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ガザから中東大転換への発展

2023年10月17日  田中 宇

パレスチナのガザを支配するハマスが10月7日にイスラエルを越境攻撃し、それへの報復としてイスラエル軍がガザ北部を空爆して廃墟にする作戦を用意している。イスラエル軍は、ガザ北部に住む100万人のパレスチナ人(ガザ市民)に対し、20kmぐらい離れたガザ南部に避難・移住しろと要求している。
Egypt said to brace for possibility of refugee influx from Gaza
イスラエルとハマス戦争の裏読み

ガザは地中海に面した、長さ40km奥行き10kmほどに、220万人のパレスチナ人が住む超過密地域だ。北の100万人を南半分に移住させることは不可能だ。南隣がエジプトで、言葉も習慣もほぼ同じだが、エジプト政府はガザ市民の移住を全面拒否してきた。ガザ市民の多くは「ムスリム同胞団ガザ支部」であるハマスの支持者で、ムスリム同胞団はエジプトで軍事政権の仇敵だからだ。
Bid to open Gaza crossing falters as Joe Biden weighs Israel visit
パレスチナ見聞録・ガザ地区

エジプトでは2011-12年の「アラブの春」でムバラク軍事政権が倒されて同胞団のモルシー政権ができたが、同胞団を敵視する軍が1年後にクーデターで同胞団政権を倒し、シシ軍事政権を作って今に至る。
ガザ市民のエジプト移住を許可したら、すぐに50万-100万人の同胞団支持者がエジプトに流入し、軍事政権を倒す「アラブの春」を再演しかねない。エジプトはガザ市民の越境を許さず、ガザに物資を送り込んでガザ市民の生活を支援することだけ続けて、ごまかしてきた。
「ガザ市民はガザに居続けてパレスチナ国家創設の大義を実現する義務がある。エジプトへの移住は義務放棄の悪事だ」というのがエジプト当局の建前だ。
Why does Egypt fear evacuating Gaza?
Over 1 million Gaza residents uprooted from their homes

エジプトと対照的に、ガザ北隣のイスラエルは、ガザ市民を全員エジプトに移住させてパレスチナ問題(西岸とガザ)の半分を消滅させることが昔からの目標だった。だから今回も、2年ぶりのハマスの越境攻撃に対して、イスラエルは一罰百戒的なガザ北部への徹底空爆を用意し、ガザ北部の市民を南部に強制移住させ、エジプトへの出国圧力を高めた。
米国のイスラエル傀儡マスコミは「エジプトは人道策としてガザ市民の越境を認めろ。シナイ半島に難民キャンプを作れ」と喧伝している。
オルトメディアでは「イスラエルはハマスが攻撃を事前に察知しながら放置し、一罰百戒の報復攻撃をやれる口実を作った。この策略は、ガザ市民を南部に密集させ、エジプトに追い出すことが最終目標だったのだ」と分析されている。
Evidence Mounts That Israeli Intelligence Allowed Hamas Attack to Occur
Egypt Mulls Allowing Refugees Entry As Over 600,000 Gazans Move South

イスラエルはこれまでも、ガザを空爆して市民をエジプトに移住させようとしてきたが、ずっと不成功だった。イスラエルが空爆するぞと脅しても、ガザを支配するハマスは市民に避難や移住を許さず、市民を「人間の盾」として使ってきた。
市民が密集居住している状態のままイスラエル軍が空爆すると、それは殺戮であり国連などで戦争犯罪と非難される。ハマスが市民に避難を許さない限り、イスラエルは散発的なピンポイント攻撃以上のガザ空爆をやれない。「盾」は有効だった。
ガザは長期閉鎖された単一的な社会で、同調圧力や上からの強制力がものすごく強い。北朝鮮や、戦前の日本みたいに、市民は上部の命令に喜んで従う。ハマスがやれといえばみんなやるし、ダメだといえば誰もやらない。
Israel Gearing Up to Flatten Gaza, Wants Egypt, Qatar to Handle Refugees
ガザ訪問記

そんなガザで今回、イスラエルが10月13日から「空爆して廃墟にするからその前に移住しろ」とガザ北部の100万人に要求したら、いつもは無視するガザ市民が大挙して避難し始めた。数日間に、すでに60万人が南部に避難したと大々的に報じられている。
これはハマスが市民たちに「イスラエルが言うとおり、南部に避難しろ」と命じた、ということだ。これは奇怪な大事件だ。ガザ南部の人口が急増し、居住不能な状態になっている。エジプトに対して「ガザ市民の流入を認めろ。ガザとエジプトを隔てるラファ検問所を開けろ」と、世界からものすごい圧力がかかっている。
Will Egypt Play a Role in Easing the Gaza War?

