短期金利が上がっても長期金利が上がらないようにしていたが、その歪曲策も力尽き、長期金利が上がっている。
(Interest rate for 30-year fixed mortgage rises to 8.45% – the highest it has been since 2000)
米長期国債の金利が低いほど、ドルの信用が強いことを意味する。金利上昇はドルの信用低下であり、10年米国債の金利が4-5%以上になると「ドル崩壊」の様相を呈してくる。今すでにドル崩壊つまり金融危機が起きている。
シフが言うとおり、米国(米欧)は、すでに金融危機の渦中にある。米国のインフレはずっと続き、長短金利は今後も上がり、金融危機はまだまだ悪化していく。金利上昇は、実体経済の悪化にも拍車をかける。米国は、長い金融危機の初期段階にある。シフが言うとおりだ。
(Bond Yields Have More To Go As Retail Wises Up To Inflation)
今起きているイスラエル周辺での対立は長期化しそうで、それは石油価格の高騰につながり、世界のインフレを激化させる。金利の上昇が続き、ドル崩壊や金融危機の様相も濃くなる。
(Middle Eastern officials could cut off oil supplies)
(Wider Impacts Of The Israel-Hamas War)
ピーター・シフは、ずっと前から金地金の高騰を予測してきた。長い目で見ると金相場は上昇しているが、短期で見ると急落もあり、依然として米金融界が上昇を抑止しており、なかなか1オンス2000ドルを完全突破できない。
ウクライナ戦争も地金を高騰させなかった。だが今回のイスラエル危機は、地金にとってこれまでと違うものになりそうな感じがする。最近の金相場は反発する力が強い。金相場に対する米金融界の上昇抑止力が落ちている感じだ。。
中東大戦争の瀬戸際を延々と経て、いずれ露中がイスラエルを救済してイランやアラブと和解させ、中東危機が解決されるまでの間に、ドル崩壊の加速と反比例して、地金が2000ドルを大きく超えて上昇するのでないか。
この予測は外れるかもしれないので、これに依拠して取引しないでほしいが。
(War Wakes Up Gold)
マスコミなど権威筋は、金融危機の現状を全く無視し、景気は良いとか、インフレはおさまるとか、現実と正反対のことを言い続けている。権威筋はインフレが始まった2年前から、インフレは間もなくおさまると言っていたが、全くおさまっていない。権威筋は妄想を喧伝し続けている。
パウエル連銀議長も、金融危機の渦中にあることを無視している。連銀議長として不適格だとシフは言う(金融危機を無視するのは、さらに上の方の思惑に沿ったものだから、現実を無視して上の言いなりになっている点でパウエルは適格なのだが)。
(Peter Schiff: Jerome Powell Isn't Qualified To Be In Any Economic Club)
株価などの金融の指標は、指数銘柄に資金注入するとか、信用取引で決済直前にキャンセルする手口などで相場を歪曲している。
米連銀は資金を市場から引き去るQTを続け、相場下落の要因を作っているが、それを乗り越える相場歪曲策をやっているのだろう。
権威筋は、マスコミを通じて人々に逆の話を軽信させつつ、資金注入で相場を歪曲し、すでに起きている金融危機を隠蔽している。
(Biggest Banks at Risk of Collapse This Winter as Massive Failures Begun)
権威筋は「経済は良い」という自分たちの意図的な妄想を鵜呑みにせず、自分の頭で分析して「経済は悪い」「権威筋は大間違いをしている」という正反対の結論を出す人々(オルトメディア)に「妄想屋」「偽ニュース」「陰謀論者」「何も知らない素人」「ロシアのスパイ」などとレッテル貼りして排除する策略もやっている。
これは経済分野だけでなく、地球温暖化、新型コロナ、ウクライナ戦争、多極化(米覇権崩壊)、今の中東紛争など、近年の多くの問題に対して共通する権威筋の策略だ。
実のところ話が全く逆で、妄想屋とか偽ニュースなのは、オルトでなくマスコミの方だ。マスコミ権威筋は、自分たちの方がいろんな分野て意図的に間違ったことを喧伝し続けているのに、正しいことを言う人々に妄想屋などのレッテルを貼る策略を、もう何年も続けている。
(De-Dollarization? China Completes First Digital Yuan Purchase For Cross-Border Oil Transaction)