エジプトは早晩、ガザ市民の大量流入を認めざるを得なくなる。エジプトもサウジやUAEから経済支援されているので、それらの国から「ガザ市民を受け入れなさい」と言われると従わざるを得ない。
イスラエル軍はガザ北部を破壊して廃墟にする。市民はもう戻れない。イスラエルが夢見た「ガザの消滅」が現実になる。その具現化を許したのはハマスだ。ハマスが市民に避難を禁止して「人間の盾」を維持すれば、この事態は起きなかった。
How to understand Egypt’s role in the Israel-Hamas conflict

ハマスは軍事と経済の面でイランから支援され、カタールやUAEといったアラブ諸国もハマスに経済支援している。これらの支援諸国、特にイランが「イスラエルの言いなりでガザ市民を避難させるのが良い」とハマスに言わなければ、今の事態になっていない。
従来の常識で考えると、ハマスもイランもアラブも、パレスチナの大義やイスラエルへの非妥協を堅持するためガザ市民を避難させず人間の盾として置き続け、イスラエルも大規模空爆できないままになるはずだった。だが今回は全く違う展開が始まっている。
ハマスやイランは、仇敵であるイスラエルが夢見た「ガザの消滅」を実現している。そう考えると奇怪だが、さらに大きな視点で見ると、今回の展開は、パレスチナやエジプト、ヨルダンなどイスラエル近傍のアラブ諸国におけるムスリム同胞団(ハマス)の席巻につながる。
Israel Denies Ceasefire Plans After Iran Said Hamas Willing To Release Hostages If Airstrikes Stop; Putin Gets Involved

パレスチナ(西岸とガザ。自治政府)では、2005年に米国からの「中東民主化」の圧力で議会選挙が行われハマスが勝ったが、ハマスを敵視する米国(ブッシュ政権)が選挙結果をもみ消し、ガザはハマスの統治、西岸は選挙前からのファタハのアッバース議長(大統領)の統治が続く不正な状況が現在まで定着してきた(ハマスはイスラム主義、ファタハは世俗主義の左翼)。
パレスチナ自治政府(PA)は選挙をやれないまま(やるとハマスが勝ってしまう)、高齢のアッバース議長が18年も留任してきた。これが、米国の中東民主化(実は隠れ多極主義)の「輝かしい成果」だ(笑)。
ハマスを勝たせたアメリカの「故意の失策」

今もし公正な議会選挙をやったら、ガザ、西岸、エジプト、ヨルダンというイスラエルを取り巻く4地域のすべてで同胞団(ハマス)が圧勝する。エジプト軍政は兵舎に戻る。ヨルダン国王は権力を削られるか米欧に亡命だ。4地域は同胞団連邦になる。
同胞団(ハマス)はこれまで、米イスラエルとその傀儡たちに敵視され、各地で封じ込められてきた。アラブの春も「ないこと」にされた。だが今後、ガザ市民がエジプトに流入するのを機に、同胞団が解き放たれていく。

そういう新事態になった場合、それでも「パレスチナ国家」が必要なのかどうか。イスラエルは奪った土地を返すか代替地を差し出さねばならない。エルサレムのモスクと参道はムスリムの土地でなければならない。だが、パレスチナ国家の創設は不要になる。
パレスチナ国家の構想は、英米が先の大戦の終戦時に作ったものだ。英米覇権が終わる今、別の構想に置き換えられる。ガザはエジプト、西岸はヨルダンの一部として同胞団連邦の一部でよい。
もしイスラエルが同胞団連邦と仲良くしたいと考え、代替地を差し出すなら、それがショボいネゲブ砂漠の荒れ地であったとしても我慢してやる。西岸入植地の一部はイスラエル領として残しても良い。イスラエルは、少数派のアラブ系を含むユダヤ人国家として存続できる。
Iran's Raisi & Saudi Crown Prince Hold 1st Ever Phone Call Amid Israel-Gaza War

などなど、こういうすごいことになるなら、ハマスやイランがガザの消滅を容認するのもうなずける。外されていくエジプト軍事政権やヨルダン国王には申し訳ないが、サウジのMbSらアラブ諸国も、中東が安定するなら同胞団ともイスラエルとも手打ちしたい。
イスラエルも、ハマスの策略に乗った方が国家存続できる。今回の開戦を機に、ネタニヤフは有事体制を敷き、野党連合のガンツと組んで挙国一致内閣を組んだ。ネタニヤフは、与党リクード内に巣食う入植者たちを外していけるので、有事体制が長引いた方が良い。この戦争は長く続く。ネタニヤフはそう言っている。
Netanyahu warns of long war
Israeli PM Netanyahu, opposition leader Gantz to form emergency unity gov’t

イスラエルが同胞団やイランとの対立を止揚できるなら、北隣のレバノンのヒズボラとも本格戦争にならない。シーア派のヒズボラはイランの傘下だ。シリアのアサド政権もイランの傘下だ。アサドは、ゴラン高原を返してもらえるなら喜んでイスラエルと和解する。
同胞団は、過激化して武装して米傀儡になるとISISになる。これの逆回しで、同胞団はエジプトやヨルダンやパレスチナに領土を得ると穏健化し、ISISも雲散霧消する。世界最大の自作自演のテロ支援国家だった米国は覇権を失い、世界は平和になる。



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