ほとんどの人は、マスコミ権威筋が大ウソを言うはずないと思い込んでいるので簡単に騙されて軽信する。専門家でなくとも、自分の頭で理性(生来の道理の感覚)を働かせて考えてみると、マスコミの方がウソを喧伝していることが感じられてくる。
だが、それをやると勤務先や学校や社会で他人とぶつかってしまう。たとえば上場企業はESGを義務づけられており、温暖化人為説を否定したら株主から非難される。学校でも同様だ。
実のところESGやSGDsはインチキだが、それを指摘するのは厳禁だ。だから多くの人は自分の理性を棚上げし、あえて軽信する方を無意識のうちに選ぶ。
人類、とくに米国側の人々は、各種の分野で大間違いな認識を持ったまま生きている。人々は権威筋の妄想に従わされている。その一つの分野が金融・経済だ。
(Russian-Chinese Energy Business Forum provides constructive dialogue - Putin)
人々に妄想を軽信させることは、隠れ多極主義の策でもある。温暖化対策としての化石燃料の不使用は米欧でさかんに行われている半面、非米側は事実上やっていない。中国政府は先日「化石燃料の不使用は現実的でない(だから使い続ける)」と宣言した。印度は石炭消費を急増している。
コロナの都市閉鎖策は、中国で習近平の権力を強化したが、欧米では経済を自滅させた。ウクライナ戦争の歪曲報道は、世界におけるロシアの優勢と欧州経済の行き詰まりという事実を隠蔽している。
多極化の傾向自体も無視され、中国やロシアがきちんと世界を運営できるわけない、覇権国は米国じゃなきゃダメなんだ、中露の台頭は困ったものだ、いずれ米国が巻き返す、といった話しか喧伝されない。
(The Penny Drops - The World Is Multi-Polar)
米国で金融危機が起きているのに好調だと歪曲する策は一見、ドルと米国覇権を守るための策に見える。だが長い目で見ると、金融危機に対して損切りなどの対策を早く採る方が最終的な被害が減る。
金融危機を無視し続けると、最終的なドルと米覇権の崩壊が対策不能なすごいものになる。歪曲策は、ドルと米国の覇権を確実に不可逆崩壊させるための多極化策なのだ。
("Our Political Paralysis And Dysfunction Has Created A Vacuum Which Our Adversaries Are Quite Eager To Fill")
ウクライナ戦争や温暖化対策は、エリート主導の欧州経済を自滅させ、欧州の有権者たちはこれまでずっと権力を握ってきた対米従属の左右のエリートに愛想を尽かし、エリートから自立した草の根右派(極右)の政党を選挙で勝たせ続けている。草の根右派を「極右」」と呼んで敵視するのも権威筋の歪曲作だ。
ドイツではAfD、フランスではルペンが台頭し、イタリアやハンガリー、スロバキアも右派政権だし、スイスでも右派が台頭している。
右派が席巻して左右エリートが権力から追い出されると、欧州は対米従属をやめて非米化する。米国も、反エリートの右派であるトランプの共和党が再び勝ちそうになっている。これは米覇権体制の崩壊になる。
(Investors Seek Sky-High Yields to Cover Default Risk as Europe’s Economic Crunch Worsens)
(Slovakia may join two other NATO countries at odds with Zelensky)
アジアでは、これまで対米従属で中国を敵視してきた豪州が、対中貿易をやらないと経済が持たないので、中国と関係改善している。
これは米国の中国敵視策の失敗を示すものだが、米国側(日本)のマスコミは「中国の経済面のいじめ策の限界が露呈した」などと真逆な歪曲・妄想を喧伝している。私の読者の中にもマスコミの妄想を軽信している人が多いかもしれないが。
(China-Australia thaw reveals limits of Beijing's economic coercion)
金融危機・ドル崩壊も多極化も、マスコミに載らないまま進行していく。私に対する妄想屋のレッテルも一生貼られたままだろう。私自身にとってそれは、自分が権威筋の傀儡でないという「良いこと」である。権威は疲れる。このままの方が、自由に楽しく生きていける。
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